06
「いきなり斬りかかってこられても」
諒は紙一重で、しかし余裕でリーダー男の攻撃を躱した。
「なにっ?」
今の一撃で諒の息の根を止める気でいたのか、リーダー男が動揺した様子を見せる。
実際、剣の振るわれたスピードはかなりのもので、相当な達人でないと完全にはよけることができなかっただろう。
諒は、そんな凄まじい一撃を躱したにも関わらず、この場には不釣り合いなほど平和ににこりと微笑んだ。
「危ないですよ」
「…ちっ」
必殺の剣を躱されて、思わず崩れた体勢を立て直したリーダー男は、舌打ちして再び諒に剣を振り上げた。
「やっちまえ、お頭!」
仲間の応援が聞こえる。リーダー男が再び剣を振り下ろすが、諒はそれも軽く避けた。その悠然とした表情は全く変化しない。
それを見た時、リーダー男は苛つきで熱くなっていた頭がさぁっと急速に冷めていくのを感じていた。
遊ばれている。
その思いが、リーダー男の頭を占拠する。
リーダー男は、剣の速さから分かるように、非常に強い剣士だ。盗賊になってから、大人しく金を差し出さず抵抗した人間は全員、戦って倒し、その亡骸から金目の物を奪ってきた。
盗賊を始めてから、一度たりとも敗北したことはない。もし負けていたなら、彼はこの場にいない。「盗賊は死刑」の法に則って、土に還っていたはずだ。
その単純な事実が、リーダー男の自信に繋がっている。盗みの標的は皆、情けなく命乞いをしながら彼の剣に身体を貫かれて死んでいった。
しかし、今敵対する青年は飄々と柔らかい笑みを作り、ふわりふわりとリーダー男の剣をいとも簡単によけていく。青年からは強者の覇気など、微塵も感じないにも関わらず。
まるで――彼の剣を躱すことなど、些事のように。
そんなはずはない、とリーダー男は思う。
リーダー男は長年盗賊団を率いてきたこともあり、一流の剣士なのだ。
さすがに自分が最強だなどと自惚れはしないが、もし最強の人間と立ち会っても、傷の一つや二つ負わすことができると考えている。
それが傲慢ではないくらい、リーダー男は強い。
それすらできないとしたら…それはどんな化け物か。
リーダー男はそんなに強い人間などいるわけがないと結論付け、気持ちを切り替えて諒を睨んだ。
こいつを倒して宿の客から金を奪った後は、酒でも飲もうと考えて。
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諒は二度目のリーダー男の攻撃を避けた後、そろそろ飽きてきたのでさくっと戦いを終わらせることにした。
考え込んでいるリーダー男を尻目に、どうしようかと笑顔を向けたまま冷徹な目でリーダー男とその仲間の男集団を見据える。
そうしていると、リーダー男が諒を睨みつけてきた。さっきまでどこか茫洋としていた瞳が、きちんと諒を捕捉した。
どうやら、リーダー男の考えは纏まったらしい。攻撃を再開してくる。
諒は、身を僅かに反らして攻撃をよけると、足払いをかけてリーダー男を転ばせた。リーダー男はすぐに起き上がろうとしたが、諒はその前に彼の剣を踏みつける。
そして諒は、剣の柄を両手で引っ張って剣を諒の足の下から取ろうとしつつ、攻撃を警戒するリーダー男の顔を、無造作に蹴りつけた。速すぎて避ける暇も存在しなかった。
結果、リーダー男の鼻が折れ、顔が血塗れになる。速さと重さが備わった蹴りを顔で受けとめた、かなり悲惨なリーダー男は、衝撃で頭を後ろにあったテーブルに打ち付けた。
つい柄から手を離したリーダー男から剣を素早く奪い、諒は彼の喉元に奪った剣を突きつける。
ものすごい早業に、声も出ない盗賊団の面々から、ごくりと唾を呑む音が聞こえた。
諒は、そこで魔法を思い出し、
「最初からこうすれば早かったですね」
とのんびり言って男集団に軽めの雷を落とした。効果が出て集団が焦げ、気絶する。ついでにリーダー男にも雷を落としておいたので、最終的に盗賊団のメンバーは全員気を失うこととなった。
雷で気絶したのだから、宿が血と汗にまみれて汚れずに割と綺麗な結果だった…と言いたいところだが、リーダー男への所業は結構えぐい。昼食を邪魔されてちょっと苛ついた諒の、不満の捌け口にされてしまったのである。
諒は気が短いタイプではない。ただ、ストレスは溜めないようにちゃんと発散するタイプなだけだ。…端から見れば、悪人を叩きのめしているだけなのでストレス発散には見えにくいだろうが。
諒が盗賊たちを制圧してからしばらく沈黙が続いたが、ある意味野次馬化していた被害者の宿の客の一人が拍手し始めた。そのうち、それが客たちや女将に広がっていく。
諒は苦笑してリーダー男の剣を捨てた。
こうして温かい拍手の音に包まれて、呆気なく戦闘は終了したのだった。