「城下町の市場調査-巡礼編ⅩⅢ 家政婦体験篇Ⅰー」
作者「なぁ? アレフ?君には正装というのが無いのか??」
作者は、どこであろうと容赦なく無理難題をアレフに押し付ける。
アレフ「俺の一張羅はこれだ!!」
アレフは胸を張り、その身なりを堂々と見せた。
布は粗いが丁寧に縫われた藍染の上着、土の匂いをかすかに纏うズボン。
どこから見ても“正装”には程遠い、
しかし彼にとっては誇り高き一着――農家の一張羅。
作者「……いや、これを正装って言うのか?」
アレフ「正装なんて飾りだ。俺にはこれで十分だ!」
作者「せめて、クローゼットの奥にさ?あるんだろ? 正装用?」
作者はまるで宝物探しのように、アレフのクローゼットに手を伸ばす。
アレフ「……クローゼット?」
アレフは少し眉をひそめ、でも慌てずに言った。
「いや、特別な正装なんてない。あそこにあるのは全部、畑仕事か山仕事用だ。」
作者「ふーん、じゃあ俺が勝手に探ってみても……」
アレフ「やめろって。見たところで、見るも無惨な布切れしかないからな。」
クローゼットの扉を前に、作者は陣取った。
「本当に──そうかな?
偶々、お宝ってやつがあるかもしれない」
アレフは肩をすくめ、淡々と言った。
「お宝……? このクローゼットの中にそんなものない。あるのは──」
アレフが説明しようとする前に作者が割り込んだ。
作者「ほほう、じゃあ確認してやろうじゃないか」
手を伸ばす作者に、アレフは少し眉を寄せながらも一歩下がる。
「……やめろ。見てもガッカリするだけだからな。」
扉の向こうには、色あせた麻や粗布で作られた、
地味で実用的な服が整然と並んでいた。
「ほら、見てもガッカリするだけだっただろ?」
アレフは肩をすくめ、内心「さもありなん」と思いながら、冷静に作者に向かって言った。
作者は目を丸くしつつも、なおも好奇心を抑えきれず、扉の奥を覗き込む。
アレフの誇り高い一張羅とは対照的に、
ここにあるのはただの仕事着ばかり――
しかし、本人にとっては全てが大切な衣類だったのだ。
作者「ふぅーん? あれれぇ、おかしいな。
君は元聖職者だったはずだろ?
それにしては、なんだか怪しいなぁ。」
アレフは軽く眉をひそめ、しかし平然と答えた。
「怪しいって……俺が服に誇りを持ってるのは、聖職者だったからじゃねぇよ。畑仕事や山仕事で使うために、大事にしてるだけだ。」
作者は思わず肩をすくめ、くすくす笑いをこらえる。
「なるほどなぁ……立派に『実用的な聖職者』ってわけか。」
アレフは冷静に肩をすくめ、言葉少なにその場をやり過ごす。
彼の素朴さと誇り高さは、どんなからかいにも揺らがなかった。
作者「なるほど──? 見た限り、このクローゼットの外観に比べて、内部がなぜこうも小さいんだ?、説明しろ。」
アレフは肩をすくめ、淡々と答えた。
「小さいって……そんなの、壁の厚さとか棚の奥行きとかで決まるだろ。俺のせいじゃない。」
作者「いやいや、理屈じゃなくて、感覚の問題なんだ!、目の前の大きさと中身の小ささが、どうにも釣り合わないぞ!」
アレフは目を細め、少しだけ苦笑する。
「釣り合わないって……お前、いちいち細かすぎだろ。服は全部入るんだから、それで十分だ。」
作者「ははぁん? なるほど?、
これは、そういうことかい?、
『釣り合わない』のはそういうことなのか、アレフ?」
アレフは目を細めて、じっと作者を見返す。
「……そういうことって、何だよ。」
声には困惑が混じるが、態度は変わらない。
作者はニヤリと笑い、さらに身を乗り出す。
「ほほう、そうか……お前の言う『十分』ってやつが、
実は計り知れない秘密を隠してるんじゃないか?」
作者はクローゼットの中を所狭しと眺め回し、眉をひそめながら言い放った。
「なんでだろうな? この板、グラグラしそうなくらい、数センチも隙間があるぞ。」
アレフは肩をすくめ、淡々と答える。
「……そう見えるか? 別に壊れそうなわけじゃない。全部、十分に支えてる。」
作者はクローゼットの前に陣取り、板に指をかけながら不敵に言った。
「つまり、剥がしていいんだな?
この板をさ──何を隠しているか、正直に言った方が良いぞ?」
アレフは目を細め、淡々と答える。
「……隠してるもんなんてない。ただの板だ。」
作者「ふーん? 本当に?
こんなに隙間があって、何もないなんてあり得るのか?」
アレフは肩をすくめ、ため息混じりに言った。
「あり得るんだ。全部、普通の仕事着だ。それだけだ。」
クローゼットの前での小さな攻防――
しかし、アレフの誇り高い素朴さは、どんなからかいにもびくともしなかった。
作者はにやりと笑い、アレフをじっと見つめながら言った。
「なら? 魅せてくれるってことかい?
それとも……着てくれるから。正直に言ってくれないってことかな?」
アレフは少し眉をひそめ、肩をすくめる。
「正直に言うって……見せる必要なんてないだろ。別に普段着だし。」
作者「いやいや、構わないさ。
ただの仕事着でも、君が誇りを持ってるなら、
それを見せてもらいたいだけ。」
アレフは軽く目を細め、ため息をつく。
「……しょうがねぇな。見せるくらいならいいけどよ。」
目の前に現れたのは、薄ぼらしい農家の正装とはまるで真反対の一着。
純白に近い、光を受けて輝く正装だった。
アレフは肩をすくめ、淡々と言った。
「……普段着とは別に、これくらいは持ってるってだけだ。」
作者は思わず目を丸くし、息を呑む。
「ほら、正装があったじゃないか。」
農家の一張羅の素朴さと、純白に近い正装との落差。
その意外さに、部屋の空気は一瞬、静まり返った。
アレフは淡々と告げる。
「別に特別じゃない。ただ、持ってるだけだ。」
作者は目を輝かせ、くすくすと笑いをこらえながら言った。
「昔とった杵柄かい? まだ性懲りもなくそれを着ることになるとはな。君はどう思う?」
アレフは淡々と答える。
「どう思うって……別に。着るもんは着る、やることはやる。それだけだ。」
作者はにやりと笑い、軽く手を叩く。
「なるほど、やっぱりお前は素直だな。無駄に飾らず、真っ直ぐだ。」
アレフは軽く目を細め、やれやれといった表情でつぶやく。
「……真っ直ぐってのは誉め言葉か?」
部屋には、農家の一張羅の素朴さと純白の正装のギャップ、
そして作者のからかいとアレフの冷静さが入り混じり、微笑ましい空気が漂った。
作者はアレフを見据えながら言った。
「なら──君の敬虔さに免じて、準備してやろう。聖油は必要かい?」
アレフは軽く眉を顰めた。
「……聖油? 別にそんなもの、今の俺には要らない。」
作者は身を乗り出し、楽しげに続ける。
「ふむ、そうか。礼儀として少しくらい儀式めいたこともしてやろうかと思ったんだがな。」
アレフは淡々と視線を逸らし、ため息をつく。
「儀式めいたことって……お前、いちいち細かすぎるんだよ。」
部屋には、純白の正装と農家の一張羅の意外な対比、
そして作者のからかいとアレフの冷静さが入り混じり、独特の空気が漂った。
作者は声を張り、やや大げさに言った。
「されど、しかし、汝──アレフよ。
聖痕に身を窶す者よ。本当に聖油は必要ないのか?」
アレフは肩をすくめ、淡々と答える。
「必要ない。そんなもん、俺には関係ない。」
作者はくすくす笑い、身を乗り出して言った。
「ふむ、なるほど……実に素直だ。
ならば汝に徴を与えよう。」
そう言うと、作者は問答無用に聖油を手のひらに現出させた。
アレフは目を細め、肩をすくめる。
「……徴だと? お前、本当にやる気か?」
作者はにやりと笑い、軽く手首をひねるだけで聖油を振りかざす。
「もちろんだとも。これはただの儀式ではない。汝の正装に、敬意を示すためのものよ。」
アレフは小さくため息をつき、淡々と応じる。
「……わかった。やるなら、手早く済ませろ。」
作者は軽く肩をすくめ、くすくす笑いながら言った。
「そうも、そっぽ向かなくていいじゃないか?
まぁ、好いだろう。」
数分の沈黙が部屋を満たす。
アレフは淡々と立ったまま、正装に袖を通した自分を確認するように、静かに呼吸を整えていた。
作者はそんなアレフをじっと見つめ、目を輝かせつつも、声を潜めて小さく笑った。
「ふむ……なかなか悪くない。」
部屋には、静かな緊張と、微かな笑いの空気が入り混じって漂っていた。
作者は声を張り、やや大げさに宣言した。
「汝、アレフよ。
其方に聖別を行う。
汝の罪に購いを──アーメン!」
そして、作者は迷わずアレフの額に手を触れ、かすかに『P』の徴を与えた。
アレフは一瞬、目を細めたものの、淡々と言った。
「……徴か。これに何の意味がある?
また、私を誑かすつもりか?」
作者は満面の笑みを浮かべ、声を張った。
「そうだ。意味はある。
意味があるからこそ、奇蹟が起きるのだ。
さぁ──敬虔な信徒よ、面を上げ、頭に手を当て、心して考えるがよい!」
アレフは軽くため息をついた。
「……心して考える、とな。お前、本気で言っているのか?」
部屋には純白の正装、農家の一張羅、
そして額に刻まれた『P』が共存し、奇妙な儀式の空気が漂っていた。
作者「そうだ! やってみよ!」
アレフは目を閉じ、手を頭頂部に翳した。
すると──その瞬間、どうだろう。
頭髪が、忽然と消え去っていたのだ。
アレフは仰天し、声を張り上げた。
「作者! お前、何を──!!」
しかし、混乱の中でやっと気づいた。
──自分の頭髪が、剃られていたのだと。
アレフは呆れ返り、ぽつりと独り言を漏らした。
「頭髪を剃るなら、せめてそう言ってくれれば良いのに……」
そして彼は、思わず独りで十字を切った。
──あまりにも御乱心な神に対して。
その光景に、元聖職者アレフは
呆れと困惑を胸に秘めつつも、
神への礼儀を忘れなかった。
純白の正装、額の『P』、剃られた頭。
新たな門出──過度にして奇妙な幕開けが、静かに訪れようとしていた。
ナーレ達が眠りについている間、
アレフは支度をしていた。
アレフは独り、静かにつぶやいた。
「何故、俺はこんなことを……」
自分自身で剃った頭頂部を、右手でそっと撫でる。
冷たい指先に触れる感触は、思わず小さなため息を誘う。
純白の正装、そして剃った頭。
静まり返った部屋の中で、元聖職者アレフは、自らの愚行とこの奇妙な状況をじっと噛みしめていた。
「この衣裳を着るのは……何十年ぶりだろうか」
ぎこちなく、しかし丁寧に十字を切るアレフ。
久々の正装と相まって、
彼の姿はどこか滑稽でありながらも、
どこか神聖さを帯びて見えた。
剃った頭が朝日に光る。
滑稽でもあり、神聖でもある。
アレフは蒸留酒の壺を手に、ナーレ達が起きる前に馬車の支度を黙々と進めた。
「ナーレ達が完全に起きる前に……」
外の空気はまだ冷たく、
霧がゆっくりと晴れ始める。
一方その頃、私達はベッドの上でまだ半分夢の中だった。
私とフィーネはぼんやりと外を眺め、眠そうに目をこすりながら、ぎこちなく口を開く。
「……おはよう……」
私の声はかすれ、フィーネも小さく返事を返した。
外で忙しく動く音を、二人はまだぼんやりと耳にしていた。
フィーネはゆっくりとベッドから体を起こし、
食卓の方へノロノロと歩き始める。
私も重い足取りで後に続く。
お母さんは腰に手を当てて言った。
「二人とも、朝ごはんを食べて、ちゃんと目を覚まさないと大変よ!」
声だけが飛ぶが、ナーレとフィーネはまだ半分夢の中。
ぼんやりと耳を傾けるだけで、体は椅子に沈んだままだった。
フィーネはようやく固いパンを口にした、ナーレもブイオンスープを口にした。
それでも二人の動きは、まるで眠気に捕まった泥人形のようにぎこちない。
お母さんはため息をつきながらも、二人の動きを温かく見守っていた。
私は思わず文句を言いたくなった。
やっぱり、昨日と同じ「ブイオンスープ」の味だ。
フィーネはまだ半分夢の中で、乾酪と少しの干し肉を、パンと交互に口に運んでいた。
私は隣で同じように朝食を口に運ぶけど、どうにも動作がぎこちなく、まるで眠気に引きずられるよう───。
お母さんは二人の様子をため息混じりに見守る。
「ちゃんと食べなさいよ……二人とも、まだ夢の中にいるんじゃないの?」
フィーネは口いっぱいに頬張りながら、ぼんやりと頷く。
私もパンをかじり、半分寝ぼけた目で食卓を見つめる。
フィーネはやっとパンを飲み込み、口を拭いながらぽつりと尋ねた。
「おばさん……どうしてそんなに元気なんですか?」
お母さんは腰に手を当て、にっこり笑う。
「元気なのはね、朝からちゃんと食べることと、
二人の世話をする楽しみがあるからよ」
フィーネはまだ目をこすりながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
眠気でぼんやりとしていた視線が、少しずつ周囲を捉え始める。
まるで、頭の中の歯車が少しずつかみ合っていくように、彼女の意識が目覚めつつあった。
私も横で同じように、体を伸ばしながらゆっくりと目を開く。
寝ぼけた二人の様子を、朝の光がやわらかく照らしていた。
「それにしても……お父さんは?」
私は、まだ眠気の残る頭で、お母さんに尋ねた。
お母さんは軽く肩をすくめ、微笑みながら答える。
「さぁね。あの人は朝が弱いから、まだ布団の中にいるんじゃないかしら」
私はぼんやりと口を開く。
「……やっぱり、そうなんだ……」
朝の食卓に、寝ぼけた声と温かな笑みが交差する。
私はやっと食事を終え、
お父さんを起こそうと思った。
「フィーネ、ちょっとお父さんの様子を見てくるよ」
私は声をかけながら、目線をフィーネとお母さんに向けた。
フィーネはまだ眠そうに瞬きを繰り返し、ぼんやりと頷く。
お母さんは軽く微笑み、少し首をかしげて私を見送る。
「気をつけてね。あの人、起こすの大変だから」
こうして、私は寝室へ向かう小さな冒険を始めた──
まだ朝の静けさの中で。
お父さんの部屋は二階にある。
裏の出入り口につながる通路から、二階への階段が伸びている。
その左右にはお風呂場と、お父さんとお母さんの寝室が並んでいた。
階段を上るたび、私はいつも思っていた──
「……そういえば、なんでお母さんの部屋はないんだろう?」
私はぼんやりと階段の手すりに手を置きながら、心の中でつぶやいた。
でも、お父さんとお母さんの寝室は一階にある。
ずっと不思議だった──どうして二人の部屋と離れているのか。
朝の静かな空気の中、その小さな謎が、
私の頭の片隅にちらりと浮かぶ。
階段を上り切った。
お父さんの部屋に向かうには、一階と同じように通路を通らなければならない。
私はそっと足を進めながら、今日の小さな冒険――お父さんを起こす任務――に心を集中させた。
通路の左右には二階特有の静けさが漂い、普段は気にも留めない小物や扉が目に入る。
その一角には、土地の権利書がぴったりと壁に張り付けられていた。
「我、コノート王 此処に認めん。
汝、『オランモア・ゴールウェイ・デュラッハ』にこの土地の所有権認めん。
345年──」
私は思わず立ち止まり、権利書の文字を目で追った。
歴史の重みと格式に、普段の朝の静けさが一瞬だけ張り詰める。
「お母さんが言ってたのって、このことだったのか……
『オランモア・ゴールウェイ・デュラッハ』って、この人が、曾祖父のお父さんにあたるの……?」
私は目を丸くし、壁に貼られた古い文字をじっと見つめた。
普段は気にもしない通路の一角が、急に重々しい歴史の舞台に変わったように感じられた。
『オランモア・ゴールウェイ』――
それが遠く、いつしか自分の苗字になったのかもしれない。
そんな考えが、漠然と私の胸をよぎった。
思わず権利書に目を戻すが、文字の重みに浸っている暇はない。
今日の目的は、お父さんを起こすことだったのだ。
私はゆっくりと足を通路に踏み出す。
階段を降り、通路を進みながら、静まり返った家の中に響く自分の足音に耳を澄ます。
お父さんの部屋はすぐそこ――普段は何気ない通路も、今は小さな冒険の舞台に変わった。
私は息を整え、少し緊張した面持ちでお父さんの部屋の扉に手をかけた。
「お父さん? 起きてるの?」
お父さんの部屋を覗き込むが、返事はない。
居るべきはずの人物は、どこにも見当たらなかった。
代わりに目に入ったのは――農夫とはまったく縁のないものばかり。
整然と並ぶ詩編や聖典。
そして、壁際には痛々しい服がかけられていた。
まるで“棘”とでも呼ぶべきか――
それ自体が、服としての体を成しているとは言い難いものだった。
私は思わず後ずさり、壁際から一歩、また一歩と距離を取る。
「え……えぇっと……これは、どういうこと……?」
小声で呟きながら、手を胸の前でばたばたと動かす。
まるで触れると痛い棘が飛び出すかのように。
「うぅ……服が怖いって、こんなの初めて……」
足元がちょっともつれ、ついでに目線を逸らしながら壁際を離れる。
その挙動は、緊張感と可笑しさが混ざった、まるで小さな子供のようだった。
それでも、好奇心は捨てきれず、視線だけは痛々しい服に釘付けになる。
「……お父さん、これ……本当に着てたの……?」
呟きが小さく震え、後ずさりは止まらない。
「うぅん! 早くお父さんを探さないと……」
私は後ずさりで離れた距離を思い返し、そそくさと来た道を戻った。
壁際の痛々しい服や詩編のことは、一瞬の戸惑いとして胸に残りつつも、今はお父さんの行方が最優先だった。
足音を忍ばせながら通路を通り、階段を慎重に下りて、
私は食卓へ戻ってきた。
胸の動悸は、いつもより高ぶっている。
「お、お母さん──
お父さん、部屋に居なかったよ。
でも、あの……何アレ!?」
目の前にある痛々しい服や整然と並ぶ詩編を思い出し、
私はは思わず手を振りながらお母さんに訴えた。
その戸惑いと驚きが、朝の静けさの中で少しだけ笑いを誘った。
お母さんは私の慌てた様子を見て、くすくすと笑いながら手を腰に当てた。
「まあまあ、落ち着きなさい。お父さんはいつも通りよ。それより、驚きすぎじゃない?」
私はまだ手を振りながら、興奮気味に答える。
「だってお父さんの部屋に……詩編や聖典、あんな痛々しい服が……!」
お母さんは肩をすくめ、にこやかに答えた。
「お父さんの杵柄よ。朝からあんなものに驚くなんて、あなたもまだ子供ね」
フィーネは目をぱちぱちさせながら、言葉を慎重に選んで尋ねる。
「おばさん……そんなにマズイことなんですか?
その──その服とか、詩編とか……」
お母さんは笑いをこらえつつ、やさしく首を振った。
「マズイことなんてないわ。 ただ、あなたたちにはまだちょっと衝撃的だっただけよ」
フィーネは少し安心したように肩の力を抜き、私も同じく小さく頷く。
朝の静かな食卓に、ほのぼのとした笑いと安堵が広がった。
「じゃあ……さっきから外で騒がしかったのは、お父さんだったんだね」
私はやっと外の騒音の意味を理解し、頷く。
「馬車の支度か……なるほど、朝からあんなに大きな音を立てていたのか」
フィーネも半ば呆れたように目をぱちぱちさせる。
お母さんは軽く笑いながら、茶碗を片手に肩をすくめた。
「そうよ。お父さんは朝から張り切るタイプだから、驚かないでね」
私は小さくため息をつきながらも、微笑んだ。
外ではお父さんの手際よい動きと馬車の音が朝の静けさに混ざり、家全体が徐々に目覚めていく。
少し朝の淋しさが和らぐ頃、騒音がぴたりと止んだ。
代わりに、家の外越しからお父さんの声が聞こえてきた。
「ナーレ! フィーネちゃん! 準備はできてるかー!」
少し張りのある声は、外の空気を通して家中に響き渡り、朝の静けさを優しく破った。
私とフィーネは顔を見合わせ、小さく肩をすくめる。
「……ああ、やっぱりお父さんね」
思わず頷きながら、二人はまだ半分眠ったまま、外の父の声に耳を澄ませた。
「二人とも、行ってらっしゃい?
お願いだから、高く買って貰いなよ!」
お母さんはまだ不安そうに、『銀貨三十枚』のことを口にした。
「お母さん、それはフィンリーさん次第だよ」
私は、先のことを読む力など持っていないので、ただそう答えるしかなかった。
お母さんはにこやかに頷き、
目を細めて私たちを見送る。
私達は玄関を抜け、朝の光の中へ飛び出した。
ほのぼのとした緊張と笑いが入り混じり、今日の一日が静かに始まろうとしていた。
私たちは玄関を抜け、朝の光の中へ飛び出した。
ほのぼのとした緊張と笑いが入り混じり、今日の一日が静かに始まろうとしていた。
否──。
そこに差し出がましい男の演出が割り込む。
その瞬間は、まるで今か今かと、目の前で棚引くように迫っていた。




