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すーぱぁお母さん対謎の中国人(後編)

         (4)

「大丈夫か?」

 僕が気がついた時、目の前にいたのは父さんだった。

「う〜ん……」

 何がどうなったんだっけ?

 ここは何処なんだ?

「どうした? お母さんは、どこ行った?」

「お母さん?」

 何だっけ? お母さんが……、どうしたんだっけ?

「そうだっ! お母さんがさらわれた」

 思い出したぞ、『謎の中国人』がやってきて、難癖つけてお母さんを連れていってしまったんだ。それで……、どうするんだっけ?

「そうだ、料理対決だ!」

「何だぁ〜? 料理対決って」

「えーっと、『謎の中国人』、じゃなくって、……近所の佐藤さんがやってきて、何だかよくわかんないんだけど、友達とか同志とかの復讐だとか言って、お母さんを連れいっちゃったんだ。このままだと、お母さんが殺されちゃうよ」

「ふむん……。それが、料理対決と何の関係があるんだ?」

 そうじゃなくって、えーとえーと、……何だっけ?

「そうだ、世界最高の料理人達とお母さんとで料理対決をやって、負けたらお母さんがミンチにされちゃうんだ。どうしよう、父さん」

「何だって! 何ということをしてくれたんだ」

 父さんはようやっと、事の重大さを認識したようだ。今までに見たことのないくらに、辛そうな顔をしている。

「早くお母さんを止めないと、大変なことになってしまう」

「えっ? だって、お母さんは……」

「お母さんの料理を口にして娑婆に戻ってこれたのは、父さんとお祖父ちゃんだけなんだ。多くの者が命を落としたし、生き残ったほとんどの者達は、今も闘病生活を続けている」

 父さんの声は苦渋に満ちていた。

 やはり、お母さんが諸悪の根源だったのだ。きっと『謎の中国人』の友達だか同志だかは、お母さんの殺人的料理を食べて、おかしくなってしまったんだ。

 父さんが必死になって食事を作っているのも、お母さんに料理をさせないためだったんだ。

「もうこれ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。どっちに行ったか、覚えているか?」

 父さんにそう訊かれて、僕は頭をひねった。

「えーっと……、そ、そうだ、あっちだ!」

「よし!」

 僕が指差すよりも早く、景色が横に流れた。

 父さんは、僕を小脇にかかえたまま、既に全力疾走に入っていた。正面を向いていると風圧で息が出来ない。人間の二本脚でゼロヨン五秒台を可能とするのは父さんくらいだろう。

 オリンピックに出ないのは、手を抜いても反則としか思われないからだ。

 僕が一瞬お母さんの事を忘れかけていた時、進行方向が90度変わった。

「あれじゃないのか?」

 少しの間を置いてから父さんが訊いたのは、眼下に見える小学校に隣接する給食センターだった。

 地上十数メートルの高みから見下ろして初めて気がついたけど、『謎の中国人』のアパートはそのすぐ裏手にあったんだ。多分、間違いない。

 音もなく着地した民家の瓦屋根は、跳躍点からは10メートルも離れていないが、それは仕方がない。如何に父さんでも、空中で加速することは物理学的に出来ない話だから。

 父さんの超人的な脚力で、民家の屋根から屋根へ飛び移って移動したので、小学校までの2キロはあっという間だった。



         (5)

 はたしてそこは料理対決の闘場には違いなかった。休みのはずの給食センターはフル稼働していた。

「間違い無さそうだな」

「うん」

「手遅れになる前に止めさせるぞ」

 僕等が給食センターに向かったその時、天から声がふってきた。

「邪魔させないヨ!」

 またしても『謎の中国人』だ。何を思ったんだか、給食センターの屋根の上から怒鳴っている。

「何なんだ、あの変なのは?」

 父さんが訊いた。僕に訊かれても困るんだけどなぁ。

「わたし、変、違う!」

 『謎の中国人』にも聞こえていたらしい。屋根の上で地団駄をすると、何を思ったか、そのまま飛び降りて来た。着地は見事だったが、その後に変身ヒーローのようなポーズをつけるのは勘弁して欲しいなぁ。

「おい、この変なやつは、お前の知り合いか?」

 父さんが重ねて訊いた。

「うーん、知り合いには違いないんだけど……」

「だから、わたし、変、違う。何度も言わせないネ。おまえこそ怪しいやつ。わたしの復讐の場に、何しに来たか。……あーっ、こらこら、わたし無視する、よくない。人の話、訊く。学校で習わなかったか!」

 あんまりうざったいんで、無視して給食センターに入ろうとしていたのが気に入らなかったらしい。

 僕等はしぶしぶ彼の方に向き直った。

「そうそう、素直が一番ネ。では、さっきの続き行くネ。……どっからだったか?」

「おまえが変だ、というところからだ」

「そう、わたし、変……ちが〜う! わたし、変、違う。何度も同じことやらさない。それより、怪しいやつ、おまえ、誰ネ」

「変なやつに怪しい呼ばわりされたくない。我々は急ぐのだ、通してもらうぞ」

「どうしても通るというなら、このわたし倒してから……こらこら、待つヨ。だから、無視するよくない言ってる」

 こんなのを相手にするだけ時間の無駄だ。僕は父さんと一緒に素通りすることにした。

「うーむ、飽くまで、わたし、こけにするか。なら腕づくネ。……アチョ〜、タリャァ〜」

 『謎の中国人』は、いきなり父さんに襲いかかってきた。でも、父さんは何もしない。

「お母さん、大丈夫かなぁ」

 『謎の中国人』のチョップ、父さんの右肩に命中。父さんは平然と僕に話しかける。

「そうだな。いつものように、昼寝でもしてくれてると助かるんだが」

 『謎の中国人』のキック、今度は父さんの脇腹に当たる。

「せめて、お祖父ちゃんか誰かが家にいたらなぁ」

 『謎の中国人』のパンチ、父さんの顔面にクリーンヒット。

「そうだねぇ。お祖父ちゃんは、恐山にお参りに行ってるんだよなぁ」

 『謎の中国人』、自分のパンチの衝撃で吹っ飛んでいった。

「輝にいちゃんは、予備校だったし」

 『謎の中国人』、平然と歩く父さんに組み付くと、コブラツイストをかけるが、

「そうだな。輝久君がいれば、何とかなったかもな」

 ……それでも、父さんが平然と歩き続けるので、『謎の中国人』は諦めて飛び降りた。

「ぜいぜい、なかなかやるな。テッコンドーを極めたわたしの拳をさばくとは、大したやつネ」

 僕は何か大事な事を父さんに話し忘れているような気がさっきからしてた。でも、今になって、やっと思い出した。

「そうだった、父さん。言うの忘れてたんだけど、この人がお母さんを連れていったんだよ」

「なにい、こいつがか?」

 僕の言葉を聞いて、父さんが『謎の中国人』を睨みつけると、

「はっはっは、今日のところはこの辺で許してやる。今度会った時は命が無いと思え」

 とか何とか言って、逃げて行ってしまった。くそう、逃したか。


 ……と思ったら、ヤツはいつの間にか目の前に戻っていた。


 本人は必死の形相で走ってるつもりなのだが、一向に前には進んでいない。「なんて器用な」と思ったら、実は父さんが襟首をつかんでぶら下げていたのだった。はは、間抜けだねこりゃ。

「家内のところに案内しろ」

 やっと、気がついた『謎の中国人』。

「アイヤー、お助けお助け」

「何でもいいから、早く案内しろ」

「わかた、わかたヨ。ここ、ますく行く。突き当たり、調理室。すく、見つかるネ」

「よし。急ごう」

 僕等は『謎の中国人』を確保したまま給食センターに飛び込むと、調理室を目指した。

「わたし、四人の達人、送りこんタ。それぞれ和食・中華・フランス・イタリア料理の達人ネ。もう、そろそろ決着付いてもいい頃ネ。わたしの復讐、第一段階成功したら、第二段階ネ。あらら、まぁ、わたしも鬼、違う。第一段階で許してやってもいいネ」

 父さんに睨まれた『謎の中国人』は、あわてて無駄話をやめた。運んでもらってる分際でいい気なものだ。

 そして、僕等が調理室の扉を目の前にした時、

「オーマイガッー!」

「天は我を見放した」

「アイヤー」

「オーソレミーヨッ」

 何だかよく分からない悲鳴がこだました。

「しまった、間に合わなかったか!」

 父さんは『謎の中国人』を放り出すと、構わず調理室に飛び込んだ。

 扉が粉々に吹っ飛ぶ。

 続いて僕も調理室へ入った。

「…………」

 部屋の光景を見て、僕は呆然となった。

 真ん中の調理台には、世界の四大料理人が作ったとおぼしき豪華料理が、こぼれんばかりに盛られていた。その向こうでは、くだんの料理人達がお茶碗片手に涙を流していた。

「何あるか、これは。いたい、何おこたカ? ムッシュ・デルモンテ、どうしたか、教える。わたしの復讐どなっタ?」

「オー、トレビヤ〜ン。ワタシ、テンゴク、ミタ。ソシテ、ソコ、ジゴクトオナジ、ワカッタ。ワタシ、タベテハイケナイモノ、タベタ。オー、カミヨ、ユルシタマエ。ブツブツブツ」


 なんなんだ一体? どうなっているんだ?


 『謎の中国人』は調理の達人達から詳細を聞き出そうとしていたが、一行にらちがあかない。

 ある者は意味不明の言葉を吐き、ある者は涙を流し、時折、お茶碗から何かを口に流し込んでいた。

「無駄だ、彼等には、もう人の声は届かない」

「お母さんの料理を食べたから?」

「そうだ。悲しい事だ……」


 お母さんの料理って、何だ?


 僕は豪華料理の山の向こうに何があるのかを見ようとした。世界の至宝、四大料理人が食べたものは、

「お、お茶漬け?」

 であった。

 そんなバカな。お茶漬けなんか、誰でも普通に作れるぞ。そんなんで人が死ぬかぁ? それとも超檄辛カラシワサビ茶漬けなのか?

 もっとよく見ようとテーブルに近づいた時、何ともいえない香りに、フッと我を忘れそうになった。そままふらふらとお茶碗に手を出そうとした時、

「待て! 止めるんだ」

 父さんのその声で、僕はハッと我に帰った。それと同時に、テーブルから強引に引っぺがされていた。

「危なかったな」

 僕は、いつの間にか、お母さんの殺人料理を口にしようとしていたらしい。

 恐る恐るもう一度テーブルを覗くと、『謎の中国人』が例のお茶碗を片手に、テーブルに仁王立ちになっていた。

「こんなモノで私の最強料理人四天王がヤブラレタなんて信じないネ。きっと、何かインチキしたに違いないネ。人民諜報部で鍛えられたわたしに、毒も薬も覚醒剤も効かないない。わたしがこの手でインチキ見破るヨ!」

 と、言うが早いか、お茶碗の中身を一気に口に流し込んでしまったのだ。

「いかん!」

 父さんが飛び出したが、もはや間に合わなかった。殺人料理の犠牲者がまた増えてしまった。


「こ、これは……。こんな事が現実に起こってもいいのかっ!」


 『謎の中国人』の様子がおかしい。あれ、こいつは元からおかしかったっけ?


「なんという美味。なんという味。とても人界の物とは思えないね」


 お茶碗片手に涙を流しながら、その場にうずくまる『謎の中国人』。

「ねぇ、父さん。お母さんの料理って、殺人的にマズイんじゃなかったの?」

 僕は何か根本的な間違いをしているような気がして、隣に立つ父さんに訊ねた。

「えっ? ああ、そうは言ってなかったはずだが……。まぁ、そうとも言えるかも知れんな」

 父さんの言葉は何だかよく分からなかったが、答えは次の瞬間わかった。

「わたし、復讐、まだ、完了して、ないっ。こんなところで、終わる、わけにはいかない……。お茶漬けごときが、我が四天王の料理に勝るはずが無い!」

 『謎の中国人』はテーブルの中央に這い寄ると、手近の皿を取りあげざま、手掴みで料理を口にほうりこんだ。

「ぐええええぇぇぇぇぇ……」

 給食センターの建物に、凄まじい絶叫がこだました。

「何だネ、この味は。さっきのと比べれば泥団子のようネ。ううう、水みず、……アキャー、この水もおかしいネ。どこかにまともな料理ないかネ」

 どういうわけか、『謎の中国人』は豪華料理に舌鼓を打つどころか、床でのたうちまくっていた。


 そうか、コレがお母さんの料理の正体なんだ。


「お母さんの作る料理は、決して食べてはいけない。食べたら最後、ああなる。人界以外の味を知ってしまったら、もう他の誰の作る食い物も『まずすぎて』口に入れられなくなるんだ。料理人や美食家などは、自暴自棄で自殺する者も多かった。私とあと一人、お祖父ちゃんだけが、かろうじて振り切る事が出来た。後の者たちは、点滴で命を長らえれているのみだ……」

 辛そうにつぶやく父さんの両手の拳は、堅く握りしめられ、ブルブルと震えていた。


「それ、よこすネ。他のは食えないヨ」

「何をする、ワシのだゾ」


 テーブルを挟んで向こう側は、残り少ないお茶漬けを取り合う死闘が展開されていた。

「ふむ。ああいった取り合いの果てに、殺しあいになったケースもあるにはあったなぁ、そう言えば……。あいつ、手を抜いたかな」

 父さんはぶつぶつ言いながらも、目の前のトリュフをついばんでいた。

「素人にしちゃ、いい線かもね」

「お母さん!」

 騒ぎの張本人は、テーブルに頬杖を突いて『プロバンス風仔羊のステーキ』を頬張っていた。

 こんだけの大騒ぎを起こしておいて、何をしてるんだよ、お母さんは……。ついさっきまでお母さんのことを心配していた僕は、その分、やり場のない思いにさらされていた。

「どうするんだよ、あの人達。すっごい料理人だったのに、もう立ち直れないかもしれないんだよ。ひょっとして自殺なんてしたら、どうするんだよ」

「え〜。そんなん関係無いじゃん」

 自分のしでかしたことなのに、お母さんは平然とそう言うと、グラスワインを一気飲みした。

「関係無いって、……無責任なぁ。何とかしてよ、お母さん。元はといえば、お母さんの所為でしょう。父さんも何とか言ってよぉ」

「あら、あんたも来てたの? 今日は早かったのね」

「うむ。仕事が早く片付いてな」

 お母さんに声をかけられた父さんは、平成な時の渋い表情を維持しながら応えていた。内心すっごく照れているのを、強靭な精神力で必死に耐えていることを僕は知っている。なんのかんの言っても、父さんは、お母さんのことが大好きなんだ。

 あーあ、だめだこりゃ。あっちじゃ殺しあいになりかねない険悪な様相だっていうのに。

 何とかしなけりゃ、と思っていたら、いきなり五人ともその場にぶっ倒れてしまった。

「ああっ! どうしたんだ?」

「キャハハ、食べてすぐ激しい運動なんかするからよぉ」

「何か入れたのか?」

「べっつにぃ。暇ッ潰しになるかなぁ、って思って。あンの様子じゃ明日まで目を覚まさないわね。もっともそん時にゃ、一切合財忘れてるでしょうけれど」

「じゃ、死ぬほどの事は無いな」

「ホント? よかったぁ。お母さんが元で人死(ひとじに)にが出るなんて、気分悪いよ」

「物騒な事言わないでよぉ。これでも最近は気ぃ使ってンだからぁ。もっとも、全ッ部忘れちゃったらノーテンパー。赤ちゃんに戻っちゃうんだけどね。キャハハハハ」

 そう平然と言ってのけ、ケラケラ笑い出すお母さん。それを見てる内に僕の頭に浮かんだのは、『悪魔』の二文字だった。

「念のため救急車を呼んどくか」

 さもうんざりした様子の父さんが、携帯で電話をかけはじめた。

「ねぇねぇ、折角だからこれ持ってかえろ。夕食の手間が省けるでしょう」

「え? そ、そうだね。輝にいちゃんも喜ぶかもね」

「そーそー。じゃ、あんた達、後、頼むわねぇ。あー面白かった」

 と言うと、お母さんはまたケラケラと笑いながらその場を去って行ってしまった。

 後に残ったのは山のような豪華料理とぶっ倒れた五人組。そして僕と父さん、プラス粉々になった扉の破片だった。

「どうしよう、これ……」

「そうだな……」

 僕等は、しばらくその場に呆然と突っ立ってる事しか出来なかった。



         (6)

 後で知ったんだけどね、朝鮮島(・・・)が統一されたのと、父さん達が結婚式をあげて新婚旅行へ行ったのは同じ年なんだって。その時に()の北側の国で奇病がはやったらしいって、輝にいちゃんが教えてくれた。

 それ以来、朝鮮島(・・・)の身分の高い人達は決して『豚の角煮」を食べないんだそうだけど。……お母さんの所為じゃないよね、きっと。



     (了)

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