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こちらは神材派遣管理会社「ユル」でございます。  作者: U-SAN
「街道/廻道(かいどう)、繰路(くりじ)巡路(めぐりじ)」
103/104

「城下町の市場調査-巡礼編XLI 家政婦体験篇XXXⅡー」

──電車は隧道を駆け往く。

 

「とんでもない所まで来たなぁ……」

 

 漢は独りごちた。

 

 運転席に座る童顔の彼は、流れ去る風景を眺めた。

 否――風景“だったもの”を。

 

 トンネルの壁面は、いつからか煤けたコンクリートではなく、濡れた肉のように脈打っている。

 

 時折、窓硝子に映るのは己の顔ではない。

 見知らぬ誰かが、こちらを覗き込んでいる。

 

「……おいおい、勘弁してくれよ」

 

 軽口のつもりだったが、声は妙に乾いていた。

 

 計器はすべて正常を示している。

 速度も、電圧も、ブレーキ圧も。

 

 ──なのに。

 

 列車は“下っている”。

 

 あり得ない角度で、

 あり得ない深度へと。

 

 ふと、背後で軋む音がした。

 

 客車からだ。

 

 誰も乗せていないはずの、

 空のはずの車両から。

 

「……乗せた覚えは、無いんだがな」

 

 男はゆっくりと、

 運転席と客室を繋ぐ扉へ視線を向けた。

 

 その向こうで、

 

 誰かが、

 “乗っている”。

 

 誰かが、

 “乗っている”。

 

 【やぁ? 奇遇ですね……。

  ──何時お越しに? 】

 

 【そうでしたか……一両目から此処まで来たのですね? 】

 

 漢はグラリっ………………。

 

 身体の重心が崩れて、

 視界が一瞬、暗転する。

 

「……っ、く……!」

 

 咄嗟に制御盤へ手をつく。

 冷たい鉄の感触が、辛うじて現実を繋ぎ止めた。

 

 ──今のは、何だ。

 

 声は、確かに“後ろ”から聞こえた。

 だが同時に、耳の奥――いや、脳の内側で響いている。

 

「……誰だ」

 

 振り返る。

 

 運転席と客車を隔てる扉は、

 閉じたまま。

 

 しかし。

 

 その小窓の向こうに、

 “顔”があった。

 

 童顔の男と、よく似た輪郭。

 だが決定的に違う。

 

 目が、合っていない。

 

 こちらを見ているはずなのに、

 焦点が、どこにも定まっていない。

 

 【おや? お気づきでない? 】

 

 その声は、今度ははっきりと扉の向こうから。

 

 【もう随分と、走っておられますよ? 】

 

「……何を、言っている」

 

 【此処は既に、“次”ですよ】

 

 瞬間。

 

 ガタン、と。

 

 列車が大きく沈み込む。

 

 レールが軋む音ではない。

 もっと粘ついた、“何かを踏み越えた”ような感触。

 

 計器が一斉に振り切れた。

 

 速度計が、意味を失う。

 

 高度計など無いはずの盤面に、

 見たことのない針が現れ、

 ゆっくりと“下”を指している。

 

 【降りられますか? 】

 

 小窓の向こうの“それ”が、微笑んだ。

 

 【それとも──もう少し、参りますか? 】

 

 男の喉が、音を立てて鳴った。

 

 前方。

 

 暗闇だったはずの隧道の奥に、

 “光”が見える。

 

 だがそれは出口の光ではない。

 

 脈打つように、

 呼吸するように、

 こちらを“迎えている”光。

 

 ──────────。

 

「さぁな? 降りても。

  こいつに乗る嵌めになるんだ」

 

 一両目から来た人間達は、そう言ってホームに降りた。

 

 誰一人、振り返らない。

 

 まるで、もう“確かめ終えている”者達のように。

 

 ホームに降りると、

 そこは駅だった。

 

 古びてもいない。

 寂れてもいない。

 

 ただ、妙に“生活感が無い”。

 

 風も吹かず、

 音もない。

 

 駅前ロータリーへと足を進めると、

 一台のバスが目に入る。

 

 たった一つ。

 

 それだけが、そこに“ある”。

 

 バスの行先表示には、

 

 『終着駅:最終便』

 

 と、ぼんやりと灯っていた。

 

「……終わり、ねぇ」

 

 誰かが鼻で笑う。

 

 だがそのバスは、客を待っていない。

 

 ロータリーを、

 ただ、ぐるぐると回っている。

 

 一定の速度で。

 一定の軌道で。

 

 止まることも、

 扉を開けることもなく。

 

 まるで“停車”という概念そのものが、

 最初から存在しないかのように。

 

 ──そして。

 

 気付けば。

 

 さっき降りたはずの電車が、

 ホームに“戻ってきている”。

 

 音もなく。

 

 気配もなく。

 

 ただ、最初からそこに在ったかのように。

 

「……ほらな」

 

 先に降りた男が、顎でそれを指した。

 

「降りても同じだ。

  あれに乗るか、こっちに乗るかの違いでしかない」

 

 バスは回り続ける。

 電車は待ち続ける。

 

 どちらも、“終点”を名乗りながら。

 

 その時だった。

 

 バスの窓の一つに、

 人影が映る。

 

 ──いや。

 

 “乗っている”。

 

 いつの間にか、

 誰かが中にいる。

 

 こちらを見て、

 ゆっくりと手を振っていた。

 

 【お選びください】

 

 背後から、あの声がした。

 

 振り向かなくても分かる。

 

 あれは、“あの車両”のものだ。

 

 【終わるための道か。

  それとも──続くための道か】

 

 男の足元で、影が揺らぐ。

 

 レールのように伸び、

 道路のように分岐し、

 

 どちらにも、繋がっていた。

 

 ────『もう既に、最終駅に到着している』

 

 ────『もう既に、最終駅に到着している』

 

 声は、どこからともなく。

 

 車内でも、ホームでも、

 バスの車窓でもない。

 

 “前提”そのものが、そう告げていた。

 

 男は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なるほどな」

 

 視線を巡らせる。

 

 回り続けるバス。

 待ち続ける電車。

 降りたはずの人間達。

 

 その全てが、

 “到着後の挙動”だった。

 

「選択肢なんざ、最初から無ぇって訳か」

 

 足を一歩、踏み出す。

 

 レールでもなく、

 道路でもない場所へ。

 

 【おや】

 

 背後の声が、わずかに揺らぐ。

 

 【それは、推奨されておりませんが……】

 

「知るかよ」

 

 男は鼻で笑った。

 

「終点に着いてるってんなら、

  後は“降り方”の問題だろ」

 

 その瞬間。

 

 世界が、軋んだ。

 

 バスの軌道が歪み、

 電車の車体が“遅れて”揺れる。

 

 まるで、後追いで現実が補正されるように。

 

 【……規定外行動を確認。

  任務遂行領域離脱の可能性──】

 

 声が、初めて“人間らしさ”を失う。

 

 無機質に、

 平坦に、

 ただ処理するように響いた。

 

 【乗客識別:異常者イレギュラーと判断】

 

 男の足元にあった影が、

 レールにも道路にもならず、

 

 “亀裂”へと変わる。

 

 底は見えない。

 

 だが、不思議と恐怖は無かった。

 

「……はは」

 

 男は、小さく笑う。

 

「ようやく、出口らしいもんが出てきたじゃねぇか」

 

 一歩。

 

 踏み出す。

 

 落ちる、のではない。

 

 “外れる”。

 

 その感覚だけが、確かにあった。

 

 背後で。

 

 【最終駅、逸脱確認】

 

 【当該個体──】

 

 声が、途切れる。

 

 世界が、閉じる。

 

 気付けば。

 

 電車は、隧道を駆けていた。

 

「とんでもない所まで来たなぁ……」

 

 運転席で、童顔の男が独りごちる。

 

 その目は、どこか虚ろで。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 “外れた何か”を、覚えているようだった。

 

 ──────漢は隧道の中で気付いた。

 

 ≪もう既に地獄の入り口を通り過ぎた。

  今はもう、二度目の入り口なのだ……≫

 

 ………………地獄(ものがたり)が始まる。

 

私は初めて。


この家に託されていたものの重さを、


今──知った。


「十三歳の娘を選べ」────。


それがどれほどの意味があるのかは未知数だったものの、

ナーレ達の話を聴くことにした。


「それで……。誰を選びますの?」


気づけば、そう口にしていた。


フィーネは、ぐぬぬっと顔をしかめると――

私に向き直り、言い放った。


「アヴェーラとナーレは最上階に登ってくれ!

俺は一階で本棚を動かす!」


その発言にヴィーウィはアワアワしながらもフォローをいれる。


「フィーネちゃんだけじゃ無理だよ!大きすぎるもん!」


そう言うや否や、彼女はエスリンの腕に自分の腕を絡める。


「どういうつもりですか?ヴィーウィ……?」


「ね?エスリン婦長も……手伝ってくれるよね?」


エスリンは、すっと私に視線を合わせてきた。


「エスリン。お願い出来るかしら?」


私は、いつもの調子で──

けれど有無を言わせぬ声音で、そう命じた。


「理由を伺っても?」


「乙女の嗜みよ」


「……仕方ありませんね」

エスリンは決まり台詞の様に粛々とお辞儀をした。


──────瀟洒な出で立ちのまま、

この場を執り仕切った。


「お嬢様はナーレ様と最上階《うえ》に向かって下さい。

そこで何が見えたのか仰ってください」


私の側使いはそう言いながら、

フィーネを先頭に、ヴィーウィに伴われ一階へと降りて行った。


ナーレは少し黙っていた。


彼女の三つ編み(かみ)は肩を流れ、

木目の細かな肌艶が碧く嫋やかに煌めいた。


「行きましょうか?フィーネにあのように言われても……。

何が見えるのかは、定かではありませんけれど」


私の言葉は、最後まで言い切れなかった。

――余計に、歯切れが悪い。


「ごめんなさい。アヴェーラ。

最上階に行けば分かるかもって言ったのは私なの……」


ナーレの言葉を、私は静かに受け止めた。


「……そう」


責める気にはなれなかった。


それは、彼女が自分で背負おうとしているものが、

あまりにも明らかだったから。


「なら――行きましょう」


ナーレは、小さく頷いた。


──────。


二階の踊り場から、

三階へ上っていく。


天井には、一枚の長い絵が飾られていた。


「……あれは、何に見える?」


ナーレが、静かにそれを指差す。


「そうね……炎に視えますわ。私には……」


その炎の絵は手を伸ばすようにメラメラと燃えている。


しかし、色合いは青白い色をしてた。


「それにしても変だと思うの」


私達が三階の踊り場を曲がろうとして、

四階の階を上がろうとした際に、

彼女は呟いた。


その声音には、確信にも似た響きがあった。


「どこのあたりがです?」


私が彼女が好きな理由はコレだった。


(彼女は普通なことでも異変に感じる。

違和感を普通として処理する視線)


「普通……上下、逆だと思うの……。

だって、入り口はあっちでしょ?」


その指先は、迷いなく“そちら”を指していた。


「……つまり。こういう事ね?

お客人の視点から視たらあの絵は上下が逆だって事?」


【視点/始点が違う――――――】


私は今までの言葉を整理した。


道、本棚、炎、絵、

絵と門の差異……。


その瞬間、全部が繋がった気がした。


「分かったわ……!

 あれが――道標なのよ!」


私が歓喜に息を弾ませる中、

彼女は尚も、絵を見つめ続けていた。


「……だから、逆に見なければいけないのよ」


ナーレは、静かにそう補足した。


「よくよく見れば……

あの炎の根元は、最上階の踊り場ですわ……。

どうして、気づかなかったのでしょう」


──最初から、示されていたのに。]


「行きましょ?」


「うん……」


ナーレには、終始考え込んでしまう癖があった。


(彼女の物憂げな視線は、その髪と対比していた)


やっとの思いで、私たちは四階を通り抜け――

最上階へと辿り着いた。


最上階には、

一階から視れなかったであろう


絵画が並んでいた。


それらはすべて、女性だった。


どの絵も、こちらを見ているようだった。


皆──うら若い少女の絵でり。

中には集合絵もある。


私達はその絵に近づいていく。


一番端にアヴェーラとよく似た顔の女性が佇む、

その人物別の二人の少女も描かれているという不思議な場所であった。


一番端には、アヴェーラとよく似た顔の女性が佇んでいた。

その絵にはさらに、別の二人の少女も描かれている。


――不思議な構図だった。


私は、その絵に視線を落としたまま、言葉を失っていた。


アヴェーラに酷似した女性。

そして、その傍らに描かれた、二人の少女。


「……これ、どういうことかしら」


声は自然と低くなっていた。

それは問いというより、確認に近い響きだった。


ナーレが絵の横に立って、

絵の裏を見るために動かした。


「視て……アヴェーラ。

答えがあるよ」


≪Niamh Mórlaí cum amicis tertium decimum annum celebrans≫


私たちは、絵を元の位置へと戻した。

この原風景は――――――。


「おーい!!!着いたかぁーー?」


一階にいるフィーネ、エスリン、ヴィーウィはとても小さく見えた。


――――――思っていた以上に、深かった。


「フィーネ!!!分かったわ!

天井の炎の画を見て!それに従って!」


彼女の声が途中で止まった。


「本棚の頭をこっちに!こっちに来るようにして!

道をこっちに集中して!!」


フィーネとエスリン、ヴィーウィは一階で作成会議した後に、三人一緒に本棚を先頭をこちらに向ける作業に取り掛かった。


「何故、本棚なの先頭にという発想がお生まれに?」

私はナーレに尋ねた。


(彼女はいつもそうだった。

私が最初に彼女と出会った時もそう)


「だって、本棚の先頭の横に同じ絵が描かれてたんだもん。それって。そっち向けろって意味かなって?」


彼女は天使の様に笑っていたことを私は思い出した。


嘗てあったあの光景を、私は思い出していた。


「貴女は変わらないわね……」

「うん?アヴェーラ何か言ったかしら?」


このやり取りもあの時とおんなじだった。


────。


「……あの絵も、同じなんじゃないかな?」


「え?」


「……あれは、アヴェーラのお母さまだったでしょ?」


「……そうね」


私は、すぐには否定できなかった。


あの絵。

天井の炎。

本棚の向き。

そして――時間の歪み。


「今までの全部が……繋がっているのかもしれないわね」


私はそう呟きながら、ナーレの方を見た。


「……あの絵は、代々続いてきたものなんだと思うの!」


その言葉を受けて、私は一拍置いた。


「じゃあ……私たちは何番目なのかしら」


「それはもう!簡単だよ。

一番大きい一枚絵を見れば良いんだよ!」


私達は、改めて集合絵の前に佇んだ。


彼女は躊躇いもなく、

すっと手を伸ばし――絵の裏を確かめる。


(……この子は、私以上に)


一瞬、言葉にならない何かが胸に引っかかった。


「ほら……やっぱり!」


確信を帯びた声。


彼女は振り返り、

ちょいちょいと手で私を拱く。


彼女に促され、私は絵の裏を覗き込んだ。


そこには――


びっしりと、名前が並んでいた。


古いもの、新しいもの、

重ね書きされたもの。


そして、その中には――


「……ねぇ、これ」


彼女の指が、ある一点で止まる。


そこには――――――


(これ、は……)


次の瞬間、気付く。


≪Nostrastirps≫


此処には、歴史が幾重にも積み重なり、埋もれていた。

――名として。


≪私は、十三歳の少女を選ぶ。

彼女を、この地位にふさわしき者として――定める≫


≪主の年において、忠実なる証人たちの立ち会いの下、

私はこれを執り行う≫


──その名に相応しく、


私の一族は、紡がれてきた。


そして――今も。


「……ねぇ」


彼女の声が、すぐ傍で落ちた。


ゆっくりと、視線が上がる。


彼女へ。


何も知らない顔で、

ただこちらを見ている――


“選ばれた側の顔”で。


「大丈夫よ。私は紡いで見せますわ……」


その名に恥じぬように。

意図を、縦へ横へと織り続けるように。


私は、心から祈った。


(呼び起こされた──私の御代。

『モーレイ』の名に、永久に誓った……)


──その声だけが、

どこにも届くことなく、沈んでいく。


「お嬢さま!!!」


一階からエスリンの声が響き、私ははっとする。


(現実が、呼び戻される)


エスリンを筆頭に、彼女たち三人は、

その任務を遂行していた。


そして――


その結果は、すでに“在った”。


上から臨むと、

本棚は外側へ向かって、ゆるやかにハの字へと開き――

そのまま、一つの図を描いていた。


(まるで、何かを中心へ導くための構造のように)


私は自然と、天井へ視線を向けた。


(……これ、炎ではない?)


天井の絵と、本棚の図形を、私はイメージの中で重ね合わせた……。


それは、炎を中心に据え、

その周囲へとハの字に線が放たれているような図であった。


しかし、それが何を意味しているのか、私には見当もつかない。


(私は知り得ない……この図形が意味することを)


――ただ、それだけが。

確かに、“置かれていた”。


その炎こそが、

あの集合絵を指示していた。


(記録ではなく、命令だった)


「確認しましょう」


私はナーレを伴い、

絵をもう一度、仔細に確認した。


そして――気づく。


この絵は、一枚絵ではなかった。


一枚のカンバスを、二つに分割しているのだ……


(境界が、そこに引かれていた)


そこで、私たちはもう一度、絵を動かし、壁を確かめた。


先程は気づかなかったが、

壁には、薄い線のような“隙間”が走っていた。


そこから――風が流れ出している。


「私達は、とんだ遠回りをしてきたみたいね」

ナーレが、私より先に答えへ辿り着いたように言った。


「えぇ……最初から、答えは目の前にあったのですね」


扉は、すぐ目の前にあった。


「この絵の向こう。さらにその先――

壁の向こう側に、秘密が眠っている」


私達は、それを確信した。


しかし、一つ問題が浮上した。


「じゃあ、どうするの?」

ナーレは、先に行き着いた答えをそのまま口にする。


(そう――この扉の開け方が分からない)


私は、奥歯を噛みしめた。


またしても、一族が仕掛けた“謎解き”が、

そこに鎮座しているのだと悟る。


眼前に扉はある。

それなのに――開かない。


狂おしいほどの“お預け”に、

私は気が遠くなりそうだった。


十三年。いえ――


子供心が芽生える頃から、

御伽噺のように語られてきた秘密が、

今まさに目の前で静かに横たわっている。


私は、奥歯を噛みしめた。


自然と指が髪へと伸び、無意識に弄り始める。


(いつもの癖)


ふと気づけば、集合絵の少女たちもまた、

同じような仕草をしていた。


「これが……私に遺された遺産だというのかしら?」


納得と同時に、言いようのない悲痛が胸を満たしていく。


「そうなんだ……」

ナーレは、ぶつぶつと呟くように言った。


「そうなんだよ。多分……アヴェーラ、皆をここに呼んで?」


彼女は、何かに気づいたようだった。


(彼女の発想力はいつも、

困難な状況を打開してきた。

ずっと、そうだったのに――)


私はまたしても、

動けなくなっている自分を恥じた。


「何か分かりまして?」


「ううん……あくまで推測。

分からないよ、でも――直感で分かった」


「ちょっと、階段のところまで降りてほしいの……」

彼女は、疑問と不審を抱えたまま、私を促した。


階段を数歩降りた、そのとき――


ギシリッ。


先程は聞こえなかった軋みが、足元から響いた。


「やっぱり……」


「ここからだと、あの集合絵がよく見えるでしょ?」


ナーレの言う通り、

最上階の踊り場から十段ほど降りたその位置では、

集合絵がちょうど視界に“開けるように”見えた。


「多分、ここが“視る位置”なんだよ」


「どういうことですの?」


「だから、ここが正位置なんだってば!」


私はナーレの言っている意味が分からなかった。


「多分、ここに立ってあの絵を見るのが、

鍵なんだと思うの。さっき音がしたでしょ?」


私は、もう一度その位置に立った。


十段目の階段。

最上階の踊り場から、ちょうど視線が開けるその場所。


ナーレと並ぶようにして、私は集合絵を見上げる。


私たちの視線が、絵に重なった瞬間――


ギシリッ。


階段が、わずかに沈んだ気がした。


その感覚が訪れるより先に、

視線がすぅっと元の位置へ戻っていく。


「ねぇ、ナーレ……」


「うん。ここの場所だけ、沈むんだよ」


「今、戻りましたわ!?」


「そう。私たちの重さだと、戻っちゃう!」


──あの家族絵はそれを意味していたのだ。


絵にある少女を数える、

一、二、三、四、五人。


「……足りないわ」

私はナーレを見つめた。


「何が? 」


彼女が首を傾げると、

赤茶色の一房が、

その仕草で揺れた。


「“重さ”よ──! 」


「うん! そう! 」


ナーレは、珍しく愉しそうに笑った。


(あぁ……彼女と、ずっと一緒にいたい)


私がずっと憧れていた“彼女ヒロイン”が、

──すぐ隣で微笑む。


それはまるで、天使のような福音だった……。

【当該個体を確認……。

 排除──。排除──。】

 

 【システムに異常バグ】を確認。

 速やかに管理者ロールを設定──】

 

 ………………地獄ものがたりは設定という、

 人生を人間に課してきた。

 

 ≪もう既に地獄の入り口を通り過ぎた。

 今はもう、何度目かの入り口なのだ……》

 

 誰もがそう言って────。

 

 遠い縁トンネルに身を委ねては、壁に激突しては、自死を選んだ。

 

 遠い残響が弔鐘を……

 遺骸の臭いに誘われて風が孕む。

 

 ──《此処より地獄也。絶許して、絶叫せよ……》

 

 生き征き、

 死にゆく者達……。

 

 《───地獄の出口を通り過ぎた。

 今はもう、何度目かの入り口なのだ……≫

 

 【友よ…潔く死ねぃ!】

 

 男は現実で叫んだ。

 

 今。

 

 今、生きて──。

 死にゆく者への絶叫として……

 

 漢は嗤って…私を突き飛ばした。

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