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泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


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第26話:黄金の野菜と商人の悲鳴

**元・ガイスト帝国の亡命商人 オットー視点**


 ガタゴトと車輪が乾いた大地を噛む音を聞きながら、私は手綱を握る手を汗で湿らせていた。

 借り物の大型馬車。

 その御者台で、私は一人、かつてこの地を訪れた日のことを、走馬灯のように思い出していた。


 私の名前はオットー。

 今はアステリア王国の王都で、新進気鋭の商人として名を馳せている。

 主力商品は、貴族たちの間で垂涎の的となっている『白の幻磁器ファントム・ホワイト』だ。

 だが、私の人生は順風満帆などではなかった。


 元は東の大国『ガイスト帝国』の生まれだ。

 狂王による終わりのない侵略戦争、国民を資源としか見ない圧政。兵士として強制徴用されそうになった私は、全てを捨てて逃げ出した。

 命からがら国境を越え、地図にもないこの『クレイ高原』で遭難し、死を覚悟した私を救ってくれたのが、ここのあるじであるテラ様だった。


 彼女は、行き倒れていた私に水と食料を恵んでくれた。

 そして、壊れた橇を修理までしてくれたのだ。いや修理なんて生半可なものではない。セラミック加工が施された最高級橇へと生まれ変わらせてしまったのだ。


 雪もない荒野を、その橇はまるで氷上のように滑らかに滑っていった。

 王都に辿り着いた時、人々は驚愕した。

 岩場を越えてきたにも関わらず、傷一つなく、陽光を浴びて輝くその橇を見て、「どこの名工の作だ」と騒ぎになったのだ。


 私はその時、震えた。

 商人の本能が叫んだ。『これは売れる! 世界を変える芸術品になる!』と。

 私はすぐに準備を整え、二度目の訪問を行った。

 「貴女の作る器を売らせてほしい」と懇願し、契約を取り付けたのだ。


 そうして世に出たのが、今の私を支える『白の幻磁器』だ。

 テラ様は私の命の恩人であり、どん底から這い上がらせてくれた幸運の女神だ。


「……だが、今回の呼び出しは少々気が重い」


 私はため息をついた。

 今回の訪問は、第一王女シルヴィア殿下からの直々の指令によるものだ。


『オットー。貴殿が見出した天才職人が、収穫物の処理に困っている。

 王都で一番大きな馬車を用意して回収に向かいなさい。

 これは“第二の商機”よ。……貴殿なら、その価値が分かるでしょう?』


 殿下の言葉は期待に満ちていたが、ここは一度死にかけた因縁の地。

 相変わらずの荒涼とした風景に、遭難時の恐怖が蘇る。


「テラ様はお元気だろうか。……また変な物を作っていなければいいが」


 私は自分に言い聞かせ、記憶にある岩場へと馬車を進めた。

 そこは、岩と乾いた土があるだけの、静まり返った場所だった。


「着いた。……ここだ」


 馬車を止める。

 すると、まるで私の到着を待っていたかのように、地面がズズズ……と低い音を立ててスライドした。

 懐かしい、地下への隠しリフトだ。


「やれやれ、お迎えか。ありがた……ひっ!?」


 挨拶の言葉は、喉の奥で悲鳴に変わった。

 地下の暗闇からせり上がってきたのは、以前見た愛嬌のある土人形ハニワではなかった。


 黒い。

 全てを吸い込むような、深淵の黒。

 艶消しの黒銀色が、太陽の下で禍々しく、かつ神々しい重厚感を放っている。

 全高三メートル近い巨躯。

 それが一歩踏み出すたびに、大地が、空気が、ビリビリと震える。


「あ……あ……」


 私は商人だ。大陸を渡り歩き、ガイスト帝国の軍需工場も見てきた。

 鉄の匂いも、鋼の重さも知っている。

 だからこそ、絶望的なまでに理解できてしまった。

 目の前の巨体を構成している物質が、ただの鉄や鋼でないことを。


 物理干渉を拒絶し、魔法さえも通さないとされる、伝説の『神代金属』。


「ア……『アダマンタイト』……ッ!?」


 声が裏返った。

 国を一つ傾けても、指輪一つ作れないと言われる超希少物質。

 それが、こんな巨大な人型に……しかも、全身にコーティングされている?

 

「ば、馬鹿な……。以前はただの泥人形だったはず……。いつの間に、こんな国家予算の塊のような姿に……!?」


 腰が抜けた。

 黒い巨人は、私を見下ろした。その青い瞳の光が明滅する。

 圧倒的な質量。かつての祖国、ガイスト帝国の魔導戦車さえもおもちゃに見える。

 

 ガクガクと震える私に、巨人はゆっくりと手を伸ばし……。

 その胸元についている「赤い蝶ネクタイ」を指差し、ぺこりと不器用に一礼した。


「……は?」


 蝶ネクタイ?

 殺戮兵器のような黒い巨体に、ふざけた布切れ?

 あまりのギャップに思考が停止している間に、巨人は私の馬車の手綱を掴み(馬は白目を剥いていた)、強引に地下へのリフトへと引きずり込んでいった。


          ***


**引きこもり領主 テラ視点**


「いらっしゃーい! 待ってましたよ、オットーさん!」


 リフトが地下工房に到着すると、そこには顔面蒼白で涙目になっているオットーさんの姿があった。

 以前、あの橇を作ってあげた時よりも、随分と立派な服装をしている。

 私のお皿を売って、成功したみたいで本当に良かった。


「て、テラ様……。ご、ご壮健そうで何よりです……」


 オットーさんは震える足で馬車から降りると、深々と頭を下げた。


「オットーさんもお元気そうで。……あ、ハニ・ワンのこと気になります? カッコよくなったでしょう!」


 私が後ろのハニ・ワンを指差すと、オットーさんはひきつけを起こしたように震えた。


「か、カッコいい……? 言葉になりません。まさか、あの『戦略級物資』を全身に纏わせるとは……。ガイスト帝国の皇帝が見たら、心臓発作を起こして死にますよ」


「え? ただの農作業用のコーティングですよ? シルヴィア様が『余ってるから使って』って送ってくれたんです」


「あ、余ってるから……アダマンタイトを……?」


 オットーさんは遠い目をして、乾いた笑いを漏らした。

 やっぱり商人の人は感覚が鋭敏だから、珍しい金属を見ると興奮しちゃうのかな。

 ハニ・ワンも褒められて嬉しそうだ。


「まあ、ハニ・ワンの話は置いておいて。今日来てもらったのは他でもないんです。これ、引き取ってもらえませんか?」


 私は工房の隅を指差した。

 そこには、麻袋に詰められ、天井近くまで山積みになった収穫物が鎮座している。


「こ、これは……?」


「カボチャです。今年の新作、『栗カボチャ・改』!」


 私は手近な袋を開け、ずっしりと重い濃緑色のカボチャを取り出した。


「今年は豊作すぎて、倉庫に入り切らなくて困ってるんです」


「……拝見しても?」


 オットーさんの目が、瞬時に「商人」の色に変わった。

 怯えが消え、真剣な眼差しでカボチャを受け取る。

 その手つきは、かつて私の作った橇を撫で回し、「これはすごい!」と叫んだ時と同じ熱量だ。

 重さを確かめ、皮の艶を見、爪で軽く弾いて音を聞く。


「……素晴らしい。ずっしりと実が詰まっている。……失礼、少し味見をさせていただいても?」


「どうぞどうぞ! あっちに蒸したてのがありますから!」


 テーブルに案内し、試食を勧める。

 オットーさんはフォークを手に取り、慎重に口へ運んだ。


 モグ……。


 次の瞬間、オットーさんの目がカッと見開かれた。


「!!!」


 彼は言葉を失い、さらに二口、三口と連続で口に放り込んだ。

 その顔色が、みるみるうちに良くなっていく。


「な……なんですか、これは!?」


 オットーさんが叫んだ。


「甘い……! 砂糖煮でもないのに、高級菓子のような濃厚で深みのある甘さ! それでいてしつこくない! 王都の菓子職人が裸足で逃げ出すレベルですよ!」


「でしょう? 糖度と食感にはこだわったんです」


「それだけではありません!」


 オットーさんは自分の肩や腰をさすり始めた。


「身体が……熱い。いや、力が湧いてくる! ここに来るまでの旅の疲れが、嘘のように消えていく……。長年の古傷の痛みさえも……」


「あ、そうそう。栄養価も高いんですよ。地下のマナをたっぷり吸ってますから、滋養強壮にいいんです。ちょっとした回復薬ポーション代わりになるかも」


 私の説明に、オットーさんは目玉が飛び出るほど驚愕した。


「マナを……吸っている? つまりこれは、天然の『魔力回復食材』だと!?」


「まあ、そんな感じです」


「おおお……!」


 オットーさんは震える手でカボチャを拝むように持ち上げた。

 その目には、かつて白磁の橇を見た時以上の、強烈な商魂の炎が宿っていた。


「テラ様! これは売れます! いや、売れるなどというレベルではない! 王都の貴族、騎士団、魔導師ギルド……誰もが金を積んで奪い合う『黄金の野菜』になります!」


 彼は興奮してまくし立てる。


「私の見立てでは、これ一つで金貨一枚……いや、競売にかければ五枚は下らない! 『幻磁器』に続く、第二の柱になりますぞ!」


「ええ……金貨五枚? カボチャ一個で?」


 王都のインフレは怖いなぁ。

 でも、高く売れるならありがたい。


「分かりました。じゃあ、これ全部積み込んでください。値段はオットーさんに任せます。正直、場所を空けたいだけなんで」


「ありがとうございます! このオットー、かつて橇の価値を見出した時のように、必ずや最高値で売りさばいてみせます!」


「あ、そうだ」


 私はふと思い出して言った。


「これ、今日持って帰ってもらう分はいいんですけど、まだ畑に収穫待ちのが大量にあるんですよね。それ、もう面倒だから乾燥させて肥料にしちゃおうと思ってるんですけど……」


 その瞬間。

 オットーさんの動きがピタリと止まった。

 彼の顔から、さっきカボチャ効果で取り戻した血の気が、再びサァーッと引いていく。


「……ひ、肥料?」


「はい。来年の土作りに使おうかと。マナを含んでるなら、いい肥料になるでしょうし。贅沢な循環農業ですね!」


「ぐふっ……!」


 オットーさんが、呻き声を上げて腹を押さえた。

 

「お、オットーさん!?」


「い、胃が……古傷が……」


 彼は脂汗を流しながら、テーブルに突っ伏した。


「金貨の山を……天然のエリクサーを……肥料に……? 土に還す……? あ、ありえない……。ガイストの狂王でさえ、そんな暴挙はしない……」


 オットーさんはブツブツと譫言うわごとのように呟いている。

 

「テラ様……。お願いです。慈悲を……。そのカボチャを肥料にするなどと、恐ろしいことを言わないでください」


 彼は私の作業着の裾を掴み、涙目で懇願した。


「残りの分も! 来週……いや、三日後にまた回収に来ます! 馬車を何往復させてでも回収に来ますから! 絶対に! 絶対に捨てないでください!」


「え、ええ……。まあ、オットーさんがそこまで言うなら……」


「約束ですよ! ……ああ、胃が痛い。貴女様と関わると、寿命が縮むのか伸びるのか分からなくなります……」


 オットーさんはフラフラになりながらも、商人の意地で立ち上がった。

 彼はハニワたち(ハニ・ワンには絶対に近づかないようにしていた)に指示を出し、借りてきた大型馬車の荷台が軋むほどカボチャを満載させた。


「では、失礼いたします。……代金は、次回の訪問時にまとめてお支払いします。恐らく、小国の国家予算並みの金額になるかと思いますが……」


「お金はそんなにいらないので、代わりに珍しい鉱石とか、東方の香辛料とかでお願いします」


「……承知いたしました」


 オットーさんは深く一礼し、馬車に乗り込んだ。

 その瞳には、かつて遭難していた頃の弱々しさはない。

 未知の商材を手に入れ、再び世界を相手に勝負しようとする、野心的な商人の光が宿っていた。


          ***


**ガイスト帝国の亡命商人 オットー視点**


 帰りの馬車。

 荷台はずっしりと重い。馬が悲鳴を上げているが、私の心は高揚していた。


「……またしても、とんでもないものを掴まされた」


 あの時、テラ様が作ってくれた『セラミックの橇』は、私を王都へと導いてくれた。

 そして今、この『黄金のカボチャ』が、私をさらなる高みへ連れて行こうとしている。

 

 ガイスト帝国の戦場を知る私には分かる。

 このカボチャは、ただの食材ではない。

 「携帯食料」であり「回復薬」であり「嗜好品」だ。

 兵士、冒険者、貴族、王族……全ての層が欲しがる万能の品。


「これを独占販売できるとなれば……私は、王都一の……いや、大陸一の商人になれるかもしれん」


 手の中にあるカボチャパイを齧る。

 美味い。涙が出るほど美味い。

 亡命したあの日、泥水をすすって生き延びた私が、今、黄金を掴んでいる。

 テラ様は、私にとって幸運の女神だ。……少々、心臓に悪い女神だが。


「あのアダマンタイトの番人……。そして、宝の山を『肥料』と言い放つテラ様……」


 思い出すだけで胃がキリキリと痛む。

 あそこは魔境だ。常識が通用しない。

 

「だが、やるしかない」


 私は手綱を強く握りしめた。

 シルヴィア殿下という毒婦と、テラ様という天然の魔女。

 この二人の怪物の間で立ち回れるのは、地獄を見て、そこから這い上がった私くらいのものだろう。


「行くぞ! 王都に戻ったらすぐに倉庫の手配だ! この『黄金』を一欠片たりとも腐らせてたまるか!」


 馬車は夕陽に向かって駆けていく。

 商人の悲鳴は、いつしか野心に満ちた号令へと変わっていた。

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