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運命の番は嫌われ天才魔術師でした。

作者: 蒼琉璃
掲載日:2026/03/03

 ――――出会えるかどうかは別として、この世には運命の赤い糸で結ばれた(つがい)がいるんだって。


 親友のオーロラからそんな話を聞いて、ステラは思わず憧れの彼の顔を思い浮かべてしまった。自分たちと同じく、古代魔術師クラスの先輩で学院の人気者(アイドル)である、オーギュスト・カオス。

 冷静沈着で、黒髪に端正な顔立ち、涼しげな赤色の瞳が印象的な彼は、女に靡かない天才魔術師だ。

 ステラは、オーギュストに一度も挨拶したこともなければ、目を合わせたことすらない。

 凡人の彼女にとって、オーギュストは雲の上の人で、初恋の相手だった。


「あ、知ってる! 素敵だよねぇ」

「今ね、運命の番を占える魔女がこの街に来てるらしいの。当たるかどうか分からないけどさ、行ってみない?」

「うん、おもしろそうだね。あぁ、どんな人が私の番なんだろう」


 イルガリア魔術師養成学院に通う二人は、古代魔術師クラスの一年生だ。

 十九歳から二十一歳までの魔術師たちの卵が、この学び舎で勉学に励む。

 将来はエリート宮廷魔術師や、ギルド専属魔術師、占い師を生業とする魔女、魔術学者などになる。


「ステラの憧れの人が番だったらどうする?」

「えっ、ええ? ないない! それはないよー」


 ステラは薄茶のふわふわの髪を揺らすと、おでこまで真っ赤になって首を振った。

 学園長のカサンドラの娘であるオーロラは、ツンツンと彼女の頬を指で突っつくとニヤニヤと笑う。

 雲の上の存在であるオーギュストを恐れ多くも好きだなんて、オーロラに打ち明けたことはなかった。

 だが親友なだけあり、オーロラには、ステラが誰に憧れているのか、すぐに見抜かれてしまった。


「ふふふ。あ、あそこだよ。ちょうど列が途切れそう、ラッキー。今ならすいてる」


 神出鬼没の魔女占いのテントをようやく見つけたふたりは、喜びの声を上げた。

 金貨を握りしめると、おそるおそるなかを覗き込む。

 褐色の美人占い師は、いかにも紫色のベールを被った異国の魔女という出で立ちをしていた。彼女はにっこりと笑うと、少女たちを手招きする。


「――――いらっしゃいませ。さてどなたから先に、運命の(つがい)占いますか?」


 何について占ってもらうか、ふたりはまだひと言も魔女に話をしていない。

 それなのに、足を踏み入れた瞬間から、彼女の番占いは始まっているようだった。


「は、はい!」

「よろしくお願いします、オーロラからどうぞ」


 二人はちょこんと魔女の前に座ると、胸を高鳴らせ、不思議な絵柄が描かれたカードが並べられるのを見ていた。

 やがてそれぞれの前に一枚のカードが置かれると、まずはオーロラの目の前にあるカードが捲られる。


「貴女のお相手はイルガリア魔術師養成学院のエリート。いずれ宮廷魔術師のトップとなり、国王の絶大な信頼を得る、オーギュスト・カオスが運命の相手です」

「ええっ!」

 

 ステラは後頭部を殴られたような強いショックを受けた。まさか、親友のオーロラの相手が、オーギュストだったなんて。


「……は?」


 オーロラも、頬を染めながら困惑している様子だった。だが、彼女はステラが太鼓判を押すほどの美人で、頭も良く、社交的で男女ともに人気がある。

 綺麗に手入れされたサラサラの長い黒髪も、癖毛のステラにとっては憧れだった。

 長い睫毛や大きな黒い瞳も魅力的だが、なによりさすが学院長の娘と思わせるほどの魔法の才能だ。

 世間的に見て運命の番として彼女がオーギュストの隣に並んでいても、なんらおかしくはない。


(あ……すごく、お似合いかも)


 クールなオーギュストと、利発で聡明なオーロラ。

 彼らが仲睦まじく過ごす様子を想像して、何も始まらないまま、ステラは失恋してしまった。その後のことは、ショックで何も覚えていない。

 ステラは魔女にお金を支払うと、オーロラと共にテントを出る。


「いや、待って。学園のアイドルだなんて、どれだけライバルが多いと思ってんのよ。本当に勘弁して。周りの女に殺されちゃうわ! 絶対当たらないって確信した」


 オーロラは、頬を染めながら苦笑いすると、浮かない顔をしているステラに気付き、自分よりも小柄な彼女をぎゅっと抱きしめた。


「ステラ、ただの占いだよ。百発百中なわけない」

「で、でも……。当たることで有名な魔女だよね? 私、オーギュストさんとオーロラはお似合いだと思う」


 胸は痛むが、親友に気を使わせているのも申し訳ない気持ちになる。女子に人気の高いオーギュストでも、運命の相手がオーロラなら、誰からも文句は言われないような気がした。


(それこそ、学院きっての人気推しカップルになれそう)


 ステラの頬をぷにぷに触りながら、オーロラは困ったような顔をする。


「いやいや、当たったら困る。だって私のことはともかく、ステラの番があのタイラー・ロードナイトになっちゃうじゃない!」

「ふぁ?」


 オーロラは深刻な表情でステラの頬を掴んだ。オーギュストのことがショックで、その後のことは何も覚えていない。


(ええっと……誰だっけ? 全然話聞いてなかった)


「ステラ、まさか知らないの? 有名じゃない。あの、嫌味で根暗の宝石魔術クラスの三年生! オレンジ色の髪で、ほら、杖をついて歩いてる」

「えっ、ええ! あ、あの人が……あの人が……タイラー・ロードナイトなの……?」


 ようやくその人物の顔が頭に浮かぶと、ステラは顔をしかめた。部屋から一歩も出たことがないような不健康そうな肌、陰気な緑色の瞳。

 端正な顔立ちをしているのに、まるでそんなことなど気にとめていないのか、不健康そうな肌に目のクマ。

 伸びっぱなしのオレンジ色の髪は緩く編んで、横に流している。

 右足を引き摺りながら歩く彼を見つけてから、ステラはぞくぞくと全身が総毛立つような感覚に襲われていた。


「あの人、宝石魔術クラスの三年生で、学年首席らしいけど……嫌味な性格で、嫌われ者じゃない。本当かどうか知らないけど、あいつに一年生がいじめられて泣かされたって話もあんのよ。そんな奴に、私の可愛いステラを渡せないでしょ。たとえ、将来はイルガリアの宝になる魔術学者になるだろうって言われても……あんな奴にステラは渡せない!」

「ええ! あの人、そんな噂もあるの? 絶対やだ」


 タイラーとは、一度も話したことはないけれど、彼に感じた嫌な感覚は、間違いではなかったようだ。


「やっぱり、あの人を見たときに感じた悪寒は間違いじゃなかったんだ。その場から逃げ出したくなったもの。絶対悪い人だよ」

「ああ、それは」


 ステラがそう言うと、オーロラはなんとも複雑そうな表情をした。不思議そうに首を傾げるステラに、彼女は言葉を選ぶように目を泳がせた。


「番ってさ……。出会った瞬間に他の人とは違う何かを感じるんだって。その感じ方は人によってそれぞれ違うらしいんだけど」


 言い難そうにするオーロラを見て、ステラはブンブンと頭を振った。総毛立つようなあの感覚が、番の証しだと言うのだろうか。


「オーロラは、初めてオーギュストさんを見たとき、何か感じたの?」

「………」


 露骨に視線を逸らすオーロラに、確信を得たステラはぐっと拳を作ると言った。


「分かった! 私、絶対にタイラーさんと遭遇しないようにするっ。向こうだって私に話しかけてこないし、あの占いは聞かなかったことにするんだから!」


 実際は、頭が真っ白になって内容をきちんと聞いていなかったが、後輩をいじめるような嫌われ者の人が、自分の運命の相手だなんて、ステラは考えたくなかった。


(それに、心のなかで片思いするくらいならいいよね)


 もちろん、ふたりの仲を引き裂こうなどという考えは毛頭ない。きちんと心の区切りがつくまで、ステラは時間が欲しかった。

 そういうわけでステラは『タイラー・ロードナイトとは、相手が卒業するまで接触しない作戦』を立てたのだった。


 ❖❖❖


 宝石魔術クラスには絶対に近づかない、そう心に決めたのも束の間。

 先生からの頼み事で、宝石魔術一年生のクラスに、実験道具を取りに行かなければならなくなってしまった。

 そういうときに限って、前方からタイラーが歩いてくる。ステラは条件反射的に、サッと柱に隠れた。

 彼の杖の音を聞きながら、柱の裏を滑るように移動してすれ違うと、ある程度遠ざかったのを確認して、パタパタと全速力で駆けていく。


(はぁ〜〜やばい。まさか前から歩いてくるとは思わなかった)


 そんなステラの背中を、タイラーは無言のまま見つめていた。


 またある日のこと。

 オーロラとふたりで庭を歩いているときにタイラーの気配を察し、咄嗟に彼女の手を掴むと、引き返して学園長の彫像に身を隠した。


「ちょっとステラ……何やってんの? かくれんぼ?」

「ち、違う。タイラーさんがいたから!」


 ステラはそう言うと、オーロラの手を引っ張り、そのまま座り込む。彼女の行動にオーロラは思わず苦笑して首を傾げた。


「……ねぇ、ステラ。避けすぎると逆に怪しまれるよ? 普通にしてるほうが良くない? それに、タイラーに話しかけられたわけじゃないんでしょ」

「そ、そうかな……うん」


 確かに、オーロラの言うことには一理ある。変にタイラーを意識しすぎているせいか、彼が周囲にいるときは、気配を感じるようになっていた。

 果ては、タイラーを避けるために行動範囲や日々の習慣(ルーティン)などを調べるようになっていて、本末転倒だ。

 まるでステラ自身が、彼の周辺を嗅ぎ回っていると思われてもおかしくない。

 ふたりは彫刻にもたれ掛かると、くすくすと笑い合った。


「変に意識しないで、いつも通り私は関係ありませんって、顔をしとけばいいよね」

「そうそう、今までだってお互い何もなかったんだから。……ねぇ。タイラーが本当にステラの唯一無二の番なら、運命がふたりを引き寄せてくれるよ」

「……うん」


 オーロラの言葉にステラは安堵する。

 当たると評判の占い師だったが、タイラーが本当に運命の人ならば、とっくの昔にステラと関わっているだろう。

 三年生は卒業間近なのだから。


「そういえばタイラーさんってオーギュストさんと仲が良いんだね。いつも他人にクールなオーギュストさんが、タイラーさんに笑顔で話してるの見ちゃったから、意外」

「あー、あのふたり幼馴染なんだって。お互い成績優秀だし。オーギュストがあんなふうに心を許しているのも、タイラーがやっかまれる理由のひとつかもね」


 ふと、オーロラが遠くを見るように目を細めると、ステラは彼女の横顔を見つめた。

 

(そういえば、オーロラってオーギュストさんのことをよく知っているよね)


 今さらながら、ステラはそのことに気付いた。

 普段はステラが話題を振らない限り、彼のことは何も語らないけれど、思えばオーギュストの情報は、すべてオーロラから聞いていた。

 学園長の娘だから情報通だと思っていたが、実際は彼女自身がオーギュストに惹かれていたのかもしれない。


(オーロラも、オーギュストさんのことが本当は好きなのかな。ううん、番として何かを感じていたのかも。私のことを気にして、自分の気持ちを表に出さないようにしていたの?)


 数日後、ステラの疑問が核心へと変わる出来事が起こった。


 ❖❖❖


 そろそろ、試験が近い。

 古代魔術学の筆記試験、対人魔術の実技、仮想ダンジョンで欠けた術式を完成させ、古代魔法を再現し、謎を解いて先に進むという試験の三段構えだ。

 ほかの二科目はともかく、筆記試験に弱いステラは猛勉強するしかない。


(はぁ、もう本当にわけがわからん……古代魔術史が、全然頭に入らないよぉ。あの術式にいっつもひっかかっちゃうし)


 ステラは、分からないところをオーロラに質問しようと思ったが、どうやら彼女は先約が入っていたようで、部屋は不在だった。

 自分を追い込むために、ステラは誘惑の多い寮を抜け、図書館で試験勉強をすることにした。

 ここはイルガリア魔術師養成学院が誇る、世界最大の図書館である。

 ステラはフクロウと猫を足して二で割ったような姿の使い魔を召喚し、必要な本を自分のもとに集めさせていた。

 巨大な図書館は、人とすれ違うことも稀で、他人に邪魔されることなく勉強に集中できる。


(あれ?)


 人の小さな笑い声のようなものが聞こえ、何気なく様子を窺う。

 本棚の前で、オーギュストとオーロラが本を選びながら親しげに談笑していた。


(あ……)


 友人や先輩という距離感ではなく、信頼した者同士が交わす視線は、恋愛経験がないステラにも察することができた。

 学園のなかでも番同士の絆は、目に見えなくても人に伝わる。街に出たって、普通の恋人同士と、運命の相手に出会った人たちの醸し出す雰囲気は、異なっていた。

 誰も、そのふたりの仲を引き裂けないあの強い感覚は、言葉よりも重かった。

 だから運命の番を探し出せた人は幸運なのだ。


(これで、終わり。完璧に失恋しちゃった。だって運命には逆らえないもの)


 オーロラは、ステラを気にして言えなかったのだろう。もしかしたら彼のもとに歩み出すことを躊躇していたのかもしれない。

 けれど、占いが運命を決定づけた。

 彼らはもうお互いを運命の相手だと知っていて、とっくの昔に惹かれ合っていたのだ。

 ステラは本を抱きしめながら踵を返すと、歩き出した。

 泣きたくもないのに、涙が溢れてくる。

 目を擦っても涙が止まらないので、恥ずかしくなって俯きながら歩いていると、強い衝撃が体に走って跳ね返された。


「っ!」

「いっ……! す、すみません!」


 すっかり油断していたステラは、よろけて尻もちをついてしまう。前方不注意でぶつかってしまったことを謝罪して頭を上げると、そこには杖をついたタイラーが立っていた。

 オレンジ色の髪から覗く、冷たい緑色の瞳に見下ろされ、ステラは動揺する。


「前を向いて歩かないと怪我をするぞ、ノロマ」

「なっ……」


 迷惑をかけたのは申し訳ないと思いつつも、最後の言葉は余計だとカチンときた。

 感情はぐちゃぐちゃになっていたが、驚きと怒りのせいで、悲しい気持ちが一気に吹っ飛ぶ。不意に、タイラーに手を差し伸べられ、戸惑った。

 ステラは、すこし冷静になると遠慮がちに彼の手を取った。


「ご、ごめんなさい」


 それから足を庇うようにゆっくりと腰を落とし、床に散らばった本を拾い上げたタイラーは、ニヤリと笑みを浮かべて、パラパラと本を開ける。


「第七紀原初魔術全書か。比喩表現ばかりで術式は難解だ。これを書いた魔術師はナルシストなんだろう。こんなものを使って試験に挑めば、自分はバカで役に立たない魔術師だと吹聴しているようなものだ。やめろ」


 嫌味で皮肉屋、という世間の評判は本当らしい。そのおかげでステラの涙は引っ込んだものの、困惑したようにタイラーを見つめる。


「で、でも……この本は先輩のおすすめで」

「お前の言う先輩がどの程度の実力があるのか知らないが、今の時期にその本を選んでいるあたり、絶望的な理解力だな。筆記は落ちたと思え」

「そ、そんな……今回は絶対赤点取れないんです! 進級に響くので!」


 腹は立つものの、宝石魔術クラスの首席であるタイラーは、古代魔術にも精通している。

 オーギュストと並んで天才だと称される魔術師だ。そんなタイラーの言葉は重く、ずっしりと背中にのしかかってきた。


「古代魔術における魔力循環論。一年の古代魔術クラスにおける筆記試験は、この本の範囲から出題されることが多い。術式の構造理解も安全面も正確に書かれているが……。ビリから三番目のお前の頭でついていけるかな、ステラ・タンザナイト」

「ど、どうして私の名前を知っているんですか! 確かに……筆記試験は低いですが、実技はそこそこ上位です」


 番だから名前が分かったんだろうか、という考えがよぎったが、口が裂けてもそんなことは言えない。

 こんな嫌味で皮肉屋なタイラーが、番だなんてステラは認めたくなかった。


「――――お前は野生の本能で魔法を使っている。馬鹿が魔力を持つとそうなるんだな。あれだけ俺の周りをウロチョロしていれば、嫌でも耳に入ってくる。仕方がない、これ以上イルガリアから、ポンコツ魔術師を出すわけにはいかないので、俺が勉強を教えてやろう」

「別にウロチョロしていません! 誤解なんですっ……って、なっ……え?」


 思わぬ言葉に、ステラは目を丸くする。

 失礼な暴言を投げかけられ、普通なら丁寧な断りを入れるところだが、今のオーロラに教えてもらうのはなんとなく気まずい。

 それに、タイラーはこの学園のなかでオーギュストと同じく魔術を理解している生徒だ。


「よろしく……お願いします」


 タイラーのことは苦手だが、試験のために背に腹は代えられない。

 ステラの言葉に、タイラーはニッと口端に笑みを浮かべた。


 ❖❖❖


(タイラーさん、意外と勉強を教えるのが上手かったな)


 もっとガミガミ言われるかと思ったが、意外にもタイラーの教え方は丁寧で、勉強が苦手なステラに対しても分かりやすい指導してくれた。

 嫌味さえ気にしなければ、頭にストンと入ってくる。

 きちんと理解すれば、今まで難しかった筆記も面白くなっていった。筆記試験までの数日間、タイラーは粘り強くステラの勉強に付き合ってくれた。

 そのおかげでステラは、イルガリア魔術師養成学院に入学して以来、初めて自信をもって筆記試験に挑めた。

 最初に感じていた悪寒はいつのまにかなくなり、タイラーに対する警戒心はどこかにいってしまった。

 

(今回の筆記は絶対良い点取れる! いろんな噂はあるけど、タイラーさんって、そこまで悪い人じゃないよね。口はめちゃくちゃ悪いけど……改めてお礼しよう)


 そんなことを考えていると、背後から肩を叩かれ、驚いて振り返る。そこにはオーギュストの姿があり、一瞬何が起こったのか分からず、頭が真っ白になった。

 まさか、モブのような自分に話しかけてくるなどと思いもしなかったので、オーギュストに、呼び止められたことが信じられなかった。


「はは、は、ははい? 私ですか」

「……すまん。何度か名前を呼んだんだが」


 相変わらず端正な顔は無表情だ。

 ステラを見下ろすオーギュストは、周囲のざわつきを煙たそうにしながら溜息をついた。


「少し付き合ってほしい」

「は、はぁ……」


 あまりの緊張にガチガチに固まってしまい、ステラはただ気の抜けた返事をするしかなかった。人目を避けるように学院の裏庭までやってくると、オーギュストは彼女をベンチに座るように促した。

 鼓動がうるさいくらい高鳴り、それと同時に、オーロラに申し訳ないという気持ちで葛藤してしまう。


「あの、わ、私に用ってなんですか」

「ステラさん。実は、君に聞きたいことがある。……オーロラと……何かあったのか?」

「へ?」


 突然、神妙な顔付きでオーロラのことを聞かれ、ステラはきょとんとした。オーギュストは腕を組みながら、言葉を選ぶようにしてポツポツと話し始める。


「……オーロラが、避けられているような気がすると……悩んでいた。直接聞けないようだったから、俺が代わりに……」

「そ、そんなことないです。私は避けてなんかいないです。もちろん喧嘩したわけでもないですよ!」


 そう言って、ステラははっと顔を上げた。

 以前は試験前に、オーロラに分からないことを聞いていたが、今回は直前まで、みっちりタイラーに勉強を教えてもらっていた。

 そのことを、オーロラは避けられていると感じたのだろうか。

 悩んでいる素振りは見せなかったが、自分が親友の憧れの人と番であることを、彼女は気にしていたのかもしれない。


「あの、きっとそれは誤解です。毎回オーロラに試験勉強で分からないことを聞いていたんですけど、今回は……ちょっと成り行きでタイラーさんに教えてもらって」

「タイラーに? それはよかった。ようやくあいつも君と話せるようになったんだな」


 オーギュストは、不思議そうな顔をするステラの隣に座ると、ようやく表情を和らげた。張り詰めていた雰囲気が穏やかになって、まるで身内に接するように警戒を解かれた。


「ステラさんが入学してから、タイラーは君を番だって認識していたようだったから。……それなのに、あいつは捻くれ者だから、いつまでたっても行動を起こさなくて」

「そ、そんなことタイラーさんは一言も言わなかったです。あの人、私が番だって知っていたんですか?」

「ああ。入学したときから一目で分かったらしい」


 オーギュストの話によると、入学した初日にステラを見つけ、自分の運命の番だと認識したという。

 名前も、どんな人物なのかもタイラーはステラより先に知っていて、素知らぬ顔をしていた。

 あれだけ嫌だと思っていたのに、そんな話を聞いてしまうと、ステラは妙に腹立たしく感じてしまう。


「実は、占い師さんに番占いをしてもらったんです。オーロラの相手はオーギュストさんで、私の相手はタイラーさんでした」

「オーロラから聞いてる。俺はこの学院に入学してから、女たちに付き纏われて辟易していたんだ。だけど彼女に会った瞬間、違うと感じた。まるで世界中の人間が消えて、オーロラだけになったような感覚だ。運命の番に出会ったら、たとえ自分に相手がいようとも、強く引き付けられる。俺の父が言っていた通りだった」


 話を聞くと、オーギュストはどうやら女性に苦手意識を持っているようで、できる限り避けていたようだ。

 今思えば、女子生徒に付き纏われることに、うんざりしている様子だった。

 そんなオーギュストが、オーロラを見た瞬間、文字通り世界が変わった。

 オーロラも一旦は彼の気持ちを受け入れたが、最近はずっと何かに悩んでいる様子だったという。

 それが、ステラのことだとオーギュストは突き止め、彼女に話しかけてきた。


「番って、そんなに強く惹かれるんですね」

「ああ。オーロラも俺と同じように感じていたらしい。……タイラーは俺より魔力が強いから、ステラさんがこの学院に入学してから察していたし、君に強く惹きつけられていたようだった。ステラさんはどうだった?」

「私は……」


 悪寒がしたなどと言えず、口籠る。

 以前のステラなら、オーギュストからこんな話を聞かされてしまったら、立ち直れなかっただろう。

 だが、今はふたりの馴れ初めよりも、それほどまで強く惹きつけられていたタイラーが、どうして行動を起こさなかったのか気になって仕方がなかった。


「で、でも、一度も話しかけられたこともなかったですよ」

「それは俺にも分からないが、君が直接タイラーに聞くほうがいいだろう。誤解されやすいが、タイラーは悪い奴じゃないんだ。それは幼馴染の俺が約束する」


 オーギュストはそう言うと、遠くを見つめる。熱心に勉強を教えてくれていた彼は、ステラに見返りを求めていなかった。

 ただの先輩として後輩の面倒をみていたのだ。


「あいつの右足が不自由な理由を知っているか?」

「いいえ。生まれつき……ですか?」

「俺たちが一年のときに、古代魔術クラスで魔法の暴発事故があったんだ。俺とタイラーが、中に閉じ込められた奴らを救出していた。だけど、あいつが最後のひとりを逃がしている最中に、壁が崩れ落ちて……」


 タイラーは、最後に級友を庇って大怪我をしてしまった。命は助かったが、右足の後遺症は残ってしまい、一生あのままだという。


「そうだったんだ……。皮肉屋で嫌われ者だって話しか聞いていなかったから」

「まぁ……性格に難ありなのはその通りだが。学部に関係なく、頼まれればあいつは後輩に勉強を教えてやってる。タイラーはとっきにくいし口は悪いけど、嘘はつかないし信頼できる男だ。本当は俺なんかより、天才魔術師さ」


 オーギュストの話を聞いていると、タイラーに対する噂はほとんどが妬みや、偏見が混じっているように思えた。

 こうして幼馴染の話をステラにするのも、彼らが番として結ばれてほしいと願っているからだろう。

 ステラは立ち上がると、オーギュストに向き直り、頭を下げた。


「ありがとうございます、オーギュストさん。オーロラとはずっとこれからも親友です。寂しい思いをさせちゃったから、私から話します。それから……タイラーさんに改めてお礼しなくちゃ」


 オーギュストはステラの言葉を聞くと、初めて微笑みを浮かべた。


 ❖❖❖


 卒業すれば、宮廷魔術師になるオーギュストとは異なり、タイラーはこの学院で魔術学者として教壇に立つことになっていた。

 そんな彼には、すでに専用の個室が用意されていた。ステラは、彼が甘いものを好むと聞いたので、手作りクッキーを焼く。

 もちろん、オーロラの分も用意して彼女に渡すと、タイラーに試験勉強を教えてもらったことも正直に話した。


(オーロラ、驚いていたけど……前みたいに反対してなかったな)


 番である彼と接するうちに、オーロラのなかで変化が起こったのかもしれない。ステラはすこし緊張した面持ちで、タイラーの研究室へと向かった。

 日曜日は誰にも会わずに済むからと、与えられた研究室に籠っていると聞いていたので、遠慮がちにノックした。

 

「……開いてる、入れ」

「こんにちは、タイラーさん」


 タイラーは、入室してきたステラを見るなり目を丸くした。魔力で彼女が近づくのは感知できていたが、それでも、本当にステラが来るとは、信じられなかったのだ。

 試験が終われば、ステラがここに来ることはないだろうと諦めていたからだ。


「どうした。忘れ物でもしたか?」

「違います! 今回の筆記試験はすごく手応えがあったから……勉強を教えてもらったお礼にきたんです」


 ステラは、ソファで本を読んでいたタイラーの側まで来ると、可愛らしく包装されたクッキーを手渡した。


「クッキーです」

「暇人だな。試験の結果も出ていないのに礼を言うのは、まだ早いんじゃないか」

「手応えはありましたから」


 クッキーの甘い香りがして、タイラーは僅かに目を伏せるとぽつりと言った。


「……ありがとう」

「はい。あの、タイラーさん。隣に座ってもいいですか」

「別に構わない」


 ステラはすこし距離を置いて彼の隣に座った。なんだかこの研究室で共にいることが、当然のことのようで落ち着く。


「昨日、オーギュストさんにいろいろと話を聞きました。……どうして番だと知っていたのに、今まで私に声をかけなかったんですか」

「お節介だな、あいつは。なんで声をかけなかっただって? それは、明らかにお前がオーギュストに惚れてたからだ。……ずっと見ていたからそんなことくらい分かる。それに俺は嫌われ者だからな」


 タイラーはオーギュストのネタばらしに呆れたようにしていたが、後半はすこし声を小さくしてそっぽを向いた。

 明らかに態度に現れていたのだろうか、それとも番だから分かる変化なのか、ステラは色んな意味で恥ずかしくなって俯く。

 そして、それと同時にタイラーに対して不義理をしてしまったような罪悪感を覚えた。

 彼はステラの気持ちを尊重して、番だと名乗らなかったのだろう。


「私、オーギュストさんに憧れてました。でも告白もしなかったし、ずっと片思いしてて。タイラーさんとぶつかったあの日に、完全に失恋しました。それにオーロラのほうがふさわしいもの。……番って強く惹きつけられるから」

「ああ。一度出会ってしまうと目が離せなくなる。喉がカラカラのまま歩いていて、水源にたどり着いたような感覚だ」


 今まで生きてきて、見つからなかった自分の半身が、そこにいるような感覚だという。ステラにしても、あの粟立つような感覚は普通ではなかった。

 思えばあれは、嫌というより、説明のつかない大きな感情への不安のようなものだった。自分がタイラーに接して、今までとは違う何かが変わることを恐れていたのだろう。

 けれど、一度それを受け入れてしまえば、一気にタイラーに惹かれてしまう。


「そんな強く惹かれていたのに、タイラーさんは我慢して強いですね。私は意地を張ってたんだと思います。だって貴方は評判良くないし。憧れの人は親友の運命の相手だし」

「……まぁな。お前も……俺に何かを?」


 タイラーは探りを入れるように、ステラをちらりと見た。もし、番だと思っていた人が同じように感じていなかったら―――。

 その不安は、ステラにも十分に理解できた。

 おそらく恋愛など、まったく興味がなかったであろうタイラーの仕草は、ステラの心をくすぐった。


「その、逃げ出したくなるくらい強い感覚がありました。普通の人には感じないような……。だから、会わないようにタイラーさんのことばかり調べていました」


 タイラーは苦笑したが、まんざらでもない様子だった。


「タイラーさん、貴方が後輩を虐めて泣かせたなんて噂してる人がいるけど、嘘ですよね? 違うって分かってるけど、気になって」

「……泣かせた? ああ、覚えがあるとしたらあれか。宝石魔術の術式を教えてやって、ようやくスキル習得した落第ギリギリのロベルトのことか。泣いて感謝されたが、驚くほど無能で物覚えが悪かったから、その後もスパルタにしてやった。なんとかこのままいけば三年に上がれる」


 つまり、感謝の涙を流していた後輩を虐めていると、周りが勝手に勘違いしたようだ。

 タイラーは、ただの口の悪い世話焼きなんだと思うとステラは面白くなって、くすくすと笑った。


「なんだよ」

「もうすこし側に寄ってもいいですか」


 ステラの言葉に、血の気のない白い頬がさっと赤くなる。ああ、という返事が聞こえると、彼と腕が触れるくらい側に寄った。

 触れ合った瞬間、ステラはこの部屋にあるものがすべて消え、世界が輝いたように思えた。彼の緑色の瞳も、ステラと同じように動揺に揺れている。

 

「ステラ、食べてもいいか」

「どうぞ」

「……美味い。また俺のために作ってほしい」

「もちろんです。いつでも作りますよ。また研究室に来ていいですか」

「好きなときに来てほしい」


 ポツポツとふたりは会話を交わすと、タイラーは不意に彼女の手を遠慮がちに握り、ふたりは指を絡めた。



 End

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