第11話:井戸とハニ・ツー
カボチャの種を蒔いてからというもの、私の生活は劇的に忙しくなっていた。
原因は単純だ。
カボチャという植物が、想像を絶する「大食らい」かつ「大酒飲み」だったからだ。
西方カボチャ、別名「太陽の果実」。
この作物は、太陽の光(私の場合は水晶で増幅した自然光と魔力光)を浴びて育つだけでなく、大量の水分と養分を必要とする。
特に、実を太らせるこの時期の水やりは、一日たりとも欠かすことができない重労働だった。
「……重い。無理。腕がちぎれる」
私は悲鳴を上げながら、水が入った粘土製の甕を運んでいた。
地下水脈まで掘った穴から水を汲み上げ、それを温室まで運ぶ。
距離にして約50メートル。
たったそれだけの距離が、今の私には無限の荒野のように感じられる。
私の腕は小枝のように細いし、体力だって引きこもりレベルだ。
魔法で運べばいい?
水魔法が使えればそうしていただろう。
でも、土魔法で水を運ぶには、一度土で器を作って、そこに水を入れて、物理的に移動させるしかない。
結局、重力との戦いなのだ。
隣を見ると、ハニ・ワンが黙々と作業をしていた。
両手に巨大な水瓶を抱え、平然とした顔(無表情だけど)で往復している。
彼のパワーは素晴らしい。私の十倍は運べる。
でも、見ていて心が痛むのだ。
せっかく私が丹精込めて焼き上げた、あの美しい赤褐色のセラミック装甲。
それが今、泥水と砂埃で汚れ、輝きを失っている。
彼は戦闘用として進化したはずなのに、やっていることはただの運搬夫だ。
ハニ・ワンの指先は、岩盤を砕くドリルにもなるし、敵を粉砕するハンマーにもなる。
そんな「最強の矛」に、ジョウロを持たせて走り回らせるなんて。
これは、魔導工学的に言えば「リソースの無駄遣い」であり、私の美学に反する。
「……ハニ・ワン、ストップ」
私は甕を置いて、へたり込んだ。
肩で息をしながら、相棒を見上げる。
「このままじゃ、カボチャが育つ前に、私たちが過労で倒れちゃうよ。……いや、貴方は倒れないかもしれないけど、私の心が折れる」
ハニ・ワンは水瓶を置き、心配そうに私の背中をさすってくれた。
優しい。
でも、その優しさに甘えてばかりはいられない。
効率化だ。
私は引きこもりだ。
引きこもりの真髄とは、「いかに動かずに快適を得るか」に全力を注ぐことにある。
苦労して水を運ぶなんて、三流のやることだ。
蛇口を捻れば水が出る。
それが文明というものだろう。
「……作ろう」
私は決意した。
井戸だ。
それも、ただ穴を掘るだけじゃない。
自動で、あるいはそれに近い効率で水を汲み上げ、畑まで運搬する仕組み。
そのためには、人手……いや、「泥手」が必要だ。
ハニ・ワンは戦闘と、私の護衛で手一杯だ。
なら、もう一人。
水仕事に特化した、専門家がいればいい。
「ハニ・ワン、弟が欲しくない?」
私がニヤリと笑うと、ハニ・ワンは一瞬キョトンとして、それからゆっくりと、嬉しそうに首を縦に振った。
***
工房に移動した私は、早速準備に取り掛かった。
今回の素材は、クレイ高原の赤土に、地下水脈の底から採取した「青粘土」を混ぜ合わせる。
青粘土は粒子が細かく、水を通しにくい性質がある。
水回りの仕事には最適の素材だ。
設計図は頭の中にある。
ハニ・ワンは「人型」にこだわった。
汎用性が高く、私とコミュニケーションを取りやすいからだ。
でも、今度の「彼」は違う。
目的は運搬と水汲み。
なら、それに特化した形状であるべきだ。
「足は……いらないかな。キャタピラ? いや、階段があるから多脚型がいい」
私は粘土の塊に手を突っ込み、魔力を流し込む。
ぬるりとした感触。
形を作っていく。
胴体は樽のように太く、中空構造にする。
体そのものがタンクの役割を果たせるように。
腕は四本。
上の二本は長く、土を掘ったりパイプを繋いだりするための作業用。
下の二本は太く、重いものを支えるための保持用。
足は四本足のクモ型。
これなら、足場の悪い水汲み場でも安定して動ける。
ハニ・ワンが興味津々で覗き込んでいる。
自分の弟が、あからさまに人外のフォルムになりつつあることに、少し戸惑っているようにも見える。
「大丈夫だよ。心はちゃんと込めるから」
私は仕上げに、頭部を作る。
ハニ・ワンと同じ、つぶらな瞳(穴)。
これだけは共通のデザインコードだ。
やっぱり、可愛さは重要だからね。
数時間の格闘の末、目の前には青みがかった灰色の、奇妙で愛らしい多脚戦車のようなハニワが完成していた。
さて、命の吹き込みだ。
私は深呼吸をして、新しいハニワの額に指を当てた。
前回とは違う。
私にはもう、ハニ・ワンという確かな「パス」がある。
一から繋ぐのではない。
私とハニ・ワンを繋ぐ魔力の回廊に、新たな意識の器を招き入れるような心地。
「汝、水を統べる者。渇きを癒やし、恵みを運ぶ我が手足となれ」
魔力を練る。
意識を集中する。
名前は決めてある。
ハニワの2号機。
そのまんまだけど、これが一番しっくりくる。
「――その名は、『Hani-Two』」
指先が青く光る。
文字が刻まれる。
ドクンッ。
心臓が跳ねた。
でも、今回はそれだけじゃなかった。
ピーンッ!
頭の中で、高い音が鳴り響いた。
まるで、見えない糸が張り巡らされ、新しい回路が開通したような感覚。
私の脳内にあったハニ・ワンとの「一対一のホットライン」が、突然ぐぐっと広がり、立体的な空間へと変化したのだ。
『……マスター』
ハニ・ワンの声(思念)が聞こえる。
そして、それに応えるように、もう一つの新しい声が生まれた。
『……水。……満たす。……任された』
低く、落ち着いた、職人のような思念。
ハニ・ツーだ。
目の前の多脚ハニワが、ギギギと音を立てて動き出した。
四本の足を器用に動かし、床を踏みしめる。
四本の腕を回し、調子を確かめる。
そして、ハニ・ツーはハニ・ワンの方を向いた。
ハニ・ワンもハニ・ツーを見る。
言葉はない。
身振り手振りもない。
なのに、二体は同時に頷いた。
「え?」
私が声を上げる間もなく、彼らは動き出した。
ハニ・ツーがスコップを掴み、ハニ・ワンがツルハシを持つ。
示し合わせたように、井戸のあるエリアへと走っていく。
――連携している。
私はその背中を追いかけながら、鳥肌が立つのを感じた。
命令していない。
私が「水を楽に汲みたい」と願った、その意図を、二体で共有し、瞬時に役割分担を決めたのだ。
現場に着くと、そこはもう工事現場だった。
ハニ・ワンがその剛腕で岩盤を砕き、井戸の穴を広げる。
飛び散った瓦礫を、ハニ・ツーが四本の腕を使って瞬時に回収し、足場を固める材料にする。
早い。
あまりにも早すぎる。
ハニ・ワンが「掘る」動作を終えるコンマ一秒前に、ハニ・ツーが「受け取る」体勢に入っている。
視線を交わす必要すらない。
意識が繋がっているから、お互いの次の行動が手に取るようにわかるのだ。
「これが……群体ネットワーク(ハイヴ・マインド)?」
私の脳内にも、彼らのやり取りが流れ込んでくる。
(ワン:硬い岩盤。角度30度で砕く)
(ツー:了解。破片回収、即座にパイプの素材へ加工)
(ワン:魔力充填。焼き固めはお前が?)
(ツー:否。兄機の火力の方が適正。私が成形、兄機が焼成)
(ワン:承知)
すごい。
私の脳内会議室で、高速のチャットが繰り広げられている。
私はただ、そのログを呆然と眺めている管理者のような気分だ。
作業開始からわずか一時間。
そこには、立派な「揚水システム」が完成していた。
地下水脈から汲み上げられた水は、ハニ・ツーが作った青粘土のパイプを通って吸い上げられる。
動力は、ハニ・ワンが設置した簡易魔力ポンプ(私の魔力を微量消費して動く心臓部)だ。
パイプは壁を這い、天井を通り、温室のカボチャ畑へと繋がっている。
そして、畑の畝ごとに設置された小さな給水口から、チョロチョロと水が流れ出す仕組みだ。
「……完璧だ」
私は蛇口代わりの魔石に触れた。
ジャーッ!
冷たくて綺麗な水が、勢いよく噴き出した。
カボチャの葉に水滴が跳ね、キラキラと輝く。
私は手で水を掬い、一口飲んだ。
甘い。
労働の味がしない、純粋な水の味だ。
「ありがとう、二人とも……!」
私が振り返ると、ハニ・ワンとハニ・ツーが並んで立っていた。
赤錆色の騎士と、青灰色の多脚戦車。
見た目は全然違うけれど、彼らの間には確かな絆が見える。
ハニ・ワンがハニ・ツーの肩(?)をバンと叩いた。
ハニ・ツーは少し照れたように、四本の腕をもじもじさせている。
『マスター。水、確保完了』
『カボチャ、喜んでる。僕たちも、嬉しい』
二つの思念が、心地よく響く。
私は気づいてしまった。
これは、始まりに過ぎない。
二体でこれだ。
もし、これが三体、四体……十体になったら?
工房担当、畑担当、料理担当、警備担当。
それぞれのスペシャリストを作り、このネットワークに接続すれば。
私は指一本動かさずに、完璧な社会を運営できるんじゃないか?
「……ふふ、ふふふ」
怪しい笑いが漏れる。
夢が広がる。
引きこもりの野望が、留まることを知らない。
カボチャ畑に水が行き渡り、葉っぱたちが気持ちよさそうに揺れている。
その風景を眺めながら、私は確信した。
この「泥の国」は、もっと大きくなる。
そして、もっと賑やかになる。
ハニ・ワンとハニ・ツー。
私の可愛い「子供たち」が、この荒野を豊かな緑に変えていくのだ。
とりあえず、今日の夕食はカボチャのフルコースでお祝いだね。
私は上機嫌で、二体のハニワを引き連れて工房へと戻っていった。
その足取りは、来た時よりもずっと軽やかだった。




