08
「それじゃ、坊主への感謝を込めて!乾杯!」
「乾杯!」
ただ今、酒盛りの真っ最中。
主催者の大男が満面の笑みで音頭をとり、客たちが後に続いた。全員で酒の入ったグラスを取って乾杯する。
主役になってしまった諒も半ば強引にグラスを押しつけられ、一緒に乾杯していた。
そして、乾杯した途端皆が酒を――飲まなかった。何故か、期待に満ちた目でじぃっと諒を見ている。
諒はグラスを持ったまま首を傾げた。
「皆さん、どうしたんですか?」
客たちの態度に何となく不自然さを感じ、尋ねる。
「いや、早く飲めよ」
「ここの酒はうまいぞ」
「一気にいけ、一気に」
客たちはにやにやした顔で口々に言う。
どうやら、酒で警戒を緩め、常に丁寧な諒が本性を見せることを期待しているらしい。普段とのギャップが見たいのだろう。…諒が酒乱だったら笑い事ではないが。
諒は客の真意が分かって、自分が場の余興にされているような気がしないでもなかったが、特に自分に害があるわけではないので気付かなかったことにする。
「では、遠慮なく」
諒は(にやついた)笑顔で見守る客たちの中で、グラスの縁に唇を当て、客の希望通り一気に喉に酒を流し込んだ。
酒を飲み込んで、諒は口元を拭い少し考え込む。
諒としては別においしいということもない微妙な味だと思ったが、客たちの言葉からしてこの酒はおいしいのだろう。何にせよ、初めて飲んだ酒なので判断できない。
しかし、素面の時と全く変わらない考え方をしているということは少なくとも、諒は一杯くらいで酔うほど酒に弱くはないようだ。
諒がまだ酔った様子がないことを確認した客が、どんどん諒のグラスに酒を注ぐ。
そんなことをしていたら、感謝会に参加した客たちは一時間にグラスの半分も飲んでおらず、諒は十杯以上飲んでいるという事態になった。
それでも変化がない諒を、客たちが半分呆気にとられて見ていたが、諒は柔らかい笑顔でグラスの酒を呷っている。
しかし外面には変化がないように見えても、一応諒も酔っている。
多分、この世界で一番強い「竜の美酒」とまで言われる酒なら、浴びるくらい飲めば、さすがの諒も意識が飛ぶだろう。全く酔わない体質ではないようだ。
客たちと会話していて、諒はそれを自覚した。
諒は酔うと人を弄る癖があるらしい。
恐ろしいことに、諒は話しかけてきた客たちの性格を次々と把握し、巧みに話を誘導して自分から口が滑るようにして黒歴史を暴露させている。
七人ほど諒との会話で黒歴史を暴露してしまい、自棄酒を飲み始めたところで周りの客たちが諒に戦慄していた。諒の弄る対象になった者たちが、心でも読めるのではないかと思うほど彼に全て見透かされていたからだ。
洞察力の鋭さを妙なところで発揮した諒だった。
最終的には飲み競になり、深夜まで酒を飲み続けた客たちは全員泥酔状態で眠ってしまい、この宿の酒場にもなる食堂に、男たちが酒瓶と共にごろごろと転がることになった。
いくら飲んでも人を弄るレベル以上は酔わず、最後まで残ってしまった諒は一人困って額に手を当てた。
「もしかして…この場は私が片付けるんですか。この惨状をどうしろと」
女将も酒だけ出して自分の部屋に帰ったため、起きている人間は諒しかいなくなった深夜の宿の食堂で、諒の声だけが虚しく響いた。