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07

「あんた、聞いてはいたけどすごい魔術の熟練者だね。全員に死なない程度に調節して雷を落とすとか、そこらの人間じゃ無理だよ」


冒険者ギルドに気絶した盗賊団を回収しにきてもらい、いろいろと説明や手続き、盗賊団に邪魔された夕食などを終えて一段落した後、女将が改めて諒の魔法を称美する。周りの客たちも、諒と、諒の魔術師としての実力に感謝と羨望の目を向けてきていた。


「しかも、さらっと無詠唱だったよな?お前、本当にすげーな!」


諒が魔狼を倒した際に様子を見にきた男の一人が、諒の背中を豪快にバンバン叩く。偶然、諒と同じこの宿に泊まっていたらしい。


かなりの大男で、恐ろしく叩いた力も強かったのだが、諒は涼しい顔で立ったままよろめきもしない。


見ていた客たちが密かに、「あの剛力のおっさんに叩かれて無反応とは…」と地味に諒に畏怖する。諒が直接敵と衝突しない魔術師なだけに、リーダー男との一方的な戦いを見ていても、体の方は脆弱だという思いが強かったようだ。


確かに基本的にはその考えは間違っていないが、諒の場合は昔のトリップ時にもいきなり魔獣の住処である森に放り出されているのだ。当然最初は魔獣に追い回されて逃げ回り、気配を絶つなどやっている。


体力が付かないわけがない。


それで体力が付いていなかったら、とっくに諒は天国行きになっている。そこまで苦労が報われないと、むしろ詐欺だ。


今の状態で可能かはまだ分からないが、トリップした幼児の頃はこの世界で最速かつ勇者や魔王の次に最強と言われる龍から卵泥棒と勘違いされて追われ、逃げ切ったという輝かしい(哀れな)過去がある。


最も、逃げ切ったその後もしつこく龍にストーカーされた挙句諒が仕方なく戦って倒したが。


諒がこの出来事を思い返した時は『龍は意外と弱かったですねー』と呟いていた。


実際は、龍は一流の戦闘職の人間を五千人程集めて完璧な指揮官の下で戦わせてもなお勝てるかどうかといった生き物だ。幼児が倒せるようなものでもないし、意外と弱いどころの騒ぎではない。諒は明らかに感覚が狂っている。


まあ諒がおかしいのは置いておいて、そんな不運な体験をしているため、諒が肉体的に弱いなどということはあり得なかった。


だから、諒にとっては先程の大男くらいでは全然余裕なのだ。


そんな事情は知らない客たちは、さっきの盗賊団をあっさり気絶させたことも相俟って、興味津々にじろじろ諒を眺めていた。


諒は、皆の視線の集まりように困惑しながらも相変わらずの平和な笑顔で大男の褒め言葉に対応した。


「ありがとうございます。成り行きでああなったのですが、お役に立てたようで光栄ですね」


「……おっ?やけに礼儀正しい坊主じゃねぇか。お前くらいの年だと、生意気に大人に食ってかかる奴ばっかりだってのに」


諒の丁寧な受け答えに、大男が驚いて目を瞠る。敬語を使われたことも驚きの原因の一つのようだ。


「そうなんだよ。本当に、うちに娘がいたらねぇ」


女将も惜しそうに同意した。…まだ、結婚ネタを引きずっているようだ。


「きっと、平凡な私と女将さんの娘さんでは釣り合いませんよ」


諒は、やはり穏やかな声で否定した。…客観的に諒を見れば、ちょっとアレなくらいの過小評価である。


「謙虚でいいなぁ、お前は!」


がっはっは、と大男が朗らかに笑う。偉丈夫なだけあって、声もかなり大きく響き渡った。この大男、とにかく陽気な人柄らしい。


一頻り笑った彼は、他の客たちに宣言した。


「よし、今日は坊主が魔狼騒ぎといい強盗未遂といい大活躍したことだし、俺の奢りで坊主への感謝会開いて酒盛りするか!」


「なーに言ってるんだい。感謝会はいいけど酒盛りは昨日もじゃないか。あんたたち、毎日酔い潰れる気かい?」


呆れた顔で女将が言ったことは、客たちの野太い歓声で掻き消された。


女将の隣で唯一その言葉を聞いた諒も苦笑いする。


当人の諒を置いて勝手に感謝会の話が決まっていったが、少し思惑があり結局本気で話を止めようとまでは思わなかった諒であった。


この世界では、成人は十八歳で、酒を飲める年は十六歳からだ。


因みに、厳密には決められていないので、十歳だろうがなんだろうが、飲んでいる者は普通にごろごろしている。既に暗黙の了解状態の飲酒を止める奇特な人間は、王侯貴族辺りにしかいない。


それはともかく、制限が十六歳なら、地球では酒を飲まなかった十九歳の諒でも普通に飲酒できる。


諒としては、これが初めての飲酒で自分が酒にどれくらい強いか分からない上、もしかしたら警戒が緩んで余計なことまで喋ってしまうかもしれないのであまり酒は飲みたくなかった。


だが、これから何かの付き合いで酒を飲まざるをえない状況になった時のために、自分の酒の強さを早めに知っておいた方がいい。


そう考えて、諒はそこまで強く止めようとしなかったのだ。


諒は、これから行われる酒盛りで、自分が酒に弱かった場合どんな醜態を晒すのかと想像し、乾いた笑いを浮かべた。



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