任務完了と予想外の力
魔物の残党を蹴散らし、カズヤたちはようやくディエル平原の掃討任務を終えた。
天界への帰還を終えたカズヤは、執務棟の大広間のソファに深々と体を沈めた。
「……ふぅ……やっと終わったか……」
まだ任務の疲労は体に残っていたが、不思議と気分は悪くなかった。むしろ心地よい達成感があった。
「お疲れ、カズヤ」
リーナが少し疲れた様子で隣に腰掛ける。その顔には満足感と悔しさが入り混じったような複雑な表情があった。
「お前もお疲れ。正直……新人の初任務にしちゃハードだったな」
「……新人って言葉、あなたにはもう似合わないわよ」
ぼそりと呟いたリーナの声に、カズヤは肩をすくめて苦笑いした。
「知らねぇっての。俺だって、あんな力があるなんて初耳だったんだよ」
あの時、窮地に追い込まれた自分が、意識せずして光の剣を生み出した瞬間。今思い出してもゾクッとする感覚だった。
リーナはソファの肘掛けにもたれながら、視線を天井へ向ける。
「……でもあの戦いで、カズヤの本気を見た気がする。私……正直ちょっと焦ったわ」
「へぇ、完璧超人のリーナさんが焦るなんてな」
「うるさい!」
リーナは頬を染めてぷいっと顔を背けるが、その横顔はどこか微笑ましかった。
カズヤはふっと笑い、椅子から立ち上がる。
「ま、そうは言っても、俺もまだまだだ。任務で偶然目覚めた力だろ? 意図的に使いこなせなきゃ意味がない」
「それは、確かに……」
「ってことで、しばらく特訓するわ。さすがに次も同じような任務だったら笑えねぇし」
「ふふん、珍しくやる気ね」
「そりゃまあ、できれば次はもっと楽に終わらせたいしな」
リーナは呆れたように笑いながらも、「私も付き合うわよ」と当然のように言った。
◇◇◇
次の日から、カズヤは空き時間を使って特訓を開始した。
人気のない訓練区画の一角、周囲には高い結界が張られ、魔法の爆発や武器の破壊にも耐えられる構造になっている。
カズヤは片手を前に突き出し、意識を集中させた。
「……よし、いける……」
ギュン、と力を振り絞る。
――が。
「っ……くそっ、ダメか……!」
カズヤの手元には何も現れず、ただ魔力が空回りして霧散した。
「やっぱ簡単にはいかねぇな……」
特訓は想像以上に難航していた。
実戦では自然と出た力が、いざ意識して使おうとすると全く発動しない。
隣ではリーナが腕組みして観察していた。
「……精神状態の差じゃない?」
「だろうな。実戦じゃ死にかけてたからな……。今は『楽したい』程度の気持ちでやってるし、そりゃ出ねぇか」
「じゃあ追い詰めてあげようか?」
リーナがにやっと笑う。
「……いや、それはちょっと勘弁してくれ」
◇◇◇
数日後。
クロエが通りかかった際、カズヤの特訓の様子を見て足を止めた。
「何やってんの、アンタ?」
「ちょっと自主トレだよ」
「ふーん……ってか、アンタ、光の武器出せるってほんと?」
「実戦じゃな。けど特訓じゃ一回も成功してねぇ」
「……まぁ、よくあるパターンよ。実戦の極限状態じゃ本能的に引き出せたけど、理性が邪魔してるのよ」
「なるほど?」
「焦んなさいよ。ヴェルグ様も言ってたじゃない。才能はピカイチだけど、まだ原石だって」
「……あの人にそんなふうに褒められた覚えはねぇけどな」
クロエは「褒めてねぇよ」と鼻で笑い、「次の任務に備えときなさい」と言い残して去っていった。
◇◇◇
その夜、カズヤはベッドに寝転びながら天井を見つめた。
(……ほんと、なんなんだ俺の力)
思えば生前は普通の会社員、取り柄もない凡人だった。
それが天使になって、気づけば世界を救う側に立っていて、未知の力まで手に入れている。
「……いや、もう考えんのやめよう。めんどくせぇ」
結局カズヤはいつもの調子で頭を振り、目を閉じた。
(どうせヴェルグが何か企んでるんだろ。俺は俺で楽しくやるだけだ)
その口元には自然と笑みが浮かんでいた。
――次なる試練が訪れるとも知らずに。