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泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


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第28話:嫉妬する隣人と「警告の手紙」

**メルビル侯爵視点**


 王都の一等地に構えるメルビル侯爵邸。

 その執務室で、私は高級なマホガニーの机を拳で叩きつけた。

 ガシャーン!

 高価な花瓶が床に落ちて砕け散るが、そんなことはどうでもいい。私の腹の底で煮えたぎる怒りに比べれば、些細なことだ。


「ええい、またしても買えなかっただと!? 無能共が!」


 怒声に、目の前の家令がビクリと震え上がる。

 私の苛立ちは頂点に達していた。

 原因は、あの忌々しい「カボチャ」だ。


 『栗カボチャ・改』。

 今、王都で最もホットな話題であり、ステータスシンボルとなっている黄金の野菜。

 騎士団長は「疲労回復の特効薬」と絶賛し、魔導師ギルド長は「マナの結晶」と崇め、貴族の婦人たちは「若返りの美容食」として血眼になって買い求めている。

 夜会に行けば、挨拶代わりに「カボチャは手に入りましたか?」と聞かれる始末だ。


 だが、我が家には一つもない。

 競売に参加させようとした部下たちは、オットー商会の前で門前払いを受けた。

 理由は「厳正なる抽選の結果」などと言っているが、嘘だ。

 オットーの背後には、あの第一王女シルヴィアがいる。

 彼女に敵対する派閥の筆頭である私に、カボチャを渡すつもりがないのだ。


「『白の幻磁器』に続き、このカボチャまで……。シルヴィアめ、調子に乗りおって」


 私はギリギリと歯噛みした。

 このままでは、王国内でのシルヴィア派の影響力が肥大化する一方だ。

 カボチャによる莫大な資金と、騎士団・魔導師ギルドへの恩売り。

 これを放置すれば、私の地位など遠からず脅かされるだろう。


「ご主人様。……報告がございます」


 影から、一人の男が現れた。

 私が雇っている私兵団『黒犬ブラックドッグ』の隊長、ガリウスだ。

 裏社会の汚れ仕事を一手に引き受ける、私の忠実な猟犬。


「カボチャの『供給源』……特定いたしました」


「おお、でかした! どこだ? どこの領地だ?」


「東の果て……『クレイ高原』です」


 私は眉をひそめた。

 クレイ高原? 

 あそこは、アステリア王国と東方の緩衝地帯にある、ただの国境だ。

 岩と乾いた土が広がるだけの不毛な荒野で、まともな人間が住める場所ではない。


「間違いありません。オットー商会の馬車が、定期的にあの高原へ向かい、荷台を満載にして戻ってくるのを確認しました。また、周辺の村人の証言によれば、荒野の一角に『カボチャを運ぶ幽霊』が出没するという噂も……」


「幽霊などどうでもいい。……つまり、あそこに『秘密の農園』があるということか」


 私は地図を広げ、クレイ高原を指でなぞった。

 ニヤリと笑みがこぼれる。

 

 ここは「空白地帯」だ。

 国境付近ゆえに、どの貴族の領地でもなく、王家の管理も及んでいない。

 名目上は王国の版図だが、実質的には誰の土地でもない無法地帯。


 ならば、そこにある資源は「早い者勝ち」だ。


「ガリウス。お前の手勢を率いて、直ちにクレイ高原へ向かえ」


「へい。……仕事の内容は?」


「生産拠点の制圧、および職人の確保だ。……抵抗するようなら、多少手荒に扱っても構わん。ただし、生産ノウハウを持つ者は生かして連れてこい。私が直々に地下牢で『保護』してやる」


 これでカボチャの利権は私のものだ。

 オットーへの供給を断ち、私が独占販売すれば、シルヴィアの顔色は見ものだろう。

 ついでに、その職人とやらから「幻磁器」の秘密も吐かせれば、一石二鳥だ。

 誰の土地でもない場所での出来事だ。私が占領してしまえば、後から文句を言われる筋合いはない。


「報酬は弾むぞ。……行け!」


「御意。……『黒犬』三十名、直ちに出立します」


 ガリウスが姿を消す。

 私は窓の外、東の空を見つめて高笑いした。

 待っていろ、シルヴィア。

 お前の大事な「財布」を、根こそぎ奪い取ってやる。

 不毛な荒野に隠された黄金郷は、このメルビル侯爵様のものだ。


          ***


**王女 シルヴィア視点**


 王城の西棟。

 優雅なハープの音色が流れる私室で、私は窓辺に止まった一羽の白い小鳥に餌をやっていた。

 王宮魔術師が作り出した、伝令用の使い魔『白夜のスノー・オウル』だ。


「……メルビル侯爵が動いたか。予想通りね」


 背後に控えるミーナが、紅茶を注ぎながら静かに頷く。

 彼女の手元にあるのは、私の影(諜報員)から届いたばかりの報告書だ。


「はい。私兵団『黒犬』の精鋭三十名を、クレイ高原へ差し向けたとのこと。……いかがなさいますか? 近衛を向かわせますか?」


「いいえ、必要ないわ」


 私は梟の頭を撫でながら、冷ややかに微笑んだ。

 

「侯爵は焦りすぎたわね。相手の戦力も見極めずに、欲に目が眩んで手を出すなんて。……あの高原には、王国騎士団一個大隊よりも強力な防衛システムがあるというのに」


 テラが作った『ハニ・ワン・アダマン』。

 先日、オットーから聞いた話では、帝国軍の特殊部隊さえも「害虫駆除」のごとくあしらわれたらしい。

 アダマンタイトのボディを持つ自律ゴーレム相手に、たかだか貴族の私兵団ごときが敵うはずがない。

 むしろ、心配なのは私兵団の命運の方だ。


「ですが、万が一ということもあります。それに、テラ様が驚いてしまっては可哀想です」


 ミーナが心配そうに言う。

 彼女もすっかり「カボチャ同盟」の一員として、テラの身を案じているようだ。


「そうね。あの子は常識がないから、武装した男たちが押し入ってきたら『強盗』ではなく『新しいお客さん』だと思って、お茶を出しかねないわ」


 それはそれで、私兵団たちが毒気を抜かれてしまうかもしれないけれど。

 でも、私の大事な友人の聖域を、薄汚い靴で踏み荒らされるのは我慢ならない。

 それに、もしテラが彼らを「人間」だと認識してしまったら、手加減をしてしまうかもしれない。

 侵入者は、徹底的に排除してもらわなければ。


「礼儀として、警告だけは送っておきましょう。……これを持っていって」


 私は小さな羊皮紙を丸め、梟の足にある筒に入れた。

 書いたのは、たった一行のメッセージ。

 テラにも分かりやすく、かつ余計な心配をさせないための「翻訳」をした言葉だ。


「行ってらっしゃい。……東の空へ」


 私が窓を開けると、梟は音もなく飛び立った。

 白い翼が、夕焼けの空に溶けていく。


「さて、メルビル侯爵にはどのような『教育』が必要かしらね。……泥団子になれば、少しは頭も冷えるかしら」


 私はカップを傾け、香り高い紅茶を味わった。

 その赤茶色の液体は、まるでこれから流れるであろう愚か者たちの運命を暗示しているようだった。

 クレイ高原は、今はまだ誰の土地でもない。

 けれど、そこに手を出した瞬間、彼らは知ることになるだろう。

 そこが、この世で最も危険な「魔女の庭」であることを。


          ***


**引きこもり領主 テラ視点**


「よいしょ、こらしょっと」


 地下工房の収穫エリア。

 私は麻袋に詰めたカボチャを積み上げていた。


 私の周りでは、小さなハニワたち『ハニ・ミニ』が、せっせとカボチャを運んでいる。

 彼らの小さな体には不釣り合いなほど大きなカボチャを持ち上げ、ヨチヨチと、しかし力強く倉庫へ運んでいく姿はとても愛らしい。


「うんうん、順調だねぇ! これならオットーさんの注文にも応えられそう!」


 私は汗を拭い、満足げにハニワたちを見渡した。

 先日、オットーさんが涙目になりながら「もっと欲しい、いくらでも欲しい」と言っていたので、私は収穫ペースを上げたのだ。

 ハニワたちは文句一つ言わず(喋れないけど)、楽しそうに(無表情だけど)働いてくれている。

 入り口付近で見張りをしているハニ・ワンのアダマンタイトボディも、地下の発光苔に照らされて綺麗に輝いている。

 マナの循環効率も上がっているようで、みんな肌艶がいい。


「さて、休憩にしようか。今日は冷やしカボチャしるこだよ〜」


 私が鍋を用意しようとした、その時だった。


 バササッ。


 地上の換気口から、何かが舞い降りてきた。

 白い、フワフワした生き物。

 

「あ! シルヴィア様のところのフクロウさんだ!」


 以前も見かけたことがある、伝令用の使い魔だ。

 フクロウは私の肩に止まると、足に付いていた小さな筒を差し出した。


「お手紙かな? ご苦労様。はい、ご褒美のカボチャの種だよ」


 フクロウは嬉しそうに種を啄み、私が筒を開けるのを待っている。

 中に入っていたのは、シルヴィア様の綺麗な筆跡で書かれたメモだった。


『親愛なるテラへ。

 最近、王都周辺で繁殖した害獣ねずみの群れが、そちらへ向かっているようです。

 畑を荒らすかもしれないので、見つけ次第、掃除をお願いね。

 ――シルヴィア』


「ええっ!?」


 私は驚いて声を上げた。

 ネズミ!?

 害獣の中でも、もっとも厄介なやつじゃないか!


「大変だ! カボチャがかじられちゃう!」


 ネズミは繁殖力が強いし、何でもかじる。

 せっかく収穫したカボチャに穴を開けられたら、商品価値がなくなってしまう。

 しかもわざわざシルヴィア様が知らせてくれるってことは、相当な「群れ」なんだろう。

 オットーさんに送る大事な商品を傷つけさせるわけにはいかない。


「ありがとう、シルヴィア様。教えてくれて助かったよ!」


 私はフクロウにお礼を言い、すぐに『対害獣防衛シフト』を発令した。


「みんな聞いて! 緊急事態だよ! ネズミの大群が来るらしいの!」


 私の声に、作業をしていたハニワたちが一斉に動きを止めた。

 ハニ・ワン(アダマンタイト仕様)が、ゴウンッと立ち上がる。

 

「ハニ・ワン、君は入り口の警備をお願い。一匹たりとも通さないでね!」


 ハニ・ワンが力強く頷く。

 でも、ネズミはすばしっこい。物理攻撃だけじゃ逃げられるかもしれない。

 それに、ただ追い払うだけじゃまた戻ってくるかも。


「うーん、どうしよう。小さいし、数が多いとなると……。そうだ!」


 私はポンと手を打った。

 いいアイデアが浮かんだ。

 先日、割れた陶器の補修用として開発していた『特製スライム泥』がある。

 あれは乾くとガチガチに固まるけど、その前は強力な粘着力を持つ。

 いわば、超強力なトリモチだ。


「あれを使おう! 『ネズミ捕り用スライムハニワ』を作るの!」


 私は急いで作業台に向かった。

 粘度の高い特殊な泥を練り上げ、そこに「拘束」「硬化」の特性を持つマナを封入する。

 形は……そうだな、踏んだら飛びつくような、アメーバ状がいいかな。

 

「よし、できた! 命名『ハニ・スライム』!」


 ドロリとした不定形の泥たちが、私の魔力に反応してうごめく。

 これなら、どんなに素早いネズミでも、一度触れれば逃げられない。

 そのままカチコチに固めてしまえば、捕獲完了だ。


「……捕まえた後はどうしよう?」


 私はふと考えた。

 ただ捨てるのは可哀想だし、命を粗末にするのは良くない。

 それに、動物は生きている間、微弱なマナを放出する。

 

「……肥料にできないかな?」


 捕まえたネズミを、そのまま泥で固めて、畑の土に埋める。

 そうすれば、彼らが放出するマナと栄養分が、来年のカボチャを美味しくしてくれるかもしれない。

 まさに一石二鳥。究極のエコだ。

 害獣駆除もできて、肥料も手に入るなんて最高じゃないか。


「うん、そうしよう! せっかく来てくれるんだから、有効活用しなきゃね!」


 私はニッコリと笑った。

 シルヴィア様の『掃除をお願い』という言葉の意味を、自分なりに完璧に解釈したつもりだった。


「さあ、みんな! 『ネズミ捕り作戦』開始だよ! 畑を守って、美味しい肥料をゲットしよう!」


 地下工房に、やる気に満ちたハニワたちの足音が響き渡る。

 地上に迫る「害獣」たちが、まさか人間の姿をした武装集団だとは、夢にも思わずに。

 そして彼らがこれから直面する運命が、ただの死よりも恐ろしい「リサイクル」であることも知らずに。


 私はスライム泥をバケツに詰め込み、鼻歌交じりで地上へのリフトに乗り込んだ。

 外の荒野には、もう夕闇が迫っていた。

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