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コール・マイ・ネーム  作者: 大原英一
第1章 現実と連日
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2

 アライ君が担当しているスタッフ、オオカワエイジが、客先の現場で問題を起こした。これで三度目か四度目だ。

 現場の担当課長は怒り心頭で、それまで見せたことのない剣幕でアライ君に電話してきた。これはヤバいってことで、アタシもアライ君の上司として事態の収拾に加わった。

 けれど、ほぼ手の施しようがなかった。オオカワ自身が職務を放棄してしまったからだ。

 これまでの経緯をかいつまんで説明すると……

 オオカワはとあるデータ・センターにオペレータとして派遣されていた。オペレータにもいろいろあるが、彼がやっていたのはおもに印刷だった。印刷工といっていい。

 彼はその現場に六年いて、もはやベテランだった。オオカワはベテランになるにつれて、仕事の手を抜くようになった。

 何もなければ問題ないが、いざ印刷物に障害が出ると、彼の手抜きが取り沙汰された。オオカワは説明を求められた。が、彼はバックレたのだ。

 これまでにも似たようなケースはあった。が、彼は渋々ながらも現場と折り合いをつけてきたのだ。それが今回、ぷっつりと糸が切れたように、彼はすべてを投げ出してしまった。こうなっては仕方がない。彼に辞めてもらうしかない。


 イタリアン・ポマトというヘンな名前の喫茶店でオオカワと落ち合った。

 アライ君は同席しなかった。オオカワは何ヶ月も前から、アライ君を無視するようになっていた。ちょっとアライ君が不憫だ。

 退場および退職の段取りは整っていた。どういう決まりかはよく知らないが、データ・センターを辞めるときは「退場」というらしかった。むしろオオカワの場合は、レッド・カードをいただいての退場のような気もするが。

 で、退職はウチの会社との契約解除をあらわす。これはお互いに痛かった。オオカワは仕事を失うわけだし、ウチの会社は客先からの収入を失うことになる。

 でも仕方ない。オオカワ自身が望んだことだ。


「ゴメンなさい。ウチではカバーしきれなかったわ」

 アタシは謝った。この野郎、なんてことしてくれたんだ、などとは間違っても言わない。言っても仕方ないからだ。

「いえ、こちらこそスミマセン。マンパラさんには、ご迷惑ばかりおかけして」

 オオカワは殊勝らしく言った。落ち着いた様子だった。

「えっと、入館証、持ってきていただけたかな」

「あ、はい」

 彼は入館証と呼ばれるIDカードを差し出した。これを返却することで、データ・センターへは二度と立ち入りができなくなる。

「それと、申し訳ないんだけど、今回ウチからお客さんのほうに始末書を出さなくてはいけないの。署名していただける?」

 アタシはワープロ・ソフトでこしらえた、A4サイズのちゃちな文書を差し出した。

「あ、いいですよ」

 オオカワは素直に応じた。まあ、イヤだよこんなもの書きたくないよ、とダダをこねる年齢でもないだろう。

「長く勤めていただいたのに、残念です」

 アタシはそう言って、コーヒーカップを手にとった。

「まあ……潮時かなって気はします。あの現場にも、だいぶ飽きていましたから」

 オオカワは笑顔で言った。恨んでいる様子はなく、まるで憑き物が落ちたような感じだった。

 そっか、そういうことか。彼はきっと、重たい空気のマンネリな現場に嫌気がさしていたのだろう。もちろん、だからといって、仕事を放棄していいわけではない。が、派遣スタッフがそういった行動にでるのも、アタシたちはリスクのひとつとして知っていなくてはいけない。

「これから、どうされるの?」

「ま、地道にやっていきますよ」

 彼は少し寂しそうに笑った。アタシは彼と会うことはもうないと思った。その予想は、いい意味で外れることになった。

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