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1-2 断罪の娘



 国とは民である。王は民を導く指針でしかない。

 であれど誰もにその資格があるわけではない。導くにもそれなりの才覚や知性、状況により武力なども必要だ。そういうものを育むのが王家であり、また優れた血筋を守ってきたのが王族である彼らなのだ。

「さっきのは国王の葬儀だったんだよな。なら正統王位継承者がいるだろ。誰なんだ」

 すると葬儀で見掛けた身分の高そうな青年が二人、玉座の前に跪いた。ライゼは慌てて立ち上がり、彼らを立ち上がらせる。正統な王族に自分などのために膝をつかせるなどとんだ仕打ちだと思ったのだ。

 ひとりは葬儀の時に国王を庇いライゼに立ち塞がった男。短い栗色の髪にいかにも血気盛んそうな目をした青年だ。今もライゼを睨みつけていることから、やはりライゼの王位継承には不満と見える。

 もうひとりは栗毛の男よりも年長に見える濃い金髪の青年。こちらは澄ました表情でいて感情が読み取れない。聡明さは窺える。

 どちらもライゼよりも年上に見え、また勤勉そうであり王族としての立ち振る舞いを心得ているようだった。

「正統継承者がいるなら彼らをないがしろにするわけにはいかない」

 シャオムに向き直る。彼女はさも当然のごとく反論する。

「正統を説くのであれば、預言を体現なされたあなた様が一番ふさわしいのです」

「預言、か。楽園へ導けというあれか?」

 軽く息を吐き出したライゼは彼らを見回す。困っているから楽園へ連れていけ、ということなのだろう。

 予想するにとてつもない面倒事を押しつけようとしているのではないか。楽園の行き方など、自分のことすらまともに覚えていないライゼにわかるはずもない。

「なんだかわからないが俺では力になれそうもない。王だなんて大役を務められるとは思えない。だからもう行っていいか」

「行くってどちらへ」

「外とか」

「なぜ陛下が外へ行かれる必要があるのですか」

「もうその呼び方はやめて欲しいんだが。俺は全く関係ない一般人だ。だから帰ろうと思う」

「どちらに?」

 もっともだ。ライゼに帰る場所はない。というか覚えていない。閉口したらずるずる流されそうで一応もう一度主張した。

「……外とか」

「外は危険だぞ。死にたいなら勝手に出て行けばいいがな」

「脅してるのか?」

「そう思うなら好きにしろ」

 不満を張りつけたままの栗毛の青年は腕を組んでそっぽを向いた。それをシャオムが咎める。

「ブルタール様! そのようなことを申すなど! 陛下、申し訳ありません。ですが城の外にはお出にならないほうがよろしいのです」

 それをライゼは王として迎えようとしている男の警備上の問題だと片付けた。仕方なく了承し、外へは勝手に出ないことを約束した。

「でも少し考えさせてくれないか。君たちの力になりたいのは山々だが、俺は自分のこともよくわからないんだ。それなのに王になるなど誓約できない」

「我が王はなんと責任感がお有りになる!」

「あ、ああ……では、少しひとりにさせてくれ。外には絶対行かないから」

 シャオムの大袈裟なおだてように辟易としつつ、なんとかひとりになることを許された。



 城の廊下は大理石だ。左手には騎士の甲冑が何体も並び、右手は白い支柱が立ち並び、窓は全面硝子張りで庭園が望める。

 ライゼは軽く眺めただけで速度を緩めることなく真っ直ぐな廊下を進んでいく。広大な敷地だろう城の中を迷いなく進むのは単に連れてこられた道筋を覚えているからだ。

 先程は気がつかなかったが城はどうやら手入れも満足に行き届いていない。人員不足か他の理由があるのか。王に、と求められる身としては不安しかない。

 彼らは何としてもライゼを王にしたいらしい。『王』と簡単に言ってくれるが、玉座に座っているだけでいい存在では確実に、ない。

 王とは私利私欲を捨て、民のために生き、国を善き方向へ導き、国のために死ねる覚悟がある者がなる。ライゼはそう考える。

 なれと言われてなって良いものではない。それともライゼの立ち位置は象徴に過ぎず、執政は彼らが行なうのだろうか。それにこの国が抱える問題とは何だろう。

 でもこんな見知らぬ国でどうすればいいのか。行く宛てがない。自分のこともよくわからない。

 城に置いてやる代わりに王になれ。そんな誘惑に頷いてしまいたくなるのは、石棺の闇から逃れた瞬間に広がった見知らぬ光景が心細かったせいだ。

 そう思ったことを認識してしまうと、唾棄したくなった。馬鹿馬鹿しい。そんな権利はない。

 どうして?

「知るかよ……」

 塔への扉を開く。国王の棺はどこかへ運ばれ、残っているのはライゼが破壊した石の棺と散った白い花びらだけだった。鐘はもう鳴り響いていない。

 そしてもうひとつ。先程とは違う存在。

 白い服の少女。髪も白い。いいや、差し込む太陽の光に反射する銀は陽の光を纏い柔らかい印象だ。

 よく引き絞った腰のラインから広がるふんわりとした膝丈のスカートから黒いタイツに覆われたほっそりとした脚が伸びている。真っ直ぐな髪は腰まで伸び、毛先が少々あらぬ方向へ遊んでいた。

 少女は石棺のあったところに佇んでいて、ふいに振り向いた。ライゼの気配を感じたせいだろう。

 金のまんまるい瞳が瞬く。まるで猫だ、という印象を与えた。

「どうして?」

 猫の子よりも落ち着いた声音は不思議な色を持っていて、耳にじんわりと染み込んでいく代わりに言葉の意味を成さない音にしか認識できなかった。彼女が首を傾げて金の猫目を瞬き、やっと耳に届いた音が言葉となって頭に入ってきた。

 しかし彼女の言葉は不可解でライゼも首を傾げてしまう。

「ライゼ・アインザームカイト・フルゲオクルス」

「……フルゲオクルス?」

 ライゼはここにきてから名を名乗っていないことに気づき、目の前の少女を途端に怪訝に思う。それにフルゲオクルスなんて名じゃない。

「この国の名」

 王だから国の名を背負えということか。少女はよく見ればどうやら巫女らしい。浮き世離れした容姿だから油断したが、この娘も他の臣下たちと同類なのだ。ライゼを王にと説得させたいに違いない。せっかくひとりで思案するつもりが、とんだ邪魔が入った。

「俺は王にはなれない」

 それだけ言うと、彼女を無視して棺の前に膝をつく。この石棺が何だったのか確かめにきたのだ。ライゼを閉じ込めていた棺。よく見れば文字が刻まれている。破壊したせいで砕けてしまってはいるが所々読めた。

「王になるんじゃなくて、あなたは王」

「勝手なことを言うな」

 後ろにいるかと思い顔を上げれば、すぐ横にしゃがみ込みじっと顔を覗いていた。ぎょっとしてひっくり返りそうになるのを堪え、表情を取り繕う。

 彼女は全く表情を変えないまま手を差し出した。石の欠片が握られていて文字が刻まれている。

「これを読んだのか?」

 そこには彼の名が刻まれていた。フルゲオクルスの文字と共に。

「ううん。あなたを呼んだ」

「なぜ?」

「わたしはあなたの記録媒体だから」

「王の書記官なのか?」

「あなたの」

「俺は王じゃない」

「ライゼ・アインザームカイト」

「……ああ」

 猫目娘の言いたいことは要領を得ないので自分の作業に戻る。棺には文字がびっしりと刻まれていて、見れば見るほど奇妙である。内容もおとぎ話のようでまるで現実味がない。


 これは神と竜と人間の物語だ。

 神は最初に竜を創った。美しく力強い翼竜の金の瞳には神の力が一番色濃く残った。神は宝石のような瞳を持つ竜を愛した。

 次に自分の姿とよく似た人間を創った。彼らもまた肉体に神の力を宿して、神のしもべとしてよく働いた。

 だが人間と竜は相容れなかった。神が竜だけを愛しすぎたせいだ。

 すると戦が起こり、神の力を使い互いに滅ぼし合った。

 当然、神は怒る。竜は神を畏れた。しかし人間の娘は自らの力に驕り、竜に手を出した。男のように血を流すやり方でなく、竜を愛して自分のものにしたのだ。

 自分の竜を穢された神は娘に呪いをかけて世界から追放した。娘は人間ではなくなり、争いばかり起こす人間もまた神の力を奪われ、力のないただのしもべとなった。竜は人間に穢されたせいで神に見捨てられた。

 娘は今も断罪され続けている。

 竜と人間の血の混じる王が神に赦され、断罪の庭園に娘を迎えにいくまで。いつか原罪の娘が赦された暁にはきっと人間にもかつての栄光が訪れる。娘の罪は人間の罪。しもべも罪を償うために神の都を模倣した国を守り続けている。

「まさか俺がこの竜と人間の子だとか言うんじゃないだろうな」

「そう」

 少女は軽く頷いた。

「違う。俺はそんなのじゃない」

「ライゼ。あなたには力がある」

 金の瞳が煌めいて彼を見つめ、少女はライゼの手を握り締めた。いやに熱く感じるのはなぜだろう。

「力なんてない」

「人間は石棺をこんなにできないよ」

「……でも王なんかじゃ、ない」

「名前を呼んで」

「君の名前を知らない」

「わたしのじゃなくてライゼの。ライゼ・アインザームカイト・フルゲオクルス。……続けて」

「なんで」

「いいから」

 握られている手にさらに熱が籠る。それに金の瞳に射抜かれると従わなくてはならない気になる。戸惑いながら、緊張して掠れてしまった声で名を名乗る。

「ライゼ・アインザームカイト」

「フルゲオクルス」

「俺は」

「いいから」

「……フルゲオクルス」

「神に約束せし、楽園へのしるべとなる王よ。不滅なる肉体を持つ、滅びし竜の国の王よ。深き眠りから目覚めし刻、その身を捧げ、神の地で眠る王の妃を娶り、神のしもべたる民らに悠久の幸福をもたらすことを誓わん」

 司祭のように宣誓を詠み上げた少女は彼に誓いを促さなかった。ただし名と呼応するように彼女の宣誓はライゼを縛りつけるような感覚をもたらした。胸がひどく熱くて、息苦しい。

「ロルロージュが待ってる」

 その『名』が呼ばれた瞬間に石棺に刻まれた文字が金色の光になぞられていき、二人を囲うように光の輪ができた。少女が握っていたライゼの手の中に何かが生まれる。

「これは時を刻むもの。一の封印は解かれた」

「何を……」

 言葉の意味がわからないまま、手の中に現われた金色の懐中時計を撫でた。蓋には竜の紋様が描かれている。蓋を開けてみれば、時計は時計としての機能を果たしていなかった。針が左回りだ。それに文字盤に何も書かれていない。ただ規則的に針が後ろへ戻っていくだけ。ライゼはすぐに蓋を閉じた。どうせ少女に聞いてもまともな答えは返ってこない。

 それよりも身体に何かが満たされたような感覚がして昂揚した。

「ロルロージュ」

 ほとんど無意識に呟かれた言葉に少女は頷く。でも発した自分のほうが驚いていた。

 ロルロージュ。知らないはずだ。聞いたこともない。

 なのに知っていた、と思う。

「なんだ、これは……お前何をした?」

「あなたは王として宣誓した。だから封印が解けた。解けると思い出す」

「思い、出す……だと?」

「ライゼは自分のことがわからない。知るためにはロルロージュに会うしかない」

「俺に王になって原罪の娘を迎えにいけと言うのか」

「ライゼはそうするしかない」

「ふざけるな! 俺はなんだ? 神と竜? 罪の女? わけがわからない! どうして俺がそんなことをしなくちゃならない!!」

「わかるために王になる」

「お前は“王になる”んじゃない、“王だ”と言っただろうが! 俺がすでに王なら全部説明してくれ! こんなことやってられるか!」

「ライゼは王だけどまだ完全じゃない。王としてロルロージュに会いにいくか、何もせずその時を迎えるか。自分で決めて。あなたには時計を渡した」

「こんな壊れた時計が何になる」

「これは庭園の時計。刻む時間には限りがある。ロルロージュは待ってる」

「ロルロージュって何なんだ……」

 すでにライゼの声には力がない。わけのわからないことに巻き込まれたとしか思えないのに選択肢は最初からないとわかったのだ。淡々と説明する少女は何かを知っているようなのに、ただの案内人でしかないと理解できた。

「ロルロージュはライゼの大切なもの」


「大切な……?」

 少女が頷きかけた時、城へ続く扉が開きライゼは顔を向けた。

「陛下! こちらにおられたのですか。心配致しました」

 司祭が長い裾を引きずりながら駆けてくる。諦めと言えばいいのか、それとも覚悟をしてしまったと言うのか。そんな気持ちで眺めていた。城に戻ろう。

 ロルロージュ。全てを知るには王にならなければならない。

 その前に少女が何者なのか聞こうと振り返り、けれどそこにはすでに誰もなく、白い花びらだけが風に舞っていた。

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