表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4

はじめて、未来の話をした気がする



 

朝。

使用人のノックで目を覚まし、侍女たちの手で淡々と支度が進む。


誰かが焼いたパン。

味はおいしい。

スープも温かくて、胃に優しい。

でも、やっぱり「自分で選んだものじゃない」という感覚は、どこか遠くに自分を置いていく。


神殿での祈りは、相変わらず形式的で、同じフレーズの繰り返し。

七海は目を閉じながら、心の中で静かにカウントを数えていた。


十秒、二十秒、三十秒──。


(——息が詰まりそう)


祈られているというより、見張られている気分だ。


けれど、昨日のレオンハルトとの会話のせいか、ほんの少しだけ空気がやわらかく感じた。

「触れられない奇跡」として扱われることに慣れ始めていた自分が、少し怖くもある。


 


午後になり、王宮の一室へと呼ばれた。

「懇談」とだけ伝えられていたが、内容は明かされていない。

何かあったのだろうかと、少しだけ不安になる。


 


扉が開くと、まず目に入ったのは、窓際に立つレオンハルトの姿だった。


陽光を背にして佇むその背は、威圧感こそないが、隙のない完璧な王子様の姿だった。

その佇まいは、静かに部屋の空気を引き締めている。


彼が七海に気づくと、少しだけ目を和らげて言った。


「来てくれてありがとう、七海」


「呼ばれたので……失礼します」


 


部屋の中央には、もう一人。

落ち着いた灰色の髪を持つ青年が控えていた。


灰色の髪に鋭い目元。

王太子より少し年上に見えるが、落ち着きすぎていて年齢が読めない。


「紹介しよう。彼は俺の側近、ギルベルト・アーデルバルト。学生時代からの付き合いだ」


「はじめまして、聖女殿下。……いや、七海様、とお呼びすべきでしょうか」


ギルベルトは、穏やかに目を細めながら頭を下げた。

丁寧で整った物腰だが、明らかに観察眼が鋭い。


(……ちょっと苦手なタイプかもしれない)


「七海で大丈夫です。こっちでは“殿下”とか、慣れないので……」


その言葉に少し驚いたような反応を見せたギルベルトだが、すぐに柔らかな笑みを返す。


「王太子殿下より事前に伺っています。どうかご無理なさいませんように」



――――――



当たり障りのない会話を終え、ほどなくして、もう一人扉から入ってきたのは、黒髪で背の高い男性だった。


鍛えられた体躯に、身のこなしは無駄がない。

飾緒を肩にかけた軍服姿。

どこか実戦向きな鋭さと、堂々とした威厳をあわせ持っていた。


「聖女殿下、お目にかかれて光栄です。私は王国騎士団長、レオニス・ヴァルターと申します」


七海は少し緊張しながらも会釈を返す。


「はじめまして。……その、七海で構いません」


「では……七海様。畏まりました」


声も態度も堂々としているのに、どこか安心感のある雰囲気。

それは騎士というより、頼れる上司、という感じが近いかもしれなかった。


レオニスの対応は、騎士としてはもちろん、大人としても安定していた。

七海が少しずつ表情を和らげていくのを見て、レオンハルトは小さく息をつく。


(やはり……彼女は、“接し方”で変わる)


目の前の少女は、ただの“器”じゃない。

感情を持ち、心を動かす人間だ。

その当たり前の事実が、この国の中では案外見過ごされている。



――――――



少し会話の流れが落ち着いたところで、七海は思い切って尋ねた。


「あの、レオニスさんは……最初に私を見て、どう思いました?」


唐突な問い。

けれどそれは、七海の中で長く渦巻いていた疑問だった。


“聖女様”として扱われることに、息苦しさを感じる彼女の——叫びのような小さな問い。


レオニスは一瞬目を瞬き、口元に笑みを浮かべる。


「正直に申し上げると……“少女”だと感じました」


「……少女?」


「この国の命運を担う“聖女”というより、突然この世界に呼ばれて、戸惑っている一人の若い女性。

だからこそ、守らなければと思いました。信仰ではなく、責任として」


その言葉に、七海の胸の奥がじんわりと温かくなる。

“聖女”ではなく、“人間”として見てくれる人がまた一人、ここにいた。


「……ありがとうございます。そう言ってもらえるの、すごく、救われます」


「お礼には及びません。もっとも……王太子殿下がすでにお気に入りのようなので、私は補佐に徹する所存です」


 


その言葉に、レオンハルトのまなざしが鋭くなる。


「……余計なことを言うな、レオニス」


声の調子はいつもと同じだったが、その視線には一瞬、曖昧な色が混じっていた。

否定も肯定もせず、ただ無言でその場を流す。

けれどその様子に、七海はふっと笑いそうになってしまった。


この国に来て、初めて“普通の会話”をした気がした。



――――――



「レオンハルト殿下、そろそろ本題に入っては?」


ギルベルトが促すと、レオンハルトが頷き、七海の方へ視線を向ける。


「……今日呼んだのは、君と話してて思ったことがあったからなんだ」


「思ったこと……?」


七海が首をかしげると、彼は少し口元をゆるめて言う。


「神殿と王城を行き来するだけの生活、窮屈だろ?」


「……まあ、ちょっとは」


「だから、少し外に出てみないか。視察って名目で」


「えっ……いいの?」


「もちろん、場所は限定されるし、護衛もつける。結界も張る予定だ」


それは、思っていたよりもずっと早い提案だった。

嬉しさと驚きが同時に押し寄せてくる。


「……行けるんだ」


七海は小さくつぶやきながら、目を伏せた。

こみ上げてくるものをぐっと飲み込む。


レオンハルトはまっすぐな目で、彼女を見つめていた。


「君が望むことなら、できる限り応えたい。……そのほうが、この国にとってもきっといいことだから」


まだ全部を信用しているわけではない。

でも、信じたいという気持ちは、確かに生まれていた。


「じゃあ……ちょっとだけ、楽しみにしとくね」


小さく笑った七海に、レオニスもギルベルトも、それぞれ静かに頷いた。


 


この国での“わたし”を、少しずつ、受け入れていく。

そんな小さな覚悟を、胸の内に灯しながら。

 

ひとまず5話まで。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ