表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは神材派遣管理会社「ユル」でございます。  作者: U-SAN
「街道/廻道(かいどう)、繰路(くりじ)巡路(めぐりじ)」
82/112

「城下町の市場調査-巡礼編XX 家政婦体験篇Ⅷー」

【ヴァル? 取扱説明書を開いてくれ。

 改めて――とは、何だったのかを確認したい】


(『こちユル』とは──?

 それは、一番最初に在り、

 そして一番最後に在るものだと、思っていた)


≪……大分、遅きに失したと思うぞ≫


≪大体な、家政婦経験を“三日”だの、

 「もう少し増やそう」だの言い出したのは

 お前自身だろうが≫


【そうかな――? そうかも――。

 それはそれは御丁寧で、

 “分かった気にさせる”ための修法だろう】


*********


≪確認したい、か≫

≪それを言い出した時点で、

 お前はもう“外側”に立っている≫


≪物語の基軸を知りたがる奴ほど、

 物語の中で一番、迷う≫


【ヴァル。“外側”と“内側”のあいだには、

 いったいどんな壁がある?


 門を越えた先に、

 もう一つ門が立っていたとして――

 君は、そこで佇むと思うか。

 それとも、壁に寄りかかる?】


≪佇む? 寄りかかる?≫

≪どっちも、随分と行儀がいいな≫


≪本当に内側に入り込んだ奴は、

 壁なんて気にしない≫


≪外側にいるから、

 壁を“扱おう”とする≫


【私は作者であり、冒険者だ。

 その名、誉れ高き。


 ……為れば成程。


 そう納得せねば、

 前に進めぬ身ということでは、

 ありゃせんか】


≪へい! 旦那。次は何に致しましょう?≫


【勘定は管状に、感情は環状に。

 生花のごとく、

 誉れは其処ら篇に捨て置いて逝く。


 ――それこそ、

 武士道と観たり】


≪じゃあ旦那、

 散る覚悟はもう出来てるってことだな≫


【ちりとてちんって奴かも。『珍味』なのは確かだ。

  ……腐ってやがる】


≪腐り具合が分かるってぇのは、

 舌が生きてる証拠でさ≫


≪じゃあ次は――

 その“珍味”、

 どこに出しましょう?≫


【さぁな。

 酒をアテに小説を書いてる――

 どうしようもない奴に、

 ……くれてやれ】

私たちは、エレベーター内で待機していた。

それにしても……。


このエレベーターは、途轍もなく

ノロノロとした運転で、せり上がっていく。


(……これ、本当に動いているのかしら?)


石壁が、ゆっくり、ゆっくりと

こちらへ降りていく。

だから――動いているのは、確かなのだけれど。


≪ナーレ。先ほどの様子から察するに、

 おそらくこのエレベーターは

 水の堆積による水圧で稼働している≫


≪急激な上昇は、出来ん構造だろうな……≫


(早く上がってほしい、とも思わない。

 ただ――止まらないで、とだけ願っていた。)


「先輩?

 これ……大丈夫です?

 また冷えません?」


フィーネは、どこか納得のいかない様子だった。


「言ってもさ。

 これしか、手がないんだよ」


「階段はあるけど。

 カートは、分離できないし」


ヴィーウィ先輩は、

物理的な問題を淡々と述べた。


「とりあえず。待っていましょう。

 もう、乗ってしまっていますし。

 ……ねぇ? ヴィーウィ先輩?」


アヴェーラは人差し指を立て、

何か言いかけて――

くるり、と回しかけた。


だが、何も言わず、

その指を静かに折った。


「その……ヴィーウィ先輩は、なぜ家政婦に?」

私は、純粋な疑問を口に出した。


「──う~ん……。

 手っ取り早かったからかな?

 私、──」


ヴィーウィ先輩が何か言おうとした瞬間、

エレベーターが止まった。


その途端、体を包んでいた浮遊感が、すっと消えた。


「うん……二階に到着したみたいだね。

 さあ、早く行こう……?」


ヴィーウィ先輩は、私たちより先にエレベーターから降りた。


エレベーターの扉が開くと、広間の上階、ラウンドアバウトと繋がる二階の踊り場に繋がる場所に出る。

薄暗い廊下に天井の光が差し込んでいた。


空気は僅か。階の高さのせいか、

微かに温かさが孕んでいるのを肌で感じる。


ヴィーウィ先輩が一歩先に踏み出す。

その背中に沿って、私たちは慎重に足を進めた。


静かだが、どこか先に何かがある予感を漂わせる空間だった。


「あっ、いけない!

 栓を戻さないと。

 ナーリュ、押し込んでくれれば、

 エレベーターは下に動くよ」


「あっ! ハイ。」


ヴィーウィ先輩の言葉に従い、私は手に持ったゴブレットを一旦、慎重にエレベーターの床に置いた。


その後、栓を押し込む。

その瞬間から、エレベーターは鈍重に下へと動き始めた。


体がわずかに浮く感覚があり、

石壁がゆっくり目の前を通り過ぎる。

距離は近く、手を伸ばせば届きそうだ。


(早く、降りよう……)


私は軽く息を整え、床に置いたゴブレットを手に取り、

蛇腹状のゲートをゆっくり閉めて、エレベーターを後にした。


「すみません、ヴィーウィ先輩。お待たせしました」

私はそう言って、先輩の背後に続く。


「ううん、大丈夫。

 でも……当主様、一体何を考えているんだろう。

 わざわざ修道士様を呼ぶなんてぇ」


ヴィーウィ先輩はそう口にした。


(あぁ、そうなんだ。ヴィーウィ先輩は私は知っていても。

 お父さんはヴィーウィ先輩にとって初対面だもんね……)


「ヴィーウィ先輩、あの……

 その『修道士様』、実は私の父なんです。

 急にあんな服を取り出して、『享受』とか言い始めて……」


私はヴィーウィ先輩に、正直に事情を話した。


ヴィーウィ先輩は、眉をわずかに上げ、目を細めた。

その顔には、驚きと少しの困惑が混じっている。


「え!?…………そうだったんだぁ」

小さな息を吐きながら、先輩は言った。


一瞬、口元に笑みを浮かべたようにも見えたが、すぐに引き締めた。

どうやら、先輩も事情の予想外さに戸惑っているらしい。


「Sapientia crescit, anxietas crescit.

 Scientia augetur, dolor augebitur.

 Quis sapiens vult sine dolore vivere?」


 (知恵が増せば、悩みも増す。

  知識が増せば、痛みも増す。

  いったい、誰が痛みなく賢く。ありたいと思うだろうか?)


ヴィーウィ先輩はそう言って──

何とも言えない空気感を纏ったまま、言葉を落ち着かせた。


「それで──。この冒険は、いったい何を意味しているの?」

ヴィーウィ先輩は、少しずつ自らの仮面を剝がしていくように私達に問いかけてくる。


「Ecce! super omnes olim Hierosolymis regnantes,

 Profundam sapientiam adeptus sum,

 Magnus in aeternum factus et immortalis..」


(見よ!かつてエルサレムに君臨したすべての者を超えて、私は深き知恵を得た、永遠に大いなる者、そして不滅となった。)


フィーネはそう応酬し、満足げに口を開いた。


「Quod fuit, futurum est;

 Quod accidit, iterum accidet.

 Sub Lūnae nihil novi est.


 Dicere: "Ecce novum!" — et hoc iam fuit ab aeterno,Ante tempora huius saeculi.」


(かつてあったことは、これからもあり。

 かつて起こったことは、

 これからも起こる。


 月の下、新しいものは何ひとつない

 見よ、これこそ新しい、と言ってみても、

 それもまた、永遠の昔からあり。

 この時代の前にもあった)


ヴィーウィ先輩は前に進み続けて、

曲がり角を右に曲がる。

 

「先輩?」


私はどぎまぎした。

今までの先輩とは、どこか違っていた。


仄暗い通路。

光の中で、先輩の瞳は水色に揺れていた。


その相貌はまるで深い湖の底を映すかのように、

静かで冷たく、しかしどこか誘うように輝いている。


「しーっ! いづれにしても、何時かは分かるよ」

言葉が漏れた瞬間、周囲の空気が微かに震えた。


かすかな水音が、足元から、どこか遠くの水路からも聞こえてくるようだった──

まるでこの空間自体が呼吸しているかのように。


私は思わず立ち止まり、視線を先輩に固定した。

光と影。、静けさと微かな振動が、先輩の水色の相貌とひとつになり、現実と幻想の境目を曖昧にしていた。


「ね? 早く行こうよ!」

ヴィーウィ先輩は、そう言って私たちを軽く急かした。


私達はエントランスホール──

玄関正面の大階段前を横切った。


「先輩は、家政婦をどう思っているんですか?」

とうとう、私はヴィーウィ先輩に尋ねてみたくなった。


≪ナーレ? それを尋ねるなんてな。

 私なら、尋ねない事柄だ≫


(だって、ヴァル……

 先輩は、出会ってからずっとこうなんだもの)


「ナーリュはどう思う~?

 私は莫迦だし、分からないけど~。」


ヴィーウィ先輩は、いつもの口癖に戻ったように言った。


「そうですね……。」

私は悩んだ末に先輩に伝えた。


「Lustum persequamur, voluptatem sentiamus,

 Risu insanitatem vocant, voluptati quid fiet?

 Animus meus sub hoc caelo, brevissima vita,

 corpus vino excitatur et stultitiae se permittere statuit.」


(快楽を追ってみよう、愉悦に浸ってみよう、

 笑いに対しては狂気だと言い、快楽には何が起こるのか?

 私の心はこの天の下、短き人生の間、酒で肉体を刺激し、愚行に身を委ねると決めた。)


私は言葉を吐き出すと、空気が一瞬、静まり返った。

先輩の仄暗い水色の瞳が、私の言葉をじっと受け止めているように見えた。


「Quod stulto accidit, idem mihi accidet;

 quid ergo sapientior fieri conatus sum frustra?


 Nulla erit in aeternum memoria:

 dies enim veniet, quo omnia oblivione tegentur.


 Quidquid sub Lūna fit,

 omnia me affligunt.」


(愚者に起こることは、私にも起こる。

 それなら、より賢くなろうとした努力は何だったのか。


 永遠に記憶されることはない。

 やがて来る日、全ては忘却に覆われる。


 月の下に起こることは、

 何もかもが、私を苦しめる。)


ヴィーウィ先輩はそう口にし、

静かに歩みを止めた。


「ここだよ? <応接室>──」

急にヴィーウィ先輩は現実を突き付けた。


気づけば、私たちは目的地に到着していた。

薄暗い廊下を抜けると、微かな光が応接室のドアに反射している。


ドア越しに、誰かの話し声が聞こえた。

しかし、言葉の内容はよく聞き取れなかった。


ヴィーウィ先輩は静かに、何度かノックを打った。


「うん? どうやら準備は整った様子です。

 アレフさんも一杯ですか?」


ドア一枚越しに、フィンリーさんの声が聞こえた。


「そうですね。お言葉に甘えて、頂戴致します。」

お父さんの声が、それに続いて応じた。


ヴィーウィ先輩が静かにドアを開けると、微かな光が廊下の影を押しやり、

応接室の中にゆらりと流れ込んだ。


木製の床はしっとりとした光沢を帯び、壁沿いに並んだ重厚な椅子や長机が、

まるで時を越えて佇む古代の守護者のように静かに呼吸している。


空気は澄み、かすかに琥珀の香りが混じっていた。

どこか神秘的な温度のせいか、息を吸うだけで身体の奥まで冷たさが届くような感覚があった。


「ここが……応接室……」

私は思わず小声でつぶやいた。


先輩の水色の瞳が、室内の光を映すかのように、ゆらめいている。

その瞳は、光と影が交錯する室内で、まるで神話の登場人物のように凛と立っていた。


「あぁ─ヴィーウィ。君が用意してくれたのか?」

フィンリーさんの声が扉越しに響き、わずかに笑みを伴った。


「はい、ご当主様。

 ハーブティーをお持ち致しました。」


「それにしても、家政婦は必要ない気もするが?」

お父さんは、少し困ったように声を出した。


応接室には、木の重厚な香りと、かすかに漂うハーブの芳香が混じっていた。

先輩の水色の瞳は、微かな光を映して揺らめき、まるで室内に息づく神話の守護者のように静かに立っている。


私たちはそれぞれ所定の位置に控え、微動だにせず立っていた。

一歩でも動けば、空気の静寂が崩れるかのような緊張感が部屋を満たしている。


「まぁまぁ、アレフさん。何度も説明しましたが、

 当家では家政婦たちが身の回りの世話をするのが普通なのです。」


フィンリーさんの声は柔らかく、しかし揺るぎない重みを帯び、応接室の光と影の交錯の中で響いた。

私はその声に背筋を伸ばし、自然と呼吸を整えた。


「それでも、二百人とはどうなんでしょうね。

 よく、切り盛りなさっているものです。」


お父さんの声が響くたび、室内の空気がわずかに震える。


光の中で、家具は古の守護者のように静かに佇み、

窓際のカーテンは幽かに影を伸ばす。


私たちは皆、互いの視線と呼吸を確かめるように控えめに立っていた。


応接室は、ただの部屋でありながら、神話の舞台のような荘厳さを秘め、

言葉ひとつひとつがその空気に溶け込んでいくようだった。


「それで、フィンリーさん。

 どうなんでしょうか?」

お父さんは、ハーブティーを口に運びながら、静かにフィンリーさんへ問いかけた。


「アレフさん、あの蒸留酒には目を見張るものがありますよ。

 銀貨二十枚と相殺するのは、少々もったいない。

 そういう意味として、受け取っていただきたい」


「金銭面としては……相殺したということで、問題ないでしょうか」

お父さんは言葉を口にする前に、少し間を置いた。

自分の言い方が冷たく響かないか、フィンリーさんの顔を伺う。


「えぇ……そうですね」

相手は軽く息をつき、肩の力を抜くように頷いた。

その表情には、安心感と、ほんの少しの照れも混ざっている。


――互いに、これ以上は言葉にせずともわかる――

そんな静かなやり取りだった。


「さてはて、アレフさん、一つと言いますか……新たな問題が発生してます」

フィンリーさんの声には、少し含みのある緊張と、どこか好奇心めいた響きがあった。

言葉の端々に、観察者としての静かな興奮が混ざっている。


「そうですね、フィンリーさん……」

アレフはゆっくりと頷き、眉間に軽く皺を寄せた。目の前の状況を頭の中で整理する。


「それは、現在進行形で、しかも目の前で起きた……そう、解釈できます」

言葉に慎重さが滲む。声のトーンは落ち着いているが、胸の奥では小さな警戒心がざわついていた。


――二人の間には言葉以上の理解が流れ、瞬間の静寂が、事態の重大さを際立たせていた。


≪ふむ。そうだな。それは確かに現在進行形で、

 しかも目の前で起きている≫


(どういうこと……ヴァル?)


胸の奥がギュッと締め付けられるように痛む。

嫌な予感が、まるで冷たい霧のように全身を包み込む。

視界の端で、何かが微かに動く気配がした──それだけで心臓が跳ねる。


――いや、これは確実に、何かまずいことが始まっている。


≪ナーレ。……ふむ、私は冷静に考えてみた。

もしも、親子が同室に居て、しかもその娘が何事もなかったかのように振る舞い、

家政婦としてそこに居続けたら――

どうなるのだろうな≫


(これは……まずいんじゃない?)


頭の中でイメージが膨らむ。笑顔の裏に隠れた微かな緊張、無言のやり取り、

そして誰も気づかない小さな嘘の連鎖――。

思考の隅々まで、嫌な可能性が染み込んでいく感覚だった。


≪敢えて言おう、ナーレ。君の顔を何度も見てきた父が、この場に居る。

……その事実を前にすれば、彼の言った『現在進行形で、且つ目の前で起きた』という意味も、理解できるだろう≫


(――想像以上に事態は深刻ね)


頭の中で警告灯が点滅するように、嫌な予感が次々と浮かぶ。

目の前の空気は微かに重く、緊張で指先まで冷たくなる。


――間違いない、これは避けられない現実の一断面だ。

「ヴァル……爆弾発言はやめろ。冷静に考えれば、分かるだろう」

言葉には静かな諭すような力がある。だが、口調の奥には苛立ちもちらりと混ざっていた。


威風堂々としていても、どんなに着飾っても――

目の前の空気は騙せない。

表情や微かな仕草、ほんのわずかな緊張の波までも、隠すことはできないのだ。


――結局、人は顔と空気感で、その本質を露わにしてしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ