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泥遊びのつもりが救国の魔軍将軍?〜執着王女に囲い込まれる引きこもり戦記〜  作者: タルタロス


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第22話:白磁のドレスと毒婦の微笑

**王女 シルヴィア視点**


 アステリア王国、王都クリスタルパレス。

 その中心に聳え立つ王城の最奥、『白百合の間』第一王女の私室は、今夜、張り詰めた緊張感ではなく、ある種の高揚感に包まれていた。


「……シルヴィア様。今宵のドレスは、少々背中の開きが大胆すぎませんこと?」


 鏡台の前で、私の背中の紐を締め上げながら、専属メイドのミーナがくすりと笑った。

 栗色の髪をきっちりとシニヨンに纏め、黒のメイド服を完璧に着こなす彼女は、私の乳姉妹であり、この堅苦しい王宮で唯一、私が仮面を外して接することのできる親友だ。

 その言葉遣いは丁寧だが、響きには私をからかうような親愛の色が滲んでいる。


「あら、これくらいでなければ、あの古狸たちの目を覚ますことはできないわ。……どう? ちゃんと傾国の美女に見えて?」


 私は鏡の中で、純白のシルクを贅沢に使ったイブニングドレスを纏った自分を見つめ、冷ややかに口角を上げてみせた。

 髪には、テラがくれた『白の幻磁器ファントム・ホワイト』の椿飾り。


「傾国の美女、といいますか……『獲物を前に優雅に爪を研ぐ白猫』といったところでしょうか。あまり冷たい視線ばかり向けては、殿方の心臓が凍りついてしまいますよ」


 ミーナは手際よく私の髪を整えると、仕上げに香水をひと吹きし、ポンと私の肩に手を置いた。


「準備は万端です。……ですが、本当によろしいのですか? オットーという商人が広めた噂に、乗っかるような真似をして」


「ええ、構わないわ。彼が良い仕事をしてくれたおかげで、舞台は整ったもの」


 私は扇子ファンを手に取り、パチリと開いた。


 最近、王都の社交界はある一つの話題で持ちきりだ。

 市井の商人オットーが持ち込んだ、数枚の白い皿。

 それが信じられない高値で取引され、貴族たちはその「白」を手に入れるために血眼になっているという。

 

 今夜は、その彼らの『渇き』を利用させてもらう。


「ふふ、さすがはシルヴィア様。転んでもただでは起きない。……行ってらっしゃいませ。料理長が『あの皿を割ったら即刻死刑ですか!?』と顔面蒼白で震えておりましたので、後で慰めてまいります」


「ええ、よろしく頼むわ。……私の最強の武器おさらが火を吹くところ、特等席で見せてあげる」


 ミーナが恭しく扉を開ける。

 私は背筋を伸ばし、煌びやかで、そして腐敗した戦場――大広間へと足を踏み出した。


          ***


 大広間は、むせ返るような香水の匂いと、空虚な笑い声で満ちていた。

 シャンデリアの光が、貴族たちの身につけた宝石をギラギラと照らし出している。

 彼らの目は肥えている。だが、その魂は飢えている。

 新しい刺激、他人が持っていない特権、そして王家の没落を嘲笑う優越感に。


「おお、これはシルヴィア殿下。今宵はまた一段と麗しい」

「戦場を駆ける『戦乙女』も、ドレスを纏えば深窓の令嬢ですな。ハハハ」


 私が姿を現すと、群がってくる有象無象。

 彼らの目は、私への敬意ではなく、値踏みするような下卑た光を宿している。

 「落ち目の王家」「行き遅れの王女」「帝国への人質候補」。

 口にこそ出さないが、彼らの腹の内は透けて見えた。


 私は扇子で口元を隠し、優雅に微笑んでみせる。


「皆様、今宵はお集まりいただき光栄ですわ。……今夜は、皆様が血眼になって探しておられる『あるもの』をご用意いたしましたの。どうぞ、心ゆくまでお楽しみを」


 私の合図と共に、楽団の演奏が静まり、重厚な扉が開かれた。

 給仕たちが一斉に入場してくる。


 運ばれてきたのは、前菜のカルパッチョだ。

 鮮やかな赤身の魚と、緑のハーブ、そして黄金色のオイル。

 だが、貴族たちの視線は料理には注がれなかった。

 彼らの目が釘付けになったのは、その料理が載せられている「皿」だ。


 カチャリ。


 テーブルに置かれた瞬間、会場の空気が凍りついた。

 ざわめきが、波が引くように消える。


 そこに置かれていたのは、この世のものとは思えない「白」だった。


 純白ではない。

 雪の白さとも、雲の白さとも違う。

 まるで月の光をそのまま凝固させたかのような、透き通るような乳白色。

 王城の照明を浴びて、濡れたように艶めいている。


「こ、これは……まさか」


 最前列に座っていた、派手好きなことで有名なメルビル侯爵が、震える手でナプキンを握りしめた。

 彼の目が、皿に吸い寄せられている。


「『白の幻磁器ファントム・ホワイト』……!? あの商人オットーが持ち込んだ、伝説の磁器か!?」

「馬鹿な! 巷では小皿一枚に金貨数百枚の値がついているのだぞ!? それが、これほどの数……!」


 会場が騒然となった。

 やはり、彼らは知っていた。

 オットーによる希少価値の演出は完璧だったようだ。

 「幻」とまで呼ばれた品が、この会場の全員分の席に、惜しげもなく並べられている事実に、彼らは言葉を失っている。


「見てくださいませ、侯爵。……なんという滑らかな白さ」


 隣の夫人が、皿の縁をそっと持ち上げ、シャンデリアの光にかざした。

 乳白色の磁器を通して、指の影がほのかに透けて見える。

 

「光を透かすような透明感……まるで宝石ですわ」

「それに、この肌触り。ガラスのように滑らかでありながら、温かみがある。……素晴らしい」


 貴族たちは、もはや料理など見ていない。

 皿を愛で、その感触を確かめ、フォークで軽く触れた時の「チィン」という高く澄んだ音色に聞き入っている。

 不純物のない、最高純度の焼き物だけが出す音だ。


「なんと……オットーが扱っていたのは数枚だったはず。これほどの数を揃えられるなど、王家はいったい……」

「まさか、王家が『源泉』を握っているというのか!?」


 恐怖にも似た視線が私に集まる。

 私は扇子を閉じ、静かに、しかしよく通る声で告げた。


「お気に召して? これは私の友人が、特別な窯で焼いたものですわ」


「友人が……だと!?」


 メルビル侯爵が、血走った目で私に詰め寄ってきた。

 もはやマナーも忘れている。

 彼の領地は宝石の産地だが、今、彼の目には自分の指輪よりこの皿の方が価値あるものに映っているはずだ。


「殿下! この『幻磁器』、まだ在庫はあるのですか!? オットーからは『次はいつ入るか分からない』と断られ続けていたのです! 金なら出します! 我が家の晩餐会にこれを出せば、他国の大使も度肝を抜くに違いない!」


 釣れた。

 入れ食い状態だ。

 彼らはオットーによって「飢え」させられていた。

 そこに、無尽蔵の供給源を持つ私が現れたのだ。


 私はわざとらしく困ったような顔を作ってみせた。

 

「まあ、困りましたわ。……この工房は、俗世との関わりを嫌う隠者ハーミットが営んでおりますの。場所も、製法も、一切が謎に包まれています。……オットーもただの運び屋に過ぎません。私だけが、唯一の窓口となっておりますのよ」


「そ、そこを何とか! 殿下の口添えがあれば、譲ってもらえるのですか!?」


「ええ、まあ……。私と工房主は、深い信頼関係で結ばれておりますから」


 嘘ではない。

 私たちが結ばれているのは、カボチャとハンドクリームという、貴族たちが想像もつかないような素朴な絆だけれど。


「ですが、この器は作るのに莫大な手間と、洗練された技術が必要ですの。そう安々とは……」


 私が言葉を濁すと、侯爵たちは競うように叫んだ。

 まるで餌に群がる鯉のようだ。


「金貨千枚! いや、二千枚出しましょう!」

「我が領土の鉱山採掘権をお譲りします!」

「殿下、我が家の私兵団を王家の指揮下にお入れします! ですからその皿をワンセット! いや、スープ皿もつけて!」


 欲望が渦巻く。

 私は扇子の陰で、毒婦の笑みを深めた。


 これでいい。

 この資金があれば、崩壊寸前の騎士団を立て直せる。

 私兵団の指揮権を得れば、親帝国派を牽制できる。

 鉱山権を得れば、テラに送る新しい素材が手に入る。


 テラが「焼き加減が気に入らない」として捨てようとしていたものが、今、国を動かす巨大な歯車となって回り始めたのだ。


「分かりましたわ。……皆様の熱意に免じて、私が仲介の労を執りましょう。ただし、数には限りがございます。……王家への『忠誠』が厚い方から順に、お譲りいたしますわ」


 私の言葉に、貴族たちが一斉に平伏する。

 それは王女への敬意ではない。

 「白の幻磁器」の配給権を持つ支配者への服従だ。


 滑稽で、そして頼もしい光景。

 私は冷めた頭の片隅で、泥まみれになりながらろくろを回す友人の顔を思い浮かべていた。


 ああ、テラ。

 貴女は知らないでしょうね。

 貴女が「形が歪んでいる」と首を傾げたその皿一枚で、今、私が老獪な侯爵の忠誠を買ったことを。


          ***


 晩餐会が終わり、私室に戻った頃には、日付が変わろうとしていた。

 毒婦の仮面を外し、私はただの疲れた娘に戻ってソファに沈み込んだ。


「お疲れ様でございました、シルヴィア様。……傑作でしたね」


 ミーナが優雅な所作でお茶とお菓子を運びながら、堪えきれない様子で口元を綻ばせた。


「あのメルビル侯爵が、子犬のように尻尾を振って『殿下、殿下』と擦り寄る様ときたら。……シルヴィア様、完全に彼らの首根っこを掴まれましたね」


 ミーナが淹れてくれたハーブティー。

 そのカップもまた、テラの作だ。

 取っ手に小さなカボチャの装飾がついた、不格好だが愛らしいマグカップ。

 これは売り物ではない。私専用の特注品だ。

 世界中のどの「幻磁器」よりも、私にとっては価値のある一品。


「皆、目の色が違っていたわね。……浅ましいこと」


「ですが、その浅ましさが今は王家の助けになります。……予約注文だけで、国家予算の三割に相当します。これで東部要塞の修繕も余裕でしょう」


「馬鹿げているわね。たかが皿に」


 私は苦笑し、テーブルの上に置かれた小さな木箱に手を伸ばした。

 それは、昨夜の定期便に入っていたもう一つの届け物。

 ガレスが持ち帰った、テラからの直筆の手紙だ。


 私は封を開けた。

 これが、今日の私の本当の報酬だ。


『シルヴィア様へ。

 送ってくれたアダマンタイト、すごいです! あんなヤバイ金属、どこに隠し持ってたんですか?

 早速ハニ・ワンにコーティングしてみました。最強になりました。

 これで畑の石拾いも、害獣駆除もワンパンでいけます。まさに無敵の農作業です』


「……ぷっ」


 読み進める手が止まった。

 思考よりも先に、笑いが込み上げてくる。

 

 アダマンタイト。

 私が宝物庫の掃除をしていて見つけた、埃を被った小箱。

 中に入っていたのは、かつての王朝時代に精製に失敗したとされる微細な破片チップや粉末だった。

 現代の技術では再溶解も加工もできず、かといって戦略物資ゆえに他国に売ることもできない「禁忌のゴミ」。

 我が国にとっては、ただ倉庫を圧迫するだけの無用の長物だった。


 それを「好きに使って」と送りつけたら……まさか、こうなるとは。


「加工不能の戦略物資を、石拾いに使うなんて……。あはははは! 本当に、期待を裏切らないわね、あの子!」


 私はお腹を抱えて笑った。

 王国の魔導師たちが匙を投げた「ゴミ」を、彼女は最強の農具に変えてしまった。

 兵器を作るでもなく、王冠を作るでもなく、農具。

 その発想の自由さに、王宮でのドロドロとした駆け引きの疲れが吹き飛んでいく。


『あと、前回頼まれた「夜会用の皿」ですが、どうも釉薬のノリが悪くて、個人的には納得いってません。

 こんなので良ければ送りますが、もし貴族の人たちに「安っぽい」とか言われたら、私の名前は出さないでくださいね。職人の恥なんで。

 

 追伸:

 最近、カボチャの品種改良に成功しました。「栗のように甘いカボチャ」です。

 美味しいんですけど、作りすぎてしまって余ってます。

 ハニワは食べないし、腐らせるのは嫌なので乾燥させて肥料にする予定です。

 では、また。

 テラ』


「……肥料、ですって?」


 最後の一文を読んだ瞬間、私の笑顔が凍りついた。

 

「シルヴィア様? いかがなさいましたか?」


 背後で控えていたミーナが、怪訝そうに声をかけてくる。

 私は震える手で、手紙をもう一度読み直した。

 『栗のように甘いカボチャ』。

 『肥料にする』。


 あのテラが作るカボチャだ。ただでさえ絶品なのに、さらに甘く改良されたという。

 それを、肥料に?


「……ありえない」


 私は低く呟いた。

 怒りではない。純粋な焦燥だ。

 あの子は食に対して無頓着ではないが、自分の許容量を超えたものに関しては、驚くほどドライな処理をする。

 本当に捨ててしまう気だ。


「ミーナ。……至急、スケジュールの調整を」


「は? 調整と申しますと?」


「近いうちに、東の高原へ『視察』に行くわ。……それと、貴女も同行しなさい」


「私も、ですか?」


 ミーナが目を丸くする。

 普段は私が「お忍び」で動く際、彼女は留守を預かるのが常だったからだ。


「ええ。……私の友人が、国家的な損失を引き起こそうとしているの。それを阻止するには、私一人では胃袋が足りないわ」


「胃袋……?」


 私は手紙をミーナに見せた。

 彼女は目を走らせ、そして「栗のように甘い」という箇所でピクリと眉を動かした。


「なるほど……。この『肥料』になりかけているカボチャを、私たちが救出しょりしに行くと?」


「そういうことよ。……テラが作るカボチャ料理は絶品なの。貴女なら、その価値が分かるでしょう?」


 ミーナの目が、スッと細められた。

 それは忠実なメイドの目ではなく、獲物を狙う肉食獣の目だった。


「承知いたしました。……シルヴィア様がそこまで仰る味、そして肥料にされかけるほどの『甘いカボチャ』。見過ごすわけにはまいりませんね」


 ミーナは胸に手を当て、深く一礼した。

 だが、その口元は隠しきれない期待で緩んでいた。


「責任を持って、処理係を務めさせていただきます。……ふふ、楽しみですね。伝説の『泥の魔女』様と、その手料理」


 テラは誰も呼んでいない。

 ただ、一方的に「カボチャが余って困る」と愚痴っただけだ。

 だが、その愚痴が、二人の珍客を引き寄せてしまった。


 一人は、その味を知り尽くした王女。

 一人は、未知の美食に飢えたメイド。


 私は手紙を畳み、窓の外の東の空を見つめた。


「待っていなさい、テラ。……貴女のカボチャは、私たちが残さず食べてあげるから」

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