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懐かしい夢

第2話[懐かしい夢]

舞はポケットから携帯電話を取りだそうとした。



(あれ、無い?

確か映画館で、映画が始まる前まで触っていたはずだが……)




舞はファミリーレストランを出て近くの公衆電話から、自分の携帯電話にかけた。




あっ、(つな)がったわ。



『もしもし』



舞がおっかなビックリ呟いた。



『もしもし……どちらさん?』



落ち付きのない、妙に軽い感じの男性の声がした。




これが工藤孝との初めての声の交換であった。



「その携帯の持ち主なんですけど、何処で拾ゎれました?」




「この携帯あんたの……」




「そうです。

さっきから、そう言ってるじゃないですか」





「それにしても、あんた友達少ないねぇ」




電話の先で笑っているような声がした。




「中を見たんですか?」



と舞は声を荒げた。




「普通見るだろうよ」




男が、こともなげに言った。




「見ません!」



「そうカリカリすんなよ」




「他には見てないですよね!」



「見てねえよ、動画以外にはな」




「えぇ!

見たんですか?」




「そうだよ。

調べてみないと誰のか解らねぇだろうよ」




「えっ!」




舞は絶句した。



「それにしても、なんだいあの顔……笑っちゃうね。


顔を歪め唇を突き出し酷い顔だね。


もしかしたら、これあんたかい?」




「ち、違います……」




「あっ、そぅ」



「俺、今から出かけるから夜の8時頃、中野駅から電話くれるかい」




男が一方的に言った。




「駅前で待ち合わせですか?」



舞は出来るだけ感情を抑えて、そう言った。



「いや、いや。

俺のマンションに取りに来てくれるかな?


駅から歩いて5分ぐらいの場所にある。


イーグルマンションの305号だから……」



男は相手が取りにくるのが当然だと言うような口調で言葉を発した。



「あなた。

マンションに私を連れ込んで、どうするの?」



舞が不信感をモロに出したような口ぶりで言った。




「勘違いすんなよな。

俺はガキには興味ないからよ」

「ガキじゃありません。

18です」




舞が、むきになって答えた。




「ほら。

ガキじゃないか」



「そう言うあなたは、幾つですか?」




「28だょ」




「いい大人が子供をからかって、面白いですか?」




「おぅ。

悪いな、じゃあまたな」




「もし、もし……」


(なんて奴。

ちょっと痛い目にあわせてやるわ)




舞は誰とも無しに、ぽつりと呟き、受話器をガチャンと叩き付けるように乱暴に置いた。




−−……−−




舞は舐められないように、プレゼントされた黄色の奇抜なデザインのワンピースに着替えて中野駅に向かった。






舞は中野駅前の公衆電話から電話をした。

何度電話しても留守番電話になってしまう。




舞は仕方なくイーグルマンションを探す事にした。




イーグルマンションは男の言った通り、徒歩5分ぐらいの場所にあった。




タイル貼りの小綺麗な15階建てのマンションで新築みたいだった。




エレベーターに乗り3階で降りた。




向かって左側の角部屋が305号、すぐに見つかった。




ドアの中心部分に、メモ用紙が貼り付けてあった。




『ちょっと急用ができたので、中で待ってろよ。


冷蔵庫に果物や飲み物があるから自由に飲んでいいよ。


退屈なら映画でも。



いい大人から→子供へ』




もしかしたらアイツ、中に潜んでいるかも知れないわ。




舞は五感を研ぎ澄ませながら擦り足で進む。




舞は5メートル以内なら、相手の気を肌で察知する能力を持っていた。






それが拳法3段の腕前であった。




部屋には誰もいなかった。



鍵を開けたまま外出とは、無用心ね!


あたしが泥棒だったらどうするつもりだったのかしら?


舞は冷蔵庫を開けて、ビックリした。




缶ビールとパック入りのキムチとパック入りツナ&コーンサラダ以外には何も無かった。




取り合えずツナ&コーンサラダとビールを飲みながら帰りを待っていた。




『トーン』




背中をタッチされた。




舞はガバッと起きた。




目の前に20代後半の女性が立っている。




「起こして、ゴメンなさいね」



女性もビックリしたのか、声が上擦っていた。



「あなたが孝さんの妹さんね。



一度写真で拝見したけど、実物の方が可愛いわね」




「えっ!?」


(何をいってるのこの人。


多分あの男、あたしの携帯の写真を見せて妹と言ったんだわ)




「あの口を歪めた写真は二週間前に、ふざけて自分で撮った写真よ。


私は彼の妹でもなんでもありません」




舞は誤解を解きたくて真剣に訴えた。




「でも、変ねぇ。

私が孝さんから写真を見せて貰ったのが一年前よ。


それにアングルが2メートルぐらい離れた場所から撮影されたものだったわ。

あっ、そうだその写真あるよ」



と定期入れから取り出して舞に見せた。




「えぇ!?

そんな馬鹿な?」




舞は自分の眼を疑った。




確かに自分が写っていた。




写真は偽造できるが……。



もしかしたら、また新たな記憶喪失が始まったのかと舞は頭を抱え込んだ。




突然、ドアがバタンと閉められる音がした。




金髪の男が女二人に抱き抱えられて入ってきた。



「おい、麗子!

妹にそっくりだろう。


俺は、しらふで彼女に会う勇気はなかった……」




「孝さんから妹は白血病で亡くなったと聞いていた。


最初、寝ている彼女を見つけた時は孝さんに騙されたと思ったわ。


でも奇跡的な出会いってあるものね」




麗子が感動したような口調で言った。




「ところで、あなたの職業は?」




麗子が、ジロジロ舞を見ながら尋ねた。




「今、仕事を探している所なんです」




「お住まいは?」




「それも今……」






舞が元気無く答えた。



「ちょっと、金髪のお兄さん。

あたしの携帯電話は何処よ?」



舞が(にら)みつけるように言った。




「おぉ、そうだったな」




孝が、ふらつきながら胸ポケットから舞の携帯電話を取り出す。




「あなた、どうして私の携帯を持って飲みに行ったんですか?」




舞が不愉快な表情を隠しもせず、(とが)めるように尋ねた。



「そう、カリカリすんなよ。


いい大人が……」




工藤が少し呂律(ろれつ)の回らない口調で、そう言った。




「人の事を餓鬼(がき)だと言ったり大人だと言ったり。


携帯拾ってくれてありがとう。


失礼します」






舞が礼を言って出て行こうとした。




「あのぅ、ちょっと待ってよ」



女が、舞を呼び止めた。




「まだあたしに何か用ですか?」




舞が振り返りながら呟いた。




「舞さんと言ったわね。


さっきの話だけど行く所が無いのだったら、此処に泊まれば。

あたしも泊まるから。


あたしは麗子、孝はあたしの彼氏よ」




麗子が説得するような口調で舞に言った。




あたしもあなたの事を口実に此処に引っ越してくるから。


そうしてくれたらあたしも助かるんだけどなぁ」




「はい、宜しくお願いします」



舞が、孝を視線で追いながら呟いた。




孝は16畳の居間のソファに、倒れ込むように寝ていた。



(もし……孝が襲ってきたら、痛め付けてやるんだけど。


でも助かったわ。


寝る所は確保したから、後は仕事か)




麗子と舞は、明け方近くまで飲みながら語り明かした。




麗子はキャバ壌で、二年前お客として来た孝に惚れて、付き合っている。




孝は女好きで現在付き合っている女性は麗子を含め四人。




いずれも他店のキャバ壌。




「孝は、月曜から木曜まであたし達の店に来て指名してくれる。

そしてきっちり50万使ってくれるのよ。

他のキャバ壌達もあたしと同じように指名客は孝だけだと思うわ」




麗子が五本目の缶ビールの蓋を開けながら呟いた。




「一週間に200万も散財して、孝さんは一体どんな仕事を?」



舞が興味深げに尋ねた。




「実は大きな声では言えないけど、ぼそ、ボソッ」




麗子が声を潜めて呟いた。




「よく聞き取れなかったんですけど……」




舞が耳を近づけながら、そう言った。




麗子が舞の耳元に口を寄せ呟いた。




「えっ!

それって犯罪でしょう。


オレオレ詐欺って」




「じょ、冗談よ」



麗子が、酔いの回ったとろんとした目で、舞を見つめて言った。




「あたしは、金、土、日は仕事を休んで、孝の仕事を手伝っているの、もし良ければ、彼の仕事を手伝って貰らえないかしら……」




「あたしで良ければ、詐欺意外なら……」




「じゃあ、決定ね」




麗子が嬉しそうに言った。




「えっ!孝さんに相談しなくて良いんですか……」



「雇用関係は、あたしの仕事なの……」




「あのぅ……仕事はなんですか?」



舞が、恐る恐る尋ねる。




「孝さんの仕事はプロ馬券師……プロと名前の付く人は、日本には数名しかいないと思うわ」



自慢げに、鼻を膨らまして呟いた。




「私は、どんな事をすれば……」



舞が不安そうに尋ねる。




「平日は、膨大な過去のレーシングプログラムを、ハンディスキャナーを使用してノートパソコンに取り込む。金、土は、馬券セミナーを開催するので、場内整理かな」





「仕事の概要は理解しましたが、給料の方はどのくらい?」




舞が麗子に尋ねる。




「最初は30万でどうかしら」



麗子が答えた。


「そんなに貰えるんですか?」



「儲かっているからね。


話しは変わるけど、舞ちゃんは三年前に白血病で亡くなった、孝の妹さんに、うりふたつね

孝が携帯電話を拾って、操作ミスで妹さんの画像を目にした時、ビックリして携帯を落としたそうよ。



妹さんも百面相さながらの顔を携帯で撮っていたそうだから、電話で舞さんと話しをしていた時には、天国の電話じゃないかと、一瞬疑念が生じたと言ってたわ」




麗子が、定期入れから孝の妹の写真を出して舞と見比べながら言葉を発した。


−−……−−



事故の後遺症で、記憶喪失の舞だったが、時々夢に現れるシーンがある。



その夢は生々しさと霞む背景が融合して、奇妙なコントラストを(かも)し出していた。



一つは、いじめられて泣いている男の子に、


『もう、泣かないの』


って叫びながら、いじめている二人に立ち向かう自分。




二人を撃退した後、


『男の子は泣いちゃ駄目。

お母さんが、いつも言ってるわ。



夢と勇気を持って、自分を鍛えなさいって』




男の子も背景も霞んで、判然としないのに、その言葉だけが、目覚めた後も脳裏に残っていた。


舞は、両親を事故で亡くして、寂しさといじめなどで、挫けそうになる時に、


『自分を鍛えなさい。夢と希望を胸に秘めて』


と言う言葉を、心の中で反芻(はんすう)する。



拳法を習得して、心身を鍛えようという思いは、母親の言動から、自然派生した流れであった。




舞の母親は、合気道の有段者で、舞を道場に連れて行った事もある。



−−……−−



孝の職業はプロ馬券師、舞は助手として毎日、孝に同行した。


一か月に一回は、馬券セミナー兼予想を一人二万円で、100人限定で開催。




予想も好調で100人の所1000人も受講希望者がでて、舞の提案で特別に1万円で予想を完売した。




三人の共同生活も、孝の死(交通事故)で幕を閉じる。



短いようで長い6ヶ月であった。



孝が暴力団に拉致され明日のメインレースの予想を強要されている所に、一人勇敢にも乗り込み孝を助けだし二人で20人を叩きのめしたのもよい思い出である。

孝も拳法初段の腕前だった。




孝の死後、麗子の紹介でキャバクラ《天使の舞》のピアノの弾きかたりとして採用されるが、余りにも指名客が多い為、入店三ヶ月でキャバ嬢へ。



こうして、カリスマキャバ嬢“リル”が誕生した。

閲覧ありがとうございます。


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