04
諒が地球への帰還方法を考え出して三時間ほど経った頃だろうか。
午後六時の鐘が聞こえてきた。宿の夕食の時間だ。
この世界では、無属性の魔法のかかった鐘が一時間ごとに時間を知らせてくれる。鳴らされる音の数で時間が分かるようになっていた。
例えば、午後六時なら十八回。零時なら二十四回。午前一時なら一回だ。
因みに、現代人の諒にとってありがたいことに十進法や一日二十四時間、などの基本的なことは地球と変わらない。
その鐘は、王都などの広い街には五つつけられ、普通の街には二つか三つ、村のように狭いところでは一つだけ吊り下げられている。
この村では村の中心の広場に一つある。
鐘が十八回鳴るのをぼんやりと聞いてから、諒は横たわっていたベッドから起き上がった。
何はともあれ夕食だ。
諒は最悪野宿でもなんとかなると思っていて、割と寝場所は気にならない人間なのだが、夕食は一応気にしていた。
腹が減っては軍はできぬ、という慣用句もあるし、諒自身餓死する気はさらさらない。「そんな苦しみそうな死に方はしたくありません」というのが諒の持論だ。
まあ、一日二日食べなかったところで、弱るくらいで死にはしないのだが。
それだけで死んでいたら、諒などはこの世界で数百回は死亡している。
そんなことを考えつつ、諒は食堂のある一階に降りていった。ちょうど他の客たちも鐘を聞いて降りてきているらしく、タンタン、と軽い足音や、ダンダン、と重い足音まで混ざって鳴っていた。あまり防音されていないため、少々騒がしい。
諒より先に食堂に来ていた客もいる中、ちょうど料理を作り終えた女将が気持ちのいい笑顔で迎えてくれる。
諒は女将に軽く会釈した。
「こんばんは。夕食は何ですか?」
テーブルに着きながら諒が聞くと、女将は作った料理をそれぞれ客たちのテーブルの上に並べて返事した。
「レーヌ鳥の煮込みにサラダ、黒パンと豆スープだよ」
メインのレーヌ鳥は、地球の鶏のような存在である。味も鶏そっくりだ。姿は鶏よりアヒルやガチョウの方に似ている。…色は桃色と、おかしくはあるものの。
その他の食べ物も、やはり概ね色や名前が違うだけの同じ味のものだ。
極端に地球の食べ物とかけ離れていないだけましといったところか。それでも何となく、いやめちゃくちゃ奇妙な感覚はある。
例を挙げると…まあオレンジが紫色だったとか、ウサギが緑だったとか、食べる気をなくしそうな配色なのだ。
地球人からすれば、「もしかして着色してあるのか?」「毒じゃないのか?」という感じだ。
だが異世界人にはこれが普通だ。
諒も幼少期のトリップで既に慣れたので、幸い食欲が湧かない、といったことはない。さすがに子供の時に初めて異世界の食べ物を見た際には絶句したが。
諒がどこか遠い目で昔を想っているうちに、他の宿泊客たちは出された夕食を食べ始めていた。せっかくの料理が冷めては勿体ないので、諒も食べることにする。
簡単に手を合わせてから、用意されていたナイフとフォークを手に取る。
女将がご馳走にすると言っていただけあって、腕によりをかけて作ったのかレーヌ鳥の煮込みには味がしっかり染みていておいしかった。
サラダも特製のドレッシングがかかっていて新鮮だし、黒パンはちょっと固いが中身はふわふわしている。
豆スープはサラサラしたコンソメスープのようで、いわゆる「家庭の味」だった。
「どうだい?」
味わって食べていた諒のところに女将が来て、感想を聞いてきた。
「…家庭の味がします。おいしい料理をありがとうございます」
諒は豆スープを一口飲み込んで、素直に女将の料理を称賛した。
お世辞ではなく、本当においしいと思っている諒はにこっといい笑顔も追加する。
それを見て、女将もがっしりした体を揺らして嬉しそうに笑った。
「そう言ってくれると作り甲斐があるよ」
みんなあんたみたいなお客さんだったらいいのにねぇ、と女将がじろっと他のテーブルの客を見る。
「全く、こいつら昨日なんかお酒飲んで泥酔したんだから」
客たちは揃って気まずそうに女将から目を逸らした。
客のほとんどがいい年のごつい男だったが、女将には逆らえないようだ。
女は強い、とよく言われるが、それを改めて感じた瞬間だった。