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8、シェリルは慕う

食事中は読まない方がいいかもしれません。




 私、シェリル・パーミュラーは一年と少し前に貴族の仲間入りをした成り上がり男爵の娘だ。


 貴族になったことで、王侯貴族の子息子女のみが通える王立学園に通える資格を得た。

 だけど私には貴族としての常識やマナーが身に付いていないため、今はまだ庶民が通う学校に通っている。


 家では貴族令嬢としての振る舞い方やマナーを家庭教師から学んでいて、中等部から王立学園に通う予定だ。


 言葉遣いやテーブルマナーなど日常生活の中で気を遣わなければいけないことは沢山あるけれど、王立学園に入学するのはまだ二年ほど先のこと。

 そう焦らずにゆっくり覚えればいいかなぁというのんびりした気持ちで学んでいた。


 そんな私は女神様からお告げを受け、十五歳になると聖女の力に目覚めるということを知った。

 そこから波瀾万丈な怒涛の人生が始まるということも予知夢によって知った。


 神聖魔法という素晴らしい力に目覚めたことで、大勢から憧れの眼差しを向けられて、王子様に気にかけてもらえる夢のような日々が始まる。


 しかし幸せなことばかりではない。

 行動が制限されて護衛に守られるようになり、気軽に町に遊びに行くことすらできなくなるのだ。


 学園では高貴な人たちが集まるクラスに所属させられてただでさえ肩身が狭い思いをするというのに、セラフィーナ様にこれでもかと苛められて殺されかけて、精神的にずいぶんダメージを負ってしまう。


 はっきり言って、予知夢の中の私の人生は肉体的にも精神的にもとても辛いものだ。

 だから私は十五歳になるまでの数年間を目一杯楽しもうと決めた。


 今ならまだ自分一人で好きなことができる。

 町に一人で遊びに行くことだってできる。


 そうやって楽しんでいた私は、ある日『予感』がして町に出かけ、そこでセラフィーナ様と出会った。


 優しいセラフィーナ様は荒唐無稽な私の話をしっかり聞いてくれた。

 私はセラフィーナ様が放つ何ともいえない迫力に震えてしまうことが何度もあったけれど、それはきっと美しすぎる容姿と隠しきれない高貴なオーラのせいだろう。


 美人は顔から笑みを消して真剣な表情になるだけで、とても迫力が出てしまうものなのだ。

 私はこんなにも高貴で美しすぎる人と関わったことが今までなかったから耐性がないだけ。


 だってセラフィーナ様はお腹を空かせた私にお菓子をくれた。

 彼女が自分で列に並んで買ったお菓子だ。あんなに苦労して手に入れたものをくれるなんていい人すぎる。

 私がそれを美味しそうに食べるのを見て、残りをお土産に持たせてくれた。

 とんでもなくいい人だ。


 私は何としてでもセラフィーナ様を破滅から救いたい。

 そのためには私の話を信じてもらうしかない。

 というわけで、しっかり仲を深めるための楽しいピクニックに出掛けた。


 しかし森で運悪く魔物に遭遇し、セラフィーナ様が襲われて怪我をするところを目にしてしまったことがきっかけで、偶然聖女の力が開花した。


 十五歳で開花する予定だったものが十歳で開花した。

 想定外すぎる。

 十五歳になるまではただの子供として自由に楽しく過ごせるはずだったのに。何てことだ。


 私は地面に四つん這いになって嘆いた。

 これから護衛に囲まれてスケジュール管理される自由のない日々が始まってしまう。辛すぎる。


 私は嘆いた。そしてセラフィーナ様に辛い気持ちを吐露した。

 お優しすぎるセラフィーナ様は私の意思を汲み取ってくれて、私が聖女の力に目覚めたことを秘密にしながら力を鍛えるサポートをしてくれると約束してくれた。


 その上、ケイさんとブルーノさんが私の護衛になってくれるように手続きをしてくれた。

 二人は明るくて気さくで、予知夢の中の護衛たちとは大違いだ。


 予知夢の中の私には六人の護衛がいた。

 庶民に聖女は任せられないという理由から、教会お抱えの騎士と魔法使いの中から貴族の身分を持つ人たちが選ばれたようだ。


 私はその六人が苦手だった。


 女性三人は下位貴族の小娘に仕えなくてはならない不満を持っていて、いつも私にそっけなくて言葉の端々に嫌味を交ぜてくるような人たちだった。


 男性三人は嫡男でないため家の爵位を継げず、仕方なく騎士になったという人たちだ。

 聖女の恋人という地位につきたかったのか、やたらと口説いてきたり触れ合おうとしてきてとにかく気持ち悪かった。


 私は教会に所属する護衛という存在に忌避感があった。

 だからとても気の合うケイさんとブルーノさんが私の護衛になってくれて本当に嬉しい。


 彼らは私のことを妹のように可愛がってくれるだけでなく、聖女の護衛として申し分のない実力があるらしい。

 セラフィーナ様は魔法誓約書を使い、ケイさんとブルーノさんが護衛としてしっかり私を守ってくれるという保証までつけてくれた。


 私は今まで通り好きな場所に出掛けられて、好きなものを食べられる。

 セラフィーナ様がいつも用意してくれる高級スイーツや料理を好きなだけ食べているため、食事面に関しては今まで以上に満たされていて幸せすぎる。


 予知夢の中の私は教会で食事を管理されていた。

 野菜や豆類、魚が中心で薄味の過度に健康に気を遣われた食事。

 大好きな生クリームたっぷりのケーキなんて体に悪いからダメだと言われ、野菜入りのおからクッキーがおやつの定番だった。


 私は見るからに高カロリーなスイーツが大好きなのに。

 ちなみに護衛の六人は私に一切気を遣うことなく、すぐ近くでこってりした豪華な料理を食べていてとても怨めしかった。


 セラフィーナ様は美味しいものを沢山食べさせてくれる。

 女神様のようだ。

 吐くまで鍛練することには抵抗があったけれど、吐くまで続けるべき理由はもっともなので納得した。


 何度も吐くまで鍛練することはしっかり結果に繋がり、いつしか吐くことに抵抗がなくなったので、鉱石を浄化することだけを純粋に楽しみながら鍛練している。



 予知夢の中ではセラフィーナ様はアレックス殿下と婚約していた。

 だから私はこれから出会う予定のアレックス殿下とあまり関わらない方がいいのではないかと思っていた。


 優先するべきはセラフィーナ様が破滅しない未来だ。私が殿下に気にかけてもらうようにならなければ、セラフィーナ様は死なずに済んだかもしれない。


 未来の出来事を予知夢で体験したことにより、私はすでにアレックス殿下のことが大好きだけれど、我慢するつもりでいた。

 実るはずの恋を始まる前から終わらせないといけないのは失恋より辛い。


 そう思っていたのに、今のセラフィーナ様はアレックス殿下のことは何とも思っていないらしく、あなたが先に婚約すればいいと言ってくれた。


 もしセラフィーナ様に王家から婚約の打診が来たら、その時は私が聖女であることを公にして、殿下と仲を深めればいいと提案してくれた。


 殿下への恋心を諦めなくていいなんて夢のようだ。

 予知夢のように恋が実る保証はないけれど、両想いになれるように、殿下に相応しい人間になれるように努力しよう。

 自分が聖女であることを公にする日まで、精一杯努力して聖女としての力をつけようと決めた。



 セラフィーナ様とお知り合いになってから毎日がとても楽しいが、別荘地でコリンちゃんと遊べることも楽しみの一つだ。

 私の母は動物アレルギーなので家では動物が飼えないため、コリンちゃんとたっぷり遊べることが幸せすぎる。


 初めてコリンちゃんと遊んでから家に帰った時は、家に犬の毛を持ち帰ってしまったことで母がアレルギー反応を起こしてしまった。


 母を苦しめてしまったことへの後悔。それをセラフィーナ様に伝えたところ、その次からは家に犬の毛を持ち帰ってしまわないように万全の措置をとってくれるようになった。


 コリンちゃんと遊ぶ時に服を貸してくれて、遊び終わるとシャワー室を貸してくれるというお心遣いにより、私はコリンちゃんと遊ぶ幸せを手放さなくてよくなった。


「ふふふっ、くすぐったいですよぉコリンちゃん」

「わふわふっ」


 今日も私はセラフィーナ様の別荘地でコリンちゃんと遊んでいる。

 ふわふわで可愛いコリンちゃんに遠くに見える美しい景色、美味しいスイーツ、優しいセラフィーナ様。


 ここは天国のようだ。

 何度も吐くまで鍛練することなんて辛い内にも入らない。



 ***



「ねぇシェリル、私たち二人ともずいぶんと力がついてきたことだし、そろそろ魔物に慣れておきましょう」


 別荘の中。ソファー席に座る私の対面で優雅にお茶を飲んでいたセラフィーナ様は、何の前置きもなくそう言った。


「……魔物が出る森に行くのですか?」

「そうよ。いつかは戦わなくてはいけないのだから、早いうちから慣れておきましょう」


 それは確かに一理ある。

 魔物とはいつかは必ず戦わなくてはいけない。

 その時がくるのが私は怖くてたまらない。


 魔物は本当に怖い生き物だ。

 知能が低いため基本的に群れることはないが、気性が荒くて攻撃性が高く、問答無用で襲いかかってくる。


「まだ危険ではないでしょうか」

「小さくて弱い魔物から少しずつ慣れていきましょう。アルマたちは王都近郊の森に詳しいから、どの森にどの程度の魔物が出るか熟知しているそうよ。駆け出し冒険者が力をつけるために修行する森から始めるのはどうかしら」

「そうですね……それならどうにか頑張れそうな気がします」

「ええ、一緒に頑張りましょう」

「一緒……っ、はいっ!」


 セラフィーナ様に『一緒に』と言われて胸の奥が熱くなった。

 こんなに高貴で美しい人が私と一緒に何かを頑張ろうとしてくれている。それだけでやる気が漲ってくる。


 アルマさんたちが王都近郊の森を熟知しているという部分になぜか引っ掛かりを覚えたが、なぜなのか答えは見つからなかったので気にしないことにした。



 翌週。私はセラフィーナ様たちと魔物が出る森に足を運んだ。

 以前セラフィーナ様が襲われて、私が聖女の力に目覚めた森とは別の場所である。


 私たちは動きやすいように冒険者が着るような服を着ている。

 今日もアルマさん、ギルさん、ケイさん、ブルーノさんが一緒だ。

 彼らは森の中では私とセラフィーナ様から決して離れないと約束してくれた。

 以前はたまたま運悪く、彼らが近くにいない時に魔物が現れてしまい本当に怖かった。


 森に足を踏み入れると、さっそく小さな魔物に遭遇した。

 ウサギくらいの大きさで見た目はカエルのような灰色の魔物だ。

 魔物はカエルのような動きでビョコンと高く飛んで、牙が生えた口を大きく開けて襲いかかってきた。

 外見はカエルのようなのに口の中は肉食獣のようだ。


「ひっ……!」


 小さいけれど、あんな牙で噛みつかれたら間違いなく痛い。

 怖じ気づいた私は身を竦めて小さな悲鳴を上げた。


 予知夢の中の私は体を光のバリアで守ったり神聖魔法を矢のように飛ばして魔物を仕留めていたけれど、いざ魔物を前にすると怖じ気づいて動けなくなる。


 ────ジュッ、ドチャッ


 私に飛びかかってきた魔物は、五センチほどの黒い球が頭部に当たって、肉肉しい音を立てて地面に落ちた。

 黒い球がぶつかった箇所は肉が抉れ、そこから紫色の体液が出ている。

 とてもグロい有り様だ。


 涼しげな顔で何のためらいもなく正確に黒い球を放ったのは、私の隣に立つセラフィーナ様だ。


「急所に当てたはずなのにまだ動いているわ」

「すぐに動かなくなりますよ。お見事でした」


 セラフィーナ様はギルさんと一緒に地面に仰向けでピクピクしている魔物を見ながら冷静に会話している。


「すごいです。セラフィーナ様は魔物が怖くないのですか?」

「ここの魔物は私が使える低級魔法でもきちんと当てれば確実に倒せると教えてもらったから平気よ。今まで沢山訓練したのだから、気持ちを落ち着けて自信を持って相手すれば大丈夫。あなたも必ず倒せるわ」

「はいっ、頑張ります」


 セラフィーナ様に鼓舞してもらい、やる気がみなぎってくる。恐怖心よりもこの人に褒めてもらいたいという気持ちが強くなる。


「次に襲ってきた魔物は必ず私が仕留めてみせます!」

「その意気よ。頑張って」

「はいっ」


 私は気分を高揚させながら両手に神聖魔法の光を滲ませて歩き、遭遇した魔物に躊躇い無く光を矢のように飛ばした。

 そうやってカエルのような魔物を倒すことができ、次に出会った大きなネズミのような魔物もセラフィーナ様と協力して倒した。


 翌週も魔物が出る森に六人で入り、小さな魔物を倒していく。

 その翌日は気分転換しましょうと言ってくれたセラフィーナ様と町に出掛けた。


 雑貨店や本屋、焼き菓子店など、セラフィーナ様は私の希望を聞いて行き先を決めてくれる。

 あまりに庶民的な場所ばかりで申し訳なくなったが、セラフィーナ様は『普段行かないような場所に行けてとても新鮮よ』と言いながら一緒に楽しんでくれた。


 本当にいつも私のことを気遣ってくれる素敵な人だ。


 町では時折アルマさんがどこかに消えたり戻ってきたりを繰り返していた。

 そして戻ってきた時に『やっちゃいますか』『そうね、構わないわ』『承知いたしました』という会話をセラフィーナ様としていた。

 何をやるつもりなのか気になったりもしたが、お優しいセラフィーナ様のことだから慈善活動か何かだろう。



 私は森に行き、別荘地で鍛練し、町に遊びに行くを繰り返しながら経験を積み重ねた。

 そうやって大きな魔物に出会っても臆することなく冷静に倒せるほど成長した。


 このまま鍛練と経験を積んでいけば、もしかすると魔王ですら苦労せずにサクッと倒せるほど強くなれるのではないかという希望が生まれた。

 全てはセラフィーナ様のお陰である。



「私からも何かしたいなぁ……喜んでもらえるようなこと何かないかな」


 自室のベッドの上でゴロゴロしながら、セラフィーナ様に日頃の感謝として何かできないかなと考える。


 侯爵令嬢が男爵家の娘である私から何か貰っても大して嬉しくないかもしれないけれど。

 気持ちが伝わるような何かを贈れたらいいなと思いながら、両手に持つ鉱石に光を当てた。


 これは初めて鉱石を浄化できたご褒美としてセラフィーナ様に貰ったものだ。

 神聖魔法を放つ訓練は家でもしっかりやっていて、いつもこうやって鉱石に光を当てながら訓練している。

 何もないところに光を放つより、光を当てる対象がある方がやりやすいからだ。


「……あれ? 何だか薄くなったような……?」


 私は光を当てることを止めて二つの鉱石を高く持ち上げた。そしてじっと眺める。

 つい先ほどまで青い半透明の石だったはずなのに、全体的に黄色っぽくなったような気がする。


 光を当てすぎて色まで浄化してしまったのだろうか。

 この鉱石は稀少だから高値で売れるとセラフィーナ様が言っていたけれど、本来の見た目と変わってしまったら、もう売れないだろうな。

 もちろん売るつもりはないけれど。


「これはこれで特別感があっていいな」


 聖女が鍛練に使って色味が薄まった鉱石だなんて他にない特別感がある。何だか面白い。

 これを見たらセラフィーナ様は笑うだろうか。


 私は二つの鉱石を眺めながら、セラフィーナ様のことを思い浮かべた。


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