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1-4 散歩



「ここが陛下のお部屋です」

 金の装飾が施された扉の前でウーアは立ち止まる。とはいっても廊下の最奥の部屋だから他に何もない。扉には竜をかたどった紋様が刻まれていた。他の部屋にはないものだ。

 少女は鍵を差し込み扉を開き、ライゼを促した。逆らわず中に踏み入れる。広い部屋だ。使い込まれた棚や机が目につく。部屋にもいくつか扉があり、寝室や書斎にでも繋がっているのだろう。

「ここは前王も使ってたのか」

「いいえ。ここはあなたのお部屋」

「俺? いつやってくるともわからない王のためのか。そんなに持ち上げたって今のところ何もしてやれないよ」

「ううん。あなたはそういう存在。気にしないで使って下さい」

「だけど」

「あなたは大切なひと」

 言いながらウーアはごく自然にライゼの上着を脱がせにかかった。

「何してる」

「休まない?」

「あ、ああ……もう自分でやるからいい。ありがとう、助かった」

 何か言いたそうなウーアだったが一礼して礼儀正しく部屋を出ていった。白い少女の不躾で不思議な様子とは違い、黒いほうは少々変でも普通の少女なのかもしれない。自分の思い違いだったのだ。

 一息ついて部屋を軽く見回した。特筆すべき点は見当たらない。調度品は品もよく、千年の間にどのように管理していたか知らないが埃ひとつなく調えられた部屋だ。

 場所も覚えたし、この部屋ですべきことはない。滞在時間もほどほどにライゼは部屋から抜け出そうと扉を開き、瞬間、うわずった声を出した。

「どこにいくの」

 ウーアが部屋の前にいた。開けるのが早すぎたかと思ったが、どうやら彼女はライゼが休むとは端から思っていなかったようだ。

「ちょっと散歩に」

「一緒にいきます」

「結構です」

「一緒にいきたいです」

 ライゼは部屋に戻り扉を閉めた。

 なんだあれは。ただの見習い侍女じゃないのか。巫女か。どちらにせよ、なんで見張ってる。司祭が寄越した見張り役だとでもいうのか。

 数分待って、そうっと部屋の外を覗く。すると開いた隙間からくりくりの黒い瞳が覗き込んできて、叩きつけるように再び閉じた。

 抜け出せない。

 部屋をぐるぐると歩き回って、目についたのは当然ながらテラスつきの大きな窓だ。何階だろう。窓に張りついたライゼは簡単に外へ抜け出せそうだと思うや否や、即決でテラスへ出た。瞬間、また飛び退くことになった。

 足元にしゃがみ込んでいたウーアが曇りなき眼で見上げている。

「お供します」

「なんでこんなとこにいるんだ!」

「あなたのお世話をするために」

「いらないって言ってるだろ!」

「では勝手にやる。ライゼ……陛下は自由にしていい」

 同じような問答を数分続けて折れたのはライゼだ。疲労感が増しに増した。もういい。勝手についてくるというならついてくればいいのだ。

 テラスから下を覗く。大した高さではない。といっても二階か三階くらいはありそうだ。そこからライゼは軽々と飛び降りる。中庭に着地し、上を見上げる。ウーアが降りてくる気配はない。これならもう追ってこられないだろう。

「で、どこにいく?」

「だからなんでいるんだよ!」

 しれっと横にいたウーアにもはや諦めるしかないと悟る。一体どんな手を使ったのか。もう何でもいい。面倒な事態は変わらない。

「君は司祭に俺を監視しろと言われてるのか?」

「いいえ」

 即答なのはいいが、監視者が正直に言うとは思えない。疑り深く睨みつけているにもかかわらず、少女はやはり顔色ひとつ変えない。

「なら俺を司祭や臣下たちに見つからず案内できるか」

「可能です」

「よし。じゃあ案内してくれ」

 厄介払いできないなら利用させて貰おう。それにひとりでこそこそ見て回るよりは効率がいいはずだ。司祭の監視役ならやましいことは隠したがるだろうが、そこは臨機応変になんとかすればいい。早速少女はこの中庭の説明を始めた。

「なあ、君は何者なんだ」

「見習い巫女」

「そうは思えないんだが」

「ごめんなさい」

「別に非難してるわけじゃない。そうだ、巫女なら誓約にも詳しいか?」

 こくりと頷く少女に聞いておきたいことがあった。

「滅びし竜の国の王とは俺のことなんだよな。神の地で眠る王の妃がロルロージュ? 彼女の名も石棺に刻まれていたのか」

「『王の妃』とはロルロージュを指しています。彼女は最初の竜の王の妃です。名は石棺ではなく楽園への門に刻まれています。確認しますか」

「いや、いい。何より王が俺のことじゃなくて良かった」

「なぜ」

「王が俺なら王の妃とは俺の妃じゃないか。俺に妃なんかいないだろ」

「あれは原初の王を指すと同時に復活の王を指している。復活の王とはあなたのこと」

 気せずして呆気に取られるライゼを見上げたまま黒い少女は瞬きをする。

「それにそんなことを言うとロルロージュに怒られます」

「怒りたいのは俺だけどな」

 ウーアの案内で城の中を回っていく。誰にも見つからずとは言ったが本当に誰もいない。それに城の中はいやに静かだった。

「ここは図書室です」

「すごい蔵書量だな」

 ウーアは城の案内をするうちに段々とそわそわし始めた。表情の乏しい少女ではあるが、声をかけると何となく楽しげだった。それにライゼが王であることを時々忘れてしまったみたいに気安い。

「ライゼ! ……陛下、は本を読みますか」

「好きなように呼んでくれて構わないよ。話しやすいように話してくれ。そもそも楽園へいく仕事をこなすだけなら王じゃなくてもいいしな」

「ライゼは王です」

「そこは譲らないんだな。まあいいや。本は嫌いじゃないと思うんだが、いかんせん覚えてない」

 何を聞かれても返答が「覚えてない」になってしまって、これでは会話も楽しくないだろうと思ったのだが、ウーアはこくりと頷くと独自に何らかの解釈をして納得していた。

「ライゼは頭がいいと思う。王だから」

「そうか。じゃあ王じゃなかったら?」

 目をぱちくりさせながら記憶を探るように考えている。大体即答する彼女にしては随分と長い間思案してやっと出した答えに苦笑してしまった。

「竜は少し馬鹿」

「なら竜の王はどうなんだ?」

 また随分と長い間無表情で固まってしまったウーアは唐突に目を見開いた。それから少し沈んだ……?

「……ライゼはわたしのことをからかっている?」

 特に怒った様子ではないが真顔で詰め寄ってきてライゼのほうが慌てる羽目になった。

「わ、悪かった! 君があまりに率直にものを言うからつい。謝るから離れて欲しい!」

「うん。続き、いこう」

 離れたと思ったらウーアはライゼの手を取って歩き出した。どうしたものかと引っ張られながらついていく途中で図書室の壁に大きな肖像画が飾られているのに目を止めた。

 栗色の巻き毛の少女だ。こんなに大きな肖像が飾られているのだ。王家の人間だろう。

「これはフルゲオクルスの王女」

 立ち止まったライゼにウーアはすぐに説明をしてくれる。

「綺麗な人だな」

「ライゼはこういう人が好み」

「え!? 別に俺はそんなつもりで言ったわけじゃ」

「でももういない」

「……そうか。残念だな」

 きっと昔の人間なのだろう。絵の中の少女はこちらを向いてとても幸せそうに微笑んでいた。

「人が死ぬのは悲しい」

「そうだな」

 絵を見上げるウーアはずっと向こうを眺めているような遠い目をしていた。その瞳には何が映っているのだろう。

「ライゼはいなくならない?」

「今のところその予定はないな。それに国を放り出すつもりはないから心配しなくていい」

「うん」

 やれ王になれ、楽園に連れていけと他の皆は言ってライゼを王に持ち上げたけれど、ウーアの言う「あなたは王だ」という言葉は何となく他とは違う。それに純粋にライゼといることを楽しんでいるように見えて、軽やかに歩き始めたウーアに微笑んだ。

「ライゼ!」

 そして彼女は廊下を歩いていると思ったら「思いついた!」とばかりに振り向き、しかもその手にはどこから出したのかまんじゅうらしきものが両手いっぱいに袋詰めされ抱えられている。

「食べる?」

「あ、ああ……」

 返事をする前にすでに手のひらに乗せられたほかほか湯気の立つ白いまんじゅう。ウーアは期待いっぱいな様子でライゼを見上げている。こんな顔をされては断れるはずもない。それに良い香りが漂ってくれば腹が空いていたような気もしてくる。

 ライゼは遠慮なくふかふかのまんじゅうにかじりついた。その横では少女も口いっぱいに頬張っている。彫刻みたいに整った顔をしているのに貴族令嬢とは違い体裁など全く気にした様子もなく、次から次へと腹に収めていく。随分と腹が減っていたらしい。

「これ、美味いな」

 見た目は簡素なのに生地のふわふわもちもち感は普通のパンとは違うし、中身の具材もかなりこだわって作られている。これだけ美味なものを量産できるのなら思ったよりもこの国は安定しているのかもしれない。

「うん!」

 ひとつ食べ終わったらウーアは自然にもうひとつライゼの手に乗せた。それを彼も当然のように頬張る。

 なんだかここで目覚めてから初めて人心地がついた気がする。

「動力充填完了」

 あれだけ抱えていたまんじゅうを全て平らげたウーアはとても満足そうだ。そしてやっぱりライゼを気にしているのか窺うような視線で覗き込んできた。

「ああ、充填完了だ。美味かったよ」

「わたしの一番大切な食糧」

「うん。俺も好きだ」

「……好き」

 ウーアが首を傾げたのには気づかず、ライゼはどこからか聞こえてくる人の掛け声のようなものに気を取られ辺りを見回した。


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