25、セラフィーナは見つけた(最終話)
音楽隊が奏でる軽快で楽しげなリズム。それに合わせて笑顔で踊る子供たち。
町のあちこちで花吹雪が舞い、歓声が沸き起こる。
晴天の下。王都の大通りでは王立騎士団の先導のもとパレードが執り行われていた。
「聖女様~! こっち向いてください」
「なんて可愛らしいお方なんでしょう。殿下とお似合いね」
「聖女様万歳」
「聖女さまーー、ありがとう!」
パレードの中心、ゆっくり走るのは天井部分が取り外された豪奢な馬車。
そこには美しく着飾った二人の男女がいた。
白を基調とした厳かな衣装に身を包むのはシェリル。
ドレスと修道服を掛け合わせたような聖女のために特別に作られた衣装には、光沢を帯びた布や透け感のある繊細な生地が使われており、遠目からでも誰もが惹き付けられるような上品さと美しさを演出している。
桃色の髪は美しく結い上げられて、華美な宝飾品で彩られている。
シェリルの隣に座るアレックス殿下は、シェリルを引き立てるようにブルーグレーの控えめな色合いで、それでも王族としての威厳が感じられるよう所々に金細工が施された衣装を身に纏っている。
二人は沿道から歓声を向けてくる人々に手を振りながら、時折見つめあっては頬を染めていた。
「セラちゃんと仲良くしていたあの子が聖女様だったなんて本当に驚いたわ」
「セラフィーナ、君が魔王討伐に同行していたと後から聞いたときは心臓が止まるかと思ったが、こうして平穏な中で聖女様と殿下の仲睦まじい様子を見られるのは君の力添えがあったおかげだと思うと、親としてこんなに誇らしいことはない」
パレードが見下ろせる場所に店を構える料理店の三階のテラス席で、シェリルたちの様子を眺めながら感慨深そうに話すのはガーネット侯爵と夫人。
その娘である私、セラフィーナは、親子三人でパレードを眺めながら優雅にお茶を飲んでいた。
半月前。シェリルが聖女であると王家が国中に発表したその日。
聖女がすでに魔王の浄化に成功していること、シェリルとアレックス殿下の婚約が成立したこと、アレックス殿下が王太子になったことが公になり、国中がどよめいた。
めでたいことが一気に押し寄せすぎて誰もが半信半疑になったが、魔王が浄化されたことはアレックス殿下を始めとする数名がその目で確認しており、その中には高位貴族も数名いることで、シェリルの偉業は教会に正式に認められた。
教会はシェリルを聖女として迎え入れたいと申し出たが、シェリルはそれを拒絶した。
彼女はもう役目を終えているため、教会に在籍する必要はないのである。
そして彼女は聖女でありアレックス殿下の婚約者ということで王家の庇護下に措かれることになったため、教会という後ろ盾は必要ない。
シェリルはこれから王太子の婚約者として王妃教育を受けなくてはいけない。
まだ学生という身分なため学業にも力をいれなくてはいけないのに、その上教会に在籍して聖女として働く暇などない。
教会は王家にこれでもかと可愛がられてがっちり守られているシェリルをどうやっても組織に取り込むことができず、渋々手を引いた。
シェリルの護衛を務めていたブルーノとケイは王立騎士団に所属することとなり、引き続きシェリルを守っている。
その他にも数人の専属護衛が付けられることになったが、シェリルと面談を行って試用期間を経てから正式に護衛に任命された人ばかりだ。
その中には我が侯爵家で鍛えられていた人もいる。
アレックス殿下はシェリルに極甘なため、彼女の意向をこれでもかと汲んで何事も采配した。
シェリルは過保護な婚約者に守られてホワホワと幸せそうに天真爛漫に過ごしながら、王太子の婚約者としてしっかり王妃教育に励んで、学業にも全力で取り組んでいる。
地道に努力する姿に感化される者は多く、シェリルの支持者は増え続ける一方である。
***
心配ごとが完全になくなった私は、別荘地でくつろいでいた。
長期休暇は残りあとわずか。
それが終わると私は王立学園の高等部に入学することになる。
「シェリルさんがいないだけですごく静かですね」
「本当ね。のどかな別荘地というのを初めて味わっている気がするわ」
野外に設置されたテーブル席で、私はギルが淹れてくれた紅茶を飲みながらお茶と美しい景色を楽しんでいる。
一人では味気ないので対面にアルマとギルを座らせて、何気ない会話をしていた。
コリンとディアンはわふわふガウガウと自由気ままに走り回っている。
そこに楽しげな笑い声が入り交じっていないだけで、こんなにも静かなのかとしみじみする。
シェリルは毎日慌ただしくしているようで、生活の基盤が整うまでは家と王城との行き来でいっぱいいっぱいなようだ。
この長期休暇中はもう私に会いに来ることができないと嘆いていた。
学園が始まればまた毎日のように顔を合わせることになるのだから、それまで我慢しなさいと窘めたのは何日も前のこと。
シェリルは王立学園の高等部を卒業すると同時にアレックス殿下と婚姻を結ぶ予定だ。
彼女は下位貴族ながらも男爵家でしっかりした教育を受けてきた。
予知夢によって自分が王太子の婚約者になると知ったことで、自ら進んで勉学に励み、国内外の情勢などあらゆる知識を身につける努力をした。
商人である父親の影響を受けて、他国の言語はある程度マスターしている。
王妃教育は順調に進められそうで、そんなにスケジュールを詰める必要はなさそうだと教育係から言われたそうだ。
高等部でも学園生活を楽しむ余裕があると喜んでいた。
私も穏やかな学園生活を送れそうで、十六歳からは社交デビューが待ち構えている。
それから将来の伴侶をゆっくり見つけようかと思っている。
ガーネット侯爵家には私への縁談の申し込みがひっきりなしに届いているが、今のところピンとくる殿方はいない。
ふと、懐に入れていた手紙の存在を思い出して取り出した。
今朝、手紙の仕分けを行っていた家令から受け取ったが、まだ中を確認していないものだ。
封筒の送り主欄に書かれた名前は、ヴィンセント・セルレッタ。
ヴィンセントとは、マイルズという男に魔道具の力で隷属させられていた黒髪の少年のことである。
彼は無事に自分の家に帰れたらしく、状況報告とお礼の言葉がしたためられた手紙を私に送ってくれた。
そこに書かれていたのは衝撃の事実だったが、どこか納得のいくものでもあった。
セルレッタとは隣国であるセルファルス帝国の公爵家の家名である。
ヴィンセントは公爵家がゴタゴタしている時に人攫いに遭い、奴隷としてマイルズに買われたらしい。
なかなか波瀾万丈な人生を送っていたようだが、マイルズから解放されて家に戻った時には、公爵家の問題も落ち着いていたという。
ヴィンセントは誰かに命を狙われることのない平穏な生活に戻れたようだ。
庶民にしてはチラチラと垣間見える高貴さと所作の美しさがあると思っていたが、貴族の令息だったのなら納得だ。
ヴィンセントとは定期的に手紙のやり取りをするようになっていた。
彼から届く手紙には、私の気のせいや自惚れなどではなく、どう考えても私に恋情を向けているとしか思えない言葉が綴られるようになった。
私は学園でアプローチを受けたり手紙を貰ったりすることが増えていたため、異性から好意を伝えられることには慣れている。
だけどヴィンセントから向けられる真っ直ぐすぎる言葉には、慣れるどころか気持ちが乱れていく一方だ。
今回届いた手紙に目を通し終えると、遠くの景色を眺めながら気持ちを落ち着けた。
ふと前方に目をやると、アルマとギルが私を見ながら小声でやり取りをしていた。
「何をコソコソしているのかしら」
「黙秘いたします」
「?? 理由を言いなさい」
「すみません。旦那様はまだお嬢様に話すつもりがないようなので、私どもの口からは何も言えません」
「……それなら私の前でコソコソしないでちょうだい。気になるでしょう」
「申し訳ありません。つい楽しくなってしまいまして」
「申し訳ありません。私も少し浮かれてしまいました。今後は気を付けます」
二人は謝罪の言葉に意味ありげな言葉を並べた。
そういう余計な言葉を付け足されると気になってしまうのだけれど、彼らの雇用主は侯爵である私の父なので、護衛対象からのお願いといえども口を割れないのは当然だ。
追及しても無駄そうなので、もう触れないことにする。
それから一週間後。
私は王立学園の高等部に入学した。
一学年が二クラスに分かれていて、私は王族と高位貴族、そして聖女と同じクラスになった。
「セラフィーナ様ぁぁ……! お久しぶりですぅぅ」
顔を合わせるや否や、シェリルは私に勢いよく抱きついてきた。
貴族令嬢としても王族の婚約者としてもマイナスな行動だが、あまりに嬉しそうなので咎める気にもなれない。
アレックス殿下はニコニコしながら見守っている。彼が諌めないのならそれでいいのだろう。
シェリルにとって王立学園の高等部とは、波乱万丈な人生が幕を開ける舞台であった。
しかしもうここには彼女が乗り越えるべき過酷な試練は存在しない。
シェリルは平穏無事な学園生活を手に入れた。
それを心から楽しみにしているようで、内側から滲み出る喜びを抑えきれないといったキラキラ輝く笑みを浮かべている。
レナルドは相変わらず熱の籠った視線をシェリルに向けていた。
さすがにアレックス殿下がレナルドの想いに気づいていないわけがないだろうと、殿下に以前尋ねてみたことがあるが、殿下曰く
『レナルドは聖女という神聖な存在に憧れを抱いているだけで、そこに恋心はない。それは私が断言するよ』
とのことだった。
確かに、異性に抱く好意的な感情が恋心だけとは限らない。
聖女を尊敬してやまない人は世の中に数えきれないほどいるのだから、レナルドがそういう感情を持っていても何らおかしくはないだろう。
レナルドがシェリルに熱い視線を向けるようになった時は、まだシェリルが聖女であると知らなかったはずだが、内に秘めた神聖力を無意識に感じ取っていたのかもしれない。
レナルドは私にとっていい友人という存在なので、叶わぬ想いを抱き続けているわけではないと知れて安心した。
私が『親友と対立せずに済んで良かったですね』と言うと、殿下は複雑そうな表情で『そうだね……』と答えた。
楽しいことが好きな殿下のことだから、もしかしたら恋が燃え上がるようなライバルを欲していたのかもしれない。
そんな殿下は楽しげな表情で話題を切り出した。
「今年は隣国から留学生が来るらしいよ」
「それは初耳です」
「学園側と王家と一部の貴族にしか知らせていないみたいだからね」
殿下は弾む声で話す。
どんな人だろうかとシェリルたちと談笑していると、教室内がにわかにざわめきだした。
「素敵……」
「どちらのご令息かしら」
女生徒たちが頬を染めながら呟いて、私の後ろを見つめている。
私が在籍するクラスは初等部の頃からあまり代わり映えしないメンバーで、ごくたまに貴族に養子入りした人が転入してくるくらいだ。
ここ最近、どこかの家に私と同年代の令息や令嬢が養子入りしたという話は耳にしていないため、先ほど殿下が言っていた留学生が来たのだろうと思いながら振り向いた。
「…………え」
私の後方、教室の入り口のすぐ近くに立っていた人物は、ここにいるはずのない男の人。
私は驚きで目を丸くした。
最後に会った日よりも背が高くなり、以前は後ろで纏められていた黒髪は、スッキリ短く整えられていた。
長めの前髪をサイドに流し、切れ長の青い瞳がしっかり見えている。
私の記憶の中よりずいぶん凛々しく大人っぽい。そんな男子生徒は私と目が合うと心から嬉しそうに笑った。
教室内から息を吐く声が聞こえるのは、その色気に当てられたからだろう。
「セラフィーナさん」
甘さを含む声で、そう口にしながらこちらに近づいてくるのは、ヴィンセント・セルレッタ公爵令息。
隣国の高位貴族だ。
ここにいるはずのない人。だけど直前まで殿下から留学生の話を聞いていたため不思議に思うことはなかった。
殿下が話していた留学生というのは、まさかのヴィンセントのことだったらしい。
手紙でやり取りしていたというのになぜ教えてくれなかったのか。
そんな理由なんて一つしか思い当たらない。
「……ヴィンセント、私を驚かせようと思ったのでしょう」
お互い再会の挨拶もまともにしていない中、私は軽く眉根を寄せた。
本来なら他国とはいえ公爵家であるヴィンセントの方が私より高い家格だが、出会った時と同じ態度で接してほしいと手紙でお願いされたため、手紙と同じような口調のまま話した。
その対応は間違っていなかったようで、ヴィンセントは心底嬉しそうに目元を和らげる。
また教室内のあちこちから溜め息が漏れた。
「すみません。その顔が見たくて、つい。ほんの悪戯心をお許しください」
ヴィンセントは軽く謝罪を述べると、胸に手を当てて礼をとった。
「あらためまして、お久しぶりですセラフィーナさん。こうやって会える日を心待ちにしていました。これからあなたと同じ学園に通えて、毎日言葉を交わせるなんて夢のようです」
挨拶に続けてさらりと甘い言葉が放たれた。手紙に綴られていたようなことを面と向かって言われたことで、顔に熱が集まっていく感覚がする。
「私も会えて嬉しいわ。まさかこんな形で再会するとは思っていなかったけれど」
「この国に留学することはずいぶん前から父にお願いしていたんです。実はガーネット侯爵閣下にはお手紙でお伝えしているんですよ」
「……そうだったのね」
ヴィンセントの言葉で、少し前にアルマとギルがコソコソ何を話していたのか判明した。
父はヴィンセントが何の前触れもなく急に私の前に現れることを知っていたため、私の護衛である二人がそれを不審がらないようにこっそり教えたのだろう。
本人を置き去りにして外野で楽しまれていたような気がしてモヤッとする。
シェリルから期待に満ちた好奇の眼差しを向けられて更にモヤッとした。後でちょっとした嫌がらせをしようと決めた。
立ち話をしていると、教室の入り口から誰かが早足で近づいてくる様子が目に入った。
背中まである赤みの強い金髪。毛先が綺麗にくるんと巻かれていて、吊りがちな猫のような瞳はギラギラとしている。
とても綺麗な子だが歩く姿は『ズンズン』と重い効果音がつきそうなほどで、令嬢とは思えないような粗野な印象を受けた。
この教室で久しぶりに会ったシェリルも、勢いよく私に抱きついてくるといった貴族令嬢としては品位に欠ける振る舞いだったが、こちらは余りあるほどの愛らしさとほんわかした癒し系な空気感で十分にカバーできていた。
一方この女生徒からは刺々しい雰囲気しか感じないため、せっかくの綺麗な容姿でもカバーしきれていない。
(すごく残念な子ね。勿体ないわ)
などと第一印象から失礼なことを思っていたら、その女生徒はヴィンセントが振り向いたと同時に頬を染めて、満面の笑みを浮かべた。
「ヴィンセント様、先に教室に行っちゃうなんて酷いですよぉ。置いていかれて心細かったんですから」
一瞬で猫を被れる切り替えの早さには尊敬のようなものを覚えた。
この見知らぬ女生徒はヴィンセントと知り合いらしいので、きっと彼と同じ留学生なのだろう。
この一瞬だけで女生徒がヴィンセントに好意を抱いているということが分かった。
ヴィンセントはといえば、感情が全くこもっていないような笑みを顔に張り付けながら口を開いた。
「アシュビー侯爵令嬢、私とあなたは何も約束などしていません。置いていかれたなどという言いがかりは止めてください」
「一緒に留学してきた仲なんですから、そばにいてくださいよぉ」
「たまたま留学先が一緒だったというだけですが」
「そんなぁ。でもつれないところも素敵」
ヴィンセントは穏やかな顔で丁寧に対応しているが、面倒くさいという気持ちがひしひしと伝わってくるようだ。
優しくて誠実な彼にしては意外だなと思いながら傍観していると、アシュビー侯爵令嬢と呼ばれていた女生徒は私に視線を向けた。
ヴィンセントも私の方を向く。その瞬間アシュビー侯爵令嬢は猫を脱ぎ捨てて、鋭い視線を私に向けてきた。
あからさまな敵意。
彼女は私を敵とみなしているのだとはっきり分かる。
私は今まで同年代の令嬢からこうやって敵意を向けられたことが一度もなかったため、とても新鮮だ。
初めての体験に胸が高鳴る。
(ふふ……面白いものを見つけたわ)
高等部での学園生活は私にとって穏やかとは言い難い幕開けになり、新しいおもちゃを目の前にして、私の心は期待に満ちている。
さぁ、これからの学園生活、この子でどうやって遊びましょうか。
最後までお読みくださりありがとうございました。




