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01



 五つ、六つ、七つ、と。少年の周囲に軌跡が描かれるたび、怨嗟や憎悪に満ちた音が鳴る。


「ふふ——」


 少年は微笑む。命のやり取りはやはり楽しい、と感嘆しながら。己の身とその手に握る得物一つで、死線という名の綱を闊歩している少年は——


(やばいやばい……あれが噂の——)


 左腰部に刀を二本差す少年は、こっそり撮られていた。可愛らしい女性探索者によって、勝手に配信されていた。全世界の人々にその姿を見られていることを、少年はまだ知らない。

 少年と女性探索者の現在の所在地は、日本に十二箇所あるダンジョンのひとつ、横浜ダンジョン第三拠点付近、つまりは最前線。攻略組と呼称される者たちが本来なら大勢いるはずだが、今はその姿が見当たらない、その理由。


「ふふ、ははっ……ふはははははっ!!」


(ひぃぃぃっ!?この状況のどこに笑う要素があるの!?話には聞いてたけど、ガ、ガチのサイコパスなのかな——)


 体長三メートル越えの巨体と、その巨大な肉体にふさわしい膂力を有する、頭にツノが生えた人喰いの化け物——オーガが数多く出現する、世界でも上から数えた方が早いほどの高難度ダンジョン。それが横浜ダンジョンである。

 その横浜ダンジョンでは現在、大侵攻と呼ばれる状況下にある。大侵攻とは、呼んで字の如く、通常の侵攻とは比較にならない量の魔物が、ダンジョン内を地球に向かって進んでくる、危機的状況である。

 そして、当然といえば当然なのだが、どんな戦場だろうと最も早く接敵するのは先頭、先駆け、一番槍、最前列。


 つまり、嬉々としてオーガを斬りまくっている少年と、その少年を結果的には隠し撮りしながら潜伏している金髪ロングな女性探索者——ナナミン、本名、草壁 七海。この二人が、どこの誰よりも早く交戦状態に入るのは当たり前のことである。


(もう、やだぁ……こんなんじゃ、動くに動けないじゃん、って、ひぃぃぃっ!?)


 ちなみに、大侵攻の頻度は月に一度か二度。その対策として拠点が築かれ、探索者が集結して迎え撃つのが、大侵攻における常套。間違っても拠点の外で迎え撃つような自殺行為はしてはいけない。

 さて、少年とナナミンの現在の所在地は、日本に十二箇所あるダンジョンのひとつ、横浜ダンジョン第三拠点付近、より正確に述べるなら、第三拠点から伸びる三本の通路のひとつ。ちなみに、通路の幅は、普通自動車の約三台分。遺跡型以外のダンジョンは、幹線道路整備用の重機で舗装していくため、拠点間の移動は専用車両でスムーズに行なわれる。

 そんな綺麗に舗装された道に、次から次へとオーガだったものがばら撒かれる。先ほども、ハロウィンなどで見たことのある巨大なカボチャ大の何かがコロコロと転がってきたため、声を挙げずにナナミンが大絶叫していたわけだ。

 そして、とうとうオーガの群れが姿を消し、最後の一体を一も二もなく縦に両断する少年。刀の血を払うために数度空を切ったのち、納刀する。その足元には、三本の刀。少年の技量を考えれば、刀を交換する必要など、いつもならば不要である。だが今回は大侵攻、魔物の数の桁が違う。

 後日、探索者ギルドが発表した今回の大侵攻の功績表において、個人での最高討伐数は、一三二七四体——少年が達成した。


(よかったぁ、なんとか生き残れたよぉ……これもみんな、あの……え?)


 少年とナナミンがいるのは、オーガだったものまみれの一本道、遮蔽物も何も無いそこで、ナナミンは、()()()()()()()をフル稼働してオーガに見つからないように潜伏していた。そんなナナミンの方を、少年が見ている、いや、正確には、ナナミンの周囲を観察しているようだった。


「ふむ……」


(いやいや、まさか……私が見つかるはずないよね、って、ちょ、なんで刀、抜いて——)


 怪訝な表情になった少年が、おもむろに刀を抜き、スタスタとナナミンの方へ歩いてくる。

 そして——


「ふふっ——」

「わー、やめてやめて、人間だから!ごめんなさいごめんなさい!許して斬らないで!」

「おや、人間でしたか——」


 命の危険を感じ取ったナナミン、全力の命乞い。少年の前に現れたと同時に渾身の土下座。配信、大盛り上がりである。そんなことになってるとは露知らず、少年は納刀し、素直な気持ちを吐露する。


「——それは残念」


 ナナミンもナナミンの視聴者も、背筋が凍る。その言葉が、何を意味するか——もし、あと数秒、命乞いが遅れていれば、周囲に散らばるオーガの仲間入りをしていたのだと、ナナミンは理解させられた。同時に、この少年が本物なのだと確信する。


 このとんでもない強さの少年剣士こそが、あの噂の大型新人——阿修羅なのだと。


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