23、セラフィーナは壊滅させる
シェリルの予知夢によると、私は聖女に嫌がらせをするようになり、最終的には聖女を殺そうとして命を落としてしまう。
私の死後、聖女を殺すように私を唆したのは、とある教団の教主だということが発覚したそうだ。
その教団は魔王を崇拝し、魔王が世界を破滅させることを望む邪教。
魔王に力をつけさせるために生け贄を捧げる儀式を行い、幾度となく聖女の命を狙った。
つまり魔王の天敵である聖女を排除するために、私が聖女に抱いていた悪意が利用されてしまったということ。
予知夢とは違い、今の私は精神を蝕まれていない。
シェリルとの仲は至って良好。
私が彼女を殺す理由は一つもないため、教団に付け入られることはない。
だけどあり得た未来で私を破滅に追いやる教団は、今もどこかに存在している。
人目を避けてコソコソと儀式とやらに勤しんでいるはずだ。
そんなくだらない組織は聖女に害をなそうとする前に潰しておくべきである。
しかしどれだけ調査しても教団に関する情報は得られないまま月日が流れた。
そんな中、私は町の薬屋で自分の体の一部を売ってまで治癒ポーションを買いたいと店主に詰め寄る少年に出会った。
黒髪に青い瞳で、どこかの貴族令息だろうかと思わせるほど整った顔立ちをした少年。
町に馴染むような小綺麗な格好をしていたが、店主とのやり取りからどう見ても訳ありだと分かった。
一週間ほどアルマに少年の周辺を探らせたことで、小さな商店を営むマイルズという男が、教団の幹部だということが分かった。
そして近々、特殊な魔法陣を媒体にして魔王に生け贄を捧げる儀式を執り行う予定だということを知った。
邪教を壊滅させるための第一歩。ようやく訪れた機会に心が躍る。
そして儀式当日。私はアルマとギルと一緒に町外れの廃れた教会の前までやってきた。
「さぁ、ぶっ潰しに行くわよ」
「お嬢様、言葉遣いが少々よろしくないかと」
「今日くらいはいいでしょう」
「お嬢は人間相手での実践は初めてですもんね。気分が上がるのも無理はありません」
「そうですね。では予定通り、まずは私が下っ端たちを片付けるという段取りで問題ありませんか」
「問題ないわ。でも状況次第では最善の行動をとるように。それはあなたの判断に委ねるわ」
「承知いたしました」
事前に三人で打ち合わせしてあるため、各々がするべきことはほぼ決まっている。
私たちは教会内部に足を踏み入れて、地下への階段を下りていった。
地下にある薄暗い部屋に到着した私の目に飛び込んできたのは、ナイフを振り上げる男。
私が『あっ』と思ったのとほぼ同時にアルマが氷の針を飛ばした。
一瞬で解決したため、気を取り直して冷静に部屋の中を見渡す。
肩から血を流している少年。
つい今しがたまで少年の目の前でナイフを振り上げていたが、アルマの攻撃を腕に受けたことでナイフを落としてその場に踞った男。
部屋の中央にいるのは青白い顔で震えている幼子たち。
つい今しがたまで幼子たちの近くに立っていたが、アルマの攻撃によってその場に倒れた男。
最初から床に倒れていた二人の男。
目の前に広がる光景。
そこから察せられることは、少年が二人の男を気絶させて儀式を中断させ、それに激昂したマイルズが少年を殺そうとした、といった感じだろうか。
「ヴィンセント、私を守りなさい」
少年の前で踞っている男────私の獲物であるマイルズは命の危険を感じたらしく、少年に向かって命令した。
少年は言われるがまま、マイルズの盾となるよう前に立った。
私はこちらに気づいて目を見開いている少年に近づいて声をかける。
「こんにちは。私はそこにいるマイルズに用があるのだけれど、そこをどいてもらえるかしら」
「......すみませんが、俺はその申し出を受けることができません。どうか力ずくで俺をどかしていただけないでしょうか」
「マイルズにそう命じられているのね」
「……」
少年からは少しの敵意も感じない。
丁寧な口調からは私への敬意を感じる。しかしマイルズに関する質問には口を噤んでしまった。
彼からはマイルズに対する忠誠心を微塵も感じないが、マイルズから与えられた命令をしっかり守っている。
私はしばし考え込んだ。
町の薬屋では、少年は名前や住所といった自分に関することを少しも明かさなかった。
アルマの報告によると、ここに幼子たちを連れてきたのはこの少年だという。
そして彼は今、先ほどマイルズから受けた命令に忠実に従っている。
(予想はしていたけれど、隷属魔法のようなものかしら)
通常は、人と人の間で交わした取り決めを確実なものにするためには、魔法誓約書を用いる。
魔法誓約書では一枚につき一つの事柄しか誓約を結べない。
誰かの命令を全て聞かなくてはならない、といった大雑把な誓約を結ぶことは不可能だ。
目の前の少年はマイルズからいくつもの命令を受け、全てきちんと従うような行動をとっている。
複数の魔法誓約書でありとあらゆる誓約を結んでいるというよりも、隷属魔法によって縛られていると考えるのが自然だ。
この場で優先すべきことは、少年がこれ以上命令を受けなくて済むようにすること。
私は少年に向けて闇魔法を放った。
黒い魔力が少年の上半身をすっぽり覆う。これは一時的に五感を奪い、いくらかの体力を吸い取る魔法だ。
少年は少しも抵抗することなく私の魔法を受け入れた。そしてすぐに気を失ったらしく後ろにぐらりと倒れたため、ギルが受け止めた。
ゆっくり床に寝かせたところで魔法を解除する。
少年の呼吸は正常。元々負っていた肩の怪我以外は他に問題なさそうだ。
恐らく、痛みや緊張状態から解放されたことで気を失ったのだろうと推察できるが、急に倒れたことに少し動揺した。
「この魔法は必要時以外はあまり使わない方がいいかしら」
「でもまぁ気絶してくれている方が都合がいいのでは」
「それもそうね」
ギルの軽口に納得する。
マイルズが少年に余計な命令を下すことを避けるため、まずは少年とマイルズを遠ざけなくてはいけないと思っていた。
しかし少年は気を失ったため、このままマイルズへの尋問を始めても問題ないだろう。
私は少年に放ったものと同じ魔法を手から二つ出した。
一つはマイルズの両足に、もう一つは首にぐるりと巻き付ける。
「────ヒイッ」
マイルズは情けない声を出した。
彼は先ほどの少年と違い、頭部を黒い魔法に覆われていない。
顔を出した状態なので、目が見えるし声も出せるし耳も聞こえる。
この魔法は覆った箇所にだけ効力を発揮する。
足を動かせないマイルズはここから逃げられない。
首を覆ったのは何となく恐怖を与えられるかと思ったからだ。
「まずはこの少年を隷属させている魔法を解除しなさい。魔道具か何かを持っているでしょう」
「な、んの、ことだ」
「誤魔化しても無駄よ。ここまで人間の行動を縛れるなんて、特殊な魔道具でも使わない限り無理でしょう」
本当はそんなことは決してないのだが、そういう前提で話を進めることにした。
マイルズが闇魔法の使い手で、私が会得した隷属魔法をマイルズが使っている可能性も考えていたが、それはなさそうだ。
彼は私の魔法に少しも抵抗できずにいる。
闇魔法の使い手ならたとえ力の差があったとしても多少は私の魔法に抵抗できるはずだから。
特殊な力を持つ魔道具は、常に自分の魔力が届く場所になければ発動させられない。
つまりマイルズは今現在何らかの魔道具を所持しているはずだ。
「お嬢、こういう奴は痛めつけないと言うことなんて聞きませんよ」
「そう。分かったわ」
ギルから助言を受けた私は手から針状の闇魔法を出した。
ただ純粋に殺傷力のあるものだ。
それをマイルズの肩にグサリと刺して、抉るようにグリグリとする。
「ギャァァアァ!! あぁッ、あぁぁぁッ……!」
マイルズはすごく痛そうな叫び声を上げた。
私が肩を突き刺していた闇魔法を消すと、マイルズは顔に脂汗をかきながら、流血する肩の痛みに耐えるように腕を強く押さえた。
私はもう一度手から針状の闇魔法を出して、振りかぶるように高く持ち上げた。
「次はその頭に突き刺せばいいのかしら」
「っ止めろ」
「私はあなたが少年にしようとしていたことをするだけよ。隷属を解除する気がないのなら、こうするしかないでしょう」
「分かったッ! 今すぐ解除するから止めてくれ!」
マイルズは慌てた動きで懐から魔道具を取り出した。
目の前に出されたことで、そこからうっすらと闇魔法のようなものが感じ取れた。
この魔道具を作った人間はきっと高位の闇魔法の使い手だったのだろう。
マイルズは魔道具に自身の魔力を流すと、恐怖に滲んだ瞳で私を見上げた。
「今解除した。本当だ」
魔道具からうっすら感じていた闇魔法のようなものの気配が消えた。
彼の言葉は偽りではなさそうだ。
「ギル、壊してちょうだい」
「承知しました」
ギルは返事をしながらマイルズの手から魔道具を取り上げて、それを持つ手に力を入れた。
────バキッ、メキメキメキッ
魔道具はバラバラになった。
これで少年の問題は解決できただろう。
「さぁ、それでは本題に入りましょうか」
私は闇魔法でマイルズの両手首を拘束する。そして彼の首に巻き付けていた闇魔法に少しだけググッと力を込めて、かろうじて呼吸ができる程度に首に食い込ませた。
マイルズは目に涙を浮かべて、ヒューヒューと音を立てながら息をする。
横目でギルの顔を窺うと、『いい感じですよ』と言いたげな笑みを浮かべていた。
尋問の手段は間違っていないようなので、このまま私が思う通りに進めることにしよう。
「私の質問に答えなければ、いつか呼吸ができなくなるかもしれないわ。だからしっかり答えてちょうだい」
「────ッッ」
私は声にならない叫びを上げる目の前の男に微笑みを向けた。
***
マイルズから必要な情報を引き出してしばらくすると、アルマが呼びに行ってくれていた騎士団員数名が教会の地下室に到着した。
彼らは王都の治安を守り、犯罪者を捕らえる職務に就いている人たちだ。
幼子たちは保護するために馬車に乗せられ、意識を取り戻したマイルズと男たちは犯罪者用の手枷をつけられて連行されていった。
少年はギルに抱き上げられて、教会の建物の外に運ばれた。
私は教会の前にある古びた木のベンチに座り、私の膝の上に少年の頭を乗せ、体はベンチに横たわらせる。
少年の肩の傷はアルマが応急処置をしてくれた。
「アルマ、明日からまた情報集めをよろしくね」
「もちろんです」
マイルズからは教団の情報をいくつか聞き出せた。
教団の幹部はまだ複数人いるようなので、一人ずつ追い詰めていき、教主まで確実に仕留める予定だ。
初めての尋問はなかなか上手くできたと思う。
次はどうしようか。相手を殺さないように、でも確実に恐怖心を抱かせられるように、スラスラと口を割らせられるように、どんな風にしようか。
空を眺めながら考えていると少年が目を覚ました。
ぼんやり私の顔を見ている少年に微笑みかけると、少年はすごく驚いたように目を丸くして、勢いよく起き上がろうとした。
「────ッ」
少年は顔を歪めて、持ち上げていた頭が私の膝の上に戻った。
私は少年の顎をクイと持ち上げて、アルマに手渡された小瓶を彼の口に押し当てる。
「治癒ポーションよ。飲んで」
有無をいわさず飲むように小瓶を傾けると、少年は頭に疑問符を浮かべている表情をしながらも飲み下した。
治癒ポーションは傷口にかけても効果があるが、飲む方がより効果を発揮する。
「どう? 痛みは無くなったかしら」
「っはい、あの……」
「これは私が勝手にしたことだから、お金の心配はしないで」
「……分かりました。ありがとうございます」
少年はようやく起き上がり、私の隣に座った。
「マイルズによる隷属は解けたはずだけど、問題はないかしら。自分の名前を言ってみて」
「────え? ……えっと、俺はヴィンセントです…………すごい、言えた」
「ふふ、良かった」
自分の名前が言えたことに呆然とするヴィンセントに笑いかける。彼は顔を一瞬で紅潮させた。
不自由な生活から解放されたのだ。気が昂るのも無理はない。
「……あの、君たちが俺を助けてくれたのでしょうか? なぜ俺が隷属されていたことを知っているのですか」
「それは秘密よ」
「……そうですか。あの、子供たちはどうなりましたか」
「子供たちは騎士団に保護されたわ。皆大事なさそうよ」
子供たちの無事を伝えると、ヴィンセントはホッとしたような表情で脱力した。
すぐにまた険しい顔になり、おずおずと口を開く。
「俺はなぜここにいるのでしょうか?」
「あなたの意識が戻るのを待っていたのよ。これを渡しておきたかったから」
私は懐からブローチを取り出した。
町の薬屋で彼から預かっていたものだ。
ヴィンセントはブローチを食い入るように見つめてから、物憂げな表情を浮かべて目を伏せた。
「……それはまだ受け取れません。俺は騎士団に捕らえられるべき人間で、君にお金を返せる日はもしかしたらもう来ないかもしれない。必ず返すと言ったのに……すみません」
「お金ならマイルズから搾り取る予定だから問題ないわ。あなたは隷属魔道具のせいで無理やり従わされていたのでしょう。それなら捕らえられる必要はないと思うわ」
「そうですが、それでも俺はいろんな悪事に手を貸しました。だから俺はきちんと裁きを受けなければいけません」
ヴィンセントは青い瞳で真っ直ぐに私を見つめた。
青空が溶け込んだような澄んだ瞳はどこまでも綺麗だ。
「あなたはマイルズに縛られながらも曲げられない信念を持ち続けて、子供たちを助けるために行動したのでしょう。自分自身の意思で犯罪に手を染めたことはあるのかしら」
「そんなことは一度もありません。でも俺は……」
ヴィンセントは眉根を寄せ、今にも泣き出しそうな顔で自分の手を見つめている。
葛藤する彼の気持ちを和らげたいと思った私は、彼の両手をそっと持ち上げた。
「誰かを守ろうとしたこの手はとても綺麗だと思うわ。あなたは自由になれたのよ。これからは自分が思うように生きられるのだから、胸を張って生きてほしいの」
私はヴィンセントの胸元に押し付けるようにブローチを渡した。
彼はゆっくり両手を動かして、慈しむようにそれを受け取った。青い瞳を柔らかに細める。
その仕草だけでそれがとても大切なものだと分かる。
ヴィンセントは手元に戻ってきたブローチを懐に丁寧に仕舞うと、私をじっと見つめた。
「君の名前を教えていただけますか」
「私はセラフィーナ・ガーネット。ガーネット侯爵家の娘よ」
「セラフィーナ、ガーネット……セラフィーナ、セラフィーナ……」
ヴィンセントは私の名前を何度も呟いた。
しっかり記憶するように、何度も何度も繰り返した。
「セラフィーナさん、本当にありがとうございました。このご恩は必ず……いえ、返せる保証はまだないのですが、俺が自分の家に戻ることができたら、その時に必ず」
「帰る家があるのなら、戻れるように私が手を貸すわ」
「いいえ。それはお気持ちだけで十分です。俺の家は少々ゴタゴタした事情がありまして、正直言って帰れる保証はないといいますか、面倒ごとが片付いているかしっかり見極めてからでないと帰れないといいますか、もしかしたら帰ってすぐに死ぬ可能性もあるといいますか。だからお気遣いなく」
ヴィンセントはキリリとした顔で、理由になっているようななっていないような言葉で私の申し出を断った。
複雑な家庭の事情があるということだけは理解できたが、彼の家の問題に首を突っ込む権利は私にはない。
私は懐から小さな紙とペンを取り出して、自分の名前とガーネット侯爵家の住所を書き記した。
「何かあれば手紙をもらえると嬉しいわ。私にできることがあればいつでも頼ってちょうだい」
紙を差し出すと、ヴィンセントは素直に受け取ってくれた。
ブローチを受け取った時と同じ、慈しむような優しい手つきだ。彼はまるで宝物をもらったかのように目元を和らげた。
私が渡したのはただの紙切れなのにそんな表情をされるとは思っていなかったので不思議な気持ちになってしまう。
ヴィンセントは胸に手を当てながら軽く腰を折った。
「ありがとうございます。いつになるか分かりませんが必ず手紙を送ります。それまであなたの心の片隅にほんの少しでも俺の存在がありますように。俺には立場が不安定な自分を奮い立たせるための心の支えが必要なんです。勝手な願いを持つことだけはどうかお許しください」
「…………分かったわ」
ヴィンセントに仰々しい言葉を並べ立てられた私は、どう答えようか悩んだ末、簡潔な返事をすることしかできなかった。
彼は柔らかく微笑んで、別れの挨拶をして去っていった。
その姿が見えなくなるまでぼんやり見つめていると、アルマが私に話しかけてきた。
「気になるのでしたら偵察を続けましょうか?」
「それは必要ないわ。私にはもう彼を探る理由がないし、あなたには優先してもらわなければいけないことがあるもの」
今は邪教殲滅という目的を遂行させることに注力するべきだ。
アルマの申し出を軽く断り、私たちは帰路に着いた。
翌日からは、私が学園に通っている間にアルマとギルが邪教の幹部狩りをせっせと行ってくれた。
そのお陰で教主の素性が判明したため、私たちは三人で教主の居所に乗り込んだ。
表向きは慎ましく田舎暮らしをしている中年男性だが、裏家業でかなりの儲けを出している成金である。
教主の雇われ護衛三人をアルマとギルがさくっと片付け、私は闇魔法で教主の手足を拘束して動きを封じた。
キッとにらみつけてくる彼の片耳を針状の闇魔法で貫く。
「グッッ……」
教主は小さく唸った。
私は手に持つ針状の闇魔法を教主に見せてからにっこり笑う。そして教主の視界を闇魔法で奪った。
「さぁ、素直に情報を教えてくれるといいのだけれど」
そう切り出してから、私は教主に質問しはじめる。
闇魔法で相手の動きと視界を奪い、じわじわと痛みを与えていった。
私はアルマとギルの指導の下、死んだほうがマシだと思ってもらえるように苦痛を与えながら、情報を引き出していく。




