幻夢
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「あなたは、広い野原いっぱいに咲き乱れる花の中心にいます
……さあ、ゆっくりと目を開いてください。
野原に咲き乱れている赤や黄色の花が見えますか」
田村は、ゆっくりとそして腹に響くような説得力のある低音で語りかける。
エミが沢田の耳元で囁く。
「田村さんの声、正和にそっくり……」
沢田が人差し指を口許に当てた。
「見える!……はっきりと……」
リルは夢を見ているんだろうと思った。
(夢にしては、あまりに生々しいわ……赤や黄色の花の香りが微風に乗って鼻腔をくすぐる……)
リルは混乱した思考にとまどっていたような上ずった口調で呟く。
「リルちゃんの足元を見てごらん……1メートル四方のマンホールの蓋の上に立っているのが分かるね」
「はい」
「サビて所々に苔が付着して亀裂が走っている
マンホールの蓋が見えますか」
「はい……見えます」
「さぁ……蓋が重さに耐え切れず、砕け散るあなたは奈落の底へ
ゆっくりと落下して行く。
危険性はありません……だんだん下に沈み込んで行くに連れて過去に遡っていく
……深い井戸へ降りて行くような感じです
……回りの壁には過去を彩るあなたの思い出が走馬灯のように映しだされています
……これはあなたの心の中の穴(井戸)です。
底には水が溜まっています。
田村の声が頭の中で反響する。
あなたは、じめじめして、カビ臭い真っ暗な穴の底へ落下して行く。
どんどん落ちて行く。
斜め下の方向が、ボーッと鈍い光を発している。
ひかり苔が密集しているらしい。
落下しながらひかり苔に、チラッと視線を走らせたリルが
『うっ……』
っと声にならない悲鳴を上げた。
腐りかけた顔半分に、眼球がドロリと垂れ下がっている生首。
まるで、井戸の壁から生えてきたようである。
思わず両手で顔を覆った。
『あなたは事故に遭う前日まで遡りました……』
頭の中に、その言葉が反響すると突然、左右前後に振動が……
両手の隙間から覗くと壁が、崩れ落ちながら消失し始め、周囲がぼやけるように霞む。
「何が見えますか?」
「あっ……あたしと山口健ちゃんとお母さんがいる……」
舞は懐かしさで胸がきゅっと締め付けられるような気分と、目頭が熱くなるのを感覚した。
「ただいま」
「おばさん、こんにちは」
健が挨拶をする。
「健ちゃん……舞を宜しくね。
健ちゃんと一緒に勉強するようになってから舞の成績も急上昇。
お父さんも喜んで健ちゃんも明日の舞の誕生日の食事会に是非と……」
「やったぁ」
健がバンザイを連呼しながら、舞の回りを回る。
「舞……階段は静かに」
「ハーイ」
返事をしながら舞は、ぺろりと舌を出した。
「駄目だょ、舞ちゃん……舌なんかだしちゃあ」
健が舞に、諭すような口調で呟く。
「でも、舞ちゃんは、お母さんとは、中がいいんだね」
「うーん、友達感覚で付きあっている」
『今日は二人とも静かね。
そろそろピアノの練習が始まる頃なのに……』
(それにしても、健ちゃんのピアノ凄い。
私も若い頃はピアニストを目指していたから……健ちゃんの資質はうらやましい)
紅茶とケーキを持って2階の舞の部屋に近づく。
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