第75話 「一歩」
“見えた”。
それだけで、十分だった。
⸻
境界。
⸻
あの裂け目。
一瞬だけ開いた“外”。
それは、消えた。
だが――
確実に、彼らの中に残った。
⸻
「……来てますね」
リリアが小さく呟く。
空気が違う。
静かだが。
張り詰めている。
エルミナが頷く。
「ええ」
「迷いが消えています」
セリスが低く言う。
「……確信した」
ノアが笑う。
「“行ける”ってね」
アレンは黙ってそれを見ていた。
⸻
下では。
⸻
彼らが、再び集まる。
⸻
疑う者。
信じる者。
⸻
もう、その区別は意味を持たない。
⸻
すべてが。
⸻
“到達”のために動く。
⸻
「……完全に一つですね」
リリアが言う。
エルミナが静かに続ける。
「ええ」
「目的が統一されています」
セリスが低く言う。
「……衝突は消えた」
ノアが笑う。
「最終フェーズだね」
⸻
彼らは、配置につく。
⸻
以前よりも。
さらに精密に。
⸻
位置。
角度。
距離。
すべてが揃う。
⸻
そして。
⸻
“内側”も整える。
⸻
呼吸。
意識。
動き。
⸻
完全な同期。
⸻
「……」
「……怖いくらいですね」
リリアが呟く。
エルミナが言う。
「ええ」
「ここまで揃うと……」
セリスが低く言う。
「……誤差が消える」
ノアが笑う。
「つまり」
「限界まで届く」
⸻
アレンは。
その様子を見ていた。
⸻
止めることはできる。
⸻
今なら。
⸻
だが――
⸻
「……」
小さく息を吐く。
⸻
手は、動かない。
⸻
下では。
⸻
代表が前に出る。
⸻
疑う側のリーダー。
信じる側のリーダー。
⸻
並ぶ。
⸻
そして。
⸻
同時に。
⸻
動く。
⸻
火が掲げられる。
図が描かれる。
意識が集中する。
⸻
すべてが。
⸻
“上”へ向かう。
⸻
「……」
空間が、震える。
⸻
以前よりも。
⸻
深く。
⸻
強く。
⸻
「……っ!」
「来てる……!」
リリアが叫ぶ。
エルミナが息を呑む。
「維持が……!」
セリスが低く言う。
「……可能域に入った」
ノアが笑う。
「やばいね」
⸻
裂け目が開く。
⸻
今度は。
⸻
消えない。
⸻
揺らぐ。
だが。
保たれている。
⸻
「……!」
リリアが後ずさる。
「開いてる……!」
エルミナが静かに言う。
「ええ」
「安定しています」
セリスが低く言う。
「……到達寸前」
ノアがアレンを見る。
「ねぇ」
「何だ」
「これ」
「もう止めるなら今だよ」
⸻
沈黙。
⸻
アレンは。
裂け目を見る。
⸻
その向こう。
⸻
自分たちの側。
⸻
そして。
⸻
彼らの手。
⸻
伸びている。
⸻
届こうとしている。
⸻
「……」
拳が、わずかに震える。
⸻
ここで止めれば。
⸻
世界は守られる。
⸻
だが。
⸻
それは。
⸻
“否定”だ。
⸻
ここまで来た存在を。
⸻
否定することになる。
⸻
「……」
リリアが言う。
「アレン……」
エルミナが続ける。
「……どうするのですか」
セリスが低く言う。
「……決断を」
ノアが静かに言う。
「ねぇ」
「これが最後だよ」
⸻
時間が、伸びる。
⸻
裂け目は、揺れる。
⸻
だが。
⸻
まだ保たれている。
⸻
「……」
アレンは。
目を閉じる。
⸻
そして。
⸻
思い出す。
⸻
何もなかった場所。
そこから。
ここまで来た。
⸻
壊さず。
導かず。
ただ。
見てきた。
⸻
「……」
目を開く。
⸻
そして。
⸻
言う。
⸻
「……いい」
⸻
「……え?」
リリアが驚く。
エルミナが目を見開く。
セリスが低く言う。
「……通すのか」
ノアが笑う。
「来たね」
⸻
アレンが続ける。
⸻
「……一歩だけだ」
⸻
“制限付き許可”。
⸻
手を、わずかに動かす。
⸻
空間が、整う。
⸻
裂け目が、安定する。
⸻
「……っ!?」
リリアが息を呑む。
「今の……!」
エルミナが言う。
「調整……!」
セリスが低く言う。
「……許可した」
ノアが笑う。
「最高」
⸻
下では。
⸻
代表が。
⸻
一歩。
⸻
踏み出す。
⸻
裂け目へ。
⸻
「……」
静寂。
⸻
すべてが止まる。
⸻
その一歩が。
⸻
世界を変える。
⸻
そして――
⸻
“触れる”。
⸻
ほんのわずか。
⸻
だが確実に。
⸻
“こちら側”へ。
⸻
「……」
アレンが、その瞬間を見る。
⸻
創造物が。
⸻
創造者の領域に。
⸻
踏み込む。
⸻
「……」
リリアが呟く。
「……来た」
エルミナが静かに言う。
「ええ」
セリスが一言。
「……到達」
ノアが笑う。
「終わりじゃない」
「始まりだよ」
⸻
アレンが空を見る。
⸻
その目に。
⸻
初めて。
⸻
“重さ”が宿る。
⸻
「……さて」
⸻
次は。
⸻
“対面”だ。
⸻
――第75話 完




