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9、セラフィーナは力をつける

 

 とある休日の昼下がり。

 いつものように別荘地に来ている私は一冊の魔法書をシェリルに見せた。


 薄汚れた黒い表紙に『上級闇魔法』とだけ書かれた本。何の変哲もない本だが、それを目にしたシェリルは顔をひきつらせた。


「その本、何だかとても怖いです」


 シェリルは震えながら言った。さすが聖女、見ただけで分かるのだなと感心する。

 なぜならこの魔法書には怨念が込もっているからだ。


 私は十五歳の自分がとるであろう行動を予測した結果、この魔法書を手に入れた。

 シェリルの予知夢の中の十五歳の私は王太子の婚約者だ。

 きっと次期王妃として相応しくありたいと研鑽を積んでいたに違いない。


 そんな中で聖女の存在を知り、その力を目の当たりにすれぱ、その力の素晴らしさに感心して触発されたはずだ。

 自分の魔法の腕を上げようとしただろう。


 闇魔法は稀少で珍しいため、世の中には闇魔法に関する本や魔法書がほとんど出回っていない。

 ひと昔前までは闇魔法の使い手は異端だと恐れられて迫害対象になっていたことも関係している。


 魔力量は鍛練によって増やすことができるが、それを使って魔法を放つには知識が必要だ。

 今の私はどれだけ魔力を増やそうとも、攻撃性のある黒い玉を出すことくらいしかできない。


 多用な魔法を覚えて腕を上げたいと思った十五歳の私はきっと、侯爵家の力を使って貴重な魔法書を手に入れようとしたに違いない。


 そう結論付けた私はいろいろな伝を頼って魔法書を探し始めた。そうして苦労の末に手に入れた魔法書がこれだ。

 鑑定士に確認してもらった結果、この本には迫害されて不当な扱いを受け続けた闇魔法使いの怨念が込められているらしい。


「つまり予知夢の中のセラフィーナ様が精神的におかしくなってしまったのは、この本のせいだったのですね」

「ええ、そうだと思うわ」

「では私がその本を浄化すれば全て解決するということですね!」


 シェリルは得意気な顔で両手を胸の前でパチンと合わせたが、私はそれを否定するように首を横に振る。


「いいえ、それは困るわ。この本は存在そのものが怨念でできているようなものだから、浄化して内容そのものが消えてしまったら困るわ。私はこの本に書かれている魔法を習得したいのだから」

「え……でもそんなことをすればセラフィーナ様は……」


 シェリルは顔を曇らせた。

 私が予知夢の中のような状態になってしまう恐れがあるのだから当然の反応だろう。

 シェリルが不安に思う気持ちは分かる。それでも私がこの本に記されている魔法を覚えることは、必ずシェリルのためになる。


 写本すれば問題ないかと思って試してみたが、内容を書き写すだけでも私は自分の精神が不安定になっていく感覚を覚えてすぐに止めた。

 目を通すだけでも悪い影響を受けてしまうようだ。

 それならシェリルに協力してもらう他ない。


「試してみたいことがあるの。成功する確証はないけれど協力してくれるかしら」

「っ、勿論です!」


 シェリルは元気よく答えた。

 魔物と戦う経験を積んだことで彼女は精神的にもずいぶん成長した。これなら私の豹変にも慌てず冷静に対処できるだろう。


 私は今からしようとしていることをシェリルに説明し、彼女から離れた場所で魔法書を読み始めた。

 本に書かれているのは複雑な魔法式だ。上級魔法は頭の中で構築する特殊な魔法式に魔力を織り交ぜることで発動させられる。


 体の中を巡る魔力を頭に集中させて、複雑な紋様や数式を全て脳裏に刻み込んでいく。

 特殊な魔法は知識を得ようとするだけでも多大な魔力と精神力が必要となる。

 徐々に重くなっていく頭と、それとは別に胸の中に黒い靄が鬱々と広がっていく感覚。これは本に込められた怨念の影響だろうが、気にせず魔法書を読むことに集中した。


 吐き気を催すことにすら苛立ちを覚える。魔力回復ポーションを飲みながら、なぜ私がこんな辛い思いをしなければいけないのかと怨みの矛先に黒い感情を向けた。

 それでも魔法書を読むことに意識を集中させる。


 一時間ほど経っただろうか。魔法書に書かれている魔法を一つ覚えた私はシェリルが待つ場所に向かった。


 野外に設置されたテーブル席でアルマたちとお茶を飲んでいたシェリルは、澄んだ藍色の瞳に私を映した。

 不安そうな顔に苛立ちを覚える。

 男爵令嬢ごときが私の護衛が用意したお茶を飲んで寛ぎ、私のことを心配するような目で見るなんて烏滸がましい。


「鬱陶しい子ね」


 不快な気持ちをぶつけるように闇魔法を放つ。シェリルは微動だにせず光のバリアで私の魔法を打ち消した。

 何て生意気なのだろう。

 シェリルを睨み付けながらも、私の頭の片隅には冷静な自分がかろうじて存在している。


 苛立つ気持ちとしっかり対処してくれる友人を誇らしく思う気持ちが入り交じる。

 シェリルは落ち着いた表情でこちらに近づき、私に向けて両手から光を放った。


 私は反発するように闇魔法を放つ。しかしシェリルの光のバリアに全て打ち消されてしまう。

 腹立たしさに頭が沸き立ちそうになりながらも、体の中に神聖魔法が流れ込んでくる温かさに意識を集中させた。

 シェリルは険しい顔で額に汗を滲ませながら継続して光を放つ。


 私の苛立ちは少しずつ和らいでいき、頭の中の靄がスッキリ晴れたところで『もう大丈夫よ』と声をかけた。

 黒い感情は残っていない。それでも覚えた魔法の知識は消えていないことを確認する。


「本の内容はしっかり覚えているわ。成功よ」

「ふわぁ、良かったです」


 ずっと真剣な表情だったシェリルは力なく笑った。

 ずいぶん疲弊しているようだ。


「大丈夫? そんなに大変だったのかしら」

「はいぃ……魔物を倒すよりずっと集中力がいりました。あと精神的に辛かったです」

「そう。頑張ってくれてありがとう」


 頭を撫でるとシェリルは嬉しそうに笑った。

 問題なければ引き続き本に書かれている魔法の習得を続けるつもりでいたけれど、今日はシェリルも私も朝から鍛練をこなしているため息抜きすることにしよう。


「シェリル、今から町に遊びに行きましょうか」

「はいっ!」


 別荘の中で寛いでいたケイとブルーノに声をかけて、六人で町にやってきた。

 雑貨店やお菓子屋を見ながら楽しんでいると、誰かに跡をつけられているとギルが耳打ちしてきたため、アルマが確認に向かった。


 十数分で戻ってきたアルマの情報によると、跡をつけているのは誰かが私に差し向けてきた暗殺者とのこと。

 界隈では名の知れた人間らしく、暗殺対象を必要以上に痛めつけて時には辱しめるような外道であると説明を受ける。


「それなら要らないわ」

「要らないのでしたら、やっちゃっていいですね」

「ええ、構わないわ」

「承知いたしました」


 アルマは軽く頭を下げて、また私たちの前から姿を消した。

 育成しがいのある若者や実力者なら交渉してこちら側に引き込むことがあるが、根っからの下衆は要らない。

 せっかく六人で町歩きを楽しんでいるのにそれを邪魔しようとする時点でもう許せない。

 暗殺者からは情報だけ引き出せばそれでいいため、その後はアルマが一番楽な方法で片付けてもらっている。



 翌週も私はシェリルと一緒に別荘地に来ていた。

 怨念が込められた魔法書で習得した魔法はしっかり頭の中に残っている。何度か使ってみたが精神的にも全く問題なかったため、次の魔法を覚えることにした。


 ページが進むにつれて高度な魔法が記されているらしく、込められている怨みの強さもそれに比例していくらしい。

 神聖魔法を使うシェリルは、私の精神の浄化を終えると椅子に座り、力なくぐったりした。


「前回よりも大変でした」

「そのようね」

「その本に書かれている魔法を全て習得するまで続けるんですよね?」

「もちろんよ」

「ひえぇ……」


 シェリルは嘆いた。

 私はギルに目配せして王室御用達の特別な紅茶を淹れさせた。

 芳醇な香りにうっとりしているシェリルの目の前には七個の色鮮やかなマカロンの詰め合わせが置かれた。

 こちらも王室御用達だ。


 アレックス殿下もこれをきっと食べているでしょうねと私が囁くと、シェリルは一つずつしっかり味わいながら全て綺麗に平らげた。

 休憩を終えたシェリルはやる気に満ち溢れた様子で鉱石を浄化する鍛練をこなしながら何度も吐き、その度に『マカロンが……』と嘆いた。

 マカロンはまたいつか手に入れてあげると約束するとすぐに顔を綻ばせる。単純な子だ。


 週末はシェリルと一緒に過ごすことが当たり前になっているため、シェリルの様子を見ながらスケジュールを調整していった。


 鍛練に励んだり、町の劇場の特別席のチケットを入手して観劇を観たり、魔物が出る森に行ったり、会員制の高級レストランで食事をしたり、怨念が込められた魔法書によって穢れた私の精神を浄化してもらったり、飴と鞭を程よく与えていく。


 シェリルは感情がすぐ表に出るためとてもコントロールしやすい。

 楽しいことや好きなものを与えるだけでいつもにっこり幸せそうだ。

 そんな彼女がここ最近調子が悪そうにしている。



「気分が優れないようね。今日の鍛練は中止にしましょうか」

「えっ? そんなことはありませんよ」


 シェリルは元気だと見せつけるように両手の拳を見せながら笑ったが、いつもの覇気はない。


「隠せていないのだから、無理をする必要はないわ」

「ええ……? なぜそうお思いですか」

「だってあなた食欲がないでしょう」


 私はシェリルの食べかけのケーキに視線を向けた。

 通常ならとっくに七個目を平らげているはずの彼女がまだ二個目の途中だなんて異常でしかない。


 ここ最近こんな日が多く見受けられる。

 シェリルの体の中には神聖魔法が巡っているため体調を崩すことはないらしく、どれだけ食べても太らない体質らしいのでダイエットをしているわけでもないだろう。

 それなら何かに対して精神的に落ち込んでいる以外に理由は存在しない。


「あぁー……」


 シェリルはそんなことで見抜かれたのかと驚くように気の抜けた声を出した。彼女はしばらく俯いてから、私の目を見て気持ちを吐露しはじめる。


「……私すごく怖いんです。力が強くなってきた実感はありますし、魔物を倒すことにも慣れてきました。それでも沢山の魔物が襲ってくることが怖くてたまりません」


 シェリルが怖がっているのは、予知夢の中の彼女が聖女の力に目覚めるきっかけとなった出来事だ。


 魔物は本来群れない生き物なのに、その時は大群で押し寄せてくるらしい。

 予知夢によってそれを体験しているシェリルは、その時の恐怖が忘れられないという。

 いくら神聖魔法が使えたとしても、魔物の大群からその場にいる全員を守ることなどできない。魔物に襲われて怪我をする人は必ず出てしまう。


「正確な日時が分からないんです。常に厳戒態勢をとってもらえません」

「そうね。せいぜい四、五人だけ人員を増やしてもらうくらいしかできないでしょうね」


 シェリルにはその出来事が十五歳になってから起こるということしか分からない。

 予知夢の中の風景からは、木々が落葉する季節ではないという情報しか読み取れなかったそうだ。


 学園内の警備は王立騎士団の管轄だが、騎士団だって暇ではない。

 本当に起こるかも分からない不確定な要素に備えるため、常に厳戒態勢でいることなどできないだろう。


 シェリルは優しい子だ。

 予知夢の中で誰かが傷つくことに心を痛めている。それが現実になるのはまだ数年後だとしても、魔物と戦っているうちに現実味が帯びてきたのだろう。


(もう少し力をつけてからにするつもりだったけれど、早めに対策しておこうかしら……)


 私の中ではいつか襲いくるであろう魔物の大群に備える準備は整っている。

 それを成功させるためにも、できるだけ魔力量を増やしておこうと毎日せっせと鍛練に励んでいた。


 もちろん私はシェリルのように人前で嘔吐するなどという醜態を晒す気は更々ないため、吐き気を催す時点で魔力回復ポーションを飲んでいる。


 シェリルの心配を払拭するための対策がとれるかはまだ分からない。ぬか喜びされても困るのでシェリルにはまだ隠しているが、こうやって目の前で鬱々とされるのは気分が悪い。

 せっかく用意したスイーツが無駄になることも癪に障るため、早々に実行に移すことに決めた。



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