第25話:帝国の誤算
**ガレリア帝国将軍 ゼクロム・ヴァン・ガレリア視点**
ガレリア帝国帝都、軍令部地下深くに存在する「黒の広間」。
皇帝の御前会議に次ぐ最高意思決定機関であるこの場所は、今、重苦しい沈黙と、氷点下の緊張感に支配されていた。
「……報告は以上か? ヴァイス隊長」
円卓の上座に座る私は、目の前で跪く男――特殊工作部隊「幻影」隊長ヴァイスに低い声で問いかけた。
彼は帝国軍の中でも選りすぐりの精鋭だ。
どんな過酷な戦場からも生還し、数々の要人暗殺や破壊工作を成功させてきた「見えざる刃」。
その彼が今、まるで悪夢を見た幼子のように震え、脂汗を垂らしながら床に頭を擦り付けている。
「は……はい。閣下……。我々は、手も足も出ませんでした……」
ヴァイスの声が掠れる。
彼の纏う『偏光迷彩外套』はズタズタに裂け、全身は打撲と骨折でボロボロだ。
だが、肉体の傷以上に、彼の精神が粉々に破壊されていることは明白だった。
「貴様らが潜入したのは、アステリア国境……クレイ高原の『泥の魔女』の工房だったはずだ。斥候部隊が消息を絶った件の調査。……違うか?」
「その通りです。……ですが、あそこは……あそこはただの工房などではありませんでした」
ヴァイスは顔を上げ、血走った目で私を見据えた。
その瞳には、狂気にも似た恐怖が焼き付いている。
「あそこは……古代の『自動防衛要塞』です」
円卓を囲む参謀たちがざわめいた。
「要塞だと? 地表には何もないとの報告だが」
「地下要塞か。だが、たかが魔術師一人に維持できる規模では……」
ヴァイスは首を振った。
「いいえ! 魔女は一人ではありません。彼女は……『管理人』に過ぎないのです。あの地を守護するのは、神話の時代より蘇りし『黒鉄の魔神』……!」
彼が語った報告内容は、あまりにも荒唐無稽だった。
完全な隠蔽能力を持つ監視システム。
帝国の誇る「光学迷彩」を無効化する索敵能力。
そして何より、出現したという「黒い巨人」の性能だ。
「最高純度のミスリルダガーが折れた、だと?」
「五人がかりの『雷撃槍』が、傷一つつけられずに霧散した?」
「物理干渉無効。魔法干渉無効。……ヴァイス、貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
私は机を叩いた。
そんな物質は、御伽噺の中にしか存在しない。
神々が武具を鍛えるのに用いたとされる、絶対不滅の金属。
「『アダマンタイト』……。そう言いたいのか?」
広間が静まり返った。
その名を口にすることすら、軍人としては躊躇われる。
国を一つ売り払っても、小指の先ほどの量も手に入らない戦略物資。
それが、三メートル級のゴーレムに使われている?
ありえない。アステリア王国の国庫を全て空にしても不可能だ。
「信じられないのは分かります……! ですが、現実に我々は『ゴミのように』排除されたのです!」
ヴァイスが叫んだ。
「奴は……あの魔神は、我々を殺すことすらしませんでした。ただ『掴んで、捨てた』のです。圧倒的な力量差。我々など、敵とすら認識されていない……。ただの害虫駆除でした」
害虫駆除。
帝国の精鋭部隊「幻影」が、雑草のように処理されたというのか。
私は腕を組み、深く思考に沈んだ。
ヴァイスは嘘をつく男ではない。そして、彼の負傷と、全損した装備は事実だ。
となれば、結論は一つしかない。
「……アステリア王国は、見つけたのだな。『神代の遺跡』を」
参謀長が、青ざめた顔で頷いた。
「恐らくは。クレイ高原の地下に眠る、古代魔法文明の軍事工場……。かの『泥の魔女』とは、その遺跡の管理者コードネーム、あるいは遺跡の生体ユニットか」
「アダマンタイト製の自律兵器が量産されているとすれば、悪夢だ」
戦慄が走る。
もし、その「黒鉄の魔神」が一体ではなく、軍団として運用されたら?
物理も魔法も効かない不死身の軍団が、帝国へ向けて進軍してきたら?
防ぐ手立てはない。
帝都は三日で灰になるだろう。
「……情報の修正を行う」
私は重々しく宣言した。
「目標『泥の魔女』の危険度ランクを、C(注意)から、特S(国家存亡の危機)へ引き上げる。以後、クレイ高原への不用意な接触を一切禁ずる」
「か、閣下! では、放置するのですか!?」
「手出し無用だ。……今はな」
私は壁に掛けられた大陸地図を睨みつけた。
東の辺境、小さな点に過ぎないその場所に、巨大な「死の影」が落ちているように見えた。
「奴らが『魔神』を起動させず、引きこもっているのなら、刺激してはならん。下手に手を出して、眠れる獅子……いや、眠れる魔神を起こせば、取り返しがつかないことになる」
これは、アステリア王国との全面戦争以上のリスクだ。
相手は未知の超古代兵器なのだから。
「諜報部を総動員し、遠巻きに監視を続けろ。アステリア王家との繋がり、遺跡の稼働状況、そして『魔女』の正体……。全てを丸裸にするまでは、石一つ投げるな」
「はっ!!」
参謀たちが一斉に敬礼し、慌ただしく退出していく。
ヴァイスは力尽きたように床に崩れ落ち、衛生兵に運ばれていった。
私は一人、広間に残った。
冷や汗が背中を伝う。
危ないところだった。
もしヴァイスの部隊が全滅覚悟で特攻していたら、今頃、黒い魔神が帝都の城門を叩いていたかもしれない。
「『泥の魔女』テラ……。一体、何者なんだ。亡国の女王か、それとも神の使いか……」
***
**引きこもり領主 テラ視点**
「わぁ〜い! 収穫祭だ〜!」
地下工房のダイニングルーム。
いつもは静かなこの場所が、今日は甘い香りと湯気で満たされていた。
テーブルの中央には、ドーンと鎮座する巨大なカボチャの丸焼きグラタン。
その周りを、カボチャのポタージュ、カボチャコロッケ、カボチャプリン、そして山盛りのカボチャパイが彩っている。
すべて、私が手塩にかけて育て、品種改良に成功した「栗カボチャ」を使ったフルコースだ。
「いただきまーす!」
私は一人、手を合わせてスプーンを手に取った。
一人と言っても、寂しくはない。
私の周りには、今日の主役たちが勢揃いしているからだ。
給仕役をしてくれているのは、黒銀色に輝く『ハニ・ワン・アダマン』。
その首元には、お祭り用に赤い蝶ネクタイ(私が布の切れ端で作った)が巻かれている。
無骨な金属のボディに、ちょこんとしたリボンが妙に可愛らしい。
そしてテーブルの向かいには、監視役の『ハニ・スリー』と、力持ちの『ハニ・ツー』も座っている(座れないので立っているけど)。
彼らの頭にも、色違いのパーティーハットが乗せられていた。
「ん〜っ! 美味しい!」
グラタンを一口食べて、私は身悶えした。
ホクホクのカボチャの甘みと、ホワイトソースの塩気が絶妙なハーモニーを奏でている。
先日、シルヴィア様とミーナさんが来て、大量に持ち帰ってくれたけれど、それでもまだまだ在庫はある。
今日は自分へのご褒美として、贅沢に使いまくったのだ。
「ハニ・ワンも食べる? ……あ、そっか。食べられないんだったね」
ハニ・ワンが静かに首を横に振る。
その仕草が「お気遣いなく」と言っているようで、私はくすりと笑った。
「ありがとうね。君たちのおかげで、この平和な食卓があるんだよ」
畑に侵入してきた「透明な猿」たち。
あれ以来、パッタリと姿を見せなくなった。
ハニ・ワンがしっかりと追い払ってくれたおかげだし、「ドクロマーク看板」の効果もあったのかもしれない。
「やっぱり、平和が一番だよねぇ」
私は幻磁器のカップで紅茶を啜った。
地上の世界では、戦争だの派閥争いだのと忙しないらしいけれど、この地下工房だけは別世界だ。
誰にも邪魔されず、好きなものを作って、好きなものを食べる。
これ以上の幸せがあるだろうか。
「あ、そうだ。ハニ・ワン、ちょっとこっち向いて」
私は懐から、シルヴィア様にもらった『王室御用達・高級ワックス』を取り出した。
アダマンタイトのボディは傷一つないけれど、やっぱり手入れは大事だ。
「猿退治のご褒美。ピカピカにしてあげるね」
私は布にワックスを含ませ、ハニ・ワンの黒い腕を磨き始めた。
キュッ、キュッ。
磨くたびに、黒銀の表面が深みのある光沢を帯びていく。
「うん、いい艶だ。……君は本当に頼りになるね」
磨き終わったハニ・ワンを見上げて、私は満足げに頷いた。
ハニ・ワンも、心なしか誇らしげに胸を張っている(ように見える)。
その青い瞳の光が、優しく明滅した。
「よし、お腹もいっぱいになったし、午後は新作の設計図を描こうかな!」
次はどんなハニワを作ろう。
カボチャの収穫を手伝う「多脚型ハニワ」もいいし、空を飛んで種まきをする「ドローン型ハニワ」も面白そうだ。
アダマンタイトの余りもあるし、もっと頑丈な農具も作れるかもしれない。
夢は広がるばかりだ。
「……ふふ、幸せ」
私は椅子に深く腰掛け、満ち足りたため息をついた。
天井の発光苔が、穏やかに瞬いている。




