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泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


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第24話:高原のピクニック

**王女 シルヴィア視点**


 王都から馬車を乗り継ぎ、人目を避けるようにして東へ。

 クレイ高原の荒涼とした大地に降り立った時、正午の日差しが岩肌を焦がしていた。


「……シルヴィア様。本当にここで合っているのですか?」


 私の隣で、専属メイドのミーナが眉をひそめて周囲を見回した。

 彼女は今日のために、王宮の堅苦しいメイド服ではなく、動きやすい狩猟服(とはいえ、仕立ての良い特注品だが)に身を包んでいる。

 手には、私の護衛用の短剣と、何故か自分用のフォークとナイフが入ったバスケットをしっかりと握りしめていた。


「ええ、合っているわ。何もないでしょう?」


 私は風に靡く髪を押さえながら微笑んだ。


「はい。見事なまでに何もありません。岩と、乾いた土と……風の音だけ。こんな場所に、あの国宝級の磁器を生み出す工房があるとは、到底信じられません」


 ミーナの疑念はもっともだ。

 地表には、テラが住んでいる痕跡は何一つない。

 徹底した偽装と隠蔽。

 これこそが、彼女が「引きこもり」たる所以であり、最強の防壁なのだから。


「見ていて。……迎えが来るわ」


 私が懐中時計を確認した、その時だった。


 ズズズズズ……。


 微かな地響きと共に、前方の何もない岩場がスライドした。

 ぽっかりと口を開けた暗闇から、金属の軋む音と共に昇降機リフトが上がってくる。


「ひっ……!?」


 ミーナが息を呑んで後ずさった。

 リフトに乗っていたのは、人間ではなかったからだ。


 それは、太陽の光を吸い込むような、漆黒の巨体。

 全高三メートル近い人型。

 その表面は、私が先日送りつけた『アダマンタイト』でコーティングされ、艶消しの黒銀色に輝いている。

 圧倒的な質量と威圧感。

 以前の赤茶色だった頃とは比べ物にならない、「兵器」としての完成度を感じさせた。


「は、ハニ・ワン……? 姿が変わっている……」


 私も思わず呟いた。

 手紙で「黒くした」とは聞いていたが、まさかこれほどとは。

 立っているだけで周囲の空気が歪むようだ。


 黒い巨人は、私たちを認めると、ゆっくりと片手を上げた。

 それは攻撃の合図ではなく、どこか不器用な挨拶のようだった。

 そして、リフトの扉を開け、恭しく(といっても無骨だが)私たちを招き入れた。


「行きましょう、ミーナ。……怖がらなくていいわ。この子は、世界で一番優しい守護神よ」


「こ、これを『優しい』と表現するシルヴィア様の感性を疑いますが……。お供します」


 ミーナは震える足を押さえ、決死の覚悟でリフトに乗り込んだ。

 ガコン、と音がして、私たちは地下へと沈んでいく。


 暗闇を抜けた先に待っていたのは、地上の荒涼とした風景とは対極の、光あふれる楽園だった。


「うわぁ……」


 ミーナの声が裏返った。

 地下空洞の天井には、星空のように発光苔が輝いている。

 そして眼下には、見渡す限りの緑。

 巨大な葉を広げたカボチャ畑が、地下水脈の水音と共に広がっていた。

 無数の小さなハニワたちが、せっせと葉の手入れや水やりをしている。


「ここは……王宮の温室よりも広大ではありませんか。それに、この空気。土の匂いと、甘い植物の香り……」


「ええ。ここが『泥の魔女』の城よ」


 リフトが最下層に到着すると、一人の少女が小走りで駆け寄ってきた。

 作業着代わりのツナギを着て、髪を適当に縛り、頬には泥がついている。

 どこにでもいる、田舎の素朴な少女。


「いらっしゃいませ、シルヴィア様! それに、えっと……」


「初めまして、テラ様。シルヴィア様の専属侍女、ミーナと申します」


 ミーナが完璧なカーテシーを見せる。

 テラは慌てて手をブンブンと振った。


「あ、敬語とかいらないです! 私、そういうの苦手なんで! えっと、今日は遠いところわざわざありがとうございます。その……カボチャの処理を手伝ってくれるって聞いて、本当に助かりました!」


 テラは満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔には、裏表も、計算も、貴族特有の腹の探り合いもない。

 ただ純粋に、「食べる人が来てくれて嬉しい」という喜びだけがあった。


 ミーナが、信じられないものを見る目で私を見た。

 

(……シルヴィア様。この子が、本当に?)


 目で問いかけてくる。

 「城一つ買える磁器を作る天才職人が、こんな泥だらけの子供なのですか?」と。


 私はニヤリと笑って頷いた。


「さあ、テラ。ミーナは朝食を抜いてきたそうよ。貴女の自慢の新作、食べさせてもらえるかしら?」


「もちろんです! あっちのテーブルに用意してあります! 焼きたてですよ!」


 テラに案内されたのは、工房の片隅に置かれた作業用のテーブルだった。

 だが、そこに並べられた光景に、ミーナが二度目の絶句をした。


「こ、これは……」


 テーブルの上に無造作に置かれているのは、王都の貴族たちが血眼になって奪い合った『白の幻磁器ファントム・ホワイト』の大皿。

 そこに山盛りにされているのは、黄金色に輝くカボチャのパイ。

 さらに、取り皿として用意されているのも、透き通るような白磁のプレート。

 スープカップも、カトラリーレストも、全てが幻磁器だ。


「なんてことを……。国宝級の皿が、まるでピクニックの紙皿のように……」


 ミーナが目眩を覚えたように額を押さえる。


「あ、すいません。これ、昨日の夜に焼いた試作品なんです。ちょっと形が歪んじゃって売り物にならないから、普段使い用にしてて……。汚くないので安心してください!」


 テラが申し訳なさそうに言う。

 ミーナは首を激しく横に振った。


「いいえ! 違います! 贅沢すぎて目が回っただけです! ……あ、あの、触れてもよろしいのでしょうか?」


「どうぞどうぞ! 割れてもいくらでも作れるんで、気にしないでください!」


 いくらでも作れる。

 その言葉の重みを理解していないテラに苦笑しつつ、私たちは席に着いた。


「じゃあ、まずはシンプルに『蒸しカボチャ』からどうぞ。私が品種改良した自信作、『栗カボチャ』です!」


 テラが差し出したのは、ホクホクと湯気を立てる、鮮やかなオレンジ色のブロックだった。

 何も味付けはしていないという。


 ミーナがおずおずとフォークを刺す。

 そして、一口。


「……っ!?」


 ミーナの目が、カッと見開かれた。

 咀嚼するたびに、その表情がとろけていく。


「な、なんですかこれは……! 砂糖を使っていないのですか!? まるで上質な栗のペーストと、蜂蜜を練り合わせたような濃厚な甘み……! それに、この食感! ホクホクとしているのに、舌の上でクリーミーに溶けていきます!」


「でしょでしょ! 水分量を調整して、デンプンを糖に変える熟成期間を倍にしたんです!」


 テラが得意げに胸を張る。

 ミーナはもう止まらなかった。

 次はカボチャパイに手を伸ばす。

 サクッ、という軽快な音。バターの香りと、シナモンの香り。


「んん〜っ! 美味しい……! パイ生地の塩気が、カボチャの甘みを極限まで引き立てています! 王宮のパティシエでも、ここまでの味は出せません!」


 普段は冷静沈着なミーナが、今はただの食いしん坊な少女に戻って、夢中でパイを頬張っている。

 その様子を見て、テラは心底嬉しそうに目を細めた。


「よかったぁ。作りすぎちゃって、肥料にするしかないかなって思ってたんです。食べてくれてありがとうございます」


「肥料!? これをですか!?」


 ミーナがパイを咥えたまま叫んだ。


「ありえません! これは食への冒涜です! テラ様、もし余るようでしたら、私が全て引き受けます。王宮まで背負ってでも持って帰ります!」


「え、いいんですか? じゃあ、倉庫にあるぶん全部持ってってください! ハニワたちに運ばせますから!」


「交渉成立です!」


 ガッチリと握手を交わす二人。

 そこには、王女の侍女と、辺境の領主という身分の差はない。

 あるのは、「美味しいものを作った人」と「それを愛する人」の絆だけだ。


 私は紅茶――これも幻磁器のカップで――を啜りながら、その光景を眺めていた。

 地下工房の温かい空気。

 土とカボチャの香り。

 そして、友人の笑い声。


 ここには、王宮のような虚飾も、裏切りも、張り詰めた糸のような緊張感もない。

 ただ、穏やかな時間が流れている。


「……ねえ、テラ」


 私はカップを置き、話題を変えた。


「昨日の夜、何かあったでしょう?」


「え?」


 テラがキョトンとする。

 私は、工房の隅に控えている『ハニ・ワン・アダマン』を見やった。

 その黒いボディには、微かだが焦げ跡のような汚れと、泥の跳ね返りが付着していた。


「地上の警報が鳴ったとか。……そのハニ・ワンが出動したのよね?」


「ああ、それですか! そうなんですよ〜」


 テラは軽く手を振った。


「なんか最近、地上の生態系が変わったみたいで。『透明な猿』が出るんです」


「……透明な、猿?」


 ミーナの手が止まる。

 私も眉をひそめた。


「ええ。姿は見えないんですけど、ハニ・スリーのレーダーには映るんです。六匹くらいで、こそこそ換気口の周りをうろついてて。畑に穴を掘られたら困るから、ハニ・ワンに追い払ってもらいました」


「追い払った……どうやって?」


「どうやってって、こう、ひょいって掴んで、遠くにポイって。ハニ・ワン、頑丈だから猿の爪とか火花攻撃も全然効かなくて助かりました」


 テラは「害獣駆除の話」として軽く語った。

 だが、私とミーナは顔を見合わせ、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


 姿が見えない。六人組。

 火花(おそらく魔法)や爪(武器)での攻撃。

 それは間違いなく、帝国の特殊工作部隊だ。

 王国の騎士団でさえ手を焼く、最精鋭の暗殺者たち。


 それを、この子は……「猿」扱いして、つまみ出したというのか。


(シルヴィア様……これ、笑い話じゃありませんよ)


 ミーナが視線で訴えてくる。

 分かっている。

 あのアダマンタイト製のゴーレムは、帝国の精鋭を「赤子扱い」したのだ。

 テラの無自覚な防衛力が、国家レベルの脅威を撃退してしまった。


「……そう。大変だったわね、テラ」


 私は努めて穏やかに、微笑んでみせた。


「でも、怪我がなくてよかったわ。……その『猿』たちは、もう来ないと思う?」


「どうでしょう? 泥だらけになって逃げていきましたけど、また来るかも。……あ、そうだ! だからね、今度は『猿除けの看板』を立てようと思うんです!」


「看板?」


「はい! 『ここは私有地です。入ったら泥団子にします』って書いた看板! 猿に文字が読めるか分かりませんけど、気休めにはなるかなって」


 テラは本気だ。

 本気で、相手を野生動物だと思っている。


 私はこみ上げる笑いを噛み殺すのに必死だった。

 帝国の精鋭部隊が、「泥団子にするぞ」という看板に怯えて逃げ帰る姿を想像してしまったからだ。


「……ぷっ。あはははは!」


 ついに耐えきれず、私は声を出して笑った。


「シルヴィア様?」


「ごめんなさい、テラ。……ええ、それはいいアイデアね。最高の魔除けになるわ」


 ミーナも、呆れを通り越して笑みを浮かべている。

 

「テラ様。その看板、もしよろしければ私が文字を書くのをお手伝いしましょうか? 帝国の……いえ、猿にも分かりやすいように、ドクロマーク付きで」


「え、いいんですか!? ミーナさん、絵心あるんですね!」


「ええ、少しばかり」


 ミーナが悪戯っぽくウィンクする。

 こうして、私たちは共犯者になった。

 テラの平和を脅かす者は、帝国軍だろうが何だろうが、ただの「猿」として処理する。

 この甘いカボチャパイと、温かい紅茶の時間を守るために。


 それから数時間。

 私たちは立場を忘れて語り合った。

 カボチャの新しいレシピについて。

 王都で流行っているドレス(テラは興味なさそうだったが)について。

 ハニワたちの可愛い仕草について。


 王女でもなく、メイドでもなく、引きこもり領主でもない。

 ただの三人の少女として。


「……そろそろ、おいとまする時間ね」


 懐中時計を見て、私は名残惜しく告げた。

 長居しすぎれば、王城での不在が怪しまれる。


「えー、もう帰っちゃうんですか? 夕飯用にカボチャのシチューも仕込んでたんですけど」


 テラが残念そうに眉を下げる。

 その表情に、胸がキュッとなる。


「……後ろ髪を引かれる思いですが、また来ます。必ず」


 ミーナが、バスケット一杯に詰め込まれたお土産(カボチャとパイ、そして失敗作という名の国宝級の皿)を抱えながら言った。


「テラ様。……貴女の指先は、泥だらけですが、どんな宝石商の手よりも美しい魔法を生み出しています。このカボチャも、器も」


 ミーナは真剣な眼差しで、テラの手を握った。


「どうか、そのままでいてください。貴女の平穏は、私たちが……いえ、『カボチャ同盟』が全力で守りますから」


「カボチャ同盟……? よく分かりませんけど、また食べに来てくださいね! いつでも歓迎しますから!」


 テラは屈託なく笑い、泥のついた手で振り返した。


 帰り道。

 地上へのリフトの中で、ミーナがポツリと言った。


「……シルヴィア様。私、決めました」


「何を?」


「もし王家が滅んでも、私はあそこへ再就職します。あの子の専属メイド兼、試食係として」


「ふふ、それは頼もしいわね。……でも、残念ながらそうはさせないわ」


 私は地上へ続く光を見上げ、強く誓った。


「王家も守る。テラも守る。……あの子があの地下で、のんきにカボチャを育て続けられる世界を、私が維持してみせる」


 私たちの胸には、甘いカボチャの余韻と、小さな秘密の共有感が残っていた。

 高原の風は冷たかったが、心は温かかった。

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