03
諒たちが村人が事情を聞こうとして集まる村の入口に到着すると、謎の青年(諒)と宙に浮いた魔狼を連れて帰ってきた男五人に質問が集中した。
男たちが雷と魔狼、諒について説明し終わると、諒に感謝する人が続出する。
浮かせて持ってきた魔狼は、宿に泊まれるなら食事も出るはずなので必要ない。諒は、元より数十匹も食べられないこともあって魔狼を全て村に進呈することにした。
そうすると、村に食糧を齎した青年ということでさらに諒の人気が上がる。
さりげなく飛ぶ男からの明るい野次や女からの結婚の申し込み(半分以上本気)を諒は笑顔で躱し、男の一人が経営しているという宿に案内してもらった。
男の母親の、宿の女将である年配の女性にも礼を言われる。
「うちの村を救ってくれてありがとうよ。あたしに娘がいたらあんたは優良物件なのにねぇ」
…後半は完全に私情だが。
「大したことはしていませんよ。でも、女将さんの娘さんなら美人でしょうね」
諒がいつもの、雲のように掴み所のない柔和な微笑みを見せると、女将は楽しそうにからからと笑った。
「あんた、言ってくれるねぇ。ノリのいいお客さんが来たことだし、今日はご馳走にしようか」
「ふふ、嬉しいですね。期待しておきます。……時に」
諒はにっこり笑って返してから、話題を変えた。
「今は何年何月何日でしょうか。あと、この国の名前を教えてください」
本命の情報収集に入る。それから、下手に怪しまれないように付け加えた。
「実は、私何十日間も迷子だったんですよ。それで、時間の感覚が狂ってしまって。やっと人のいる場所を見つけてほっとしました」
邪魔な物とか全部森に置いてきたので無一文なんですよー、と諒は両手を開いて見せる。
女将は納得して、一人でうんうんと頷いた。
「そうだったのかい。どうして何も持っていないのか不思議だったんだ。
今は三千二百五十七年の、一月五日だよ。ここはセレクリュール王国だよ」
特に怪しむことなく答えてくれた女将だった。
年を聞いたのはほとんど賭けだった。
年の変わり目でないと年を尋ねたことを怪しまれると思ったが、当たったようだ。
そして、セレクリュール王国という国名。
この国は、諒が以前来た世界の、エイレンという大陸にある北方の大国だった。
時間の流れは地球と同じらしく、地球では諒が還って十年経っていたがこの世界でも十年経っていた。
極端に時間の流れが違ったりしなくて幸いだった。
この世界の文明レベルは中世くらいだし、前の世界の共通語が使われていることもある。村の様子からしても子供の頃トリップした異世界で決まりだろう。
数秒考え、そう結論付けて、諒は女将に再度笑いかけた。
「ありがとうございます。部屋に案内してくれますか?」
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部屋の家具類の使い方などの注意を終えた後。
迷子だったと思われているからか、
「大丈夫かい?お腹とか空いてないかい?」
と世話を焼く女将に、諒はひたすら大丈夫です、で返した。
女将は最後まで心配しながら部屋の鍵を諒に渡す。
客である諒の部屋は二階で、一階が会計と食堂だった。
女将が階下に降りるのを見送った諒は、まだ夕食には時間があることを確認して部屋のドアを閉め鍵をかける。
鍵を小さな机の上に置き、ごろんとベッドに横になった。
んー、と思いっきり背伸びをして、魔法を使っていないため魔法陣の消えた瞳に茶色の天井を映す。
諒の切れ長の目が、数度瞬いた。
幼少期の経験から、諒は冷静沈着でほとんど動じなくなった。
今も、不安はない。あるのはこれからの行動を判断する冴えきった頭だ。
感情がないわけでは、ないけれど。感情で行動を左右するのは無駄、混乱すると理性が考え定めたから、激した感情は割り切られている。
諒は、地球にいた同年代の友人の青年の無鉄砲さや荒ぶった様子を懐かしく思い出してから、一回目を伏せて郷愁を思考から追い出し、静かに頭の中で今後の計画を練った。