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第1話「役立たずの追放」

はじめまして。

この作品を読んでいただきありがとうございます。


この物語は、

「価値のわからない者は、本物を平気で捨てる」

をテーマにした、追放ざまぁ+成り上がりファンタジーです。


少しでも面白いと思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


それでは本編をどうぞ。

 人は、自分に理解できないものを軽んじる。


 それが珍しい鉱石であっても、才能ある人間であっても同じだ。

 見抜く目がなければ、宝石は石ころにしか見えない。


 もっとも、そのときの俺は――そんな当たり前のことすら、まだ思い知らされていなかった。


 ◇


「レイン。お前は今日で、俺たちのパーティーから外れてもらう」


 低く、乾いた声が洞窟の中に響いた。


 俺は足を止める。

 第四迷宮《灰哭の洞穴》の帰路。中層から地上へ向かう途中の、狭い石の通路だった。


 湿った岩肌に淡青色の苔が張りつき、ぽたり、ぽたりと天井から雫が落ちている。魔物との戦闘を終えたばかりの空気には、鉄と土の匂いが混じっていた。


「……え?」


 間抜けな声が漏れたのは、自分でもわかった。


 先頭を歩いていた勇者ガルドが、振り返りもせずに言い放つ。


「聞こえなかったか? 追放だよ、レイン」


 頭の中が一瞬真っ白になる。


 追放。

 今、こいつはそう言ったのか?


「な、何を……急に」


「急じゃない」


 口を開いたのは、後衛の女魔術師ミレイアだった。

 長い紫髪を払いながら、彼女は露骨な軽蔑を込めた目でこちらを見る。


「むしろ遅すぎたくらいよ。ずっと思ってたの。あんた、戦えないくせに報酬だけはしっかり取っていくんだもの」


「俺は、鑑定と素材管理を――」


「その程度なら誰でもできるでしょ?」


 ぴしゃりと遮られた。


 心臓が嫌な音を立てる。


 俺の職業は【鑑定士】。

 剣で魔物を斬ることも、大規模な攻撃魔法を放つこともできない。だがその代わりに、素材や武具の性質を調べ、危険な呪物を避け、持ち帰る戦利品の価値を見極める――そういう後方支援が役目だった。


 少なくとも、俺はそう信じていた。


「ロズ……お前も、同じ意見なのか?」


 回復役の神官ロズに視線を向ける。

 彼は気まずそうに目を逸らしたあと、曖昧に肩をすくめた。


「悪く思うなよ、レイン。ほら、俺たちも次の段階に行きたいんだ。B級、いやA級迷宮を本格的に攻めるなら、やっぱり純戦闘職で固めた方が効率がいいだろ?」


「効率……」


「ぶっちゃけるとよ」


 今度はガルドが振り向いた。

 燃えるような赤髪に、自信と苛立ちが混ざった目。初めて会ったとき、俺はその目を“頼れる英雄の目”だと思っていた。


 今は違う。

 そこにあるのは、役に立つかどうかだけで他人を測る冷たさだった。


「戦えない奴に報酬を四等分するの、無駄なんだよ」


 はっきり、そう言った。


「……っ」


 胸の奥に熱いものが込み上げる。


 俺だって好きで戦えないわけじゃない。

 剣の訓練はした。魔法適性だって調べた。どちらも平凡以下だったから、せめて仲間の役に立てるようにと、鑑定と知識を磨いたんだ。


 素材図鑑は何冊も読んだ。

 迷宮ごとの危険植物や魔物の習性も覚えた。

 持ち帰った戦利品の管理、売却先の選定、野営の準備、物資の補充……目立たない仕事のほとんどを、俺は黙ってやってきた。


 なのに。


 全部まとめて、戦えないの一言で切り捨てられるのか。


「せめて……もう少しまともに話し合うことはできなかったのか?」


 絞り出した声に、ガルドは鼻で笑った。


「話し合い? 何をだ」


「俺がどうすれば役に立てるかとか、これからのこととか……」


「まだそんなこと言ってるの?」


 ミレイアが呆れたように言う。


「あんたは根本的に勘違いしてるのよ。役に立つかどうかを“これから考える”ような時点で、もう戦力外なの」


 その言葉に、何も返せなかった。


 正論の形をしているだけに、余計に痛い。

 いや、違う。本当は正論でも何でもない。ただの切り捨てだ。でも、ここでそれを覆せるだけの力が俺にはない。


「装備は置いていけ」


 ガルドが顎をしゃくる。


「それ、いくつかはパーティー資金で買ったもんだろ」


「俺の取り分で相殺できてるはずだ」


「細けえな」


「細かくありません」


 思わず強い口調が出た。


 ガルドの眉がぴくりと動く。

 ミレイアの杖先に、淡い魔力光が集まった。ロズは止めない。


 ああ、そうか。

 つまりここで逆らえば、力づくで奪う気なんだ。


 俺は一つ深呼吸をして、背負い袋を下ろした。


 食料、地図、簡易鍋、寝具、予備のロープ。俺が個人的に揃えたものまで混じっているが、今ひとつひとつ主張しても虚しいだけだ。


 腰の短剣だけは残した。

 刃こぼれした、安物の護身用。これはパーティー結成前から使っていた私物だ。


「それはいい」


 ガルドが面倒そうに言った。


「どうせ魔物一匹まともに倒せないんだからな」


 悔しさで、歯が軋んだ。


「出口までは一本道だ。一人でも帰れるだろ」


「待ってくれ。せめて地上まで一緒に――」


「嫌よ」


 ミレイアが即答した。


「あんたみたいな厄介払い、これ以上近くに置いておきたくないの。地上でギルドに泣きつくなり、どこかの荷運びにでも雇ってもらえば?」


 笑いを堪えたような声だった。


 さすがにロズが少しだけ気まずそうな顔をしたが、それだけだ。

 結局、誰一人として俺の味方ではない。


「……わかった」


 それしか言えなかった。


 俺が踵を返しかけた、そのときだった。


 通路脇の岩壁、その裂け目の奥で、かすかな青白い光が瞬いた。


「……?」


 足が止まる。


 くすんだ灰色の鉱石が、半ば岩に埋もれるように顔を出していた。

 一見すれば、どこにでもある劣化魔鉱石だ。価値は低く、装備素材としても二流。普通なら見向きもしない。


 だが、妙な違和感があった。


 俺は無意識にその鉱石へ近づき、触れる寸前で集中する。

 【鑑定】――慣れ親しんだスキルを発動した。


 瞬間、頭の奥に文字列が流れ込んできた。



【擬装鉱殻】

外皮に覆われた希少鉱石。通常鑑定では「劣化魔鉱石」と誤認される。

真価:S級希少素材《蒼天輝晶》

用途:聖剣級武装、魔力増幅触媒、上位結界核

状態:未採掘

付記:周辺に同質鉱脈あり



「……は?」


 思わず息が止まる。


 S級希少素材。

 《蒼天輝晶》――王都の一流工房や宮廷魔術師団ですら、そう簡単には手に入らない超高位素材だ。


 こんなところに?


 第四迷宮の中層に?


「どうした、レイン」


 ガルドが苛立った声を飛ばす。


 俺は慌てて振り向いた。


「待ってくれ! ここに鉱脈がある! ただの魔鉱石じゃない、蒼天輝晶だ! 本物ならとんでもない値がつく!」


 一瞬、空気が止まった。


 次の瞬間、ミレイアが吹き出した。


「はぁ? 何それ」


「冗談じゃない!」


 俺は鉱石を指差す。


「表面が擬装鉱殻に覆われてるんだ! 普通の鑑定じゃ見抜けないけど、中に高純度の結晶が――」


「もういい」


 ガルドの声が冷たく落ちる。


「最後の最後に、引き止めるための嘘か?」


「嘘じゃない! 確認だけでもしてくれ!」


「お前みたいな奴が、S級素材を見抜けるわけないだろ」


 その言葉は、短いのに鋭く突き刺さった。


 ガルドは岩壁を見ることすらせず、吐き捨てるように続ける。


「俺たちは先に進む。石ころ拾いに付き合う暇はない」


 石ころ。


 目の前にあるのが国宝級の価値を持っていたとしても、彼らにはただの石にしか見えない。

 いや、見ようとすらしないのだ。


「……そうか」


 胸の奥の何かが、すっと冷えていくのを感じた。


 悔しさはある。悲しさもある。

 でもそれ以上に、はっきりわかった。


 この人たちは最初から、俺を信じていない。

 いや、“俺を見る気がない”。


「じゃあ、さようなら」


「二度と顔を見せるな」


 ガルドのその言葉を最後に、俺は本当に背を向けた。


 後ろで足音が遠ざかっていく。

 彼らは鉱石を確認することなく、そのまま通路の奥へと進んでいった。


 俺はしばらくその場に立ち尽くした。


「……何だったんだ、今の」


 視線を落とし、自分の手を見る。


 さっきの鑑定結果は、いつもと違った。

 普通、俺の【鑑定】で見えるのは名前と簡単な用途、せいぜい品質程度だ。なのに今は“真価”や“付記”まで表示された。


 まるで、表面ではなく“本質”を見せるような情報だった。


「俺のスキル……」


 ただの鑑定じゃないのか?


 もしそうなら――いや、今は考えている場合じゃない。

 装備も物資も奪われた状態で、この場に留まるのは危険だ。まずは生きて地上に戻らないと。


 俺は短剣の柄を握り直し、出口へ向かって歩き出した。


 ◇


 迷宮は静かだった。


 湿った風が頬をなで、岩の隙間から冷気が流れ込んでくる。

 いつもなら前衛の足音やミレイアの愚痴、ロズのため息が聞こえるはずの帰り道が、今日はやけに広く感じられた。


 孤独、というやつだろうか。


 不意に、右手の暗がりからガサリと音がした。


 反射的に短剣を抜く。


 現れたのは、赤黒い毛並みの小型魔物。

 ねじれた角、裂けた口元、黄色い瞳。


 《ブラッドコボルト》。


 中層では珍しくないが、決して弱い相手ではない。前衛ならともかく、非戦闘職の俺には十分すぎる脅威だ。


「っ……!」


 喉が鳴る。


 逃げるべきか。

 でも背を向ければ追いつかれる。


 ブラッドコボルトが低く唸り、地を蹴った。


 速い。


 横へ飛び退くと、さっきまで俺がいた場所を爪が深く抉った。岩片が弾ける。


「くそっ……!」


 二撃目が来る。


 死ぬ。

 そう思った瞬間だった。


 また、見えた。


 ブラッドコボルトの胸元、その一点に、赤い光の点が浮かんだ。

 頭の奥で、文字が走る。



【ブラッドコボルト】

脅威度:C

状態:興奮

弱点:胸部中央、魔核未発達部位

推奨:斜め下からの刺突で一撃破砕可能



「な……」


 考えるより早く、体が動いた。


 俺は半歩踏み込み、短剣を逆手に持ち替える。

 飛びかかってくるコボルトの動きが、なぜか読めた。軌道が見える。どこで、どう刺せばいいのかが、最初からわかっているみたいに。


「うああああっ!」


 必死で腕を突き上げた。


 ぐしゃり、と嫌な感触。

 短剣が胸元の一点に深く食い込み、ブラッドコボルトの体が大きく痙攣した。


 次の瞬間、どさりと魔物が崩れ落ちる。


「はっ……はぁ……っ」


 荒い息だけが洞窟に響いた。


 倒した。

 俺が、ブラッドコボルトを、一撃で。


 しばらく信じられなくて、その場に立ち尽くす。


 偶然じゃない。

 今のは明らかに“見えた”のだ。


 魔物の弱点。

 最適な攻撃角度。

 勝ち筋そのものが。


「物の価値だけじゃない……?」


 震える声で呟く。


 俺のスキルは、素材や武具だけじゃない。

 生き物の本質、潜在能力、弱点――そういう“表面に出ない価値”まで視せているのかもしれない。


 それがもし本当なら。


 俺は、ずっと思っていたよりも遥かにとんでもない力を持っていることになる。


 ブラッドコボルトの死体のそばに、黒ずんだ魔石が転がっていた。

 拾い上げると、また情報が見えた。



【濁り魔石】

通常価値:低

真価:内部に高純度核を含有

処理法:外殻を三分割し、中心核のみ抽出

推定売却価値:通常の八倍



「……はは」


 思わず乾いた笑いが漏れた。


 こんなものまで見えるのか。


 つまり今まで俺は、使えない力だと思い込んでいたスキルの、本当の力を知らなかっただけなのかもしれない。


 そのとき、出口の方からわずかな風が吹き込んできた。

 地上の匂いがした。


 俺はゆっくりと短剣を鞘に戻す。


 追放された。

 荷物も奪われた。

 仲間だと思っていた相手には、最初から仲間と思われていなかった。


 それでも。


 胸の奥には、先ほどまでなかった熱が灯っていた。


 あの連中は俺を“役立たず”と切り捨てた。

 でも、それは本当に俺が無価値だったからじゃない。


 あいつらに、見る目がなかっただけだ。


「だったら……証明してやる」


 誰にともなく、そう呟く。


 石ころの中の宝石。

 見捨てられた人間の中に眠る才能。

 ガラクタと呼ばれた武具の真価。

 そして、俺自身の価値。


 全部、この目で見つけ出してやる。


 価値のわからない奴らに捨てられたのなら、なおさらだ。


 俺は一人、迷宮の出口へ向かって歩き出した。


 このときの俺はまだ知らない。

 今日、俺を笑って追い出した勇者パーティーが、そう遠くない未来に、自分たちが何を捨てたのかを嫌というほど思い知ることになると。

第1話を読んでいただきありがとうございます。


ここから主人公は、

誰にも見抜けなかった“本物”を見つけながら成り上がっていきます。


次回は、追放されたレインが街へ向かう途中で、

**“とんでもない才能を持つ少女”**と出会う話になります。


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