表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/32

第32話:スパイの見た「地獄の菜園」

**ガイスト帝国諜報員 サーシャ視点**


 小鳥のさえずり……ではなく、地下特有の静寂と、微かな換気ファンの音で目が覚めた。

 目を開けると、目の前には無防備な寝顔があった。

 私のターゲット、「泥の魔女」テラだ。


 彼女は私の腕を枕代わりにして、すーすーと気持ちよさそうな寝息を立てている。

 昨夜、私が潜り込んだベッド。

 温かい。

 帝国の養成機関で、コンクリートの床や粗末なベッドで寝てきた私にとって、この布団の柔らかさと人の体温は、猛毒のような甘さを持っていた。


(……隙だらけね)


 私は音もなく体を起こした。

 今なら、部屋の中を物色できる。

 巨人の制御キー、あるいは魔導書の類がどこかに隠されているかもしれない。

 私はテラを起こさないように、そっとベッドを抜け出した。


「……んぅ……サーシャちゃん……いっぱい食べてね……」


 テラが寝言を漏らす。

 夢の中でまで、私に餌付けしようとしているらしい。

 その無邪気さに一瞬絆されそうになったが、私は首を振ってスパイの顔に戻った。

 

 チャンスだ。

 テラが寝ている間に、この地下工房の構造と戦力を把握しなければ。

 特に気になるのは、あの巨人の待機場所と、テラの力の源泉である「カボチャ畑」だ。

 上層部からは、カボチャの生産能力を探れとも言われている。


 私は足音を殺して廊下へ出た。

 番犬のハニ・ワンは、入り口付近で直立不動のままスリープモードに入っているようだ(赤い目が消えている)。

 よし、今のうちに奥へ。


          ***


 地下通路を奥へ進むと、甘い植物の香りと、濃厚なマナの気配が漂ってきた。

 突き当たりの重厚な扉を、ピッキングツールで音もなく開ける。

 そこには、息を呑むような光景が広がっていた。


「……すごい」


 広大な地下空洞。

 天井一面に張り巡らされた発光苔が、星空のように空間を照らし出している。

 眼下に広がるのは、見渡す限りの黄金色のカボチャ畑。

 一つ一つが巨大で、宝石のように輝いている。

 これが、帝国の喉から手が出るほど欲しい「戦略物資」の生産プラントか。


 私は畑の中へ足を踏み入れた。

 葉をかき分け、奥へ進む。

 土の状態、灌漑システム、肥料の種類。全てが調査対象だ。


 その時だった。


「……ぅぅ……」

「……殺し……て……」


 微かなうめき声が聞こえた。

 風の音ではない。人の声だ。

 それも、一人や二人ではない。


(生存者!? 捕虜がいるの?)


 私は緊張して身構えた。

 声のする方へ、慎重に近づく。

 畑の手前側のエリア。

 そこには、異様な光景があった。


 地面から、人の頭が生えていた。

 三十個ほど。

 等間隔に、綺麗に整列して。


「ッ……!?」


 私は口元を押さえ、悲鳴を噛み殺した。

 生首ではない。首から下を埋められた人間だ。

 全員、男。顔は泥と涙で汚れ、目は虚ろで、頬はこけている。

 彼らの首元にはカボチャのツルが絡まり、脈打つように何かを吸い上げている。


(この顔……見覚えがあるわ。指名手配書で見た、裏社会の傭兵団『黒犬』のメンバー!?)


 精鋭と名高い傭兵たちが、まるでキャベツのように植えられている。

 だが、恐怖はこれで終わりではなかった。

 

 さらに奥。

 もっと広大なエリアから、より多くの、より絶望的な気配が漂ってくる。

 私は震える足で、さらに畑の奥へと進んだ。


 そこで私は、真の絶望を見た。


「……う、嘘でしょ……?」


 そこには、百を超える「頭」が並んでいた。

 彼らの顔つきは、手前の傭兵たちよりも精悍で、軍人特有の覇気が残っている――いや、残骸が残っている。


(鉄機兵団……!?)


 行方不明になっていた、帝国軍の部隊。

 一個中隊、約百名。

 最新鋭の魔導装備で身を固め、小国の軍隊なら単独で制圧できると言われた最強の部隊。

 彼らが、全員ここにいた。

 カボチャ畑の肥料として。


「あ……あぁ……」


 一番手前に埋まっている男と目が合った。

 中隊長だ。以前、私も作戦会議で顔を合わせたことがある、厳格な髭の男。

 今の彼は、泥まみれで、頭の上にカボチャの葉を茂らせていた。


「……帝国の……スパイか……?」


 中隊長が、枯れ木のような声で私に話しかけてきた。


「は、はい……コードネーム『猫』です……」


「……逃げろ。今すぐ、逃げろ」


 彼は焦点の合わない目で、虚空を睨んだ。


「ここは地獄だ……。あの魔女は、俺たちを『甲虫カブトムシ』だと思っている……。硬い殻(鎧)を着た、栄養満点の虫だと……」


「虫……?」


「鎧ごと叩き潰され、殻を剥かれ……ここに植えられた。俺たちの魔力マナが尽きるまで、カボチャに吸い取られるんだ……。もう、死ぬことさえ許されない……」


 中隊長の言葉に、周りの兵士たちもズルズルと首を動かした。

 百人の亡者たちが、私に訴えかける。


「助けてくれ……いや、殺してくれ……」

「帝国の誇りは……肥料になった……」

「カボチャが……俺を食べている……」


 悪寒が背筋を駆け上がる。

 これは戦争ではない。虐殺ですらない。

 食物連鎖だ。

 この地下世界では、人間は頂点ではない。テラとカボチャの下位に位置する「栄養分」なのだ。


「あー! サーシャちゃん、そこはお手洗いじゃないよ〜!」


 背後から、明るい声が響いた。

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 振り返ると、テラが笑顔で立っていた。

 手にはジョウロを持っている。


「テ、テラお姉ちゃん……!」


「もう、勝手に歩き回っちゃダメだよ。ここは迷子になりやすいんだから」


 テラはニコニコしながら近づいてくる。

 そして、私の足元にある「中隊長の頭」を見て、嬉しそうに言った。


「あ、先輩の肥料さんたちに挨拶してくれたの? 偉いね〜!」


「せ、先輩……?」


「うん! ちょっと前に迷い込んできた、硬い殻を被った虫さんたちだよ! 『鉄機兵団』だっけ? よく分かんないけど、すごく硬くて剥くのが大変だったんだ〜」


 テラは中隊長の頭に、容赦なく水をかけた。

 中隊長が「グボアッ!」と呻く。


「でも、中身は栄養満点! おかげで今年のカボチャは過去最高の出来だよ!」


 笑顔。

 一点の曇りもない、聖母のような笑顔。

 彼女は百人の精鋭兵士を「虫」と呼び、その命を搾取することに何の疑問も抱いていない。

 狂気という言葉すら生温い。

 これは災害だ。意思疎通の不可能な、天災そのものだ。


「サーシャちゃんも、お水飲む?」

「い、いえ! 結構です! 喉乾いてません!」


 私は必死に首を振った。

 ここで「はい」と言ったら、私もここに植えられそうな気がしたからだ。


          ***


 朝食の時間。

 リビングのテーブルには、焼きたてのカボチャパンと、温かいスープが並んでいた。

 

「さあ、召し上がれ! 鉄機兵団さんたちの栄養がた〜っぷり詰まった、特濃スープだよ!」


 テラが満面の笑みで勧めてくる。

 私はスープの皿を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。

 

(……このスープのマナは、あの中隊長たちの……)


 同胞の命。

 カニバリズムに近い忌避感が胃をせり上げる。

 だが、スパイとしてこれを拒否するわけにはいかない。

 それに、昨日の味を体が覚えている。本能が「飲め」と叫んでいる。


 私は震える手でスプーンを取り、スープを口に運んだ。


「……っ!」


 美味しい。

 絶望的に美味しい。

 百人の魔導兵のマナが濃縮され、カボチャの甘みと融合している。

 一口飲むだけで、全身の細胞が活性化し、脳が快楽で痺れる。


「どう? 美味しい?」

「……うん。すごく、美味しい……」


 涙がこぼれた。

 同胞への罪悪感と、抗えない食欲。

 私は泣きながらスープを飲み干した。


「よかったぁ! いっぱい食べて大きくなってね!」


 テラは私の頭を撫でる。

 私はその温もりに縋りながら、心の中で誓った。

 絶対に、この娘を怒らせてはいけない。

 帝国のため? 違う、自分のためだ。

 「可愛いペット」の座を死守しなければ、次の「虫」として処理されるのは私だ。


          ***


 その日の深夜。

 テラが寝静まったのを確認して、私はこっそりと工房を抜け出し、地上の岩陰へ向かった。

 外の空気は冷たいが、あの地下の濃密な「死と生の気配」よりはマシだった。


 懐から通信魔道具を取り出す。

 定時連絡の時間だ。


『……こちら「毒針」本部。応答せよ、コードネーム「猫」』


 ノイズ混じりの上官の声。

 私は深呼吸をして、震えを抑え込んだ。


「こちら『猫』。……緊急報告があります」


『どうした? 声が震えているぞ』


「行方不明だった『鉄機兵団』を発見しました」


『なにっ!? 生存しているのか! 場所は!』


「……ターゲットの地下農園です。全員、生存しています。ですが……」


 私は言葉を詰まらせた。

 どう伝えればいい?

 彼らがカボチャの苗床になっているなんて。


「彼らは……捕獲され、農作物の肥料として利用されています。首から下を埋められ、マナを搾取され続けています」


『……は? 肥料? 何を言っている?』


「事実です! 私兵団三十名、帝国兵百名、計百三十名が、生きたまま植えられています! 救出は不可能です。彼らは既に、この地下の生態系の一部です!」


 私の悲痛な叫びに、通信の向こうが静まり返った。


『……貴様、正気か? あの帝国最強部隊が、カボチャの肥料だと?』


「正気です! だから警告します! 絶対に、これ以上兵を送らないでください! 強襲部隊など送れば、奴らは喜んで『追肥』として受け入れます! 帝国の戦力が、ただ敵の物資を潤すだけになります!」


『……』


「この魔女にとって、武装した兵士は脅威ではありません。『殻付きの栄養価の高い虫』なんです! 数が多ければ多いほど、彼女は喜びます!」


 私は泣き叫ぶように訴えた。

 これはテラを守るためではない。

 帝国軍という「新たな肥料」が来て、カボチャがさらに強化されるのを防ぐため……そして何より、私がこの狂気の連鎖に巻き込まれないためだ。


『……分かった。上層部には「物理的攻略は不可能、かつ敵を利するのみ」と伝える。……猫、貴様は大丈夫なのか?』


「……私は、まだ『ペット』として認識されています。肥料にされないよう、必死に可愛く振る舞い続けます」


『……健闘を祈る』


 通信が切れる。

 私は魔道具を握りしめ、夜空を見上げた。


「……健闘なんて、できるわけないじゃない」


 自嘲気味に笑う。

 私はもう、あのスープの虜だ。

 同胞の命を啜り、魔女の腕の中で眠る。

 スパイとしての魂は、とうにカボチャ畑の土の下に埋葬されてしまったのかもしれない。


 私はふらつく足取りで、地下への入り口へ向かった。

 戻ってきた私を、入り口で待っていたハニ・ワンの目が、一瞬だけ赤く光った気がした。

 「おかえり、餌」と言われているようで、私は小さく悲鳴を上げ、急いでテラの寝室へと逃げ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ