「俺は夏枝 重(ナツエ、シゲル)」
俺は夏枝 重(ナツエ、シゲル)、35歳。彼女なし、どこにでも”いる”会社員だ。
ただ、ただ、言えることは、俺がどうしようもないダメ人間なところだ。
休日の朝九時から酒を呑んでくだを巻いたり、
そのまま寝込み気が付けば日々、不生産な事をしたり。
わざわざ保険の変更のアポを取ったにもかかわらず、
当日になって気分転換がしたくなり外出してしまい、
外出先でそのアポを思い出す始末だ。
全てのしがらみから外れたい、そんな気持ちの揺らぎが生まれる俺ってなんて屑的発想なんだろう。
仕事でも、人生においても”やらかし”が多すぎて数えるのも面倒だ。
そんな折、とうとう、会社から戦力外通告のお達しがきたもんだ。
今日には1案件、新規の案件を是が非でも得なければならない。
そんな状態なのに俺の気持ちはアンバランス状態。
なんだか嫌な気分だ。
こういう時程よくならないって、経験で理解している。
時は現代、日本。
季節は廻り、じっとりした湿気、湿り切った肌着、焼き焦がれて仕方ないと言いたげな太陽。
身を燃やし尽くさんばかりの熱風が今ここ、西東京市に舞い降りた。
俺、夏枝 重(ナツエ、シゲル)は、その中をまるで十戒のモーゼのように突き進もうとしていた。
今日こそ顧客、そう、新規の案件を是が非でも得なければならない。
とうとう、俺の首に付けられた、見えない次元爆弾の釦が押され、タイムリミットが迫り始めたから・・・・・・。
俺の耳に聞こえはしないのに、だんだん近づいて、今にも接吻しそうな勢いだ。
接吻されたら、俺はイチコロだ――そんなことは重々分かっていた。
若い乙女の恥じらいも、接吻も、俺にはまるで縁のないものだというのに。
(どうして・・・・・・。)
なぜだが、その問いに関して、
私は解答を得ていた。
もう、俺は機械のように動けない状態だってことに。
想像と妄想が頭の中で交錯する中、俺は坂の前にたどり着いた。
俺の新たな顧客は、この坂の上にいるかもしれない、
その漠然としたイメージが、俺の心すらも干からびさせようとしていた。
俺の欲求と世界の欲求が等価でないことに。
赤の他人と話す度に思う、
俺の多角的な思考と哲学的な余韻に対する欲求と
世界は等価ではない事に。
頭の中に、聞き慣れたフレーズが木霊し始める。
「誰も、お前なんか必要としていない」
そのフレーズが生まれた事由について十二分な
理由がいつから存在していたのか、
いつから確定したのかを俺自身がしたことだったにも関わらずにすっかりと忘れていたのだ。
今更になって、そのフレーズが俺の中の欲求のイメージと世界の欲求のイメージと反発し、心も同様に反発し始める。
(誰が坂を作ったんだろうか、いっそ全てが平らで真っ直ぐな路だったら・・・・・・。)
わざわざ、酔狂と言わんばかりの斜度を見、
自身の気持ちと同じくして、少しづつ坂を上り始めた。
ここ、西東京市は、俺の故郷、何もないし、何があるのかも教えてはくれなかった。
それだけがある意味で救いだ、何もないなら求めなければいいのだ。
それか、自分自身で解決するしかなった。
どんな方法でも良い、最高の大団円、終幕、それさえ得られるのなら。
そんな、こんなで、幼少時代を過剰に過ごし過ぎた反動なのかもしれない。
気がつけば俺は、”ここ”から抜けす術を無くした。
いや、それは他責すぎる。誰か、彼らが、そうしろって言った訳ではない。
そう、俺が選択したのだ。
数十分、三十分くらいだろうか、ようやくの思いで、坂の上に上りつめた。
坂の上も、坂の下と同様に長閑そうな住宅街が広がっている。
よく見れば見るほど、“ここ”は変わらない。表層こそ変わっても、本質は何一つ変わっていない。
そのことだけが、やけにはっきりとしていた。
異様にも輪郭を落としていた。
黒く滲んだように、土瀝青に焼き付かれた。
瀝青に“そんなもの”が混ざっているわけもないのに、
確かにそこにあった。
俺は無意識のまま、インターホンを押し、通販の売り込み資料を準備をしはじめた。
それらから目を逸らしたい一心で。