「城下町の市場調査-巡礼編ⅩⅨ 家政婦体験篇Ⅶー」
≪そろそろ、覚悟をキメろよ?≫
俺は、キメ顔すら作れないこの漢に、話しかけた。
【なぁ……ヴァル。
正直に言う。俺は、怖い。
本当に──これで、良いと思えるのか?】
(まただ──こいつは、揺らいでいる。)
俺達の前に、いつもの光景が立ち上がった。
≪視えてんだろ? 虹の扉がさ──≫
【あぁ……視える。
嫌になるほど、な。
だから、どうした……?】
≪お前が連れてきたんだ。
此処に居させたいんだろうがっ!?≫
【──導火線に火を点けてくれて、感謝する。
ありがとうな、ヴァル。
それでも俺は、迷ってる。
こんな俺が、少女達を導いていいのか……?】
≪貴様が奏でた、セレナーデ……だろうな?≫
俺は一瞬、言葉を失った。
胸の奥で何かがチクッと痛む。
──否定できない。
否定する理由も、もう無いんだ。
【あぁ……そうだ。俺が、奏でた。】
言葉は震え、声は思った以上に弱々しかった。
でも、否定はしない。
逃げることも、もうできなかった。
≪いつもの十八番だろう? 祈ろう──
何が待ってるか分からんこの先、お前の得意技だ。≫
【なぁ……30歳まで童貞だと魔法使いになれるって噂、知ってるか?
ヴァル──】
≪そんな価値観、もう捨てろ。
小洒落たギャグに付き合ってる暇はない。≫
【もう──6年も待ったんだ。。
大魔法の一つくらい、放ってやれるかな?。ヴァル?】
≪お気に入りフォルダに登録済みなんだろう?
なら、遠慮なく放て。≫
【あぁ……そうだったな。
君に言われるまでもない。
呪文くらい──無詠唱で叩き込んでみせる……】
漢は、呪文を口にした。
────結局、一番最初に唱えるのは、俺なのだ。
【さぁ……御覧じろ。
好き放題に行ってみせる。
両手に華を掲げ──
機知を以て、受け流してみせよう!!】
──そして、モノローグが始まった。
ヴィーウィ先輩を先頭に、私たちは〈台所〉に足を踏み入れた。
メーヴァ先輩はティーポットの前で腕を組み、
私たちの静かな入室を、じっと目で追っていた。
「ヴィーウィ、準備は?」
メーヴァ先輩は腰に手を当てたまま、ティーポットの蓋を指でコツコツと叩き、音を立てる。
「はぁ~い、メーヴァ先輩!
準備、整えてきましたぁ」
ヴィーウィ先輩は、バーサービングカートを押しながら、少し調子を崩した声で答えた。
メーヴァ先輩は、腕を組んだまま眉を軽くひそめた。
「……まったく、ヴィーウィ。
そんな調子で、この台所を任せられるかしら?」
その声は厳しいが、どこか含み笑いを隠しているようだった。
ティーポットの蓋を指でそっと軽く撫でた。
その余韻に合わせるかのように、ヴィーウィ先輩は一瞬だけ表情を引き締めた。
「……はい、失礼しました。
でも、『腐った茶葉』を持ってきましたよ! 先輩!!」
ヴィーウィ先輩は、しょんぼりと肩を落としていたと思いきや、右手にハーブを握り、大きく振って見せた。
メーヴァ先輩はその顔をじっと見つめ、微かに頷いた。
「それは紅茶ではありません。一体、どこからハーブを取り出してきたのですか!?」
メーヴァ先輩は、私たちが危惧していた点を指摘してきた。
「えっと……先ほど、エスリン婦長が通り掛かって、
ご当主様がハーブに変更したいとのご要望を受けたのです。さらに、聖職様の衣装にあてられたらしく、そのようでして……」
ヴィーウィ先輩は一瞬、肩をすくめてから微かに笑った。
「……そういう事情だったのね」
声は静かだが、どこか楽しげで、こちらの緊張を和らげる。
一方のメーヴァ先輩は、眉を軽く寄せ、腕を組んだままじっと私たちを見つめる。
「……次からは、勝手に変えたりしないことね。分かっているでしょう?」
言葉には厳しさがあるが、決して怒鳴るような口調ではない。
ただ、その眼光だけで、十分に緊張感を伝えていた。
私たちは深く頷くしかなかった。
ヴィーウィ先輩の柔らかな視線と、メーヴァ先輩の厳格な観察の両方に囲まれて、台所の空気が少し、引き締まったのを感じる。
「それと……先程から気になっておりましたが、
そのお三方は、どうされたのですか?
見慣れない家政婦の方々のようですが……」
(あわわ……どうしよう)
私たち三人は、自然と身を寄せ合った。
「──お嬢様が補充員として充てた新人達です、先輩! そうだよね? ナーリュ?」
ヴィーウィ先輩はにこやかに私たちに振り返った。
私達は無言でコクコクと頷いた。
メーヴァ先輩は一瞬、眉を上げてヴィーウィ先輩と私たちを見比べた。
「なるほど……新人達ですか」
腕を組んだまま静かに頷く。その視線には、まだ厳しさが残っているが、怒りや疑念は感じられなかった。
「やっと……お嬢様も、私達の陳情をご当主に届けてくださったのですね?」
メーヴァ先輩は、先ほどまでの威圧感をすっかり消し、私たちにゆっくりと近づいてきた。
「ヴィーウィ……ハーブ一つのために、
わざわざここまで上げる必要はなかったのでは?」
「──その、私も示したかったんだもん。
さっき、先輩が『先達達』のことも含めて、私に忠告したもん!」
ヴィーウィ先輩の説明を聞き終えたメーヴァ先輩は、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど、そういうことでしたか」
その顔には微かな微笑が浮かび、先ほどまでの厳しさは影を潜めていた。
私たちは思わず息をつく。
(よかった……怒られなかった)
自然と肩の力が抜け、緊張で固まっていた身体もほぐれていく。
「それじゃあ、作業に戻りましょう」
ヴィーウィ先輩の声に合わせ、私たちはそれぞれの持ち場へ手を伸ばした。
先程の張り詰めた空気とは違い、先輩たちの視線がある安心感が、私たちの動きを支えていた。
手元に集中しながらも、どこか和やかさを含んだ台所の空気が流れている。
「それにしても……ご当主様は、変わっておりませんか?メーヴァ先輩──?」
私は恐る恐る、メーヴァ先輩に尋ねた。
メーヴァ先輩は一瞬、微かに眉を上げてこちらを見つめた。
そして、静かに口角を緩める。
「ええ……ご当主様は、相変わらずですわ」
「ご当主様は、わざわざ私たちを厚遇してくださる方ですから、少しお変わりなのも、良いことだと思います」
アヴェーラはそう言って、そっと助け舟を出した。
「えぇ……貴方の言う通りですわね。──」
「えっと、アヴィーと申します。メーヴァ先輩!」
メーヴァ先輩は一瞬、視線をアヴィーに向け、微かに眉を上げた。
そして、柔らかく微笑む。
「アヴィーさん……ご挨拶、ありがとう。これからよろしくお願いいたしますわ」
その言葉に、ヴィーウィ先輩もほっと息をついたように肩の力を抜く。
「ふぅ……よかった、波風立たなくて」
私たち三人も、思わず自然と身を寄せ合い、少し安堵する。
「それでは、アヴィーもハーブを刻むの手伝ってよ!」
ヴィーウィ先輩は手元のカートを押しながら、にこやかに声をかけた。
アヴィーは少し緊張しながらも、手元の布巾を握り、ティーポットの周囲を拭き始める。
「はい、わかりました!」
「いいわね、アヴィーさん。その調子で」
メーヴァ先輩は微笑みながら手を止めず、手元の作業を進める。
私たちもそれに続き、鍋の火や包丁を扱いながら、作業を再開した。
台所の中には、再びリズムが生まれる。
鍋のパチパチという音、包丁のトントンという音、そして互いの声が、心地よく響いた。
先輩たちの目がある安心感の中で、私たちは少しずつ自信を取り戻していく。
緊張感は消え、和やかさが広がる台所で、今日の作業が静かに、しかし確実に進んでいった。
「それにしても、もう一度鍋でお湯を温めるんですか?」
私は鍋越しに、メーヴァ先輩とアヴェーラに尋ねた。
「誰かさんが遅くて、ティーポットが冷えてしまいましたからね。それに、ゴブレットを温める必要もありますし、蒸らす時間も必要です」
メーヴァ先輩は少し呆れた顔で、ヴィーウィ先輩を見た。
ヴィーウィ先輩は、少し顔を赤らめながらも、笑顔を作った。
「うっ……そ、そうですね! ちょっと手間取っちゃいましたけど、ちゃんと温め直します!」
手元のバーサービングカートを軽く押し直しながら、いつものにこやかさを取り戻そうとする。
その様子を見て、私たちも自然と肩の力が抜ける。
「その……メーヴァ先輩。<執務室>ってどこにあるんでしょうか?まだ、場所が覚えていなくて」
フィーネはゴブレットを戸棚から吟味しつつ、
メーヴァ先輩に一番重要そうなことを尋ねた。
「<執務室>ですか……」
メーヴァ先輩は少し、考えて口にした。
「中央広場の柱に扉があるでしょう? あれに乗って上階に移動してください。二階の食堂室に至る前に、右折する廊下があります。
その奥に応接間があり、その隣が<執務室>です」
「あの……執務室には扉はあるんですか?」
「通路にはありません。応接間を経由する造りになっています」
(うわ……構造、複雑すぎる……)
私は思わず、頭の中で経路をなぞりながら呟いた。
フィーネも眉をひそめる。
「えっと……つまり、直接の扉はなくて、応接間を通らないと入れないんですね……」
メーヴァ先輩は二人の様子を見て、手元の作業を止めずに柔らかく微笑む。
「ええ、慣れれば問題ありませんわ。迷うこともありますが、そのときは私やヴィーウィ先輩に声をかけてください」
ヴィーウィ先輩も困った顔をした。
「うん、最初は複雑に見えるけど……慣れたらすぐに覚えられるよ……」
その言葉を聞いても、私はやっぱり不安になった。
(……でも、私達がいるから大丈夫……たぶん)
ヴィーウィ先輩の言葉に少し不安は残るものの、私たちは手元の作業に集中し始めた。
包丁を握る手に力を入れすぎず、鍋の温度を確かめながら少しずつ手順を思い出す。
「アヴィー、そこのティーポットは軽く拭いておいてくれる?」
ヴィーウィ先輩の声に従い、アヴィーは布巾を手に取り、丁寧にティーポットを拭く。
「はい、わかりました!」
少し緊張した手つきではあるが、確実に作業を進めていく。
フィーネもゴブレットを持ちながら、蒸らし時間やお湯の温度を確認する。
「ふむ……少しずつだけど、手順が分かってきたかも」
小さな声で呟き、自然と肩の力が抜ける。
メーヴァ先輩は手元の作業を止めずに、時折こちらを見て微笑む。
「ええ、その調子ですわ。焦らず確実に進めてください」
台所には、少しずつ安定したリズムが生まれていった。
不安は完全には消えていないが、先輩たちの指導と存在のおかげで、私たちは確かな手ごたえを感じながら作業を進められるようになっていた。
「もう──大丈夫でしょう。
あまり時間を掛けられません。直ぐにご当主様達におもてなしを──」
メーヴァ先輩は、ハーブティーの準備完了を告げる声で、私たちの集中を次の段階へと切り替えた。
「ヴィーウィ? ちゃんとエスコートするのですよ?」
メーヴァ先輩は少し、不安な顔してヴィーウィ先輩に尋ねた。
「うん! ヴィーウィ、頑張るよ! 先輩!」
ヴィーウィ先輩はカートの上のティーポットを軽く押し、私たちに合図する。
「……気をつけて運ばないと」
フィーネは小さく呟き、慎重に一歩ずつ進む。
アヴィーも両手でゴブレットを支え、真剣な顔で歩く。
台所を出て、中央広間の柱の扉に到着する。
「ここだよ~……」
ヴィーウィ先輩が小声で確認する。
扉を押すと、ゆっくりと上階へと伸びる、エレベーターのような鈍重な石壁の空間が現れた。
ヴィーウィ先輩が壁伝いの栓を手前に動かすと──
遠く遠く、這うような音が静まり返った空間に満ちていく。
上階から、格子状の鉄枠がゆっくりと降りてきた。
「上に行くよ~? 皆、乗って乗って!」
ヴィーウィ先輩が蛇腹のようなゲートを開く。
「えっと、先輩……どうしたら?」
思わず私が尋ねると、ヴィーウィ先輩は肩をすくめ、にこやかに答える。
「うーん? 乗ってたら上に着くから大丈夫だよ?」
そして、私たちの質問も気にせず、軽やかにゲートを閉めてしまった。
(……これ、ほんとに大丈夫かな……)
私は手にしたゴブレットをぎゅっと握り、少し緊張しながら中に乗り込んだ。
「皆? 乗ったよね?
出来るだけ、枠内に居てね。危ないから」
ヴィーウィ先輩はそう言うと、内側の栓を同じように手前に引っ張った。
(また、同じ音だ……しかも近くで聞こえる……)
私はゴブレットを両手でしっかり握り、身体を軽く前後に揺らしながらバランスを取った。
心臓の鼓動も少し早くなる。
(……怖いけど、乗るしかない……!)
私たちは耳鳴りに耐えながら、フラフラとした浮遊感に身を委ねた。
エレベーターがゆっくりと上昇を始める。
鉄の格子や石壁が視界を通り過ぎ、異様な中空感が全身を駆け巡る。
不安と期待が入り混じった気持ちを抱えながら、
私はゴブレットを握り直し、上階の旅へと赴いた──
とうとう、最古のエレベータを顕現させた。
結局、これしかないのかもしれない。
どういう原理なのか?
昔の攻略本的に言うと。
君の目で確かめろ!
作者が一番悩んだから、イメージできるだろう。
ヴァンガード的に言うか。
「ここは惑星~イメージしたか?
ゲット・ライド! ヴァンガード!」
取りあえず、イメージしろ。
決闘者はイメージできるだろう?




