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桜の樹の下には 梶井基次郎 (パチモン)

作者: &



桜の樹の下には屍体が埋まっているはずなのだ。


だから剃刀の刃が欠けていたんだよ。これは君も知っての通り、毎晩使うものだ。しかしこれは選りに選んだものだったんだ。思い出した。取るに足らない、毎日の出来事なのにね。くだらない日常の1幕。ねぇ。なぜ今という今に、これを思い出したのだと思う?おまえ。

__そうか。わからないか。俺にもわからない。

なぁ。おまえ。桜は綺麗すぎるとは思わないか。おかしくないか。あんなに春になると夢が吹きこぼれる不気味な生き物はいないとは思わないかね。


……ここからが本題だ。

俺はいつものように山へ出向いた。俺は千里眼のように覚醒した出来事があった。

相変わらずきれいだったよ。蝶々の舞い踊る山谷はね。そう、雀の涙ほどの水が、枯れたはずの川を癒していたのだ。俺はもちろん流れをたどった。谷の目立たないところだ、気づきもしなかった。


そこには蠅の屍体が灯油のまじった虹色の水をふんだんに吸って、ぶくぶくといみじく膨れ上がっていた。照り返しを帯びて、ぬらぬらと光沢を放っていた。俺は長時間それに見入っていた。


__どうした?辛そうだね。俺がついに苦悩から解放されたことを、祝ってはくれないのか?


俺はこれをみて腑に落ちたんだよ。

桜がイソギンチャクのような触手を持つのは、ぐずぐずに腐敗した死体、腐臭、あらんかぎりを吸い尽くし桜花爛漫と生を贅沢にこぼすためのものなのだろうってね。

不謹慎にも心が温まる思いだったよ。この時間、裁かれる時を待つ罪人のような薄暗く生ぬるい喜びをただ噛み締めていたんだ。


___だから、桜の樹の下には屍体が埋まっていないといけないのだ。

こうとでも考えなければ帳尻があわない。天秤は釣り合わない。あんなに生き生きと美しいのだから。対偶を。凄惨を。桜は。


あぁ、これで俺の憂鬱は完成する。これで俺は桜は美しいと言い切れる。悪鬼のような飢えから一時の逃避に甘んじ安寧を得るのだ。

青々しい若葉も、烏の緑も、暁闇の白も、俺の見た美しいとされる事象すべては茫洋としたかたちのない手のすきからこぼれ落ちる霞にすぎなかった。釣り合いが取れてこそ、俺の世界はかたちを帯びるのだ。

今ごろきっとあの美しき桜の下は傲慢なほど蛆が湧いて腐臭を吸い尽くそうと言わんばかりに貪婪と咲き誇っているのだろう。


ずっと無秩序に酒を酌み交わす民を見学していて甚だ疑問を拭いきれなかったんだ。この洞察を温め、俺はついにそいつらと対等になったはずなのだ。笑い合えるのだ。

これでもうあの美しさに怯え畏れ夜を侵略されのたうち回り2,3日を明かし苦しむこともなくなるのだ。


__怖いかな?そんなに汗をかくなって。それは精液だよ。ほら、バランスが取れるとは思わないか?

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