「城下町の市場調査-巡礼編Ⅹ 躰道する基軸ー」
ナーレ宅では大掃除が始まっていた。
フィーネはどうやら、今夜はそのままナーレの家で一泊する腹積もりらしい。
そして――案の定、作者の無茶振りが始まる。
三人の家に、四人目をねじ込めという無茶な御所望だ。
「面子」は揃った。ならば「オーラス」まで打ち切れ、という無体な命令。
とはいえ「場風」は未知数で、手配も読めない。
結局のところ――今回は「ダマテン」で和がれ、ということらしい。身勝手な要望が、静かに、しかし確実に現実の手配へと滑り込んでいた。
「一万の点棒を捨てて、和がれ」
……と、作者は軽く言ってのけた。
なるほど、こちらの懐事情も盤面状況も一切無視して、
“見えてる地獄へ飛び込め”と?
おかげで、これから待っているのは
「不利点」まみれの――いや、語呂通り「フリテン」一直線の展望だ。
さぁ、役満級に理不尽な一局が、今まさに始まった訳だ。
******
「大丈夫だ、まだ東場のような西場である。
家政婦体験では三回やる――その前哨戦、らしい。」
……いや、どこが大丈夫なんだ。
場の呼称が東だろうが西だろうが、しんどいものはしんどいんだが?
しかも“家政婦体験三連戦”の前哨戦って、
完全に本戦より地獄の始まりじゃないか。
「地獄は始まりからある。
今、ある訳でもないし、今、出来た訳でもない」
――と、まるで人生の真理でも語るように呟いてみた。
要するに“最初からずっと地獄だった”という自虐でしかない。
「さぁ──直感/直観ダイスに、バース・イン!!」
……などと、birth(誕生)とverse(韻/場)を掛けて、
ちょっと場を荒らしてやろうと意気込んだのだが。
結果はご覧の通り、驚くほど意味が無かった。
いや、“意味が無い”どころか、空振りの音だけが虚しく響いたレベルだ。
自分で投げたネタに、自分で二度躓く。
これもまた、作者の無茶振りに巻き込まれた
“ひとつの犠牲”というやつなのだろう。
「さぁ! 一巡目を終わらそう!!」
……と、作者がまた元気よく叫んだ。
作者の頓稚気が、また元気に発症した。
モロチン──ワクチンはまだ出来ていない。
フィーネと私は、ただ黙々と片付けていた。
“散らかっている”なんて生易しい言葉では到底足りない。
家中に飛び散ったという表現が正しい、いや、燃え広がったと言ってもいいほどの惨状で――。
唯一の救い……と言えるのかどうかも怪しいのだけれど、
被害の“爆心地”が、この食卓と家の入口付近に限定されていたことくらいだ。
裏を返せば、その一点突破だけで家中をここまで破壊したという事実が、むしろ恐ろしい。
なぜ椅子がこんな傷だらけになっているのか。
誰が空中戦でも繰り広げたのかと問い詰めたくなるレベルだ。
そして、いつもは暖炉の横にきちんと積まれている薪。
お父さんが毎回、丁寧に縄で縛っておく、あの薪束。
今はそこになく、よりによって暖炉の“反対側”に転がっている。
暖炉の反対側まで吹っ飛んだ勢いで、縄はきれいにほどけ、
薪は盛大に崩れ散っている。
そのうえ、火かき棒までもが、ありえない角度にぐにゃりと撓んでいた。
「おっかしいわね……大戦争の跡地って、確かこんな雰囲気だった気がするんだけど?」
フィーネは散乱した薪をつま先でそっと避けながら、半眼で部屋を見渡した。
フィーネはちらりと私の顔を見て、と言わんばかりの目をした。
「……私に言われても困るよ。私はアヴェーラと優雅な午餐だったんだから」
私は崩れた薪束を拾い上げつつ、ため息をひとつつく。
フィーネは「ふうん?」と、どこか疑わしげな声を漏らしつつ、火かき棒の曲がり具合を指でつつく、
私の眸をの覗き込んだまま言葉を紡いだ。
私がぼやいた。
「お母さんがしたんだと思う」
フィーネは一瞬だけ目を瞬かせ、
「……ああ、なるほどね」
と、妙に納得したような声を漏らした。
「いや、納得しないでよ。」
私が思わず突っ込む。
「ナーレを見たら、もう“家系、だいたいこんな感じだよ”ってなるの、不思議と納得がいく」
フィーネは何でもないように言い、曲がった火かき棒を指でつついた。
「え、ちょっと待って? 今さらっと失礼なこと言わなかった?」
私は薪を拾う手を止めて睨むように言った。
「え? 褒めてるよ?」
フィーネは心底きょとんとした顔で振り返る。
「どこが!?」
「だって、ナーレってたまに、うちの家系みたいな動きするもん」
フィーネは火かき棒を持ち上げ、ぐにゃりとした角度を眺めながら続けた。
「ほら、危なっかしいときほど変に頑丈だったり、妙な方向に力入ったり……ね?」
「褒めてるってば。ね? ほら、家族になじむの大事じゃない」
フィーネは軽く肩をすくめて笑う。
「家族になじむって……私、そんなにヤバいの?」
思わず本音が漏れた。声が少しだけ裏返る。
フィーネは火かき棒をくるりと回してから、
「ヤバいっていうか……うん、ナーレはナーレだし?」
と、まったく説明になっていない返事を返してくる。
「ごまかしたよね今!? 絶対ごまかしたよね!?」
「え~? そんなことないよ?」
フィーネは悪びれもせず笑って、散らばった薪を拾い始めた。
私は頭を抱えつつ小さくため息をつく。
フィーネは私の反応をひとしきり眺めたあと、
まるで話題を切り替えるみたいに、ぽつりと言った。
「でも、ほら、ナーレってさ――」」
指を折りながら、容赦なく列挙していく。
「細かいことすぐ忘れるし、
勢いで行動しちゃうし、
かと思えば、妙に考えてから動いたりするし、
匙加減も……たまに迷子になるし?」
「ま、迷子って何!? 私は調整してるつもりなんだけど!」
「その“つもり”がもう迷子なんだよねぇ……」
にこっと笑って言うフィーネ。
その瞬間――また奥の寝室から
ガタッ! ガシャッ! と慌てた音が続いた。
「……ねぇフィーネ。
こんな時に私の人格解説しなくてよくない?」
「落ち着かせようとしてるの。ほら、ナーレって焦ると余計やらかすし?」
「やっぱり私ってそんな扱いなの!?」
フィーネはしれっと言った。
「うん。だって可愛いし、危なっかしいし、放っておけないし」
「褒めてる? 貶してる?」
「七:三で貶してるかな?」
「ひどくない!? 七割も私の欠点じゃん!」
私が思わず声を荒げると、
フィーネはひらひらと手を振って、なだめるように笑った。
「まぁまぁ。今はヴァルもいるし、
やっと方向舵あるしさ」
「方向舵って……私そんなに暴走船なの?」
「昔はね。
でも今はだいぶ落ち着いてるじゃん。
私も安心して見てられるくらいには」
「…………む。なんか、褒められてる気がする」
「気のせいじゃないよ。ちゃんと褒めてるの」
「……少なくとも」
「それは……そうだけど!」
気づけば片づけは止まり、私たちはすっかりおしゃべりに夢中になっていた。
それでもフィーネは、散らかった薪束を手早くまとめて暖炉の横に丁寧に置く。
「どうなの? そっちの方は?」
私は思い切って、フィーネの家族のことを尋ねた。
「うーん、さっきも言ったけど、いつも通りだよ?」
フィーネは両手で小さな〇を作り、それを前後に動かしてみせた。
「父さんはほら、こんな感じで陽に焼かれてるんだよね」
〇を手前に近づけたり、遠ざけたりして、焼け具合を誇張して見せる。
「母さんは相変わらず、『プロポーション』ばっかり気にしてるんだ」
腰に手を当て、ちょっと胸を張るようにして笑った。
「フィーネのお父さん、赤いんだけど……
塩気があるというか、うーん……ちょっと臭う気がするんだよね」
「あぁ──うん。
漁師って、体は洗えるんだけど……生水があんまりないからさ」
「最終的には塩水で洗うって言ってたよ?
だからあんなに髪がごわごわなんだよ」
フィーネは両手を軽く広げ、肩をすくめる。
「で──帰宅したらしたで、そのまま床で寝始めるからさ、
もう、どうしようもないよね」
口の端をちょっと上げて、呆れながらも楽しそうに笑う。
思わず私も、くすっと笑ってしまった。
「母さんは若い頃から踊り子だったんだ。
それ一本で生きてきたから、ほかにできる仕事もないし、やり方も分からないって」
フィーネは手を腰に当て、少し肩を揺らすようにして笑った。
「いつも楽しそうだし、夜まで寝てることも多いけどね」
口元に微笑みを浮かべながら、フィーネは両手で空気をくるくると巻くような仕草を加えた。
──まるで母さんの自由奔放さを、そのまま手の動きで表しているみたいだった。
「それにしても、どうやって知り合ったのかな?
フィーネのお父さんとお母さんって」
私は首をかしげ、眉を少し上げながらじっとフィーネを見る。
手は軽く組んで前に置き、興味津々という様子を体全体で示している。
──まるで小さな謎を解きたくてたまらない子どものようだった。
「それは夜に話そうよ?」
私は軽く肩をすくめ、少し微笑みながらフィーネを見る。
フィーネもくすっと笑って、肩を少しすぼめて頷く。
「そうだね! じゃあ掃除を再開しなきゃね?
私が大雑把に掃除するから、フィーネはちゃんと操縦して!」
私は元気よく立ち上がり、腕を大きく振って勢いをつける。
目を輝かせ、にこっと笑って、思わず場の空気まで明るくなった。
フィーネも軽く肩を揺らして笑い、頷きながら準備を整えた。
時刻は夕の鐘が響くころ。
四人の掃除もやっと佳境に差し掛かり、
それぞれが疲れ果てていた。
「もう……お仕舞にしないか、
シャイマー。夕ご飯が間に合わないぞ」
お父さんは床に大の字で寝そべり、天井をぼんやりと仰いでいた。
「そうね、貴方、停戦合意としましょう……。
フィーネちゃんも悪いわね? 付き合って貰っちゃって」
「いいえ! ナーレで慣れているんで大丈夫です。
おばさん!その……また、御厄介になってもいいですか?
両親が遅いんです。」
フィーネは少し身を乗り出し、両手を胸の前で合わせる。
目は真っ直ぐお母さんを見つめ、少し緊張しながらも素直な頼みごとをしている。
「フィーネちゃん宅は大変ねぇ……。
良いわ、いつもナーレがご迷惑しているし。
我が家と思って頂戴? でも、寝具は三つしかないから。
ナーレと一緒に寝て貰うわね」
お母さんは片手を腰に当て、にこりと微笑みながら語る。
もう片方の手で軽くフィーネの肩をポンと叩き、安心させる仕草を加えた。
フィーネは少し照れくさそうに頬を赤らめ、しかし嬉しそうに小さく頷く。
「フィーネちゃんも我が家の名物・ブイオンスープを食べる名誉が与えられるのかぁ」
お父さんは満面の笑みで、ちょっと誇らしげに胸を張っている。
「お父さん? またかこつけて呑もうとしてるでしょ?」
私は眉をひそめ、片手で軽くお父さんの腕をつつくようにして突っ込みを入れた。
「駄目だからね? 掃除の後なんだから」
私は両手を腰に当て、眉を少しひそめて真剣な顔を作る。
しかし口元は少し緩んでおり、怒っているというよりは軽くたしなめるような雰囲気。
父は肩をすくめてニヤリと笑い、わざとらしく手を挙げて反抗するそぶりを見せた。
フィーネはくすっと笑い、私の注意の厳しさと父のだらけっぷりの対比を楽しんでいた。
「じゃあ、座ってて頂戴。
料理は戦場なの。志願者兵は?」
「はーい!!」
私とフィーネは、お母さんの指示で料理を手伝うことにした。
二人で手早く台所へ向かい、自然と笑みがこぼれる。
お父さんは言うまでもなく、こっそりと移動を始めた。
肩をすくめ、目をキョロキョロさせながら、まるで誰にも見つからないかのように忍び足で歩く。
──その姿に、私たちは思わず吹き出しそうになった。
「ねぇねぇ、お母さん?
やっぱり駄目だったよ?」
私はちょっと首をかしげ、眉を寄せながら母さんに尋ねた。
「そうね、あの彼はいつもああなのよ。
祝える時は祝うの」
母さんはどこか達観したような表情で、父の自由さを温かく受け流している。
「おばさん? おじさんは、どうして祝うのに全力なんですか?」
フィーネは今日は、お母さんに代わって鍋の監視係に大抜擢されている。
両手におたまを持ち、少し身を乗り出して鍋の中を覗き込みながら、真剣な顔で尋ねる。
「一寸、説明し辛いわね……。
ほら、お父さんがその、自らを罰しようとして身を汚した時の話、後日談があってね」
母さんは肩をすくめ、微かに笑みを浮かべながら、少し言葉を選ぶように視線を宙に泳がせる。
フィーネはおたまを持ったまま首をかしげ、興味津々で母さんの顔を覗き込んだ。
私は腕を組み、口元にくすっと笑みを浮かべ、台所で繰り広げられる“父伝説”に耳を傾けていた。
「彼はそう──天使を見たのよ?
神様よりもハッキリと目にしたの」
母さんは少し目を伏せ、神妙な表情で語る。
フィーネはおたまを持ったまま、眉を上げて目を丸くし、耳をダンボのように傾ける。
「それから────きっぱり捨ててしまったのね」
母さんは肩をすくめ、にこりと笑う。
「それからね? お父さんがお祝いを凄くやりたがるのは……」
フィーネはおたまを持ったまま首をかしげ、目を大きく開いて興味津々だった。
「つまり、それから猛アタックされたってことですか?」
母さん昔を思い出す様に話始めた。
「そうね──。最初は宗教めいた苦罰とかして、興味をそそろうとしてきたわ」
フィーネはおたまを握ったまま、眉を上げて目を丸くし、思わず口元を押さえ。
私は腕を組み、口元に微笑みを浮かべながら、二人の反応を楽しむように眺めていた。
「僕は君しか見えない、一緒になってくれ!
とか言って、見たこともない服装を身につけてたの。後になって「苦行衣」だって知ったわ。」
「『苦行衣』って何? お母さん?」
私は首をかしげ、眉を少し寄せながら率直に尋ねた。
「ふふ、ちょっと変わった宗教的な衣装みたいなものよ。昔、あなたのお父さん──その頃まだ若くて妙に熱心だった頃──決まった時間に一日中着てたの」
「それで、彼は私の存在が罪だとか、償いだとか、
良く分からないことを言っていたわね。それであんな服を着ていたって。改めて聞かされる乙女は、どう反応すればいいのか……呆れちゃうわ」
母さんはお父さんを盗み見た。
「それから、そうね。 彼は実はここら一部の土地を有してたり、いろいろと裕福だって知ったの。それ以上に、彼の家系が意味不明だったけど」
「それって、お父さんの曽祖父の話?」
私は眉をひそめ、首をかしげながら尋ねる。
母さんは肩をすくめ、目を細めて微笑む。
「そう──聞いたときは眉唾かしらと思ったの。面白半分に此処に来たけど、ちゃんと土地の権利書をこの目で見たわ」
母さんは少し得意げに続けた。
「『コノート王 此処に認めん』──その一文と印章で、本物だと分かったのよ」
台所には母の驚きとフィーネの興味津々な表情、ナーレの落ち着いた観察が入り混じり、ほんのり賑やかで和やかな空気が漂った。
今回は「ダマテン」で和がれるわけにはいかなかった。
しかし──。
裏ドラが捲られた。
とうとう、作者は作品における「場所」を示したのである。
とても自然な回収だった。
読者はついに、「ナーレの舞台」に降り立ったのである。
五九話の長い時間を費やして、第一階層である大地に降り立った。




