「城下町の市場調査-巡礼編XLⅡ 家政婦体験篇XXXⅢー」
──キミのこと。
ワタシのこと──
誰かのこと……。
知らないこと。
教えてよ──!
まだ知らない話……。
ブルブルくる様な。
────。
いつからか、捨てきれない願い──。
かなえるために 今、ココロ 開いて……。
──────。
今の自分が最悪だって
誰がどうしていつ決めた?
まじまじと 生きていたら…。
壁ばかりが見えてきて──……。
気がつけばラビリンス。
────。
まだ知らないメロディー……。
ドキドキする様な。
噛みしめた。
言葉解き放てば、溶けあって……。
────────。
そんな気が 沸いてきたら!
"まだ知らない私"ならば、
いつからか、捨てきれない願い──。
かなえるために 今、ココロ 開いて……。
────長い時間が経過し切った令和で、
男は音を紡ぎ始めた……。
……余りに早く過ぎ去った。
──────懐かしいメロディーライン。
漢はそれを口遊む。
適える為に、叶える為に。
『お前の夢を壊しに来たぞ……』。
それが男の口癖になってしまったことに気づくのは、
────────二十五年後であった。
俺は二人の動向に注視していた。
本棚を動かし、ナーレとアヴェーラにそのことは伝えてある。
(……おかしいな?)
五階にいるはずの彼女たちが、階段の途中で止まっている。
上がるでも、降りるでもない。
(いや……違う)
佇んでいる、というより——
“そこで縛り付けられている”ように見えた。
俺は後ろを振り返る。
エスリンとヴィーウィ先輩。
二人は、保護者兼管理者として、
本棚の移動を手伝ってくれていた。
俺達は、短い時間で本棚を十二個、回転させていた。
……何のためにかも分からないまま。
「フィーネ様? どうかなさいましたか?」
エスリンの声が、俺に投げかけられた。
……そのときになって初めて、
俺は自分が顰め面で、彼女たちを見ていたことに気づいた。
「いや……本棚が回転するのは、どうしてだろうって」
俺はエスリンに、淡々とそう伝えた。
……三百六十度。
(そこまで回るものだとは、思っていなかった)
回すときは、酷かった。
三者三様に驚きながら、
押し合い、へし合い——半ば力任せだった。
「何故か、本が取り出せないようになっているんですから!不思議ですよね?」
ヴィーウィ先輩は、そう言って本棚に寄りかかった。
「そもそも、お抱えなんだからさ。
そういうところは詳しくないのかよ?」
俺は、ここまで来てずっと引っかかっていた。
アヴェーラ宅で長く話しているのは、ヴィーウィ先輩だけだが——
この家の家政婦たちは、妙に“何も知らない”。
必要なこと以外は、
意図的に伏せられているかのように。
「申し訳ございません、フィーネ様」
エスリンは、丁寧すぎるほどに、
謝罪の言葉を重ねてくる。
(『フェンガロアンティフュポス。
そう、前の婦長が仰っていました』——
あの橋で、そう言っていたはずだ)
(なら——知っているはずだ。この謎も)
しかし、彼女は——
一切、発せず。
それでも尚、
瀟洒な側仕えとして振る舞っている。
「これも、俺たちの試練ってやつか。
この家の——宣託の儀、なのか?」
俺は、それを確かめたかった。
この遊びは、
大昔から仕組まれてきた——
そうとしか思えなかった。
「フィーネ様。それについては、
お答え致しかねます。どうか——導いてくださいませ」
「ハッ——!!」
俺は呆れて、追及を放棄した。
(反吐が出るほどだ。
この一族は、後世に残そうとしている。
自分の血筋が——
玉座に相応しい、一族かどうかを)
「ねぇ——!!!」
館の静寂が、裂けた。
(ナーレだ——)
何かあったに違いない。
俺の親友が声を上げるときは、二通りしかない。
何か面白いことを見つけたか。
それとも——
アヴェーラの面倒事に巻き込まれて、
バタバタしているときだ。
————。
(今の声は——面白がっているのと、
厄介事の中間だ)
「なんだァ——!!!」
俺は、最上階の階段に視線を据えた。
——何かが、起きている。
「ねぇ──!? ちょっと──!
三人で来て欲しいの────────!!!」
ナーレの声は、途中で何かに遮られるように、
途切れ途切れに響いた。
(途切れ途切れの声。
また、何かを見つけたな。
母音が強くなる——ナーレの癖だ。
──碌でもない。
直感が、そう告げていた)
「分かった——! すぐ行く!」
叫ぶように、俺は声を上へ放つ。
すでに身体は、階段へ向かっていた。
「待ってよ! フィーネちゃん!」
ヴィーウィ先輩が、慌てて後ろから追ってくる。
対してエスリンは——
まるで急ぐ理由などないかのように、
ゆっくりと階を上ってくる。
俺は、階段をいくつも飛び越えた。
跳ねるように。
ヴィーウィ先輩が、後ろで必死に食らいついてくる。
「うわぁ……もうダメだよ~……」
三階の踊り場で、ヴィーウィ先輩は完全に足を止めた。
荒い呼吸が、階段に響く。
——その間にも。
俺は三階の途中まで、一気に駆け上がっていた。
(それにしても——なんでこんなに高いんだ!?)
階段は高い。
一歩ごとに、爪先を狩られそうになる。
(いや——おかしいだろ、これ)
上るほどに、確信に変わっていく。
(……俺たちに“合わせて”いる?)
(いや——違う。
『十三の娘』に、合わせている)
気づいた瞬間、
背筋から冷たいものが這い上がる。
身体が、固まった。
アヴェーラの一族は、積み重ねてきた。
念に念を——。
長い舌の上で、
相応しき者かどうかを舐めるように確かめるために。
転ばせるための段差。
疲れさせるための段数。
すべてが、仕組まれている。
——辞世を歩んだ者たちの、執念で。
俺の頭の中で、面倒と怒りが混ざり合い——
ひとつの感情に変わり始めていた。
(絶対に……このクソみたいな風習を、終わらせてやる!)
意思を携えたまま、俺は四階の踊り場を駆け抜けた。
そして——五階へ。
「遅っそいよ! フィーネ!」
わざわざ降りてきたらしいナーレが、
開口一番、待ちかねたような声を上げる。
「おう……すまん」
「ねぇ、ヴィーウィ先輩とエスリンさんは?」
先ほどの勢いとは打って変わって、
ナーレは目をぱちくりさせる。
首を傾げた。
「ヴィーウィ先輩は三階で休んでる。
エスリンさんはゆっくり来るって」
俺が説明すると、
ナーレは一瞬、間の抜けた顔をした。
「うん、分かった。じゃあ待とっか」
(こいつは昔から、この癖があった。
穴を見つけるのが異様に早い——いや、見つけ方が違うのか)
ナーレは階段を上っていく。
その歩き方には、思考の癖がそのまま出ていた。
あるいは、もう少し観察寄りで整えるなら――
(いつも、この癖直らないよな……)
ナーレは考え込むと、上半身と下半身の重心がずれる。
腰回りだけが、やけに重く沈む。
まるでそこに、見えない重さでも乗っているかのように。
「フィーネを呼んだのは他でもなくて……
フィーネなら、私の違和感をちゃんと“形”にできると思ったの」
(ナーレが感じるのは、違和感と直感的な推論だ。
それは長年の付き合いの中で、嫌というほど理解している)
「それで? 」
俺はナーレに言うように促した。
「ほら? 二階の踊り場に行くときにさ……
遠くからギシリ、ギシリって音がしたじゃない?」
ナーレは、唐突に過去の記憶と体験を引きずり出すことがある。
俺はそれをずっと、ただの癖だとは思っていなかった。
そこには——何らかの因果があると、分かっていた。
(“違和感”に関しては、空気を吸うように——
いや、鼻が利くほど鋭い)
「あぁ──確かに。
それで? 違和感はなんだよ」
「えっとね……聞いても驚かないでほしいんだけど。
“なんかね……階段が沈むのよ”——」
(ナーレの答え方は、いつもこうだ。
一緒に“見てくれないか”が前提になっている気がする)
「とりあえず、アヴェーラも感じてるみたいだから……
何かしらの仕組みはあると思う。
でも——重さが必要なの」
(コイツは……コイツらしい曖昧さで、
真実をそのまま伝える癖がある。
要するに「重さ」がヒントになる謎だ。
それを、こいつは掴んでいる)
「それで? 俺にどうして欲しいんだ?」
「フィーネだけじゃなくて……
エスリンさんとヴィーウィ先輩も必要なの」
ナーレと俺は階段を昇り続けた。
「つまり……?」
俺がそう言いかけた、その瞬間。
「あら、フィーネ。だいぶお疲れね?」
アヴェーラが合流した。
彼女は階段の途中に、腰を下ろしている。
「待たせたわね」
俺は、アヴェーラが立ち上がるのを手助けした。
アヴェーラの身なりを整える。
三人が、揃った。
「それで、アヴェーラ。
階段が変だって?」
「えぇ……そこの階段が沈むの。
ちょっと、乗ってみてほしいのよ」
俺はアヴェーラが指差した一段に、足を乗せる。
(……? おお──!?)
視線が、ゆっくりと下がっていく。
それは落ちるというより、沈んでいくような感覚だった。
身体は正直に反応していたが、
俺はもう一段、足を下ろした。
視線は、まだ水平を保っている。
ナーレとアヴェーラは、
俺が降りやすいように一段下がってくれていたのだろう。
彼女たちの立っている位置は、
さっきまでとは明らかに違う場所に変わっていた。
「ね、沈んだでしょ……?」
ナーレは、まだ信じきれていないような顔をしていた。
それでも、確かに起きたことだと言いたげな、怪訝な目をしている。
アヴェーラは、少し白黒のつかないような表情をしていた。
口元も、目も——どこか判断を保留しているような曖昧さがある。
「なんだこれ?
どういう状態……」
俺は状況を把握したかった
「えっと……状況を説明するわ」
ナーレは、自分が体験したことをそのまま言葉にしていく。
五階の踊り場の壁の向こうに、何かがあること。
そして、この得体の知れない現象が起きていたこと。
その間、アヴェーラが要点を補足していた。
「えっと、その“沈む”って……」
俺は、その場所へ視線をちらりと向けた。
「そこに五人で乗れ、ってことか?
で、何が起きるかは分からない——と」
ナーレとアヴェーラは、申し訳なさそうに頷いた。
どうやら、その通りらしい——そんな空気のまま。
「今の説明だと、二人が乗ったときに音が鳴ったってことだな?」
「うん。フィーネも聞いたでしょ?」
ナーレは、その事実をもう一度なぞるように繰り返した。
(どうも、二階で聞こえたあの音は、この謎の起動に関係している。
正確には、“沈む機構”のある場所に立つと鳴る、ということか)
「アヴェーラ。どういう意味だと思う?」
俺は、この屋敷の根幹——
いや、“呪詛的な根幹”とも言うべき人物に問いを投げた。
「私も分かりませんわ。
でも、嫌な予感がいたしますわね」
「ナーレと貴女の話を合わせると、
音が鳴る場所があるということは——
そこに立つか、あるいは重いものが通る、ということでしょうね」
「で──! それで、どうせ厄介な問題があるんだろ?」
「そうですわ。ここに居ると、扉に近づけませんの。
当たり前ですわよね?
ここに居ないと動かない謎なら」
(見えてきた。ナーレが言っていた扉は、目の前にある。
しかし開けるためには、動いてはいけない。
扉へ行くための“逆封鎖型ギミック”——!)
「どうすんだ、それ?」
「分かりませんわよ! 何か別のギミックがあるはずですわ!」
「とりあえず、五人がここに立たないと!」
「おいおい、冗談だろ?
二人でも精一杯だぞ?」
俺たちは、階段の途中で押し問答のようなやり取りを続けていた。
(いや、方法は一つだけある。
ここに五人が立つ手段——)
「一つだけある。五人が立つ手段が」
「なんですのそれは! 」
アヴェーラは、少し興奮したように目を輝かせていた。
「それは……
五人のうち四人で、肩車をするということだ」
俺がそう口にすると、
アヴェーラはぽわぽわとした夢見るような目で、ナーレの方へ視線を向けた。
(だから、無理だって思ったんだよな……)
ナーレは、その意味を瞬間的に理解したらしい。
───そうだ、やっと。
何の因果なのか、アヴェーラの夢が叶ったんだ。
この仕組みは、
彼女にとって“都合の良い夢を叶えるため”。
その”口実”になったのだ。
───アヴェーラは夢見るような目で言った。
「これで合法的に肩車ができますわ〜♡ 」
────────。
今にも、ナーレは『理不尽が飛んできた! 』って顔で、
“助けてほしいの! フィーネ! ”という視線を俺に向けてきた。
そして俺はそれを受け取った上で、綺麗に流した────。
(俺は何も悪くない! 理不尽が飛んできただけだ! )
ナーレはずっと、“助けてほしい! ”と嘆き続けていた……。
男の口癖は常に言う事を変えてきた。
『お前の夢を壊しに来たぞ……』
『お前の夢を守るぞ』
『お前の夢を連れて行く』
『お前の夢を叶えるぞ』
──────ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
終わりのない天国が其処にあった。
脚を救われて、蹴られて、突き放されて、引き戻される。
様々なアニメやゲームの記憶が去来して。
見喪った。
────────二十五年後であった。
『もう何も怖くない……死ぬ以外は……』
────────令和に縋った。
漢は物語を描き始めた。
『縋る為の祈りが足らない……今の時代のアニメでは───』
──────物足りないんだ……。
漢は叙事詩を描き、少女アニメを描いた。
その反復は儀式となり、
その執心は祈りとなった。
それは、現実と幻視の境を、静かに侵していく。
気づけば――地獄は、すぐそこにあった……。
『ステュクスの本流から、
アケローンの支流へ……漢は、逆らい始めた』
『もう何も怖くない──……』
(たとえ、そこがどれほど歪んだ辺獄でも……)
辺獄へ往くのだ……。
嘲笑に塗れた鐘が鳴る、その場所へ――
……あえて、出航する。
巡礼は、まだ始まったばかりだ。
その度に辺獄に縋る。
窯で湯がいて、出汁になりて、
果ては、我が身が遺骸になる……。




