エルフの村
カズヤは天界の転送陣から送り出された瞬間、眩い光に包まれた。意識が一瞬揺らぎ、次の瞬間、全く異なる空気が肌を撫でた。
「ふぅ……ここが“エルヴェリア大森林”か」
目の前には果てしなく広がる深い森。空は澄み渡り、木漏れ日が静かに揺れる。風が心地よく頬を撫で、遠くから鳥のさえずりも聞こえる。
しかしその平和な景色とは裏腹に、カズヤの周囲には殺気が漂っていた。
「何者だ、ここは我らエルフの聖域。許可なき者は立ち入ることを許さぬ!」
突如、木々の隙間から凛とした声が響く。カズヤが目線を上げると、枝の上から一人のエルフが弓を構えて彼を狙っていた。
エルフ特有の長い耳、艶やかな銀髪が陽の光を反射し、抜群のスタイルが戦士としての威厳を放っている。
「……リシェル、か。ブリーフィングで説明されてた武闘派のリーダー格ってやつだな」
カズヤは思わず苦笑しながら、両手を挙げた。
「やあやあ、敵じゃないって。俺はカズヤ・アークライト。天界から派遣されてきた……まあ、君たちを助けるために来たってわけだ」
「ふざけた口を利くな。天界?そんな存在、我々には関係ない!」
ギリリ、とリシェルが弓の弦をさらに引き絞る。
(こりゃ本格的に歓迎されてないな……)
「……話だけでも聞いてもらえないか?」
「黙れ。言い訳は村の長が判断する。お前の好きにはさせない!」
リシェルが素早く地面に降り立つ。弓を構えたまま、俊敏な動きでカズヤに近寄ってきた。
(ちょっとぐらい穏便にいくかと思ったが……無理そうだな)
カズヤは両手を挙げたまま、冷静に状況を見極める。
「まあいい。村に案内してくれるなら助かる」
「……迂闊な動きは許さない。変な真似をしたら即射抜く」
「はいはい」
警戒心丸出しのリシェルに囲まれながら、カズヤは村へと向かうことになった。
◇ ◇ ◇
エルヴェリアの中心、聖樹の下にある村は自然と共に生きる美しい場所だった。樹木を利用した高床式の住居、清流のせせらぎ、森の恵みに囲まれた生活感のある空間。
「長、連れてきました」
中央の大きなテント前でリシェルが声をかける。
中から静かに出てきたのは、柔らかな表情を浮かべた美しい女性エルフだった。年齢は見た目では若いが、落ち着いた気品がある。
「……あなたが、天界からの方なのですね」
「はい。カズヤ・アークライトです。天界より特別任務で派遣されてきました」
「私はこの村の長、巫女のエリシアと申します」
エリシアは微笑みながらも、その瞳はどこか探るように揺れていた。
(エリシア、リシェルとは対照的だな……優しそうだけど、こっちも警戒はしてるか)
カズヤは心の中で呟きながら、静かに会釈した。
「この森の結界を超えた者は久しぶりです。ですが、天界の方が来るとは……正直、驚いております」
「正直、俺も驚いてます。派遣されて最初に聞かされた任務内容が“種族の存続のため子孫繁栄”ですからね。冗談だろって思いました」
エリシアは小さく目を伏せ、静かに頷いた。
「……この森では男児が生まれず、百年以上が経過しています。このままでは我々の種族は緩やかに滅びの道を辿るでしょう」
リシェルが低く息を吐いた。
「それでも、いきなり来た異邦人を受け入れろというのは、簡単な話ではない」
「分かってます。俺もいきなり知らない女の村で、“よろしく”なんて簡単には言えません」
カズヤは素直に本音を言った。
その言葉にリシェルが少し驚いたように目を細めた。エリシアも少しだけ口元を緩めた。
「……あなたは誠実な方のようですね」
「誠実というより、めんどくさいことは避けたいタイプです」
カズヤは肩をすくめた。
エリシアは柔らかく微笑む。
「……ですが、確かに“天界の光”があなたの身体から感じられます。巫女として、この目と力で間違いありません」
「……とりあえず一旦は信じてもらえそうか」
「はい。ただし……」
エリシアが言葉を続けた。
「この村の者達の信頼を得るには時間が必要です。リシェルをはじめ、皆あなたを警戒していますから」
「なるほど。信頼関係を構築しろと。まあ、上等ですね」
「それに……いきなりの子作りというわけにも参りません」
「それは俺も助かります」
カズヤは即答し、リシェルが思わず吹き出しそうになってこらえた。
「とりあえずしばらくは村での生活を通して、あなたという存在を皆に知ってもらう必要があります」
「了解です。できることは何でも手伝いますよ」
カズヤは苦笑しながら頷いた。
◇ ◇ ◇
その日、カズヤは空いている住居の一つを与えられ、村での生活が始まった。
「まずは村の簡単な手伝いからしてもらう。狩りや警備にも同行してもらう」
リシェルがきつめの態度を取りながらも指導にあたった。
「結構がっつり働くことになりそうだな……新人研修の次は村暮らしかよ」
天界勤務から早々に異世界暮らし。戸惑いはあったものの、カズヤはすぐに状況に適応し始めた。
村のエルフ達は最初こそ距離を取っていたが、働きぶりや飾らない態度を見て、少しずつ心を開き始めた。
ただ一人、リシェルだけは鋭い眼差しで見つめ続けた。
(……油断はしない。信頼するのはまだ早い)
彼女の警戒心は簡単には解けそうになかった。
一方、エリシアはカズヤの様子を陰から見守り、穏やかな笑みを浮かべていた。
(……この方なら、もしかしたら我々の希望になり得るかもしれません)
◇ ◇ ◇
村の静かな夜、カズヤは空を見上げた。
「……天界に戻るのはしばらく先か……まあ、こういう任務も悪くないか」
カズヤは笑いながら星空を見つめた。
女しかいない村での生活が、こうして静かに始まった――。