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泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


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第6話:火の試練

 高原の夜は、二つの顔を持っている。


 一つは、死を招く静寂。

 そしてもう一つは、骨の髄まで凍らせる冷気だ。


 私の「泥の城塞」は、風と魔獣を防ぐことには成功していた。

 厚さ50センチの防壁は、物理的な脅威に対しては鉄壁の守りを誇る。

 けれど、気温だけはどうにもならなかった。


「……さっむ」


 ガチガチと歯が鳴る。

 吐く息は白く、指先は紫色に変色し始めていた。

 壁の断熱効果はあるけれど、熱源がなければ室温は外気と変わらない。

 氷塊で冷やされた貯蔵庫に置き去りにされた、震える菓子も同然だった。


 隣を見ると、ハニ・ワンが心配そうに私を見つめている。

 土の塊だから、寒さは平気らしい。

 むしろ、低温で乾燥して体が締まり、調子が良さそうに見えるのが憎らしい。


「ハニ・ワン、ごめん……火、起こしたい」


 私が震える声で告げると、ハニ・ワンはすぐに動いた。

 昼間のうちに集めておいた、枯れた灌木の根っこや、乾いた草の束を持ってくる。

 燃料は確保してあった。

 問題は着火だ。


 私は土属性の魔導士だ。

 土を操るのは呼吸をするより簡単だけど、他の属性はからっきしだ。

 特に火魔法は苦手中の苦手。

 アカデミーの実技試験でも、私の火の玉は「線香花火の燃えかす」と教官に嘲笑されたっけ。


「……でも、やるしかない」


 凍死するか、恥を忍んでヘボい魔法を使うか。

 選択の余地はない。

 私は薪の山に手をかざし、なけなしの魔力を練り上げた。


 イメージするのは、爆発的な炎……ではなく、小さな種火。

 摩擦熱。

 火打石の火花。


「――イグニ(着火)」


 シュボッ。

 情けない音と共に、親指の先ほどの小さな炎が生まれた。

 頼りない。

 ため息で消えそうな儚い灯火だ。

 でも、乾いた草に移すには十分だった。


 チロチロと燃え移った火は、やがてパチパチと音を立てて木を焦がし、オレンジ色の暖かい光を放ち始めた。


「はぁ……あったかぁ……」


 私は火のそばにへたり込んだ。

 冷え切った手足をかざす。

 皮膚がチリチリと熱を吸収していく感覚。

 生き返る。

 文明の味がする。


 洞窟の中が、薄暗い琥珀色に照らされた。

 揺らめく影が、泥の壁に躍る。

 これで今夜も生き延びられる。


 そう安堵した時だった。

 ハニ・ワンが、興味深そうに焚き火に近づいていった。


「あ、ハニ・ワン。あんまり近づくと乾燥しちゃうよ?」


 注意したけれど、彼は止まらなかった。

 燃え盛る炎の中に、恐る恐る手を伸ばす。

 まるで、その揺らめく赤い光を掴もうとするように。


「駄目だってば!」


 私が止めようとした瞬間、ハニ・ワンの指先が炎に包まれた。


 ジュッ……!


 水分が蒸発する音が響く。

 私は慌てて彼を引き剥がそうとした。

 けれど、ハニ・ワンは手を引っ込めない。

 それどころか、じっと自分の指先を見つめている。


 痛がっていない?

 いや、そもそも痛覚はないはずだけど。

 崩れてしまう。

 急激な加熱は、粘土にとって致命的だ。

 ひび割れて、粉々になってしまうはず――。


「……え?」


 私の予想は、裏切られた。

 ハニ・ワンがゆっくりと手を炎から引き抜く。

 その指先は、崩れていなかった。


 変色していた。

 くすんだ土色が、鮮やかな赤褐色に。

 表面はガラス質のような鈍い光沢を放ち、カチンコチンに硬化している。


「これ……素焼き(テラコッタ)?」


 私はハニ・ワンの手を掴んで、まじまじと観察した。

 爪で弾いてみる。

 カンッ、と高く澄んだ音がした。

 硬い。

 石よりも、乾いた泥よりも、遥かに硬くて密度が高い。


 ――焼成ファイアリング


 陶芸の基本原理だ。

 粘土は高温で焼くことで、化学変化を起こし、陶器へと変わる。

 水に溶けなくなり、強度が増す。


 わかっていた。知識としては。

 でも、動くゴーレムを「焼く」なんて発想はなかった。

 だって、全身を焼いてしまったら、関節が動かなくなってしまう。

 ただの置物になってしまうからだ。


 けれど、目の前のハニ・ワンは、焼かれた指先を器用に動かしている。

 関節部分は生の粘土のままで、指の腹や背の部分だけが陶器化しているのだ。


 ドクン。


 私の心臓が、大きく跳ねた。

 職人としての血が、ゴウゴウと音を立てて沸騰し始める。


 もし。

 もしも、これを「制御」できたら?


 急所の装甲部分だけを焼き固めて、関節の可動域は柔軟な粘土のまま残す。

 そうすれば、鉄の硬さとゴムの柔軟性を併せ持った、最強のボディが作れるんじゃないか?


 昨日試みた「二重構造装甲」のさらに先。

 化学変化による、素材レベルでの進化。


「……ハニ・ワン」


 私は焚き火の明かりの中で、ニヤリと笑った。

 その顔は、きっと魔女のように怪しく照らされていたに違いない。


「熱いのが平気なら……ちょっと、実験してみない?」


 ハニ・ワンは一瞬だけ身を引いた(賢い子だ)。

 でも、私が「強くなれるよ」と囁くと、覚悟を決めたように胸を張った。


 実験開始だ。


 まず、予備の粘土でハニ・ワンの体を補強する。

 胸部、肩、腕の外側、脛。

 敵の攻撃を受けやすい箇所に、厚く粘土を盛る。

 形を整える。

 流線型にして、衝撃を反らすようなデザインに。


 ここからが本番だ。

 ただ火に突っ込むだけじゃ駄目だ。

 焚き火の温度はムラがありすぎるし、急激な加熱は水蒸気爆発を招く。

 

 私はハニ・ワンを焚き火の前に座らせた。

 そして、両手をかざして『魔力炉マナ・キルン』を展開する。


 大気中の熱を集め、土の壁で囲い込み、均一な高温空間を作り出す。

 私の苦手な火魔法だけど、熱を「閉じ込める」だけなら土魔法の領分だ。


「いくよ……じわじわ上げるからね」


 汗が噴き出す。

 焚き火の熱気と、魔力制御の集中力で、体温が急上昇する。

 

 チリチリチリ……。


 微かな音が聞こえる。

 粘土の中の水分が抜け、粒子が結合していく音だ。

 私の魔力が、粘土の分子一つ一つを繋ぎ止め、ひび割れを防ぐ接着剤の役割を果たす。


 温度管理は繊細さが命だ。

 800度。

 素焼きの温度。

 ここで止めれば、通気性のある赤レンガのような装甲になる。


 でも、私はもっと上を狙う。


 1200度。

 焼き締め(ストーンウェア)の領域。

 粘土の中のガラス質が溶け出し、岩石のように硬く、水を通さない最強の装甲へ。


「……んぐッ、熱い……!」


 顔が焼けるようだ。

 前髪が焦げる匂いがする。

 でも、目は離せない。

 ハニ・ワンの装甲が、赤く発光し始めている。

 

 今だ。

 この最高温度をキープしつつ、関節部分には断熱の魔力膜を張って守る。

 矛盾する二つの処理を同時にこなす。

 脳みそが焼き切れそうだ。


 ギルドの研究室で、徹夜で魔導具をいじくり回していた時と同じ。

 いや、それ以上の高揚感。

 誰かの命令じゃない。

 自分の意思で、自分の相棒を鍛え上げているという実感。


「――定着フィックス!!」


 私は叫びと共に、一気に冷却の魔力を流し込んだ。

 

 ジュウウウウゥゥゥゥ――ッ!!


 大量の白煙が立ち上る。

 洞窟内がサウナ状態になった。

 視界が真っ白だ。


「ゲホッ、ゲホッ……ハニ・ワン!?」


 私は煙を手で払いながら、目を凝らした。

 失敗したか?

 割れていないか?


 煙が晴れていく。

 そこに立っていたのは。


「……嘘、かっこいい」


 思わず声が漏れた。


 以前の丸っこい泥人形の面影は残っている。

 けれど、その質感は劇的に変化していた。


 胸部と手足の装甲は、深く渋い赤褐色。

 表面は滑らかで、焚き火の光を鈍く反射している。

 叩けば金属音がしそうなほどの密度感。

 一方で、首周りや脇の下、関節部分は、しっとりとした生の粘土色のままだ。


 陶器の鎧を纏った、泥の戦士。

 『セラミック・ガーディアン』の誕生だ。


 ハニ・ワンが自分の体を見下ろしている。

 グッ、グッと拳を握りしめる。

 関節の動きに支障はない。

 そして、近くにあった余りの石塊を拾い上げ、軽く握りつぶした。


 バキンッ。


 石が粉々になって散らばった。

 とんでもない握力だ。

 焼き締められた指先は、天然の岩石以上の硬度を持っている。


「成功……だね」


 私はフラフラとハニ・ワンに近づいた。

 触れてみる。

 まだ熱い。

 焼きたてのパンのような、香ばしい土の匂いがする。


 ハニ・ワンが私を見る。

 そのつぶらな瞳(穴)の奥で、魔力の光が揺らめいている。

 以前よりも力強く、頼もしい光だ。


 彼はゆっくりと、その硬化した腕で私を抱きしめた。

 カチリ、と硬い音がしたけれど、その抱擁はどこまでも優しかった。

 熱い。

 焚き火の熱と、彼自身の魔力熱。

 冷え切っていた私の体が、芯から温まっていく。


「……あったかいね、ハニ・ワン」


 私は彼の胸の装甲に頬を押し付けた。

 硬い陶器の感触。

 でも、それは私を守るための硬さだ。


 焚き火がパチリと爆ぜた。

 静かな夜。

 外では風が吹き荒れているけれど、ここには確かな熱がある。


 私はぼんやりと考えた。

 この技術があれば。

 もっと色々なものが作れるかもしれない。


 お皿、カップ、水瓶。

 生活用品だけじゃない。

 もっとたくさんのハニワを作って、みんなに鎧を着せれば。

 ここを、誰も手出しできない本当の「要塞」にできるかもしれない。


 そうすれば、もう二度と怯えて暮らす必要はない。

 カボチャを育てて、スープを飲んで、昼まで寝て暮らす。

 そんな夢みたいな生活が、手の届くところまで来ている気がした。


「……ふあ」


 急激な魔力消費のせいで、強烈な眠気が襲ってきた。

 私はハニ・ワンにもたれかかったまま、ズルズルと座り込んだ。

 ハニ・ワンが私を支え、焚き火のそばの、一番暖かい場所に寝かせてくれる。


 硬くて、温かい膝枕。

 最高だ。

 

 私の意識は、心地よい熱の中に溶けていった。

 夢の中で、私は無数のハニワたちに囲まれて、巨大なカボチャの馬車に乗っていた。

 それは、私の新しい人生の、ささやかで偉大な野望の予兆だったのかもしれない。

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