第七話:討伐、帰還、邂逅。
「プギィ―――!」
僕の放った二発の銃弾は、【疾走猪】に後ろから命中し、【疾走猪】の注意をこちらに向ける。
木の上に居る僕を見つけたらしく、【疾走猪】はこちらに向って突進してきた。しかし、木の上に居る僕に、突進は届かない。なので僕は、こちらに走ってくる【疾走猪】に向ってさらに銃弾を撃ち込んでいく。
4発の銃弾が当たったところで、【疾走猪】が僕の下まで到達した。僕は、奴がこのまま僕の下を通り過ぎるだろうと予想し、さらに後ろから追撃を入れるつもりで身を反転させ、二丁の拳銃を構えた。
しかし、その後僕を襲ったのは、「バキバキバキ!」という破砕音と、乗っている木から伝わってくる衝撃だった。
「は?」
疑問の声を上げながら木から落下する僕が見たのは、つい先ほどまで僕が乗っていた、しかし今は横倒しになっている木と、僕の乗っていた木の幹を粉砕し、走り抜けていく【疾走猪】の後ろ姿だった。
そんなの滅茶苦茶だろ―――!!!
つい、理不尽さを感じ心の中で叫んでしまったが、そんなことをしている場合ではない。早く体制を整えないと頭から地面に突っ込むことに―――!
「へぶっ!」
もう手遅れだったようである。僕は頭から―――というより肩から―――落下して情けない声をあげてしまった。
結構な衝撃があったので、HPゲージを確認したところ案の定減少していた。
「「軽業」スキルを取得しているのにこの高さで落下ダメージを食らうことになろうとは思わなかったよ」
そう口にしつつ、拳銃を構える。どうやらエミリーは無事攻撃を続けているらしく、どこかから飛んできたボルトが何本か【疾走猪】の体に突き立っていた。
【疾走猪】はまだこちらを向いていないので、今のうちに「鑑定」を使っておく。弱点は、案の定眉間だった。獣型の魔物はほぼすべて弱点が眉間なのだ。
表示されたNPゲージは、10近く銃弾やボルトが当たっていたにも関わらず、まだ7割以上残っていた。
やはり火力が足りない。ここは全武装を呼び出して、迅速に戦闘を終わらせた方が良いだろう。夕飯の準備もしないといけないしな。断じて私怨や仕返しなどと思っているわけではない。
そうと決まれば実行である。帰り道でのMP?そんなものは回復すればいいんだよ。
「「銃」全種展開!」
現在所持している銃の内、両手に持っている拳銃を除く、計5丁の銃が僕の周りに展開される
「『固定』、『パワーショット』狙撃銃、『ホーミングショット』散弾銃、『二連射』突撃銃、『精密射撃』、『遠隔操作』「散弾銃」セット」
周囲の銃に『固定』を掛け、アーツを発動させるためのボイスコマンドを唱える。
エミリーはうまく隠れているようで、【疾走猪】に見つかっていないようだ。その証拠に【疾走猪】は再び僕に狙いを定めていた。
【疾走猪】の脚に青いライトエフェクトが宿る。これが、【疾走猪】が使うアーツ、『ダッシュ』である。効果はステップと同じで、両足の瞬発力を高めるものだが、前にしか進めない。その代りにある程度効果が持続するというものだ。
アーツのアシストによって、先ほどよりも速いスピードでこちらに突っ込んでくる【疾走猪】向けて拳銃を構えると、背後の散弾銃も同じように【疾走猪】に銃口を向ける。
【疾走猪】の眉間に拳銃の照準を合わせ、相手との間の距離を測る。
(もう少しだ………まだ遠い……ここ…!)
【疾走猪】の全身に散弾が降り注ぐようにタイミングを調節し、引き金を引く。
まず、拳銃から飛び出した銃弾が【疾走猪】の眉間をとらえ、赤いダメージエフェクトと共に相手を怯ませる。
一瞬動きが止まった【疾走猪】に散弾が殺到し後退させる。
2m程後退し、完全に動きが止まった【疾走猪】に両手の拳銃を向ける。
「『遠隔操作』」
アーツを発動させるためのコマンドを唱える。
背後の銃の銃口が―――先ほど撃った散弾銃以外―――全て【疾走猪】に向いたのを確認し、両手の引き金を引く
轟音を響かせ、合計6丁の銃が火を噴く。
拳銃から発射された2発の銃弾が命中し、『パワーショット』によって強化された狙撃銃の銃弾が眉間を撃ち抜く。突撃銃の二連射は、一発は眉間に、もう一発は前足に着弾する。最後に、『ホーミングショット』によって追尾機能が付加された散弾と、『精密射撃』によって狙いが絞られ、密度が濃くなっている短機関銃の弾幕が殺到する。
【疾走猪】は合計100を軽く超える量の銃弾に蹂躙され、呆気なくその身をポリゴン片に変え爆散した。
ふぅ、何かスッキリした。
「あ、エミリー、お疲れさま」
「お疲れ様です、タクトさん」
いつの間にか近くに来ていたエミリーに労いの言葉を掛ける。
「タクトさん、この後はどうするつもりですか?」
「そろそろ僕はログアウトしないといけないかな、夕飯も作らないといけないし」
うちの親は遅くまで仕事のため、夕飯を作るのは僕の仕事だ。ルカ?あいつは手先は機用だが性格が大雑把なため料理は向かない。
あいつの名誉のためにフォローをしておくが、決してできないわけではない。ただ日によって味が濃かったり薄かったりするだけだ
「え?夕ご飯自分で作るんですか?」
「うん、ちょっと家庭の事情でね」
「そうですか、大変ですね」
現実のことを細かく訊くのはマナー違反なので、エミリーもそれ以上聞いてこなかった。
「まあね、でも最近は慣れたよ。でさ、ログアウトしたいんだけど、この場でしても大丈夫なのかな?」
「出来ないことは無いですが、そうすると無防備なアバターがこの場に放置されます。なので魔物に殺されたり、最悪PKされてしまうことがあります」
何でも、フィールドでログアウトすると操縦者がいない抜けがらのアバターがこの場に放置されるらしい。運が良ければ次のログインまで無事だったりするが、大体は魔物に殺されてしまう。また、これを狙ってPKをする輩も居るらしい。
因みにこのゲームでPKは禁止されていない。プレイヤーを相手にすると、魔物を相手にするより経験値の溜まりが良いし、キルした相手から、一部のアイテムやGを奪えるのだ。
そうは言っても、あまり旨みは無い。奪えるアイテムは一部の消耗品だけだし、Gも相手の所持金の数%、例えば僕が殺された場合、現在の所持金は12560なので、僕から奪えるお金は多くても500G前後だろう。
そのため、大体のPKプレイヤーはRPとしてやっているらしく、通常のプレイヤーも辻決闘感覚で楽しんでいるそうだ。
通常プレイヤーにとってはスキルレベルも上がるうえに、ちょっとしたアイテムと少しのお金を掛けて楽しめるミニゲーム感覚なんだろう。勝てればPKになる事無く、相手からちょっとしたアイテムとGも奪えることだし。
だが、それでも何処かで摩擦は生まれるもので、そういったことの仲介をするギルドがβ時代には作られていたそうだ。
また、中には徒党を組んで大量のプレイヤーをキルした本気な連中も居たらしいが、それらは善良なPKプレイヤーや、攻略組のプレイヤー達によって駆逐されたらしい。
PKプレイヤーの見分け方だが、ネームプレートが赤くなっているので一目瞭然なんだとか。
「そっか。じゃ、街に戻ろうか」
「はい、わかりました」
っと…忘れてた
「ルビーベリーをちょっと採取してからね」
そういった僕に、エミリーは呆れたような、何処か脱力した笑みを浮かべるのだった。
「クローズ」
僕等はあの後、かなりの量―――ざっと300弱―――のルビーベリーを採取し、【野獣の森】から『遠距離移転』を使って帰還した。
「今日はありがとうエミリー、色々聞けて助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ。タクトさんのおかげでスキルレベルもかなり上がりましたし、【野獣の森】についても情報収集が出来ましたから。おかげでこの後の攻略が捗りそうです」
「そっか、エミリーは友達とパーティー組むんだっけ?」
たしか、森へ向かう道中にそんな話を聞いた気がする
「はい、いずれはギルドも作るつもりなんですよ」
エミリーはとても嬉しそうに、楽しそうにそう話していた。
「へー、一度会ってみたいな~」
だから、ついそんなことを口走ってしまった。エミリーがあまりにも楽しそうに話すので、少し興味がわいたのだ。しかし、言ってしまってから思い出す。エミリーのパーティーメンバーが、全員女性だと言っていたことに。
うわぁ…やってしまったかもしれない…
僕が自分の失言に気付き、若干後悔し始めたところで、エミリーが口を開いた
「丁度この後合流するので、会ってみますか?」
「え?」
普通、もう少し警戒するものじゃなかろうか…今日始めて会ったばかりの男ですよ僕?
「あの、自分から言っておいてなんだけど…いいの?大丈夫?」
「大丈夫ですよ。タクトさんは充分信頼できる人みたいですし」
時間を確認すると、まだ余裕はあったのでせっかくなので合わせてもらうことにした。
この後エミリーたちは今日の成果を報告し合うために集合し、夕飯を食べるために一旦解散した後、再度集合し、徹夜で【野獣の森】を攻略しに行くのだとか。
「うちのパーティーは美少女ぞろいですからね~。楽しみにしててください♪」
無駄に緊張させるのは止めて下さいエミリーさん。
「あ、居ました居ました。噴水の近くに居る二人です。まだ皆は来てないみたいですね、私たちが3番手です」
「へー、あれが…」
エミリーが指さした先に居たのは長い黒髪の女の子と、その娘の背後に隠れるようにして立っている水色のショートカットの少女だった。まだそれなりに距離があるせいで、顔はよく見えないので美少女かどうかは分からなかった。
「あれ?何か様子が変です…」
少し距離が縮んだところで、エミリーが何か様子がおかしいことに気付いた。
「あれは…ナンパかな?」
さらに距離が縮むと、少女たちの近くに立って執拗に話しかけている二人の男性プレイヤーの姿が見えた。少女たちはしつこく付きまとってくる男性プレイヤーにかなり困っている様子だった。
あら、水色の髪の子なんて泣きそうになってるよ。
「ど、どうしましょうタクトさん、助けないと…」
何故僕に振るのか…助けたくても彼女たちとは面識がないため助けようにも…
そこでひとつ閃いた、居るじゃないか、彼女たちに面識がある人物が僕のすぐ隣に。
「良いこと思いついた、僕に任せて。エミリーは僕の後ろについて来て、あの娘たちの所に着いたら口裏を合わせるようにお願い」
「わ、解りました。口裏を合わせれば良いんですね?」
「うん、出来ればあの娘たちと一緒にね」
僕等は簡単に作戦会議を済ませると、少女たちの元へ向かう。
そして僕は、少女たちと男性プレイヤーとの間に、男性プレイヤーを押しのけて割り込むと、男性プレイヤーに笑顔をむけながらこう口を開いた。
「僕たちの仲間に何か用かな?」
黒髪の少女と目の前の男性プレイヤーは、呆気にとられた様子で固まっていた。
9/13 誤字修正、ルビーベリーの採取数の描写を追加
×β時代には作られたいたらしい。
○β時代には作られていたらしい。