第29話:泥団子の警告と「生きた肥料」
**引きこもり領主 テラ視点**
地上へのリフトが到着すると、そこはもう夕闇に包まれていた。
荒涼とした岩場に、冷たい風が吹き抜けていく。
「さむっ! 早く設置して戻ろう」
私はバケツの中の『ハニ・スライム』――アメーバ状に加工した特製粘着泥を、入り口である岩壁の周辺や、足元の地面にたっぷりと塗りたくった。
一見するとただの泥溜まりに見えるけど、踏んだり触れたりしたが最後、強力な粘着力で捕らえ、そのまま硬化して動けなくする。
まさに『対大型ネズミ用・自動捕獲シート』だ。
「よし、これでオッケー。あとは警告文も置いておこう」
私はミーナさんに描いてもらったリアルなドクロマークの看板を、岩壁の目立つところに突き刺した。
そして、その下に注意書きを添える。
『ここは私有地です。入る者、泥団子となるべし』
うん、これで完璧。
知能のあるネズミなら、これを見て引き返すかもしれないし、強引に入ろうとすれば泥の餌食だ。
どっちに転んでも、私の安眠は守られる。
「頼んだよ、ハニ・スライムたち。……おやすみなさーい」
私は満足げに頷くと、さっさとリフトに乗って地下の暖炉の前へと戻っていった。
外の寒空の下で待つなんて、引きこもりの私にはありえないからね。
***
**メルビル侯爵家私兵団「黒犬」隊長 ガリウス視点**
完全に日が落ち、月明かりだけが頼りの刻限。
俺たち「黒犬」部隊三十名は、クレイ高原の国境付近にある岩場に到着した。
「へっ、ここが『黄金のカボチャ』の産地だと? 笑わせるぜ」
俺は馬上で唾を吐き捨てた。
見渡す限りの不毛の大地。草木一本生えていない。
だが、オットー商会の馬車がここへ消えていくのは確認済みだ。
答えは一つ。地下に隠れているのだ。
「隊長。……あれを見てください」
部下が松明で照らした先に、巨大な岩壁があった。
不自然なほど滑らかなその岩肌の前に、一枚の看板が立っている。
俺たちは馬を近づけ、その看板を見上げた。
禍々しい赤色で描かれた、驚くほど精巧なドクロマーク。
そしてその下には、子供のような丸っこい文字。
『ここは私有地です。入る者、泥団子となるべし』
「……ぶっ」
俺は吹き出した。
部下たちも顔を見合わせ、下卑た笑い声を上げる。
「ギャハハハ! 『泥団子となるべし』だとよ!」
「ガキの落書きか? ここを縄張りにしてる子供がいるのか?」
「ビビらせようとして滑ってやがるぜ」
緊張感が一気に緩む。
侯爵様は慎重になれと言っていたが、相手は世間知らずの田舎者のようだ。
俺は剣を抜き、高らかに宣言した。
「おい、この岩壁の裏が入り口だ。魔導師部隊、こんなふざけた看板ごと吹き飛ばしてしまえ!」
「へい! お任せを!」
部下の魔導師たちが一斉に詠唱を始める。
中級土魔法『岩砕撃』。城門さえも粉砕する威力だ。
「放てェッ!!」
ドゴォォォォン!!
爆音と共に、魔法の衝撃波が岩壁に直撃した。
凄まじい土煙が舞い上がり、看板が木っ端微塵になる。
これで入り口は瓦礫の山――
「……あ?」
煙が晴れた後、そこに広がっていた光景に、俺たちは絶句した。
無傷。
傷一つない。
岩壁は魔法の直撃を受けたにも関わらず、ひび割れ一つ入っていなかった。
それどころか、表面がうっすらと青白く発光している。
「ば、馬鹿な! 岩砕撃だぞ!?」
「硬すぎる! なんだこの岩は! ミスリルでも練り込んであるのか!?」
部下たちが動揺する。
俺も冷や汗が流れた。ただの岩に見えるが、要塞の装甲板よりも硬い。
「くそっ、魔法がダメなら物理だ! こじ開けるぞ! 全員で取り付け!」
俺は馬を降り、岩壁に向かって走った。
部下たちも続く。
岩壁の隙間にツルハシを打ち込み、無理やりこじ開けてやる。
そう思って、岩壁の前の地面に足を踏み入れた、その瞬間だった。
グチュッ。
嫌な音がした。
足元が、妙に柔らかい。
「ん? なんだ、泥か……?」
足を上げようとした。
上がらない。
「なっ……?」
見れば、地面にあった泥が、まるで生き物のように俺のブーツを飲み込み、足首まで這い上がってきていた。
「うわっ!? なんだこれ!」
「た、隊長! 俺の足も!」
「取れない! 粘り着いてくる!」
部下たちの悲鳴が上がる。
岩壁に近づいた者たちが次々と、地面の泥に捕らえられていく。
さらに、岩壁に張り付いていた泥がボトボトと落ちてきて、俺たちの肩や頭に覆いかぶさってきた。
「泥スライム!? いや、ゴーレムか!?」
俺は剣で泥を斬り払おうとした。
だが、剣が泥に触れた瞬間、刃が飲み込まれ、そのまま腕まで拘束された。
「ぐおおおっ! 離せ! 離れろ!」
もがけばもがくほど、泥は体中に広がり、絡みつく。
そして何より恐ろしいのは、その泥が急速に熱を持ち、乾燥して硬くなり始めていることだ。
「か、固まる……? 体が、動かなく……」
セメントのような強制硬化。
指先一つ動かせない。声も出せない。
数分もしないうちに、俺たち「黒犬」部隊三十名は、全員がその場でカチコチに固められた。
岩壁の前で、無様に転がる三十個の泥の塊。
薄れゆく意識の中で、俺はあの看板の文字を思い出していた。
『入る者、泥団子となるべし』
あれは脅しじゃなかった。
ただの事実だったのだ。
***
**Side:引きこもり領主 テラ**
翌朝。
私は日課の収穫作業の前に、リフトで地上へ様子を見に来た。
「おー、かかってる、かかってる」
岩壁の前には、芸術的なまでにカチコチになった「泥団子」が三十個ほど転がっていた。
中には立派な鎧を着たネズミ(?)さんも入っているみたいだ。
私の『ハニ・スライム』の性能テストとしては満点だね。
「チューチュー(助けてくれ)!」
「チュッ、チュウゥゥ(俺は人間だ)!」
泥団子の中から、必死な鳴き声が聞こえる。
生命力もバッチリ残ってるみたい。
「よしよし、大漁だね。ハニ・ワン、運んで!」
私は後ろに控えていたハニ・ワン(アダマンタイト)に指示を出す。
ハニ・ワンは泥団子を軽々と抱え上げ、地下へのリフトへと積み込んでいく。
「これだけ元気なら、いい肥料になりそう。さあ、地下の畑へご案内〜!」
***
地下工房、カボチャ畑。
発光苔が優しく照らすその一角に、新たな三十個の穴が掘られた。
ハニワたちが、泥団子を丁寧に穴へ埋めていく。
首から上だけを地面から出して、体はすっぽりと土の中へ。
泥でガチガチに固められているから、彼らは身動き一つ取れない。
「殺さないよ〜。殺しちゃったら、マナの循環が止まっちゃうもん」
私は恐怖に顔を引きつらせる彼らの頭を撫でながら、ニッコリと説明した。
「生きてるほうがマナを放出するから、いい肥料になるんだよ〜。特にあなたたちみたいに元気なネズミさんは、マナがいっぱい詰まってるからね!」
彼らの頭の横に、新しいカボチャの苗を植える。
彼らの体から漏れ出る生命力を吸って、苗がすくすくと育つように。
これが私の考えた『究極の循環型農業』!
「ヒィィィィ!」
「ヤ、ヤメロォォォ!」
彼らが何か叫んでいるけど、私には「水と土が気持ちいい!」という喜びの声にしか聞こえない。
だって、美味しいお水を貰って嫌がる生き物なんていないもんね。
「水と発光苔の光をいっぱい浴びて、痩せ細るまで頑張ってね! 来年のカボチャは、きっと甘くて美味しくなるぞ〜!」
私はジョウロで水をたっぷりかけてあげた。
逃げ出さないように、土の上に出ている部分にも定期的に泥を塗り足せば完璧だ。
畑に並んだ三十個の「生きた肥料」たちは、シュールだけど、どこか神聖な雰囲気すら漂わせている。
「うん、いい仕事した! シルヴィア様にも教えてあげなきゃ」
私は満足げに頷くと、作業台に向かった。
手紙を書こう。
『害獣駆除もできて、最高の肥料が手に入りました。カボチャの収穫を楽しみにしていてください』と。
地上の荒野から消えた三十人の男たち。
彼らがその後どうなったのかを知る者は、この地下帝国以外には誰もいない。




