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レオンハルト視点



 昨日の会話を思い返しながら、レオンハルトは書類に目を通していた。

 七海の外出許可を、政務会議の議題として正式に提案する。

 ほんの数日前なら、自分がこの案を持ち出すことになるとは思いもしなかった。


 ――君が望むことなら、できる限り応えたい。


 その言葉に嘘はない。だが、それを貫くには覚悟が要る。

 彼女の力の大きさを知っているからこそ、その扱いに関しては国王も教会も、決して軽視していない。

 いや――むしろ、恐れている。


「……殿下。お時間です」

 執務室に控えていたギルベルトが、静かに声をかける。

 レオンハルトは息をひとつ吐き、立ち上がった。


 

 ――――――

 


 政務会議室にはすでに、宰相、各高位文官、騎士団各隊長、そして聖務庁代表の枢機卿らが集まっていた。

 その中心に、威風堂々と座するのは、グラウス・ルクレティウス国王。

 年齢こそ五十を越えてなお、その威厳と存在感は揺るぎなく、場の空気を制していた。


「さて、全員揃ったな。……では議題に入ろう」


 宰相が立ち上がり、議事の順序を読み上げる。そして、今日の主要議題として、レオンハルトの提案が告げられた。


「第一議題。聖女・ナナミ=セオ殿の外出許可について。提案者は王太子殿下、レオンハルト・ルクレティウス様です」


 一瞬、空気が張り詰めた。


 

「……では、殿下。ご説明を」


 促され、レオンハルトが立ち上がる。


 

「昨日、七海と話していて思ったのだが、神殿と王城を往復するだけの生活は、彼女にとってあまりにも窮屈だ」


 内政を司る高位文官がわずかに眉をひそめる。


「もちろん、無制限に出歩かせるつもりはない。視察という名目で、場所も限定し、厳重な警備と結界を張る予定だ」


「殿下。失礼ながら、それはあまりにも軽率かと」


 聖務庁の枢機卿が冷ややかに口を開いた。


「我々は、彼女を聖女として遇してはおりますが……あの力の規模は、明らかに常人の枠を超えております。もはや、人の姿をした奇跡といっても差し支えない。そんな存在を、安易に外へ出すなど――」


「人の姿をした奇跡……ですか。ならば、あなた方はナナミ=セオを人とは見なしていないと?」


 レオンハルトの声に、冷たい怒気がにじんだ。


 

「い、いえ、そういう意味では――」


「私は、彼女を“人”として扱うべきだと考えています。あれほどの力を持っていても、彼女自身がそれを望んで使ったわけではない。彼女の意思を軽んじることが、果たして国として正しい判断なのか?」


「殿下、その理屈は理想論に過ぎません」


 内政卿が席を立ち、毅然とした口調で言った。


「彼女の力はあまりにも大きい。だからこそ、国として管理下に置くべきです。万が一、彼女が意思に反して何かを起こせば――いや、起きなくとも、国民はその存在に脅えるでしょう」


「脅えるから閉じ込めるのですか? それは支配と何が違う」


「国家とは本来、力の管理によって成り立つものです。感情で判断すべきではありません」


「感情だけではありません。彼女自身の心がどれほど抑圧されているか、考えたことは?」


「心、ですか……」


 枢機卿が鼻を鳴らす。


 

「聖女の“心”が不安定になったとき、それがこの国にどれほどの災厄をもたらすか、殿下はお考えでしょうか? 感情に任せた行動で何万もの命が失われる可能性もあるのですぞ」


「それはつまり、彼女が人間であるがゆえに制御不能だと仰りたいのか?」


「いえ、そうでは……」


「では、なぜ彼女に自由の一つも与えられない? 国の守護者であると同時に、彼女は異邦から来た一人の若い女性です。彼女の尊厳を守ることが、王族として、国としての義務ではないのか!」


 声が、思わず強くなった。

 場の空気が揺らぎかけたそのとき、穏やかな声が割って入る。


 

「殿下」


 レオニスだった。


「視察先を限定し、事前に巡察内容を開示することで、民や関係機関の不安はある程度抑えられるのではないでしょうか。……もちろん、最終判断は陛下に委ねられるとしても」


 ほんのわずかな助け舟。

 レオンハルトはそれに軽く頷き、再び前を向く。

 再び口を開こうとした時――

 


「……沈静を」


 威厳ある一声に、場の空気が一瞬で静まる。

 口を開いたのは、グラウス国王だった。


「レオンハルト。おまえの提案は理解できる。だが、私は反対だ」


 国王の視線がレオンハルトに向けられる。

 その目は、決して冷たくはなかったが、情に流されるものでもなかった。


「聖女の力は、我が国の柱となる。であるならば、その動きひとつにも国家として責任が問われる。民が恐れれば、国は揺らぐ。……聖女の安全はもちろん、民の心も守らねばならん」


「……はい」


 その一言が、重く胸にのしかかる。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。


「――ですが陛下。今この瞬間も、彼女は“人”としてここにいるのです」


 その言葉に、王のまなざしがわずかに揺れた。


「……条件をつける。視察先と日程は政庁側と調整し、護衛は第二騎士団が全面的に受け持て。神殿の術士も同行させ、万が一の際には即座に対応できるよう布陣を整えよ」


「はっ」


 その声とともに、会議室の空気がようやくほどけた。

 議題は可決――条件付きの、外出許可。


 レオンハルトは、ほんのわずかに息を吐いた。


 少しずつ。

 確実に。

 閉ざされた扉が、わずかに動き出す音がした。

 

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