「城下町の市場調査-巡礼編Ⅺ 躰道する基軸ー」
作者はどれだけ練っても、ナーレ家のブイオンスープ(*ポリッジ)を濃くすることはできない。
出てくるのは、あっさり透明、薄っすいスープだ。
「多分、材料不足か、鶏ガラが足りないんだろうな。
塩分控えめの、野菜スープだ。」
作者は魔法を使えない。
「男でも──魔女は魔女らしい。
知らないけど……。」
そして、作者は考えを熟考する。
「練るほど濃厚な虚偽のスープ、
狂気のスープ──」
「どろり濃厚イチゴ・ジュース120%」
分かる人にしか分からない言語を話す。
アプダクションされたのかもしれない。
安息日に相応しい、サパー(supper)だ。
台所には、ほんのり和やかな空気が漂っていた。
お母さんの昔話に笑い、お父さんの頓珍漢な愛の告白にくすり。
私は、自分の出自を想像し始める。
「どうやら曾祖父は、かつての王国の分家にあたる人だったらしい」
その言葉は、私の頭をすり抜ける。
≪君の血は薄いが、由緒正しい分家の末裔だ≫
ヴァルの言葉だ。
(アハハ~、そんな訳ない!
曾祖父の逸話なんて、ただの御伽話よ!)
「いや、顔立ちや雰囲気を見れば、本当かもしれないぞ」
ヴァルはにやりと笑う。
(ええっ、また脅かすの!? もう!)
我が家には自画像も書物も残っていない。
曾祖父は、自分の姿も歴史も、すべて闇に投げ打ったらしい。
≪よほど取り乱していたのか、あるいは逃げ出したかったのか≫
(そうね、亡きおばあちゃんも言ってたっけ。
「とんでもなく自由な人だった」って──風のように漂っていく人だった、と)
「なぁ!? いつまでかき回せばいいんだ、これ?」
フィーネの声掛けで、私は現実に引き戻された。
フィーネはまだ、鍋と格闘している。
「ナーレさぁ。これ、いつまで経っても濃くならないんだけど。どうなってんの?」
私は鍋の中を覗き込む。
どう見ても――いつもの我が家のスープだ。
具材は豊富に見えるが、入っているのは野菜ばかり。
当たり前の話だ。
毎回、水を足すのだから、濃くなるはずがない。
鳥も入っていない。
「フィーネ……酷なことだけど。
残念だけど、濃くはならないわ。」
私は淡々と、我が家の特注品――ブイオンスープ、いわゆるポリッジ・スープの説明を始めた。
「はぁ!? なにそれ!
そ、そんなの誤魔化しじゃん!
ポリッジで濃くなるわけないでしょ!」
「うん…そういうものなの。」
私は鍋を見つめながら、あっさり答える。
「ちょっと待って! どんだけ薄いんだよ、この家のスープ!!」
フィーネは鍋を揺さぶり、思わず声を張り上げる。
「だから、毎回水を足すから……」
私はさらに淡々と付け加える。
フィーネの絶叫と私の平静。
台所は奇妙に滑稽な戦場になっていた。
「フィーネ……味見してみる?」
私は恐る恐る促した。まだポリッジは入れていない、純粋なブイオンスープのままだ。
「えっ……!?」
フィーネの目が大きく見開かれる。
「ま、まさか、このまま飲めって言うの!?」
「多分、『お仕置きの味』よりは味するよ。」
私は鍋を見つめながら、平然と答える。
フィーネはお玉の先を手の甲に当て、舌で味見している。
「ちょ、ちょっと待って!
これ、薄っ!!
味が、ない! いや、味というか……」
「なに? これ……スープなのか、コレ?」
フィーネの目が大きく見開かれ、声も震えている。
「うん、スープです。ウチの特注品」
私は鍋を見つめながら、淡々と答える。
「もー! ナーレ、酷すぎる! なんでこう薄いんだよ!」
フィーネは頭を抱えつつ、鍋を覗き込む。
「それが我が家の伝統です。」
私はさらに淡々と付け加える。
「ナーレ、料理下手なの分かったよ!
味音痴──いや、味覚音痴だろ!」
フィーネはお玉を振りながら、声を張り上げる。
「ハイハイ~。二人とも退いて頂戴。
これを入れないと完成しないから」
お母さんが、急に横から「お邪魔遊ばせ」といった感じで割り込み、
ポリッジを鍋の中にどばーっと投入し始めた。
「えっ、ちょ、ちょっと待って! 何それ!」
フィーネは鍋を押さえようと手を伸ばすが、間に合わない。
「だから濃くならないって言ったじゃない!」
私は鍋を見つめながら淡々とツッコミ。
お母さんは取り留めもなく、鍋を火から下した。
適当に味つけの工程をすっ飛ばしながら、鍋が少し熱を冷めるまで混ぜ続ける。
「なんだ……フィーネちゃん。
そんなに慌てて」
お父さんが様子を見に、『乙女』の戦場を確認しにやってきた。
見るからに、出来上がり状態のお父さん。
千鳥足でよろよろと鍋を覗き込む。
「おぉ──こりゃあ。
透明……白いなぁ。」
お父さんは瞬きをパチパチさせている。
どうやら酔っているらしく、視線もあちこちに泳いでいる。
お父さんはちょっとぼっーっと眺め続ける。
「……」
お父さんは突然、カップに注いでいたであろう『液体』を、一気に流し込んだ!
「ちょっと! おじさん! 何してるの!!」
フィーネは流し込まれた先の鍋を注視していた。
「あぁ? ……あれ? 俺のエールは??」
お父さんは完全に酔っ払いモードで、状況を理解していない様子。
「あなた! 鍋に注いだじゃないの!!」
お母さんは淡々と、しかし強めにツッコミ。
「うわぁぁ、一気に酒気の匂いが濃くなる!? これ、もう取り返せないんじゃない!?」
フィーネはお玉を振り上げ、慌てふためきながら叫ぶ。
お母さんはいつもの様子で、お玉から直接味見という様子味をしている。
「うーん......。」
お母さんはお玉を鍋に突っ込んだまま、しばし黙る。
お母さんは急に話し始めた。
「皆、覚悟して──稀に見るほど『まずい』のが出来たかもしれないわ……」
「な、なんだって!?」
フィーネはお玉を握りしめ、目を大きく見開く。
「マジで!? これ、飲むの!? 飲むしかないの!?」
「だから、落ち着いて」
私は鍋を見つめながら淡々と答える。
「落ち着けるか! ナーレ、おばさん、これどうするの!? どうするんだよ!?」
「仕方ない。これも我が家の伝統の一つだから」
私は冷静に補足する。
お父さんは千鳥足で鍋を覗き込み、ぽかんと口を開けている。
「え……? 俺、何かしたか?」
お母さんはお玉を鍋に突っ込んだまま、黙って考え込む。
「うーん……これは……記録的にまずいかもしれないわね……」
台所は、フィーネの絶叫、私の淡々、父の呆然、お母さんの無邪気な迷走が入り乱れる、
まさに滑稽で混沌とした戦場になっていた。
その滑稽で混沌とした戦場は、台所からテーブルへと広がり始める。
「ブイオンスープ」がメインを彩り、
誰かさんを除く一同は、戦々恐々とした表情でその光景を見守った。
「でさぁ、誰かさんが責任を持つんだと思うんだ」
フィーネはそう言って、お父さんをにらみつけた。
「駄目よ! あの人の目を見たら分かるでしょ?
完全に出来上がってるんだから。味なんて分からないわよ」
お母さんは半ば覚悟を決めたような様子で、皿を見つめていた。
これじゃ埒が明かない。
「じゃあ……娘として、先陣を切るわ」
フィーネは小さく息を吐き、目を閉じて祈るように言った。
「頼むから、美味しいって言ってくれ、ナーレ……」
もちろん、これがメインディッシュ。
オオトリがヤバイ料理だなんて……考えるだけで、胃がキリキリする。
私は一匙を恐る恐る口に運ぶ。
薫りは特に異常はない。
(うん、まだ普通って感じ......)
「大丈夫?」
フィーネは私の顔を覗き込み、目を大きくして心配そうに言う。
「薫りは変なところはないよ。
口にしないと分からないから、口にしてみるね」
私は淡々とスプーンを口に運ぶ。
フィーネは手を合わせ、祈るようにじっと見つめる。
「お願い……普通であって……!」
一口、口に含む。
ナーレは鍋を見つめ、平然とつぶやく。
「……うん、予想通りだね」
フィーネは思わず悲鳴のような声をあげる。
「な、何が予想通りよ!? 怖いよぉ!」
私は淡々とスプーンをもう一口運ぶ。
「……でも、まだ飲める範囲。完全に無理ってわけじゃないよ」
フィーネはほっと息をつき、頭を抱えつつも、目は鍋に釘付け。
「もう……どうしてこうなるの……」
「うーん?」
ふと、私の視界がぼやけ始めた。
≪ナーレ! それ以上は口にするな。
アレフはあの『高純度な奴』を入れたらしい!≫
(は?)
私は注意深く、もう一度薫りを嗅ぎ直す。
そんな様子に、フィーネは不安そうに声をかけた。
「どうしたんだ? ナーレ? なんかまずいのか?」
「うん……お父さんが、あの蒸留酒を入れちゃったみたい」
口にしてから、少しチカチカし始める。
≪どうやら、酒気が冷やしても揮発しきれていない、上澄みを口にしたらしい……。
高純度のアルコールは、水より揮発しにくい。量は少ないが、しっかり残っている≫
チカチカする感覚に、フィーネが慌てて駆け寄る。
「ナーレ!? 大丈夫!? 気分悪くない!?」
私は淡々とスプーンを置き、状況を分析する。
「うん、大丈夫」
フィーネは半信半疑で私の顔を覗き込む。
「でも、目が少し赤くなってる……」
「うん、すごい──あの味がする。
フィーネ? 一口だけでいいから、口にせずに鍋に戻して混ぜた方が良いかも」
お母さんも恐る恐る口にしてみる。
「うっ!」
お母さんの目が潤み、涙ぐんでいる。
「本当にマズイものだわ。
味は良いけど……お酒の息が掛かってる」
お母さんがせき込み始めた。
「スープに舌を付けてみようかな」
フィーネはスプーンでスープだけを掬ってみた。
「!!!」
フィーネの顔が、まるで百面相のように激変している!
「うぉっ! なにっコレ!
ゲフォゲフォ!!」
フィーネもお母さんに負けず劣らずせき込みこんだ。
≪もう一度熱すれば、酒気は飛ぶぞ。
その分、ポリッジがどうなるかは分からないが≫
ヴァルが、恐ろしい救いの手を差し伸べるように助言を始める。
つまり、煮直せばいい――でも、間違いなくポリッジは台無しになる。
「えぇっ!? 煮直すの!? また味変わっちゃうの!?」
フィーネが慌ててお玉を振り回す。
「でも……このままだと酒気が残ったままよ」
私は淡々と説明する。
「ナーレ、やっぱりあなたがやるしか……」
フィーネが私を見つめる目には、半ば祈りにも似た期待が宿っている。
「うん、やるだけやるわ」
私は淡々と頷き、再び鍋を火にかける。
グツグツと鍋が鼓動を打ち鳴らし始めた。
その後、三者三様に強く記憶される“料理”が口に運ばれたのは、言うまでもない。
「スープでもポリッジでもない。まるで……液体の失敗作」半濁の液体が、テーブルの上の皿の底に、そのままの姿で提供された。
これ以降、フィーネはナーレ宅でブイオンスープを食べることを遠慮し、
固いパンだけ口にしたくなるのも、また言うまでもない。
夜は更けていき、三人は惨たらしい夕食を終えて入浴の時間となった。
「なぁ、今日はもうこれ以上変なことはないよな?」
フィーネは、食事後からびくびくしている。
「多分、ないと思う」
フィーネに申し訳ないけど、私も保証はできない。
「ナーレの家だとどういう風呂なんだよ?
頼むから普通ので頼むよ!」
お父さんは酔ったまま暖炉の前に陣取り、
何やら薪に火を点けている様子だった。
酔っているけれど、入浴の準備だけはする――という、
変な律儀さだけは持っている。
「フィーネ? ちょっと寒いけど、
裏の出入り口に来てほしいの。
私だけだと、踏み込めないから」
「なんだよ、裏の出入り口って。
それに踏めないってなんだ?」
「まぁまぁ、付いて来れば分かるから」
納得していないフィーネを背中越しに押しながら、
私は自分の家──裏の出入り口へと移動する。
裏の出入り口に私達は到着した。
お風呂場は見て左側にある。
「なんだ!? ありゃ」
フィーネが指を差す。
それは、動物の皮でできた管と、鞴のようなものが一体になった装置。
裏の出入り口の向こう側――外に繋がっている。
「あれはね、お父さんが作ったの。
『水汲み』ポンプ?ってやつよ」
「こうやって足で踏むとね、管の反対側が外の川に繋がってるから、外に出なくても水が汲めるのよ」
私は鞴を力いっぱい踏んでいるけれど、びくともしない。
「こうやって踏むと、水が外の川から汲めるの」
私は鞴を踏みながら言うけれど、全然動かない。
「え、全然動かないじゃん!」
フィーネが目を丸くする。
「うん、仕組みはちょっとややこしいんだけど……鞴の中に腱とか板があって、水圧を調整してるの。
一度踏めば自動で水が出るみたい」
私は淡々と説明する。
「……それって、どういうこと?」
フィーネはさらに首を傾げる。
「まぁ、とにかく踏めば水が出るってこと。細かい仕組みは頭痛くなるから、あんまり考えなくていいよ」
私は肩をすくめると、ますますフィーネは唖然としていた。
「ナーレの家はなんか変だな。
これを踏めば水が汲めるんだな」
「いっせーの、でー!」
「よいっしょ、よいしょ」
どうやら、なんとか二人分の体重で鞴が動き始めた
10回ほど鞴を踏んでから足を離した。
「きゃあっ! 出てる出てる!」
フィーネは管の先である浴槽を確認している。
そこには一人分の浴槽があった。
いや、浴槽という名の、人が入る桶のようなものだ。
「これはね、水汲み用の受け皿みたいなもの。
鞴で汲んだ水が一旦ここに溜まるのよ」
私は淡々と言いながら、フィーネに説明する。
フィーネは目を丸くして、ゆっくりと後ずさる。
「……お、お風呂じゃないんだ……」
「うん、だから全身浴とかしようとしてもできないの」
私は淡々と付け加えると、フィーネは思わず吹き出しそうになった。
「うちは冷水のままを布でで擦るだけだ!
だから十二分に豪華だよ!」
「そこらへんは大丈夫。獣脂石鹸もあるし。
それに、今日は特別に温かいから」
「何それ!ふーん。
そんじゃ期待しましょうかね!」
フィーネはどうやら温かい入浴というのを期待している様子だった。
その時、お父さんが現れた。
どうやら酔いは醒めている様子だ。
木の桶に小石を入れて持ってきてくれたらしい。
片手には鉄のハサミを握り、臨戦態勢といった雰囲気だ。
「大丈夫、お父さん?」
私は少し不安だった。まだ酔いが残っているかもしれない。
「あぁ、酔いは醒めているさ。
何しろ危ないからな」
お父さんは鉄ハサミをカチカチ鳴らしながら、浴槽へと近づく。
そして私たちに向かって声を張った。
「フィーネちゃん、ナーレ。
一旦、風呂場から出てくれ。
弾けるかもしれない」
「弾けるって?」
「今から熱した小石をあの浴槽に入れるんだよ。
時々、小石がはじけて割れることがあるんだ」
お父さんが鉄のハサミで恐る恐る、小石を一つ掴み、浴槽に入れた瞬間――
ジュッ!
お父さんは恐る恐る、しかし確実に次々と小石を浴槽に入れていく。
ジュッ!
ジュッ!
ジュッ!
一つ入れるたびに水面が勢いよく泡立ち、蒸気が立ち上る。
フィーネは両手で顔を覆い、思わず後ずさる。
桶の中で石たちが熱を放ち、浴槽の水がかすかに沸騰するように揺れる。
お父さんは袖を捲り、右腕を水に入れてかき混ぜながら言った。
「あーうん……大丈夫かな。
一寸、ぬるいかもしれない」
毎日の儀式が無事に完了した。
「じゃあ、入っちゃって。
俺はまた準備しないといけないから」
お父さんはそう言うと、再びこの時間の定位置――暖炉の前に戻っていく。
また熱々の小石を生成するため、せっせと薪をくべながら。
私たちは浴槽の前に立つ。
フィーネは少し顔をしかめ、まだ小石の熱や水しぶきの余韻に戦々恐々としている。
「……これ、本当に大丈夫かな」
「大丈夫だよ。熱いところには石が沈んでるし、冷めるまでは少し待てばいい」
私は淡々とそう言いながら、浴槽の縁に手をかける。
フィーネもゆっくりと手を伸ばし、水面をそっと触る。
「あ、あったかい……! 本当に温かいんだ」
思わず顔をほころばせるフィーネに、私も淡々と頷いた。
こうして、ナーレとフィーネは浴槽の中で、
温かい水に手や足を浸しながら、日課の入浴を始めることになった。
私は浴槽の縁に腰をかけ、淡々と水面につま先を点けて判断する。
「うーん、ぬるいねぇ。」
一方、フィーネは恐る恐る足を水に浸し、思わず声をあげた。
「わぁっ、あったかい! 気持ちいい~~!」
全身をそっと浸して、くすぐったそうに手で水をバシャバシャと撹拌する。
水面が揺れるたびに小さな波が立ち、浴槽の中で二人の間に水しぶきが舞う。
フィーネは笑い声を弾ませ、顔を赤らめながら「きゃあっ、でも気持ちいいっ!」と歓声を上げる。
「あのさ、獣脂石鹸って、洗ってるって感じしないよね」
フィーネはカチコチの獣脂石鹸と格闘しながら、体をゴシゴシこする。
「そうだね、水につけても全然溶けないし……」
私は淡々と観察しながら、手を軽く水に浸す。
フィーネは獣脂石鹸を握りしめて顔をしかめる。
「うわぁ~、全然泡立たない! これ、ほんとに使えてるのかなぁ?」
「泡立たないけど、体は多少は滑るはずだよ」
私は淡々と助言する。
≪この時代の石鹸は泡立ちにくいからな。
この地域の水質でも、泡が立ちにくいのは仕方ない≫
ヴァルはそう言うと、淡々と知識を語り始めた。
(……ヴァルはいつも、私に必要なのかよく分からない知識を提供することもある。)
フィーネは泡立たない獣脂石鹸と格闘しながら、苦笑混じりで私の方をチラリと見る。
「やっぱり、泡立たないのって自然なことなんだな……」
小さく溜息をつきつつも、ゴシゴシ体を洗い続けるフィーネ。
≪仕方ないな、少し待っていてくれ≫
ヴァルはそう言って、何かを始める素振りを見せた。
フィーネは泡立たない石鹸と格闘しながら、少し首をかしげて私をチラリ。
「また始まるの……?」
私は淡々と観察しつつ、ヴァルの次の動きを見守った。
「おっ! 泡立ってきた!!」
ふと見ると獣脂石鹸が異様に泡立ち始めた。
≪ほら、泡立ってきたぞ≫
(ヴァル、またこそこそゴニョゴニョしに行ってたの?)
≪君たちが望んでいると、我が友に頼んできたのだ。
本日中のみらしいから、存分に洗うがいい≫
ヴァルのいう通り、
獣脂石鹸は泡立って、溶けやすくなった。
「なにこれ! バターみたいに溶けるんですけど」
フィーネは喜びの余り頭も洗い始めた。
フィーネは泡まみれの頭をゴシゴシこすりながら、「あははっ、目に入ったー!」と悲鳴を上げる。
両手で泡を払いながら、思わず後ろにひっくり返りそうになる。
「フィーネ、落ち着いてって……」
私は自分の体も淡々と洗う。
しかし、泡が予想以上に弾けるので、フィーネの笑い声と叫び声は止まらない。
「ナーレもやってみて! 手が滑るー!」
私は仕方なく手に泡をすくい、淡々と洗う真似をする。
「……こう?」
「うわっ、ナーレも泡だらけじゃない! ひゃー!」
二人は泡を飛ばし合い、まるで台所の戦場のような大騒ぎ。
≪二人ともやりすぎるな、石鹸がなくなるぞ≫
ヴァルは淡々と注意しながら、その様子を唯一の冷静な観客として見守っていた。
泡の香りと笑い声が入り混じり、寒いはずの風呂場はいつの間にか暖かく、
ふわふわとした空気で満たされていた。
泡の香りと笑い声に包まれた風呂場は、すっかりふわふわした空気で満たされていた。
まるで今日のサパー(supper)の延長のように、騒がしく、でもどこか穏やかなひととき。
さぱっりしたら。
明日がまたやってくる。
それは安息日に相応しい、
サパー(supper)の様に。
無限に繰り返される日々なのかもしれません。




