「城下町の市場調査-巡礼編Ⅶ-躰道する基軸-」
お母さんと対面する位置にエスリンさんが座った。
フィーネは流し目で状況を把握し、適当な席に腰を下ろす。
私は家の出入り口に近い席に座った。
結果として、フィーネは私の対面に位置し、お母さんとは斜め左の位置関係になった。
「シャイマーさん――こちらから改めて、謝罪させてください」
エスリンさんは、いつもの家政婦の姿勢とは打って変わり、阿るように懇願していた。
僅かに目の端がピクピクと痙攣している。
「いいえ。大丈夫よ? 貴女のせいではないわ……
どう考えても、彼のせいよ――」
お母さんは一瞬、私の自室の方を遠く見やり、
その後、しゅんっと視線を私に戻した。
「お母さん――ごめんなさい。きっかけは、私がお願いしたことなの……お父さんに……」
お母さんの眉がわずかに寄る。しばし静寂が流れ、部屋の空気が少し重くなる。
その視線は厳しいけれど、怒りだけではなく、どこか諦めにも似た温かさが含まれていた。
「そう……そうだったのね」
お母さんの声は低く、震えはほとんどないが、確かに感情が滲んでいた。
少しの間、ナーレの目をじっと見つめた後、そっと肩の力を抜く。
「ナーレ。確かにお父さんからそのことは聞いていたわ。でも――経緯についても理解しているのよ? ね――? ちょっと複雑なのよ」
ナーレは胸の奥でざわつく思いを必死に整理する。
(経緯も理解してくれている……でも、複雑ってことは、やっぱり全部納得しているわけじゃない……)
胸を締めつける思いと同時に、逃げずに向き合う現実を少しだけ受け入れられる気もした。
ナーレは視線を落とし、手のひらで軽く膝を押さえ、静かに呼吸を整える。
「おばさん? 確かに気持ちはわかるよ。
でも、なってしまった事は変わらないし……どうしたいんだ?」
フィーネのいつも通りの質問がお母さんに飛んだ。
お母さんは目を細め、二人の顔を交互に見つめる。
眉の間にはわずかに皺が寄り、唇を軽く噛む。
その表情は怒りでも悲しみでもなく、迷いと複雑さが混ざったものだった。
「どうしたいって……うーん……」
お母さんは声を途切れさせ、考えを整理するようにゆっくりと吐き出す。
「正直に言えば……腹は立つけど、怒っているだけでは何も変わらないのよね」
ナーレは胸の奥で、緊張と安堵が入り混じった感覚を覚えた。
(怒っているだけじゃない……考えを整理してくれている……)
フィーネは微かな笑みを浮かべ、腕を組んで肩をすくめる。
場の空気にはまだ張りつめた緊張が残るものの、わずかに和らぎが感じられた。
「フィーネさん? シャイマーさんも混乱しているんです。私達と同じ様に。
色々な問題が一度に噴出しましたから」
エスリンさんの声は穏やかだが、真剣さと率直さが滲む。
フィーネは少し眉を寄せ、言葉を飲み込む。
私の顔をチラリと見て、微かにうなずいた。
私は胸の奥で、少しずつ整理を始める。
(私だけじゃない……皆、それぞれ混乱している……)
手のひらを膝の上で握りしめ、深呼吸をひとつ。
その小さな動作だけで、わずかに心が落ち着く。
場の空気も少し和らぎ、張り詰めた緊張が緩む瞬間が生まれた。
お母さんも眉を少し下げ、目元にわずかな安堵の色が見える。
「いっそのこと――彼を罵ることにしませんか?
それか――私達をというべきでしょうか?」
エスリンさんの提案は、突拍子もなく響いた。
私は思わず眉をひそめる。
(え……罵る? 今、そんなこと……?)
胸の奥のざわつきが一瞬強まるが、同時に奇妙な安心感もあった。
場の張り詰めた空気に小さな裂け目ができたような感覚。
フィーネは口元に微かな笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「良いね? じゃあ――誰からにする?」
私とお母さん、エスリンさんの視線が一斉にフィーネに向く。
お母さんは眉を寄せ、少し目を丸くしてエスリンさんを見た。
怒りや苛立ちはあるものの、どこか呆れ混じりで場を観察する余裕もある。
私は肩の力を少し抜き、深呼吸をひとつ。
「エスリンさん? これから聞くことは忘れてくださいね?」
「勿論です。ナーレ様――それも家政婦の務めでございます」
「アヴェーラの莫迦!! 何よ!?
あの夕食……物凄く――緊張したわ!! 何よカーテシーって。そんなの無茶ぶりよ!!」
その瞬間、エスリンさんとフィーネの眸がもの凄く飛び出た。
驚きと軽い呆れが混じった表情で、二人は私を見つめる。
「ナーレ様? そのように思っていたのですか?」
エスリンさんの声には、驚きと小さな感心が滲む。
「なんだよ? ナーレ。アヴェーラからの無茶ぶりかよ――よく我慢したな」
フィーネは軽く肩をすくめ、微かに笑みを浮かべる。
ナーレは胸の奥で、ほっと息をつきつつも、まだ少し動揺が残っていた。
(ふぅ……二人とも、思った以上に驚いたな……でも、少し安心したかも)
「それにしても……エスリンさんも、
わざわざ学園まで来て疲れない?良く務めるよ」
フィーネは軽く肩をすくめ、ヤレヤレという表情を浮かべながらも、どこか尊敬の念が混じった目線をエスリンさんに投げかけた。
「もう――長い間、家政婦を務めております。
確かに……長くなりすぎて、そのことは除外しておりました。」
エスリンさんの声には、控えめながらも重みと真剣さが滲む。長年の経験が自然に背中を支えてきたことを感じさせつつ、同時に自分の配慮不足を静かに認める響きだった。
「エスリンさんも、何か言いますか?」
私は静かに、しかし確かに意志を込めてエスリンさんに促した。
「いいえ。私は十二分に、若いお嬢様の時に言いたいことを伝えてきました。あれでも十二分に落ち着いております」
エスリンさんは困ったような、そして愛しているような、複雑な微笑を湛えていた。
「フィーネ様、ナーレ様。私の些事はさておき――。
本題に移りませんか?」
私たちはお母さんに視線を向けた。
しかし、お母さんはまだ、場の雰囲気に取り残されているようだった。
お母さんは少し戸惑い、視線が上下左右に揺れた後……。
「分かったわ……どれから話した方が良いのかしら」
ようやく、お母さんの複雑な心が奏ではじめた。
お母さんは少し前のめり気味に体を傾け、
言葉を紡ぎ始めた。
「アレは……そうね?
彼に出会う前だったかしら……」
「ある……夏の日に一人の修道士に出会ったの。
石壁に寄りかかって座っていたわ。もう――筆舌に尽くし難いくらいに……」
お母さんは目をパチパチさせ、言葉を止めた。
「シャイマーさん?」
エスリンさんが、戸惑いながらお母さんの顔を覗き込む。
「もう――筆舌に尽くし難いくらいに臭くって!!」
お母さんがガバッと動いた反動で、エスリンさんも思わず顔を引っ込めた。
「えっと――それって……?」
フィーネは目を見開き、眉をぐいっと吊り上げた。
困惑の度合いが、顔の筋肉から全身に伝わってくるようだった。
「私は彼に話しかけたの……だって、あまりに臭いし、汚いし――公衆の面前で、その修道士はへたり込んでしまったんだから」
お母さんが話すたびに、空気がモワッと重くなる。
フィーネは思わず手で鼻を押さえ、腰を後ろに引いた。
「うっ……それ、ほんとにそのままですか!? え、もう、想像しただけで……うぅっ!」
お母さんはまるで気にせず、にこりと笑う。
「本当に……もう、筆舌に尽くし難いくらいだったのよ」
フィーネは息を整えながら、目を白黒させた。
「いや、想像するだけで戦慄が走るっていうか……もう、勘弁してください!」
「いいえ!! 十三歳の私の気分になって頂戴!?
修道士のイメージとは真反対の彼が、そこに居たのよ。そのイメージは、もうズタボロよ!」
お母さんは思わず頭を抱えた。
フィーネは両手で顔を覆い、眉をギュッと寄せて目を大きく見開く。
「うわぁぁ……想像するだけで、もうダメっ……!」
腰を後ろにひくと、思わず椅子の端に座り直し、足をバタバタさせる。
「ああっ、何で私の十三歳の心をこんなに傷つけるのよぉっ!」
「その修道士が、私になんて言ったのか……。」
お母さんが蒼白な顔を一瞬だけ走らせた。
フィーネの胸はドキドキと高鳴り、思わず息を詰めた。
「『う~ん……なんで放っておいてくれないんだ?
私は神と対話していたんだ』って言ったのよ!?」
フィーネは目を見開き、口を半開きにして絶句した。
「は……? 神と対話って……いやいやいや、どういう状況よそれっ!?」
「そうよ! 今なら分かるわ!!
助けなかった方が、絶対に良かったって!」
お母さんの眸がギンギンに光り出す。
エスリンさんは困った顔で眉をひそめた。
「え……ええと、でもシャイマーさん、助けたんでしょう? それで、どうしてそんなに……」
お母さんは両手をバタバタさせ、声を張り上げる。
「だからぁ! その修道士、神と対話とか言い出して、私の十三歳の心をズタボロにしたのよぉ!!」
エスリンさんは手を額に当て、軽く溜息をついた。
「……なるほど、初恋の洗礼がそんなにハードだとは思いませんでした……」
お母さんはため息をつきながら、椅子に深々と腰を下ろして体勢を整えた。
「余りに私のイメージの層がズタズタにされたのよ!
修道士って分かるのは、剃髪くらいじゃない!!」
エスリンさんはお母さんの言葉に、思わず目を丸くした。
「剃髪だけ? それじゃあ、ほとんど普通の人じゃないですか。修道士のイメージって、もっと厳格で清潔で、瞑想とかしてる感じなのに……。シャイマーさん、どんな教えを授けられたんですか? それが本物の修道士だって証拠になるかもですよ!」
お母さんは椅子の背もたれに寄りかかり、遠い目をして思い出した。
「そうね……彼は言ったわ。『人生は臭いものに蓋をするな。直視せよ。それが悟りの道だ』って。最初は冗談かと思ったけど、よく考えたら深いわね。でも、あの臭いは直視しすぎて、目が痛くなったわよ!」
「服も真っ茶色だし……『何をしたの』って問い詰めたわ。その真実を聞いたときは、思わず彼を投げ飛ばしたくなったわよ!?」
「えっと……何をしたんですって?」
エスリンさんは恐る恐る尋ねた。
「彼はね――『牛糞』で全身を塗りたくっていたのよ……」
その言葉を聞いた瞬間、フィーネは椅子から飛び上がり、両手で顔を覆った。
「うわぁぁっ!? 何それっ、マジでっ!? 想像しただけで嗅覚が壊れるっ!!」
エスリンさんも思わず後ろにひっくり返りそうになり、机に手をついて必死に踏ん張る。
「……そんな修行、存在するんですか……!?」
お母さんは肩をすくめ、にこりと笑う。
「だから言ったでしょ? 人生は臭いものに蓋をするなって。目の前の現実から逃げちゃダメよ」
エスリンさんは鼻を押さえ、眉をしかめながら後ずさる。「……直視……ですか。なるほど、これは直視せざるを得ない……!」
フィーネはさらに椅子から半分落ちそうになりながら叫ぶ。「いやぁぁっ、耐えられないっ!! これはもう、修道士の域を超えてるっ!!」
お母さんは笑顔で手を振る。
「ほら、ズタボロになった十三歳の私の心を思い出して! あの時の衝撃を共有するのよ!」
お母さんは椅子に深く座ったまま、遠い目で二人を見つめ、くすくす笑った。
「まぁ……本当に、人生は直視しすぎると痛いのよね……」
部屋に再び笑いが溢れた。
お母さんの話は、いつもこんな風に意外なオチがつく。
エスリンさんはお腹を抱えて笑いながら、ふと思った。
「その修道士は、今もどこかで臭い試練を与え続けているのかしら……」
お母さんはくすりと笑い、軽く肩をすくめた。
「居るわよ? エスリンさんも話したでしょ、もう――出会ったわよ?」
「――へっ?」
エスリンさんから、普段は滅多に出ないような声が漏れた。
フィーネは両手を机に叩きつけ、眉を吊り上げて必死に迫った。
「はぁっ、もう……私、待てませんっ!」
エスリンさんも、心臓をバクバクさせながら、フィーネの横で小さく手を震わせた。
「ええと……落ち着いて……お願いですから……!」
お母さんは椅子にもたれたまま、にやりと笑って肩をすくめた。
「ふふ……まぁまぁ、そんなに焦らなくてもいいのよ。聞きたいのね……?」
部屋には、焦りと期待、そして笑いの空気が混ざり合い、またもや小さなカオスが生まれた。
「貴方達も、さっきまで話してたでしょう?
ボロボロになって――。
今、家の外で黄昏ているでしょ?」
お母さんは椅子にもたれたまま、にやりと笑い、両手を軽く広げた。
「ほらね、想像以上に心が乱れてるんだから」
フィーネは思わず両手で顔を覆い、腰を引きながら小さく呻いた。
「うぅ……もう、耐えられない……!」
エスリンさんも手を震わせながら、床に尻もちをつきそうになり、必死に息を整えた。
「も、もう……心の準備が……」
「ちょっと待ってよ!? お母さん、もしかして……。
もしかしてなの!?」
私は、その仄めかしが一番遠くにあったはずなのに、急に一番近くに飛んできたと認知した。
体が小刻みに震え、思わず息をのむ。
お母さんは椅子にもたれ、軽く微笑んで言った。
「ふふ……その通りよ、ナーレ。予想以上に早く気づいたわね」
フィーネは思わず両手で顔を覆い、腰を後ろに引きながら小さく叫ぶ。
「うわぁぁっ!? やっぱり……信じられない……!」
エスリンさんも手で口元を押さえ、目を見開いたまま後ずさり。
「そ、そんな……どうして今さら……!」
「だって? 罵れって言ったじゃない!?
事実を話しているのよ――『正真正銘の実体験』よ?」
フィーネは両手をバタバタさせながら机を叩き、顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「もぉぉっ、そんなこと聞かされてどうしろっていうのよぉっ!」
エスリンさんも手で顔を覆いながら後ずさり、声を震わせる。
「う、嘘でしょ……これは……あまりにも……!」
お母さんは椅子に深く腰掛け、軽く笑いながら肩をすくめた。
「ふふ……だから言ったのよ。真実は時に、耐えがたいものなの」
「もう――いい加減にチラチラ覗いてないで、入って頂戴……。貴方!?」お母さんがその人物を促す。
フィーネは思わず体を硬直させ、顔を手で覆ったまま後ずさる。
「え、えぇっ……入るって……!? 無理無理無理無理ぃっ!」
エスリンさんも慌てて後ろに下がり、机に手をついて踏ん張る。
「い、いや……ここで入ったら、私、耐えられないかもしれません……!」
お母さんは椅子にもたれたまま、にやりと笑い、両手を軽く広げた。
「まぁまぁ、そんなに怯えなくてもいいのよ。覚悟はできてるんでしょ?」
「本当に入っていいのか、シャイマー?
御婦人方が怯えているぞ?」
私の背後、少し離れた位置から、聞き慣れた声がした。
「駄目よ? 今――、貴方のしでかした事を思い出していたわ。何で、あんなことをしでかしたの?」
お母さんは椅子にもたれ、軽くため息をつきながら微笑んだ。
「あの時は……途中までしか記憶にないんだ。
仲間内でワインの試作に没頭していたから……。」
お母さんは椅子にもたれたまま、眉をひそめつつも苦笑した。
「没頭して……って、また貴方らしいわね。
その途中の記憶が飛ぶくらいって、どんなワイン作ってたのよ!」
フィーネは思わず手を口元に当て、目を見開く。
「うわぁっ……もう、想像しただけで頭がくらくらするっ!」
エスリンさんも小さく後ずさりしながら、息を整えた。
「いやぁ……シャイマーさん、本当に毎回事件が起きるんですね……」
「君に出会う前―― 正確に言うと、月と太陽が七回くらい廻った頃。
ある夜に、それは始まった。」
聞き慣れた声はゆっくり息を吐く。
その空気に、部屋の時間が少しだけ止まったような感覚が漂った。
「あの時の俺は、ものすごく有頂天だったんだ。
ワイン造りをやっと認められて、一人前になってたんだ。」
お母さんは椅子にもたれたまま、眉をひそめ、軽くため息をついた。
「有頂天ね……また貴方らしいわ。
一人前になった自覚と、その後の惨状のギャップが目に浮かぶわよ」
フィーネは思わず手を口に当て、目を見開く。
「えぇっ!? その『一人前』って、まさか……あの事件の前の話ですよね……?」
「そうだよ? フィーネちゃん。 私は君と同じくらいに若かった。物覚えだけは、凄く良かったんだ」
お母さんは椅子にもたれ、にやりと微笑んだ。
「でもね、物覚えが良すぎると、時々痛い目に遭うのよ」
フィーネは思わず手で口元を押さえ、目を見開く。
「えぇっ!? また何かやらかしたんですか……!」
エスリンさんも後ずさりしながら、眉をひそめ、声を震わせる。
「やっぱり……あなたの家の伝統って、波乱万丈なんですね……」
「シャイマー、その事については若い時に話して、許してくれたじゃないか……。
頼むから、話さないでくれ」
フィーネは両手を必死に組み合わせ、額に汗を浮かべながら懇願した。
「お願い……もう、聞きたくないのっ!」
エスリンさんも手で口元を押さえ、目を丸くして後ずさり。
「そ、そんな……また過去の話ですか……耐えられません……!」
お母さんは椅子にもたれたまま、にやりと笑い、肩をすくめた。
「ふふ……許してくれたって、今となっては笑い話よ。でも、言いたくなるのも仕方ないじゃない?」
「やめてくれ。
君が云うより、私が話した方が傷口が広がらない」
フィーネは両手を胸に押し当て、思わず腰を後ろに引く。
「えっ……そ、それって……私たち、巻き込まれるってこと……?」
エスリンさんも目を丸くし、手を小刻みに震わせながら、必死に声を抑える。
「も、もう……なんでこんなタイミングで……!」
お母さんは椅子にもたれたまま、にやりと微笑み、両手を軽く広げる。
「ふふ……そうよ、私が話す方が丸く収まるの。覚悟はできてるでしょ?」
「彼――いいえ、若い頃の夫は、
自分のワインの味を確かめたかったの」
お母さんは椅子にもたれ、遠い目で思い出すようにゆっくり言った。
「でもね……その結果が、あんな騒動になるなんて、誰が想像したかしら」
フィーネは思わず手を口元に当て、目を見開く。
「えぇっ!? やっぱり、あの事件って……そのワインのせいだったんですか!?」
「夫は……色々な樽を開けて吟味したらしいわ。どれくらい呑んだのかは知らないけれど」
「それから、彼はその勢いで樽の何個かをダメにした」
フィーネは思わず手を口に当て、目を丸くする。
「えぇっ!? 樽まで……!? 全部、無駄になったんですか!?」
「あぁ! そうだよ。 私は二つの樽をダメにした。
応急処置として……ほかの倉庫から樽を移動したんだ。
まだ中身が少ない樽からワインだけ抜いて、空になった樽と入れ替えたんだよ。」
お母さんは椅子にもたれ、得意げに肩をすくめた。
「若き日の貴方って、本当にバカだけど、機転は利いたのよね」
フィーネは両手で顔を覆い、腰を後ろに引きながら叫ぶ。
「えぇっ!? そんなことまでやってたんですか……!?」
エスリンさんも思わず後ずさりし、手で口元を押さえる。
「そ、そんな……まさに若き日の暴走劇ですね……」
「でも――それが計算違いだった。
俺は、『ワイン』だと思っていたんだ」
お母さんは椅子にもたれ、眉をひそめつつも苦笑した。
「ワインだと思っていた……って、また貴方らしいわね」
「シャイマーその時の俺は、よく確認していなかったんだよ。夜だったし、蝋燭の灯だけで行動していたから。ワイン倉庫とエール倉庫が、一つの倉庫で区分けされているなんて思わなかった。若かりし自分には、そこまで機転が回らなかったんだ」
お母さんは椅子にもたれ、肩をすくめて苦笑した。
「夜に蝋燭だけで行動……若いって、本当に恐ろしいわね」
「仕方ないだろ? 修道士は夜だって詩編の作業があるんだ。
蝋燭は必需品さ。その夜は、詩編にかまけてふっと魔が差したんだ」
お母さんは椅子にもたれ、眉をひそめつつも苦笑する。
「魔が差した……若さゆえの暴走ね。想像するだけで恐ろしいわ」
「それについては反論しない。
俺は、自分の作品を純粋に確かめたかったんだ」
お母さんは椅子にもたれ、苦笑混じりに肩をすくめる。
「純粋に……? その結果が、あの騒動につながったんでしょうに」
「私は翌日になって、ワインでなくて『エール』だと知った。
その後はご想像にお任せする。 私は完全に『出来』上がっていた」
フィーネは手で口を押さえ、目を見開きながら後ずさり。
「えぇっ!? それって……全部、エールで酔っぱらったってことですか!?」
「量は少なかった。本当に空に近い量だった。そんな――茫然自失の所を、仲間内に『それだ』と気づかれた。仕方ないから……樽を空にして、仲間内で追加された樽に無理やりワインを突っ込んだんだ。」
「でも、空になった樽がどうしても余ってしまう。
仲間内は、静かにその樽を木片に変えたよ。
余りに手口が早すぎて、僕は唖然となった。」
フィーネは両手を口に当て、目を丸くして後ずさり。
「えぇっ!? 樽を木片に……!? そんな手があったんですか!」
「実際に木片は、暖炉の薪として使われてたよ。しれっとね。
皆、『よく燃える』質のいい薪なんだって。誤魔化したんだ」
お母さんは椅子にもたれ、にやりと笑いながら肩をすくめた。
「若さゆえの暴走も、仲間の機転で丸く収まる……ある意味、理想的ね」
フィーネは思わず目を見開き、腰を後ろに引く。「えぇっ!? 樽が……暖炉の薪に!?」
「もう――良いかい? 茶番が過ぎるよ。
シャイマー、入れてくれ」
お母さんは椅子からゆっくり立ち上がり、両手を軽く広げて促す。
「さあ、ここまで聞いたなら、もう十分でしょ?」
フィーネは慌てて駆け寄り、手をバタバタさせながら叫ぶ。
「えっ!? まだ聞き足りないですけど!? でも……分かりました!」
エスリンさんも後ろで小刻みに揺れながら、苦笑混じりに手を振る。
「仕方ないですね……皆でこの茶番の続きを見届けましょう……」
私もやっと、その御仁に視線を向けた。
いつも見慣れた顔が、そこに居た。
「本当に君には困るよ……
実際にあったことを、他人に言わないでくれ」
お父さんは酷く疲れ果てた顔をした。
お母さんは椅子に深く座ったまま、軽く肩をすくめて微笑む。「困る、困る……でも、言いたくなるくらい面白いんだもの」
フィーネは両手を口に当て、目を丸くして後ずさる。
「えぇっ!? 本人の前でそんな話を……!?」
「エスリンさんも、フィーネちゃんも、他の人…… 本当に知り合いだけにしてくれ。これ以上皆に筒抜けだと困る。 なにせ、今の仕事仲間にも筒抜けなんだ。誰のせいなんだろうね?」
お父さんは盛大なため息一つついた。
シャイマーは肩をすくめ、苦笑を浮かべながら言った。お母さんは椅子に深く座り、片手で軽く額を押さえた。
「誰のせいも何も……全て君の暴走の結果でしょ!」
フィーネは思わず手を口に当て、目を丸くして後ずさり。「えぇっ!? 仕事仲間にも筒抜け……!? もう、どうなってるんですか……!」
「彼女がべらべらと、危険予知のためだとか皆に共有するんだ。もう――君には困るよ」
お父さんはフィーネにどうしてこうも彼女はするのかと。同意を求めるように肩を竦める。
シャイマーは肩をすくめ、苦笑混じりに呟いた。
お母さんは椅子に深く座り、軽く頭を振る。
「困る……って、でも言いたくなるくらい面白い話なんだもの」
「そうやって、私を痛みつけるんだな?その行為は修道士の鞭打ちで十二分なんだけどな。わざわざあんな『服』を着て責め苦を与えるなんて――俺にはもう……無理だよ。」
お父さんは額を手で覆い、まるで過去の亡霊に追われる被害者のように震えながら訴えた。
お母さんは「何よ“あんな服”って」と眉をひそめつつ、どこか楽しそう。
フィーネはというと
「ちょ、ちょっと!? ど、どういう意味の“服”なんですか!?」と、机をごとガタッと後ずさる。
エスリンさんは両手を前に突き出し、真っ赤になって叫ぶ。「も、もうやめてください! わたくしの知らない修道士文化は聞きたくありません!!」
お父さんはさらに心身ともに消耗した顔で、ぽつりと付け加える。
「俺はただ……ワインを味見したかっただけなんだ……。どうして“俺の黒歴史コレクション”を、こんなフルカラー大公開するんだ、シャイマー……?」
お父さんは黄昏た眸を宿していた。
なんとも言えないセピアの彩りが蒼い眸に宿る。
お母さんは肩を竦めて、にやりと笑った。
「だって、危険予知として皆に共有した方がいいでしょ? 貴方色のワインを、皆『知りたい』んじゃない?」
シャイマーは額に手をやり、呆れ混じりに苦笑する。
「……俺の苦労は、一体何だったんだ……」
部屋の空気は、哀れなお父さんの嘆きと、笑いと、混乱でいっぱいになった。
69話を何とか綱渡りして、スキップしてきた。
何とも危なげな手品すぎる。
もう二度とやりたくないけど。
アレフと同じ様に同じ轍を踏みそうですね。
皆さもしっかり光を持って行動してください。
でないとアレフと私みたいに綱渡りする必要が出るかもしれない。




