第18話:王女、泥の報告を聞く
**女王 シルヴィア視点**
アステリア王国、王都クリスタルパレス。
その中心に聳え立つ王城の最奥、『白百合の間』は、豪奢な装飾とは裏腹に、澱んだ空気に満ちていた。
窓の外には美しい王宮庭園が広がっているが、私の目には灰色の石壁にしか映らない。
玉座に深く沈み込み、私は溜息をついた。
「……退屈ね」
私の呟きに、控えていた侍従たちがビクリと肩を震わせる。
無理もない。今の私は、機嫌が最悪だ。
私、シルヴィア・フォン・アステリア。
この国の第一王女であり、病床の父王に代わって政務を執る摂政。
そして、伝説の聖剣『エクスカリバー』に選ばれた、救国の乙女。
……聞こえはいいわ。
でも実態は、腐敗した貴族たちの利権争いと、東のガイスト帝国からの圧力に挟まれた、籠の中の鳥よ。
毎日毎日、あがってくるのは暗い報告ばかり。
『北部のマナ鉱脈が枯渇しました』『帝国軍が国境付近で演習を強化しています』。
うんざりする。
いっそ、この腰の聖剣で、鬱陶しい書類も貴族も全部両断してしまえば、少しは清々するかもしれないけれど。
「シルヴィア殿下。……緊急の報告がございます」
重苦しい扉が開き、王室諜報部の長官が入ってきた。
いつもは能面のように感情を見せない古狸が、今日は珍しく、額に脂汗を浮かべている。
足取りも重い。まるで、死神の宣告でも持ってきたかのような顔だ。
「あら、どうしたの? またどこかの男爵が税をごまかしたとか、そんな話なら後になさい」
「いいえ、殿下。……事態は、もっと深刻かつ不可解です」
長官は震える手で、一枚の羊皮紙と、魔導写真を私の前のテーブルに置いた。
「東部国境、クレイ高原にて……帝国軍の斥候部隊が『消失』しました」
「消失? 撤退したのではなく?」
「はい。……文字通り、消えました。通信記録によれば、彼らは何者かと交戦し、わずか数分で全滅した模様です」
私は眉をひそめた。
ガイスト帝国の機械化歩兵。
マナを動力源とする蒸気機関で武装した、大陸最強の精鋭たち。
彼らの進軍は「鉄の津波」と恐れられ、我が国の誇る魔法騎士団でさえ、正面からぶつかれば無事では済まない。
それが、全滅?
しかも、たった数分で?
「帝国の自作自演? それとも、伝説級の魔獣でも目覚めたのかしら」
「そ、それが……。救援に向かった帝国の偵察機が撮影した映像を、我が国の『鷹の目』が傍受しました。……これをご覧ください」
私はテーブルの上の写真を手に取った。
不鮮明なモノクロの画像。
上空から撮影された、クレイ高原の一角だ。
そこに写っていた光景を見た瞬間、私の思考が凍りついた。
「……何、これ」
荒涼とした大地に、無数の轍が刻まれている。
帝国軍の重装甲車が通った跡だ。
しかし、その轍は、ある一点でプツリと途切れていた。
まるで、神隠しにでも遭ったかのように。
爆発の跡もなければ、車両の残骸もない。
ただ、轍が消えたその先の地面が、不自然なほど滑らかに「整地」されているだけ。
「……飲み込まれた、というの?」
背筋に冷たいものが走った。
これは、破壊ではない。
「捕食」だ。
大地そのものが口を開け、鉄の軍隊を咀嚼し、飲み込んで、何事もなかったかのように口を閉ざした。
そんな、圧倒的な大質量の変動を感じさせる。
「報告では……現場周辺には高濃度の『土属性マナ』が残留しています。それも、既存の魔法体系とは全く異なる、異常なほど緻密で強力な術式です」
「土魔法……?」
私は鼻で笑った。
土魔法といえば、農民が畑を耕したり、工兵が壁を作ったりするための地味な魔法だ。
戦闘においては、動作が遅く、火力も低い「最弱属性」というのが定説である。
それが、鉄の鎧を纏った帝国兵を一方的に蹂躙し、証拠隠滅までやってのけたというのか。
「……面白い」
ドクン。
退屈で死にかけていた私の心臓が、早鐘を打った。
冷え切っていた血が、熱く脈打ち始める。
帝国の鼻を明かした正体不明の『土の使い手』。
もし、その力が本物なら。
衰退する一方のアステリア王国にとって、起死回生の切り札になるかもしれない。
いいえ、そんな政治的な打算はどうでもいい。
私は、会ってみたいのだ。
この退屈な世界に風穴を開けた、その「誰か」に。
「長官。……私の『白銀の天馬』を用意なさい」
私は立ち上がった。
ドレスの裾を翻し、呆然とする長官を見下ろす。
「なっ、殿下ご自身が!? 危険すぎます! 相手は帝国軍を消し去るような化け物ですぞ!?」
「化け物? 結構じゃない」
私は唇の端を吊り上げた。
鏡を見なくてもわかる。今の私は、きっと「慈悲深い王女」の顔なんてしていない。
獲物の匂いを嗅ぎつけた、肉食獣の顔だ。
「毒を以て毒を制すのが私のやり方よ。……それに、最近剣の稽古相手がいなくて体が鈍っていたところなの」
私は腰の聖剣の柄を撫でた。
待っていなさい、正体不明の土魔法使い。
貴方がこの国の救世主か、それとも滅ぼすべき魔王か。
私のこの眼で、見極めてあげる。
私は窓を開け放ち、東の空を見つめた。
灰色の雲が垂れ込めるクレイ高原の方角。
地上の誰もがまだ知らない、その「消失点」の地下に、何が潜んでいるのかを。
***
**引きこもり領主 テラ視点**
「~♪ カボチャのカ~ボちゃん、お水をごっく~ん♪」
地下の工房に、私の間抜けな鼻歌が響き渡る。
私は今、至福の時間を過ごしていた。
目の前には、見渡す限りの緑。
私の可愛いカボチャ畑だ。
昨日の「大掃除(という名の帝国軍殲滅戦)」の後、ハニ・ツーが完璧に清掃と整地を行ってくれたおかげで、温室は以前よりも広くなり、カボチャたちも伸び伸びと葉を広げている。
もちろん、天井の穴も綺麗に塞いだ。
外から見れば、ただの荒野にしか見えないはずだ。
完全犯罪……じゃなくて、完璧な隠蔽工作だね。
「うんうん、いい艶だねぇ」
私はジョウロ(素材:帝国軍装甲車を溶かして作った魔導合金製)を傾け、たっぷりと水を撒く。
この水もただの水じゃない。
ハニ・ワンの魔力炉の余熱でお湯にし、ハニ・ツーがろ過したミネラルたっぷりの温水だ。
そして何より、畑の栄養状態が最高だ。
畑の隅っこ。
新しく拡張したエリアには、奇妙なオブジェが並んでいる。
地面から首だけ出した、数十人の男たち。
昨日の戦闘で捕獲した、元・帝国軍第3斥候小隊の皆さんだ。
「はい、お水ですよ~。乾燥はお肌に悪いからね~」
私が水をかけると、一人の兵士(たしか隊長さんだったかな?)が、うつろな目でこちらを見上げ、口をパクパクさせた。
『……こ、殺……せ……』
おやおや、まだそんな物騒なことを言っている。
ハニ・ツーの特製拘束粘土は、対象の意識レベルを低下させ、植物に近いトランス状態へと誘導する機能がある。
痛みはないはずだし、栄養(私の特製スープの残り)も点滴のように粘土経由で供給している。
彼らはただ、ここでじっとして、体温と微量なマナを土に還元してくれればいいのだ。
これぞ、究極のエコシステム。
SDGs(すごく・泥で・がっちり・システム)だ。
「感謝してね。普通なら侵入者は即座に肥料(物理)にするところを、こうして生かしてあげてるんだから」
私は慈愛に満ちた笑顔で、隊長さんの頭に大きなカボチャの葉っぱを乗せてあげた。
日除けだ。優しいでしょ?
『マスター。……収穫予想、前回比150%増』
背後から、ハニ・ツーの冷静な報告が届く。
彼は四本の腕を器用に使い、カボチャの実の下に藁を敷いている。
『ハニ・ワンの方はどう?』
『……快調。鉄屑の再利用、順調』
工房の方からは、ハニ・ワンの頼もしい思念。
昨日の戦闘で手に入れた大量の鉄屑(装甲車や武器の残骸)。
それらは今、ハニ・ワンの炉で溶かされ、私の新しい「遊び道具」へと生まれ変わりつつある。
帝国の鉄は質がいい。
不純物が少なくて、魔力を通しやすい。
おかげで、欲しかった道具が次々と完成している。
例えば、これ。
『自動追尾式・草むしりドローン(試作型)』。
帝国軍の通信機に使われていた浮遊石と、ハニ・スリーの余ったパーツを組み合わせて作った、手のひらサイズの小さな円盤だ。
雑草のマナパターンを感知して、ピンポイントで引っこ抜く優れもの。
「よし、テスト起動!」
私が魔力を流すと、ドローンはプカプカと浮き上がり、畑の雑草に向かって突撃していった。
ブチッ。
見事に雑草を抜いて戻ってくる。
可愛い。まるでペットだ。
「平和だなぁ……」
私は温室の真ん中で、大きく伸びをした。
「さて今日の夕飯はどうしよう。カボチャのニョッキにするか、カボチャのリゾットにするか」
オットーから貰った小麦粉とチーズがある。
ニョッキなら、モチモチの食感が楽しめる。
リゾットなら、お米にカボチャの甘みが染み込んで……ああ、選べない。
「ねえハニ・ワン、どっちがいいと思う?」
工房の方角へ問いかけると、
『……両方』
という、欲張りで素晴らしい回答が返ってきた。
「採用! さすが私の相棒!」
私はスキップしながらキッチンへ向かった。
ふと、足元の地面が微かに震えたような気がしたけれど、ハニ・ツーがまた地下で拡張工事でもしているのだろう。
私は気にせず、鼻歌のボリュームを上げた。
私の引きこもり生活。
それは、今日も昨日と変わらず、皮肉なほど穏やかで、そして狂気的に満ち足りていた。




