02
「危なそうなのがいますね…」
諒は順調に村に向かっていたが、ある程度近付いたところで立ち止まって目を軽く細めた。
彼の目の魔法陣で行っている索敵魔法では、人間ではない生命体――大型の魔獣が数十匹村の周りを彷徨いているのが分かっていた。多分群れだろう。
「もしや、村を襲おうとしているんでしょうか?」
それは困ります、と諒は独白する。人が死ぬのも見たくないが、何より情報収集できそうな場を潰されるのは迷惑だ。
この場所が自分の昔行った世界かどうか、早めに知る必要がある。
そう、諒は幼少期に異世界トリップしたことがあるのだ。
魔法が使えるのもそのためだ。
平穏な日本で生きてきた幼い子供には残酷な経験もした。
だから生き抜くために自分の都合を第一に考える。他人を、切り捨てられる。
それでも完全に冷酷にはなれないから、都合と称して魔獣を倒す。
本当はこの世界が昔来た世界だと感覚的に分かっているが、諒は無視した。
自分が非情な人間だと、魔獣だろうが人だろうが簡単に命を奪える人間だと胸の内で自嘲的に思ったのも、無視した。
その顔に、幼少期に覚えたポーカーフェイス――安定した緊張感のない微笑みを貼り付けて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔獣を退治しようと思い立ったはいいが武器がない。村から武器を借りようかなどと悩んだ挙句、諒は魔法で魔獣を倒すことにした。
少なくとも諒が前に行った世界は、実に典型的なファンタジー世界だった。魔獣などという生物がいる辺り、この世界もそうではないかと考える。
そうだとすれば、おそらく前に行った世界で使えた魔法が使えるはずだ。
現に、最初に試した索敵魔法は難なく使えた。
武器についていろいろ悩んでいたが、諒は元より魔法主体の戦い方をする魔術師である。魔法の方が得意なのだ。
そうと決まれば、と諒は以前使った攻撃魔法を思い出す。
魔術師の才能があったのか、一人一属性が普通で多くて二属性、最高四属性のところが、基本の火・水・風・土・無、さらに上位の光・闇属性まで全ての属性が使えた上、地球に還ろうと必死で毎日の練習で魔力を増やし、詠唱破棄や短縮、最上級魔法まで覚えたため、必要ないと判断して覚えなかった魔法以外は大体使えると思われる。
諒は試しに水球を放ってみた。
詠唱破棄していたが、想像通り二十センチ程度の水の塊が飛んでいき、目の前にあった木に当たる。
昔に比べて、コントロールも鈍っていないようだった。
それを確認し、諒は「いけますね」と頷いて魔獣の群れに肉薄して様子を見る。
「魔狼ですか。まあこのくらいなら防がれることもないでしょう」
そう言って、何の前触れもなくあっさりと光属性の雷を無数に魔獣…魔狼に落とした。
雷は完璧に、一発も外れることなく全ての魔狼を焦がす。
諒は黒くなって死んだ魔狼たちを触れるほど近くでまじまじと眺めた。
「…食べられるでしょうか、これ。焼きすぎましたか?」
考え込んでいると、村人が突然落ちた雷に驚き騒ぐ声が聞こえてきた。村からほとんど離れていないので、当然である。
村人がやってくる前にと、諒は面倒がる心を抑えて一般人に擬態しておいた。
別に、魔法で顔や体格を偽る幻影をかけた、わけではない。諒の場合雰囲気が異質で、彼自身もそのことを自覚している。
だから、雰囲気を空気に溶け込ませるように軽く気配を抑制したのだ。
幸い雰囲気の抑制にほとんど妙な力は必要ないため、疲弊などする心配はない。
気配を消すとなるとまたいろいろしなければならないが、同化だけなので当面はこれで十分だろう。
因みに、この間は一瞬だ。
偽一般人化し、村人への状況説明を放棄して尚も魔狼の死体を観察しているうちに、村からの偵察らしい男が五人走ってきた。
諒と数十匹の魔狼の死体を見て状況を理解したようで、一人が諒に話しかけてくる。
「あの雷はお前か?お前がそこの魔獣を倒してくれたのか?」
魔狼を見るのに下を向いていた諒は、ようやく顔を上げ、男の問いかけに肯定した。
「そうですよー。食糧になるかもしれないと思ったのと、村が襲われそうだと思ったものですから。
勝手にやってしまいましたけど、大丈夫ですか?」
男たちが頷いて答える。
「俺たちは、魔狼がいるなんて知らなかったんだ。冒険者ギルドに討伐依頼も出してないし、不意討ちで襲われてたかもしれない。倒してくれてありがとう」
「この辺りに来るってことは旅人だろ?良かったら俺たちの村に泊まっていかないか?」
「俺の家宿をやってるんだ。村を救ってくれたお礼にただで泊めるからさ」
男たちの人のいい提案に、諒は遠慮なく乗ることにした。如何せん金がないので、彼らの案はありがたい。
子供の頃ぶりの野宿かと思っていたところだったのだ。
「ありがとうございます。今日は村に泊まりますね」
諒が首肯すると、男たちは魔狼を一人一匹掛け声を出して持ち上げた。
魔狼は諒が少々焦がしてしまったとはいえ、毛皮や肉は大体全部使える。そのため、現在皆が袋を所持していないのもあり、そのまま運んで村で解体する、という結論に至っていた。
「ひとまず、この魔狼は村へ運ぼう」
そう言う男たちを眺め、諒は魔狼を魔法で浮かせる。
「こうして持っていくので持たなくていいですよ」
「おぉ!」
男たちが声を揃えて歓声を上げる。
「全く、すごい奴が来たもんだ。お前、魔法使うの上手いな」
感心したように手を叩く男たちに、諒はにこっと笑った。
「ありがとうございます。行きましょう」
諒と五人の男は村に入っていった。