20、セラフィーナは分析させる
一学年上のオーレリア・オルグレン伯爵令嬢は、休み時間の度に私のクラスに来るようになった。
猫のような瞳をキラキラさせるオーレリアさんに魔力を譲渡しながら少しお話をする。
そんなことが数日続き、私とオーレリアさんはずいぶん仲良くなった。
そうして翌週の放課後のサロンで私が開く茶会に、オーレリアさんを招待した。
今日もサロンにはシェリル、レナルド、アレックス殿下といったお馴染みの顔が揃っている。
メイドが全員分のお茶を淹れて退室すると、オーレリアさんはさっそくといった感じで手のひらに高さ5cmほどのドーム状の結界を出した。
「セラフィーナ様が魔力をくださったおかげで、闇の魔力に強い耐性を持つ結界が完成しました」
「それは良かったわね。結界魔法の使い手は皆そういったことができるのかしら」
「今のところ私以外にできる人に会ったことがありません。私は感覚でやっているので他人に教えることができないんですよね」
「そう。オーレリアさんは自分自身の力で新しい魔法を生み出したのね。すごいわ」
「お褒めいただき光栄です」
オーレリアさんは誇らしげな顔をした。
彼女は魔力を分析することしか頭にない時はこちらの都合などお構いなしにグイグイくるが、そうでない時は落ち着きのある常識的な受け答えをする。
私はそんなオーレリアさんに微笑みかけてから本題を切り出す。
「オーレリアさんは触れたことのない魔力や見たことのない魔法を分析することが好きなのよね」
「大好きです」
「それなら、まだ見たことのない稀少な魔力を分析したいと思わなくて?」
「したいです」
「そのためには外部に情報を漏らさないようにシェリルと魔法誓約を結んでもらう必要があるのだけれど」
「結びます」
オーレリアさんの即答により、シェリルは懐から魔法誓約書を取り出した。
そこにはシェリルが持つ魔力について情報を漏らすことを禁じるという内容が書いてあり、オーレリアさんは一読するとあっさり署名した。
「シェリルさんが持つ力とはどんなものなの? わざわざ誓約を結ぶだなんてよほど稀少なものなんでしょう? ねぇどんな力なの?」
オーレリアさんはさっそくシェリルに詰めよった。
間近に顔が迫るほどグイグイこられて、シェリルはおずおずと口を開く。
「あの、実は神聖魔法でして……」
「えっ、それってつまりシェリルさんは聖女様ということ?」
「えへへ、実はそうなんです」
「すごい! さっそく力を見せて。いいでしょう? 今すぐ見せてもらえるのよね? ね、ね」
「はっ、はいぃ」
鼻先が触れそうなほど更に詰め寄られたシェリルは、さっそく右手に光を出した。
「へー、これが神聖魔法かぁ。普通の光魔法と見た目は変わらない気がする。ちょっと魔力を貰っていい? 分析していいんだよね? ね、ね」
「ご自由にどうぞ」
オーレリアさんはシェリルの返事とほぼ同時に目の前の光を小さな立方体に閉じ込めた。
彼女は右手の上に載せた3cm角の結界に左手を被せ、目を閉じた。
「ふむふむ。見た目は変わらないと思ったけど魔力の密度が桁違いなんだね。質も少し違うみたい」
オーレリアさんは独り言を呟きながら、神聖魔法に自分の魔力を流したり混ぜ合わせたりしている。
私たちはオーレリアさんの邪魔をしないように、声のトーンを抑えながらお茶とお喋りを楽しんだ。
そして数分後。
「できた」
オーレリアさんはそう言って、右手の上に小さなドーム状の結界を出した。
彼女はほんの数分前に初めて見た神聖魔法を分析して、この場で神聖魔法に特化した結界を完成させたようだ。
私の闇の魔力の解析には数日かかったのに、シェリルの神聖魔法の解析はほんの数分で終わった。
(話に聞いていた通りね)
私はシェリルから聞いた話を思い出す。
シェリルは森で魔物が押し寄せてきた時にオーレリアさんと会ったことで、彼女が予知夢に出てきた存在だと気づいたらしい。
シェリルの予知夢によると、オーレリアさんは聖女の力に目覚めたシェリルに興味を抱き、魔力を見せてほしいと教室まで懇願しにきたそうだ。
その場に居合わせたアレックス殿下とレナルドによると、オーレリアさんの結界魔法はとても優れていると有名で、魔王討伐隊のメンバーに抜擢されることはほぼ確実だったらしい。
今のうちに交流を深めておくといいと助言を受けたシェリルは、オーレリアさんに魔力を見せて、そのまま魔力を渡した。
オーレリアさんは魔力を貰えて満足して帰っていったが、その後は一度も魔力が欲しいと言ってこなかったらしい。
その次にシェリルがオーレリアさんと関わったのは魔王討伐隊結成時。
オーレリアさんはシェリルの一番近くに配置され、結界魔法で聖女を守る役割を担うことになったそうだ。
オーレリアさんには他の誰にも真似できない特技がある。
それは事前に魔力を分析済みであれば、特定の人物の魔法だけを透過させる結界を張れるというもの。
本来なら、結界に守られている人は結界の外に向けて魔法を放つことができない。
しかしオーレリアさんの結界内にいるシェリルは、結界に守られながら魔王に向けて攻撃を放つことが可能となった。
シェリル自身も光のバリアで身を守ることができるが、守りを全て他人に任せることで、魔王の浄化に集中することができる。
結界の内側から外に魔法を放ち、外側からの攻撃は弾くことができる。それはオーレリアさん特有の結界魔法で他の誰にも真似できないようだ。
オーレリアさんは魔王の攻撃を受ける度に結界を新たに張り直していて、かなりキツそうだったらしいが。
シェリルから予知夢の話を聞いた私は、シェリル、アレックス殿下、レナルドに相談を持ちかけた。
オーレリアさんはいずれシェリルを守る立場になる。
それなら今のうちに秘密を共有できる仲間になっておくことが望ましいだろうと。
三人とも私の考えにあっさり快諾してくれて、現在に至る。
私はシェリルの予知夢から想定していたことを確認するために、オーレリアさんに質問する。
「闇の魔力は分析まで数日かかったのに神聖魔法はすぐに終えたのはなぜなのかしら」
「それは私がすでに光魔法を分析済みだからです。神聖魔法は光魔法の上位互換。力の強さは全く違えど、根幹はほぼ同じなんです」
「そうなのね」
オーレリアさんの回答は私が考えていた通りのものだった。
「それなら魔物が持つ魔力を分析すれば、あなたは魔王と対峙しても魔王の攻撃を防ぐことに特化した結界をその場ですぐに編み出せるということかしら」
「いいえ、それは無理でしょう。文献によると魔物と魔王は魔力の質が根本から異なるようなので」
オーレリアさんの返事により、やはりシェリルの予知夢の中のオーレリアさんは、その場で魔王の力を分析することができなかったようだと分かった。
「それならもし仮に魔王の力の一部を有する生き物がいたとしたらどう? その魔力を分析すれば、魔王の攻撃を防ぐことに特化した結界をその場ですぐに編み出せるかしら」
「そうですね。可能かと」
「その魔力を分析することが可能だとしたら────」
「したいです!」
オーレリアさんは前のめりになって瞬時に食いついた。
***
週末の別荘地。
私はアルマ、ギル、ケイ、ブルーノ、そしてシェリルとオーレリアさんと一緒に別荘地に来ていた。
「コリンちゃんは今日も元気ですねぇ」
「わふわふっ」
「ディアンちゃんは今日も綺麗な毛並みが艶々してますねぇ」
「ガウガウッ」
私は野外に設置されたテーブル席に座り、今日も平和に楽しそうなシェリルたちを眺めていた。
シェリルは今日もコリンとディアンに押し倒されて幸せそうだ。
「犬にしてはずいぶん大きいと思っていましたが、まさか魔王の眷属だなんて驚きです」
「とっても大きな可愛いわんちゃんにしか見えませんよね。っきゃ、ふふふ、コリンちゃんももちろん可愛いですよ」
「わふわふっ」
オーレリアさんはシェリルのすぐ近くにしゃがみこんで、ディアンを興味深そうに眺めた。
「皆さん、お茶が入りましたよ」
ギルの呼びかけでシェリルとオーレリアさんも席につく。
遠くに見える悠然と連なる山脈。美しい景色を楽しみながらゆったりくつろぐ。
オーレリアさんは最初こそ景色とお茶を楽しんでいたが、すぐにソワソワしだした。
彼女の視線の先には常にディアンがいる。
オーレリアさんはディアンの魔力を早く調べたくて仕方ないようだ。
「ディアン、おいで。この人から魔力がほしいと言われたらすぐに出してあげてちょうだい」
「ガウッ」
声をかけるとすぐに駆け寄ってきたディアンにオーレリアさんの顔を覚えさせて命じる。
これでこの別荘地にいる間、オーレリアさんは自由にディアンの魔力について調べられるようになった。
「オーレリアさん、ディアンの魔力が欲しくなったら自分で頼むといいわ」
「分かりました。ディアン、魔力をちょうだい」
オーレリアさんは待ってましたとばかりにさっそくディアンから魔力をもらい、小さな箱形の結界に閉じ込めた。
そのまま真剣な様子で調べはじめたので、私とシェリルはお茶を飲み終わるといつものように鍛錬することにした。
「うっ、ううぅ…………おぇえぇえぇぇぇ」
シェリルは今日も盛大に吐いている。
魔力が尽きるまで鉱石の浄化を続け、魔力回復ポーションを飲むという鍛錬をしているシェリルの世話はアルマがせっせと行っている。
オーレリアさんは座ったまま黙々と研究していた。
そして時折立ち上がり、分析に必要な魔力をディアンに貰いに行き、また席に戻って研究するということを繰り返している。
私は新しく覚えた魔法の練度を高めるために何度も魔法を放ち、時折ギルに魔法の実験台になってもらった。
ケイとブルーノはいつものように別荘の中で愛を育んでいる。
相変わらず仲がいいようで何よりだ。
彼らは普段、学園の生徒の間でアレックス殿下のお気に入りと周知されているシェリルをしっかり守ってくれている。
昼食は我が家の料理人お手製の弁当だ。
中にミートソース、チーズ、ウィンナーなどが入ったパン、肉と野菜の串焼きなど、片手で手軽に食べられるものを多く入れてもらった。
オーレリアさんのような研究者気質の人は食事に時間をかけることが勿体ないと感じる人が多く、彼女も食事は手軽に済ませたいタイプらしい。
今も新しい魔力の解析に夢中になっているので、左手に持つチーズパンを口に運びながら、視線は右手に載せた小さな結界に注がれている。
翌日も、別荘地で前日と同じようにして過ごした。
シェリルは鉱石を浄化しながら魔力量を増やし、オーレリアさんはディアンの魔力の分析を、私は闇魔法の特訓をした。
そしてお茶の時間になると、三人とも疲れた様子で一つのテーブルに吸い寄せられるように集まる。
淹れたてのお茶を飲んで一息吐き、休憩が終わるとまた各自やるべきことをするためにそれぞれ散っていく。
昼食は今日も片手で食べられるものを多く詰めてもらったお弁当だ。
「沢山魔力を使うとお腹の減りが早いんですよね」
そう言いながらシェリルは自分の取り皿に肉料理を中心に載せていった。
呼吸するようにごく自然に、とてつもない速さで彼女の胃の中に食べ物が消えていく。その速さは尋常じゃないが食べ方は美しく、小さな口で咀嚼する様は相変わらず愛らしい。
シェリルは魔力が覚醒する前からよく食べていたが、覚醒後は以前とは比べ物にならないほどの量を食べるようになっている。
神聖魔法の使用には膨大なエネルギーが必要となるのかもしれない。
オーレリアさんは片手で昼食をとりながら、黙々と結界に魔力を流している。
たまに一息吐いて手から結界を消し、私とシェリルの会話に混ざった。
オーレリアさんは別荘地にこれる週末しかディアンの魔力を研究できないため、分析に半月ほどかかったが、ついにディアンの魔力に特化した結界を完成させた。
学園で一緒に昼食をとるメンバーには、いつの間にかオーレリアさんが加わっていた。
食事中は魔法のことや食べ物の話題で盛り上がることが多い。
「五感を奪う闇魔法ですか? ちょっと調べたいのでいただけますか? いいですよね?」
「ふふ、仕方のない人ね」
オーレリアさんは見たことのない魔法の話になるとすぐに食いついて、逃がさないとばかりに私の腕に抱きつきながら要求してくることが多い。
令嬢としては相応しくない行為だけど、子供のような仕草が可愛らしくて、いつもつい笑ってしまう。
「わっ、私もその魔法はまだ見たことがありません! 見せてくださいっ」
シェリルも興奮気味になり、私の腕に抱きついてきた。
「ここでは小さなものしか見せられないわよ。だけど二人に両腕を掴まれていたらそれすら見せられないのだけどね」
「それならオーレリア様が離れればいいと思います」
「私はセラフィーナ様の魔法を間近で観察したいので、シェリルさんが離れるべきかと」
「二人とも落ち着きなさい」
シェリルとオーレリアさんは仲が良いのか悪いのかよく分からない時がある。
私はこうやって両側からぎゅうぎゅうと挟まれることに慣れつつあった。
目の前ではレナルドが口元を押さえながら震えていた。
シェリルとオーレリアさんに抱きつかれている私のことがよほど羨ましいのだろう。
彼がシェリルに向ける熱い眼差しは以前と変わらないが、最近ではオーレリアさんに対しても同じような眼差しを向けることが多い。
数年前までは真面目で硬派な人だと思っていたが、案外惚れっぽいのかもしれない。




