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1-3 竜のしるし



 結局玉座に収まったライゼは大司祭に再び誓約を詠み上げられる。不安そうに目配せされてしまい若干の罪悪感を抱いたものの、今度はすんなりと誓ってみせた。王の唐突な心変わりに周囲の人間は驚きを隠せずにいたが、それでも何人かはあからさまに安堵して息をついていた。

 王になる動機が自分の記憶を取り戻すためだと言ったら彼らはどう思うのか。あまりに私的すぎる。それでもライゼにとっては死活問題だ。

 このまま何もせずにいる選択もあるのかもしれない。記憶くらい、と諦めてしまっても大したことじゃない。

 でもただの記憶喪失ではない。封じられた記憶があるのだ。誰かにそんなことをされたのなら理由があるはずで、それを知りたいと思った。怒りも少しあっただろう。記憶を封じられた挙げ句に理不尽な環境に放り出されたのだから。

 動機はどうあれ、これでライゼは正真正銘この国の王になり、面倒事を背負わされたということだ。とはいえ王の責務を放り出そうとは思わない。断罪の娘を迎えにいくことと、民を楽園へ導くことが同義であるなら両方成せばいい。そんな大層な力がライゼにあるかは全くもって不明だが。

 それにしてもシャオムの宣誓を受けて少女とやり取りした時のような息苦しさや熱は感じられなかった。司祭とのやり取りはただの形式でしかないのだ。真に力を持っていたのはあの白い少女。彼女はライゼの是非も無視し、勝手に誓約させた。

 多少は苛立ちはする。結局色んなことがよくわかっていないままなのだ。これから何をすべきか考えなくては。

 頬杖をついた王がかちかちと懐中時計の蓋を開けたり閉めたりしている姿に臣下たちは若干怯えていた。彼にそんなつもりは毛頭ないのだが、威圧感が凄まじい。

「じゃあまずこの国の問題点を教えて欲しい」

 皆の顔色が変わり沈黙が押し寄せる。問題を押しつけた割に問題を教えたくないらしい。溜息しか出ない。

「ならさっき塔にいた白い巫女を連れてきて欲しい」

 シャオムたちでは話にならない。あの子なら何か知っているだろう。すぐに了承が返ってくると思ったライゼの予想を裏切りシャオムは戸惑うばかりだ。

「白い、巫女ですか? 白い服の巫女は何人もいるのですが、何のために?」

「銀の髪と金の瞳の巫女だ。そんなに何人もいるのか」

 今度は広間がざわついた。顔を見合わせひそひそと囁き合う始末だ。本当に王とは名ばかりでまともに皆と話もできないのではないか。先行きが不安になるばかりのライゼにシャオムは遠慮がちに答えた。

「恐れながら陛下、銀の髪、金の瞳というのは竜の子のしるしなのです。そのような者が我が国にいるとは到底思えませぬ」

「竜の子?」

 確か神話では竜と人間の子が王で、それがライゼではなかったか。あの子も竜の子だとしたら話がさらにややこしくなる。

「城にいたから探してきて欲しい」

 そこでまた疑問にぶち当たる。ライゼは自分の見目を知らない。おかしなことだが、どうせ例の『封印』とやらが関係しているのだろう。もはや深く考えるのを諦め鏡を持ってくるように頼んだ。

「なんだ……俺は銀でも金でもないじゃないか」

 てっきり竜の子だと言うからしるしが現われているのかと思えば。髪は地味な黒だし、瞳は澄んだ青空のような蒼だった。

 これのどこが竜の王だと言うのか。神話の全てを信じたわけじゃなくとも、ライゼが王であるという証がない。

「俺を竜王だと言ったよな。これのどこが竜王なんだ」

 それには臣下たちも閉口せざるを得ないようだ。溜息も出る。やっぱり何の確証もないままライゼを玉座に据えたのだ。こんな国の有様に王でなくとも将来が心配になる。

「まあいい。今さら文句を言ってもな」

 これでも何の覚悟もなく玉座に座ることにしたわけではない。そうするしかないのだとしても適当に国を背負っては民が憐れだ。どちらにせよ何も知らない王が据えられている時点で憐れで仕方がないのだが。

 とりあえずここに座って話をしていても進展はないので彼らが求めているだろうことを進める。

「ロルロージュに会いにいく。どうすればいい」

 その名を呼べばまた臣下たちはざわめく。

「意見があるなら構わず言って欲しい。俺は無知だ。進言はちゃんと聞く」

「いいえ、いいえ……! 陛下は誠に我らの王。素晴らしいお覚悟であらせられます。無理矢理王にしたのに!」

「今、本音が洩れたぞ」

 別に構わないけどな、と思ったがそれは口には出さなかった。

「こほん。失礼しました。では楽園への回廊を開く儀式を準備致します」

「儀式が必要なのか」

 シャオムは満面の笑みで「必ず必要なことです」と王がおかしなことを言い出さないうちに釘を刺した。

「わかった。任せる」

「仰せの通りに」

「それであとは何をすればいい」

「何も」

「……は?」

「ですから、何も。王は王として存在しているだけでよいのです」

 予想はしていた。やはり預言のためだけの傀儡で、執政には手を出させないつもりなのだ。それならそれで良いかとも思う。

 王になったもののこの状況でまともに治世できるとは思えない。執政するであろう正統継承者の表情を盗み見るに、ライゼが政治に口を出すのは煩わしく思われそうだ。

 だからといって国を放棄するほど無責任にはなれない。そういう王の下にあった国はことごとく滅んだ。しばらく様子見としよう。国を知るには何も彼らに頼らなくてもいい。他で勝手に学べばいい。今の自分は口を出すにも何も知らなすぎた。

 今のところはライゼに与えられた『断罪の娘を迎えにいく』という責任を果たせばいいだろう。

「わかった。とりあえずロルロージュと白い少女のことは頼んだ。あとは任せる」

 玉座から立ち上がり、さっさと広間を出ようとする。

「どこへおいでに? 勝手に歩き回られては困ります!」

「城を見て回るくらいいいだろう? 外には出ないから」

「そういう問題ではなくてですね……」

 整った眉を寄せてみせた司祭は手のひらを打ち鳴らす。広間にそれが響き渡ると玉座の奥の扉が開いた。誰かがやってくる。黒い印象の少女。侍女なのかもしれない。

「陛下、この者が身の回りのお世話を致します」

「ウーア・ガルテンと申します。誠心誠意お仕え致します」

 深々と頭を下げていた少女が顔を上げた瞬間にライゼは目を瞠った。二度、いや、三度は見直した。

「君は……」

 困惑気味に唖然としているライゼにシャオムは首を傾げた。

 ウーアと名乗った少女はまんまるの金色――ではなく黒い瞳を瞬いている。髪とて闇を吸い込んだような漆黒。服装とて真っ黒だ。

 だから見間違いかと思ったし、自分の記憶が歪んでいるのかと思った。そっちのほうが今の状況では正しく思えるくらいには、今のライゼの記憶は当てにならない。

 だが何度目を凝らしてみても、記憶のほとんどないライゼの記憶に強く残っている少女とウーアは同じ顔をしていた。

「君はさっき俺に宣誓させた子だよな?」

 少女は顔色を変えもしないが、代わりに司祭がひどく驚いている。

「ウーア! 王に何か粗相したんですか?」

「身に覚えがありません」

「嘘をつけ。さっき塔にいたよな」

「存じ上げません」

 素知らぬ顔を通すつもりだ。そして司祭は色んなことを忘却している王よりも部下である少女を信じた。憐れむような視線で窘められてしまう。

「陛下……この子はずっと陛下のお部屋を整えていたはずです。塔になどいったこともないでしょう」

「しかし」

「陛下がご覧になられたのは確か銀と金の子では? この子は何の取り柄もない見習い巫女なのです。どうかお許しを」

 司祭の横にいる少女は見習いというわりには王を目の前にしてもまるで意に介さない。その様子をライゼがじっと観察していたせいか、シャオムが慌ててウーアの頭を押しつけるようにして下げさせた。当然そんなことは求めてない。深々と頭を下げさせられている少女を庇うと、頭を上げたウーアはやはりまんまるの瞳だけを瞬かせた。

「俺の名を呼んでみてくれ」

「ライゼ・アインザームカイト・フルゲオクルス」

「ウーア!」

 司祭が金切声を上げてひとり青ざめると少女は申し訳程度に「陛下」と付け足した。この不躾な感じもあの子と同じじゃないか。

「にしても俺の名はみんな知ってるものなのか?」

「陛下の御名は石棺に刻まれているのでこの国の誰もが存じ上げております。ですからこの国は千年間ずっとフルゲオクルスの名を冠しているのです」

「千年も」

「王を変え、形を変え、それでもいつかあなた様がおいでになると信じ、我らは仕えておりました」

「そうか。だが俺は君たちの期待に応えられるような王かはわからない」

「いいえ、あなたは我らの求めた王ですわ」

 待ち望んだ王だと彼らは言う。不満や疑問や様々な想いがあるだろう。それでも彼らはライゼを王とし、またライゼは彼らの王であらねばならない。預言を成就させるために。

「……善き王になれるように善処する」

「はい、期待しております」

 司祭は満面の笑みで微笑んだ。ウーアは反対に無表情を少しだけ顰めた。

 どことなく不満そうな少女に先導されライゼは広間を後にした。



 通路に出てからも少女を観察した。どう見ても顔はそっくりなのだが、あの銀の髪を短時間でこんなに黒く染められるわけもない。まして瞳の色を変えるなど考えられない。

「君に双子の姉妹はいるのか?」

「いない」

 即答。

「俺が王にふさわしいと思うか」

「陛下は王」

 やっぱり即答。迷いすらない。あの少女と同じだ。

「名で呼んでもいいぞ」

 あの少女はライゼが王だと知っているのに呼び捨てだった。そこに意味があるとも思えないが、どうにか彼女とウーアが同一人物だと思える証拠が欲しかった。そうでなければ、先程起こったことでさえ信じられなくなりそうだ。

「大司祭に叱られる」

 にべもなくあしらわれた。さすがに見間違いか勘違いなのかと自分の記憶の頼りなさにうなだれた。これでは老人扱いされても文句も言えない。

「なあ、俺はいくつだと思う?」

「千年間寝てたならそのくらい」

 ウーアは容赦なく追い討ちをかけてきて、ライゼの心を叩き折った。千歳以上とかさすがに老人とかいう次元じゃない。実は自分はすごく高齢なのに無知なのかもしれない。無駄に沈んでいたら突然振り向いたウーアがじっと顔を覗いてきた。

「顔は十八くらいだから大丈夫」

「…………」

 彼女なりに慰めてくれたのかもしれない。千歳超えで顔は童顔というのもそれはそれで目も当てられないのではないか。

 これ以上気にしても仕方がないので年齢については考えないことに決めた。


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