2話目
走ってどれくらいが経っただろうか。街一番というほど広い公園に逃げ込めたみたいだ。
すぐさま公園のトイレに駆け込み、状況を整理する。
幸い野次馬がカモフラージュになって警察の目を誤魔化せたらしい。
走っている途中で無意識に血に塗れたスーツの上着を捨てていたが、
手やズボンはまだまだ赤い。
初夏の昼だ。個室の中はとてもむし暑い。
「いったいどうなってるんだ・・・。」
誰もいないだろうから一人呟く。
「落ちつけ・・・俺は何もしていない・・・。」
必死に倒れる前の記憶を探るがなかなか出てこない。
「どうしたんじゃ。」
「!?」
・・・慌てて駆け込んだから見えなかったが、隣の個室にいたらしい。声からして老人か。
その老人の声は続く。
「あんな勢いで駆け込まれたらそりゃ聞きたくなるよ。どうしたんじゃ?」
本当のことを言って信じてもらえるだろうか、もしかすると警察に突き出されるかもしれない。
「いやぁ・・・長い間トイレを我慢していたもんでお腹が痛かったんですよ。」
何があるかわからない。嘘をついておこう。
「そうかい・・・わしにはおめえさんが何かから逃げてるようにしか見えんかったんでな・・・」
翼は固唾を呑んだ。ご老人というものは心眼でもあるのだろうか。
沈黙が続く。その間に翼は朝目覚めてからの出来事を思い出す。
今日はいつもどおり出勤だった・・・7時に起きてから歯を磨いた。
そうだ!あの時歯磨き粉が出なくて新しいのに取り替えたんだ・・・。
それから・・・スーツに着替えて・・・。
「・・・?」
紙に何か書く音が聞こえる。
隣の老人は何を書いているのだろう。
しばらくして、メモをバサッと千切る音が聞こえて、老人は言った。
「わしは暇でな、仕事をやめてから趣味の範囲で人助けしてるんじゃ。
とんだおせっかいかもしれんが、何かあったらここに来るといい。
できるだけ力になるつもりじゃ。」
そう言って個室と個室の境界の隙間から1枚のメモを差し出した。
メモには公園の南門から出て小道を何度か曲がったところに丸印がついていた。
「あ、ありがとうございます。」
苦笑いをして迷惑そうに振舞った。
「それじゃぁわしは出るぞい。」
老人は流すと、扉を開けてトイレを出て行こうとしたとき、足音が止まった。
「心配せんでもええ。必ずみんな歓迎してくれる。」
そう言い残して老人はトイレを去った。