ティムとリャンの物語②
『な、なにそんな余裕の顔してんのよ!』
『アハハ・・・それはね!』
その瞬間だった。ティムは急にリャンの下に潜り込むと、そのまま彼女を背中に乗せ、ズール族の囲いを突破するために高く飛び上がったのである。
その高さは優に7mはあっただろうか?
そしてティムはズール族から遥か離れた場所に着地をすると、普通では考えられないようなスピ−ドで走り出した。その速さはリャンが今まで会ったことがあるどのネコよりも速く、追撃を試みるズール族が全く追いつくことが出来ない。ティムの背からリャンが後ろを向くと、その遥か彼方に追いかけてくるズール族の姿がチラリと見えたが、それもほんのわずかな時間だった。すぐに醜悪なネズミの化物たちは姿を消し、2匹は無事に危機から脱することができたのだった。
『アンタ、逃げ足だけは速いみたいだね。』
『アハハ・・・よく言われるよ。』
もうすっかりズール族のテリトリーから遠ざかり、ティムたちの危険は過ぎ去ったが、なぜかティムは彼女を背に乗せたまま走りを止めず、むしろグングンとスピードを上げリャンの良く知るウルタールへと向かう。それを不思議に思い、さすがにあまり慣れない異性の背中に照れを感じたリャンは、彼の背中から声をかけた。
『おいティム、もういいよ!』
『いいって、何が?』
『もうズール族から離れたから、下ろしていいよ。』
『だって君・・・足ケガしてるよ?』
『君って・・・ウチにはリャンって名前があるんだよ・・・。』
するとティムはチラッと後ろを向き、ニカッと笑って彼女に応えて見せた。
『それじゃリャン!もうすぐ着くから、もうちょっと動かないで!』
『下ろせよ!恥ずかしいだろ!』
『やだよ〜☆』
『ふざけるなよ!』
『暴れるな!転ぶだろ〜。』
ティムの言葉にリャンはあきらめたように彼の言葉に従うことにしたが、同時にホッとしたような気持ちも込み上げてきて、彼女はそっとティムの首に手を回した。その前足から伝わる彼の体温は疲れきったリャンの体に温かく、高ぶっていた心が静まっていくように感じられる。
リャンはティムの背中に揺られながら、ある事に気付いていた。いくら彼女が軽量でも、リャンもティムも体格にほとんど差は無い。なのに自分と同じ重さの彼女を運んでいるのだから、いったいティムはどれだけの体力を消耗しているのだろうと。今はティムは平気な顔をして走っているが、その息は最初の頃よりずっと荒くなっている。
彼が大きな疲れを押し殺してまで走り続ける理由は何か。それを考えた時、リャンの心には例えようの無い不思議な感情が膨らんでいた。
これが彼女の初恋だったのである。
やがて2匹はウルタールの街の跳ね橋の前に着いた。ティムはリャンを背中から下ろすともう一度彼女の足の具合を聞き、後は自分で戻れることが判るとニッコリと笑顔を見せた。
『よし、後は大丈夫だね。』
『ああ・・・。面倒かけてすまなかったな。』
そしてティムはリャンに尾を振り別れを告げたが、その時リャンは彼との別れが急に寂しく感じ、思わずティムを引き止めていた。
リャンの小さな口から、彼女に意志を導く言葉が湧き出てくる。
『ちょっと・・・待ってよ、ティム。』
『ん?どうしたの?』
『ウチのトコロに・・・来いよ・・・。』
『ゴメン〜☆、ちょっと用事があってさ。これから行かなくちゃいけないところがあるんだ。』
『それじゃあ、それが終わってから・・・。』
『うん、いいよ。』
『ホントか!?ホントに来るんだな!?』
『え?・・・う、うん。』
『よし!絶対だぞ!約束だからな!』
そしてティムは、ウルタールから離れていったのだった。
リャンの口から出た【ウチのトコロに・・・来いよ・・・。】の台詞。それはティムにとっては【後からちょっとだけ寄っていって】程度にしか聞こえなかっただろう。
しかしこの台詞はリャンにとって、間違い無くプロポーズの言葉だったのである。




