24、セラフィーナはハイキング(魔王討伐)に出かける
王立学園中等部、最終学年での長期休暇が始まった。
今は比較的過ごしやすい気温と安定した天気が続く時期であり、アウトドアに絶好の季節である。
私とアルマ、ギル、ディアンが乗った馬車は畦道を抜けて目的地に到着した。
私たちの前後には別の馬車が数台。それぞれの馬車から次々と人が降りてくる。
シェリル、ブルーノ、ケイ。
レナルド、オーレリアさん。
アレックス殿下と彼の護衛六名。
王立魔法研究所に所属する魔法使い五名、王立騎士団の団員五名。
なかなかの大所帯になったが、これが今から一緒に楽しいハイキングに出かけるメンバーだ。
私は冒険者が着るような服装で、背中には荷物を背負った。
シェリルとオーレリアさんも同じような格好をしている。
アレックス殿下とレナルドの服装は騎士団の人たちと酷似したもので、腰には短剣、背中には荷物を背負っている。
本来なら殿下は手ぶらでいい立場だが、私たちと同じように自分の荷物を持つことにしたらしい。
シェリルが自分の荷物は自分で持ちますと言っていたからだろう。
その他の人たちは荷物が多いため、より一層大きな荷物を背負っている。
道中は比較的なだらかな道で、小さな湖や草花、景色を楽しめるポイントがいくつかあり、私はシェリルとオーレリアさんと楽しく談笑しながら歩いていった。
私たちのすぐ後ろを歩くのはアレックス殿下とレナルド。
こちらも仲良く話をしながら景色を楽しみ、時折前を歩く私たちの会話に混ざった。
ここは特に強い魔物が出るエリアなので、こうやって森歩きするには不向きな場所である。
王家は魔物避けの効果を持つ稀少な魔道具を所持しているらしく、アレックス殿下は念のためそれを所持しているらしい。
だけど今は魔物であるディアンが一緒にいるため、その魔道具は稼働させていない状態だ。
「ガウガウッ」
「魔物か来るのかしら」
「ガウッ」
私の斜め前を歩くディアンは時々足を止めて、こうやって教えてくれる。
「魔物が来るようです」
私たちの前後、左右に分かれて護衛をしている人たちに声をかけると、皆気を引き締めて厳戒態勢を取る。
数秒後。
前から現れた魔物はディアンの咆哮によって動きを止められ、その間に騎士の一人が仕留めた。
ディアンのお陰で森歩きはとても順調だ。
***
「わぁぁ……! とても綺麗です!」
開けた場所に花畑が広がっていた。
青、白、黄色と華やかな彩り。小花が風に揺れる、とても美しい景色だ。
「本当に素敵ね。少し早い気もするけれど、昼食はここでとりましょうか?」
「っ、ぜひっ!ここがいいです!」
「私も賛成です」
溌剌と答えるシェリルと、少し疲れ気味のオーレリアさん。
オーレリアさんは室内に籠って研究することが多いため、野外活動にはあまり慣れていないようだ。
「殿下たちもそれでよろしいでしょうか」
「もちろんだよ」
アレックス殿下はシェリルの気持ちが第一だと思うので聞く必要もないと思ったが、この場で一番高い身分なため形だけでも確認を取った。
私とシェリル、オーレリアさん、レナルド、アレックス殿下は、アルマが敷いてくれた敷物の上に座り、お弁当を広げる。
「セラフィーナさん、お水を」
「ありがとう」
手の上に水球を出しているレナルドにコップを差し出すと、水を注いでくれた。
こうやって野外で活動する時には、彼のような水魔法の使い手が重宝される。
水を持たなくて済むだけで、荷物が大幅に減らせるからである。
ここには彼以外にも水魔法の使い手が数人いるため、それぞれが分担して水を出していた。
昼食を済ませるとまた歩き始めた。
途中で休憩を挟みながらどんどんと森の奥深くに進んでいく。
出現する魔物は図鑑でしか見たことのない上位種ばかりで、騎士や魔法使いが倒した魔物をシェリルと一緒に興味深く眺めた。
数年前、初めて魔物を見た時はずいぶん怖かったものだが、討伐経験を積んでしっかり慣れてきたため、上位種だろうと『なんか強そう』という程度にしか思わない。
力を温存するために今は討伐に参加していないシェリルも、急に倒せと言われたとしても冷静にサクッと倒せることだろう。
私たちはどんどん歩き進めて、透き通った小川や、虹がかかった滝などを眺めて楽しみ、そうして目的地に到着した。
「ここよ」
霧が立ち込める中、私が指差した先にあるのは小さな洞穴だ。
穴の大きさは縦横共に三メートルほど。
私とギル、アルマは確認のためにすでに一度ここに来たことがある。
そして洞穴の中に目的の存在がいることは確認済みだ。
さすがに殿下まで加わったこんな大人数でここまでやってきて、『中には何もいませんでした』とは言えない。
殿下は『自分の目でしっかり見届けたい』と言って勝手に付いてきた立場なので、文句を言われる筋合いはないが。
ちなみにレナルドは『皆が行くなら俺も行く』と言って付いてきたため、危険な目に遭ったとしても自己責任でお願いした。
彼は上位種の魔物に遭遇しても臆さずに、せっかくの機会だから倒してみたいと願い出て討伐に参加したりと、案外活躍している。
「いよいよですね……」
道中ずっと楽しそうにしていたシェリルだが、ここにきて顔を強ばらせた。さすがに緊張しているようだ。
「大丈夫よ。さっと終わらせて帰りましょう。有名パティスリーの新作ケーキを沢山注文してあるから、明日は家で一緒に食べましょうね」
私は余裕の笑みを向けてシェリルを元気づけた。
これまで十分すぎるほどの準備をしてきたのだから、何も恐れることはない。
気休めではなく本当に簡単に終わらせられると信じている。
シェリルは元気よく『はいっ』と頷いて、そうして全員で洞窟に足を踏み入れた。
先行する騎士と最後尾の魔法使いが光を放つ魔道具を腰に装着しているため、洞窟内は数メートル先までしっかり確認できる程度には明るい。
数分歩くと行き止まりに差し掛かった。
岩壁の前に存在する半透明の膜に覆われた黒い影。頭部に胴体に手足。人間と思わしきシルエット。
近づくとその輪郭がはっきりと見えてきた。
結界のような膜に覆われていても尚、邪悪で醜悪で得体の知れない赤黒い魔力がその体から滲み出ている。
この場にいる殆どの人間が息を呑んだ。
身長二メートルを超える全身真っ黒な二足歩行の生き物。
鋭い爪、がっしりとした体つき、手足には鱗。
額を覆う複数の角。口から覗く牙。
まだ復活前の眠りについた状態だが、確かに魔王という脅威が目の前に存在している。
「文献に描かれた通りの姿だな」
「ええ。本当に魔物と人が混ざりあったような姿なんですね。人語を理解して話すといわれているのも頷けます」
アレックス殿下とレナルドは半透明の膜に近づき、興味深そうに眺めている。
遠目で様子を窺っていた者たちも恐る恐るといった様子で近づき、まじまじと観察しだした。
復活前の魔王を目にする機会など今後もう訪れない。
私ももちろんシェリルとオーレリアさんと一緒に間近で眺めている。
私たちがここ────魔王が眠る地に辿り着けたのは、邪教の教主から引出した情報を元に探し出すことができたからだ。
ある程度範囲が絞られていれば、私の感知魔法で魔王の居場所を特定することなど造作もない。
教主は魔物避けの効果を持つ稀少な魔道具を所持していたことで、偶然ここを見つけたそうだが、元々偏った思想を持っていた教主は魔王が放つ圧倒的なオーラに魅了された。
それ以来、魔王がより力を得た完全なる状態で復活できることを心待ちにしながら、特殊な魔法陣を通して生け贄を捧げてきたようだ。
「オーレリアさん、解析を頼めるかしら」
「待ってました」
ずっと期待を込めた瞳で私の方をチラチラと見ていたオーレリアさんは、私が声をかけると同時に顔を輝かせた。
オーレリアさんは数歩前に出て、魔王の周りを覆う膜に手をかざした。
いつものように結界魔法の小さな箱に魔力を閉じ込めると、満足そうな顔で分析をはじめた。
そして待つこと数分。オーレリアさんは魔王を覆う膜の分析をすんなりと終えた。
「この膜は周囲に漂う魔素を取り込んで魔王に力を注いでいます。物理攻撃は一切効かず、魔法攻撃は吸収して糧となってしまうようです」
「神聖魔法は?」
「唯一それだけは魔王にとって毒のような存在なので、膜越しでも聖女の攻撃は有効かと。ただそれによって魔王が覚醒する可能性は高いでしょう」
「そう。それは問題ないわね、シェリル」
「はいっ!」
隣に立つシェリルに確認をとると、彼女は力強く頷いた。
「それでは私は今から魔王の浄化を行います」
シェリルが高らかに宣言すると、アレックス殿下はシェリルの両手を掬い取った。
「君なら必ずやり遂げると信じている。私にはできることが何もないが、この国の王子としてしっかり見届けさせてもらう」
「ありがとうございます。殿下の存在はとても心強いです」
二人は両手を繋ぎながら暫くの間二人の世界に入り、『殿下、そろそろ後ろに下がりますよ』というレナルドの声かけでハッとなって手を離した。
殿下とレナルドはシェリルから数メートル離れて、護衛や騎士、魔法使いたちに囲まれるようにして見守った。
オーレリアさんはシェリルの真横に立ち、目の前に大きな結界魔法を展開させた。
彼女は主にシェリルを守りながら、魔王の攻撃が後ろまで届かないようにする役目を担っている。
私はディアン、アルマ、ギルと一緒にシェリルのすぐ後ろで待機する。
シェリルは気持ちを落ち着けるようにすうと息を吸い込むと、魔王を覆っている膜に両手を当てた。
そのまま一気に神聖魔法を放出させ、洞窟内が目映い輝きに満ちた。
「────我の眠りを妨げし愚か者よ。万死に値する」
眠っていたはずの魔王の口から低い声が発せられた。
金色の瞳が開くと同時に、殺気が込められた赤黒い魔力が一気に放出される。
シェリルは一歩後ずさりそうになったが、どうにか踏みとどまって両手から目映い光を出した。
迫り来る魔王の魔力を完全に消し去ると、そのまま光で魔王の体を包み込んだ。
「グッッ……何をする。忌々しい力め」
魔王は神聖魔法に包まれた。抵抗するために魔力を放出しようとするが、体から滲み出したそばからシェリルに浄化されてしまうため、まともに攻撃できない状態だ。
私は魔力回復ポーションの蓋を開けて、シェリルの顎をクイと持ち上げながら飲ませた。
アルマは私と同じような動作でオーレリアさんに魔力回復ポーションを飲ませる。
「人間ごときが! 小賢しいッ」
魔王は焦りを含んだ苛立ちを口にすると、シェリルの光の攻撃がほんの少しだけ緩んだ隙を狙い、咆哮した。
ピリリと体が痺れ、鼓膜が震える。
魔王の魔力を乗せた咆哮は洞窟外に伝播していった。
「ディアン、魔物がここに押し寄せてこないようにしなさい」
「ガウッ」
ディアンは私の命令に返事するように一鳴きし、魔王と同じように咆哮した。
魔王が呼び寄せようとしている魔物を全て退けることはできないだろうが、追加の命令を与えることで錯乱させることは可能だと踏んだ。
「なっ、そいつは我が眷属ではないか。なぜ下等生物が従えている!?」
ディアンの存在に気づいた魔王が間抜けな声を上げた。
私はそれを無視し、シェリルに声をかけた。
「私たちは外から来る魔物に対処するわ。あなたはこれ以上魔王に咆哮する隙を与えず、一気に畳み掛けなさい」
「はいっ!」
シェリルの力強い返事を聞くと、私はディアン、アルマ、ギルと共に洞窟の入り口に向かって足を進めた。
「殿下、数は分かりませんが魔物が来ます。私たちで対処しますが、念のため後方にご注意ください。シェリルたちをよろしくお願いします」
「承知した」
シェリルとオーレリアさんは二人でも問題ないと思うがそちらは殿下にお任せして、私は洞窟の入り口に立った。
そして地面に手をつき感知魔法を展開。
洞窟からニキロ圏内の魔力反応を確認した。
(……三、四十体といったところかしら。あとは混乱して立ち止まっているから問題なさそうね)
魔王の咆哮を受けてこちらに向かってこようとしている魔物は四十未満。
「ディアン、もう一度魔物たちを退けなさい」
「ガウッ」
ディアンは先ほどと同じように咆哮した。
私は感知魔法でこちらに向かってくる魔物たちを探る。
五体ほどがその場で立ち止まり、目的を失ったように彷徨いだした。
残りは迷いのない足取りでこちらに向かってくる。
「アルマ、ギル、三十体以上がこちらにくるわ。私とディアンで封じられるだけ動きを封じるから、あなたたちは止めを刺して」
「承知しました」
「承知いたしました」
二人は返事をすると、それぞれ戦闘態勢に入る。
アルマは氷の針をいくつも出して構え、ギルは腰の長剣を抜いて構えた。
ディアンは体全体に私の闇の魔力を纏い、機動力と攻撃力を強化した。
私は両手から闇魔法の玉を出して戦闘に備える。
ほどなくして魔物たちが姿を現した。
大小様々だが、全て上位種の魔物だ。
ディアンは魔物たちの動きを止めるために咆哮した。
魔王に呼び寄せられた魔物たちは、魔王からここに来るように命じられただけで、それ以降の具体的な指示はまだ受けていないと踏んでいる。
そんな中途半端な状態でディアンから『止まれ』と指示を受けてしまったため、その場で立ち止まった。
私は動きを止めた魔物たちに向けて闇魔法を放つ。
防御力と体力を一時的に低下させるものだ。
アルマとギルは、動きを止めて弱体化した魔物たちを一体ずつ確実に仕留めていった。
ディアンも鋭い爪で魔物たちの喉を切り裂いていく。
そうやって私たちはたった三人と一体で、ずいぶんあっさりと三十体以上の上位種の魔物を全て仕留めることができた。
洞窟内に戻ると、魔王は体が二回りほど小さくなっており、脂汗をかきながら必死の形相で『もう止めてくれぇぇ』とシェリルに訴えかけていた。
少し不憫に感じてしまう、威厳も何もない姿だ。
私はシェリルのすぐ近くに歩みよった。
「まだかかりそうかしら?」
「いいえ、もういつでも消し去れます。セラフィーナ様に私の勇姿を見てほしくて待っていました!」
「ふふ、そう」
「ではいきます」
シェリルは余裕たっぷりに弾んだ声で答えると、神聖魔法を一気に放出させた。
「ギィヤァァァアァァッッ……!」
魔王は最期の雄叫びを一つ残して、塵となって消えた。
それを見届けたシェリルは勢いよく私の胸に飛び込んできた。
「やりましたっ。やりましたよ! 見てくださいましたか?」
「ええ勿論よ。頑張ったわね、シェリル」
眼前で揺れるふわふわした桃色の頭を撫でると、シェリルは『へへへ』と言いながら私にすり寄ってきた。
大きな犬としか思えない動作に頬が弛む。
こうしてシェリルの聖女としての最初で最後のお仕事はいとも簡単に終わり、帰り道もハイキングをしっかり楽しんだ。




